第35話 今代VS前代
「お迎えに上がりました、セレス様」
壁際で休んでいたセレスに、声がかかる。
セレスが顔を上げると、コノメが立っていた。
「コノメ! みんな!」
その周りには、リーゼル、ノアル、ヒマナ、レーニャ。
アスラと共に戦った者が勢ぞろい。
コノメが各地を回り、順に救助しているようだ。
すると、ノアルはふと上を向く。
「大丈夫なのかな、アスラ君」
つい先ほど、王都を覆う結界は消え去った。
アスラに何かあったのかと心配している。
しかし、それにはすぐ答えが返ってきた。
「「「大丈夫」」」
「!」
声を揃えたのは、リーゼル・セレス・ヒマナ。
三人は天を見上げて、思いを馳せる。
「「「あとは──」」」
最も信頼する者に向けて。
「剣聖が何とかする」
「賢者が何とかする」
「武神が何とかする」
願いはアスラに託された──。
◆
同時刻、王都の正面入口。
「あとはお前だけだ」
アスラは歩を進め、ケインと対峙していた。
各地の刺客は全て制圧。
残るはこの男のみだ。
対して、ケインは口元を吊り上げる。
「フッ、随分と強気な口調じゃないか。そのボロボロの体で」
「……」
先程まで使っていたアスラの奥義──【三役職の全天】。
あれは発動させるだけでも、とてつもない魔力を消費する。
その量、およそ上級魔法使い“千人分”。
「さぞかし大変だったろうなあ? 英雄様よ」
「…………」
しかも、それを維持し続け、各地の制圧を行ったのだ。
すでに体は疲労し、今もなお魔力を回復させようとしている。
いくらアスラが隠そうとも、“満身創痍”であることはケインならば見抜けた。
それでも──。
「関係ない」
「!」
アスラは躊躇せずにここに来た。
「現役職をナメられては困る」
「……! 貴様ァ!」
王都を守るのは自分だと、今代の役職は自分だと証明するために。
そして、一秒でも早く王都民を安心させるために。
対して、ケインにとっては屈辱的だろう。
自分の座が奪われたことを、正面から叩きつけられているのだから。
ケインは怒りのまま、莫大な魔力を放出した。
「後悔しても知らんぞ!」
「……! 出たやがったな」
周囲の空気が震えている。
ケインのあまりに膨大な魔力は、形を成し、やがて具現化した。
まるでケインの周りに、四体の天使が降臨したかのように。
「【四大天使】」
ケインが扱う属性は、火・水・土・風。
最も基礎的な四属性だ。
ただ、基礎であるがゆえに、誰よりも深く掘り下げた者は強い。
それらを極めたケインは、かつてこう呼ばれていた。
──“基礎の頂点”と。
ケインは指先をアスラへ向ける。
「ゆけ、天使ども」
それに従い、天使は宙から侵攻を始める。
進むだけで、各属性をまき散らしながら。
周囲には炎が舞い、水があふれ、大地が轟き、嵐が起こる。
「【天使の使い】」
ドドドドドドオオッ!!
開幕から全力だ。
ケインも様子見のつもりは無い。
ならば、アスラも相応の力で応じるのみ。
「ふー、あっぶね」
「!」
アスラは七色の結界を張っていた。
【全属性結界】だ。
アスラは天使を正面から受け切ると、ふっと笑う。
「いや、三つ多かったか?」
「……ッ!」
ケインが極めたのは四属性。
対するアスラは七属性全てだ。
その煽りのような結界に、ケインの眉がひくついた。
「図に乗るなァ!」
「そっちこそな!」
怒りを爆発させたケインは、さらなる魔法を繰り出す。
それにアスラも正面から応じた。
膨大な魔法のぶつかり合いは、大怪獣が取っ組み合いをしているかのようだ。
「憎き役職があああ!」
「魔力が乱れてるぞ?」
まぎれもない最終決戦。
誰が見てもそう言える光景だった。
そんな激しい攻防の中、アスラは問う。
「ケイン。なぜこんなことをした」
「あぁ? てめえが聞くのかよ!」
「俺には尋ねる責務がある」
ふと、かつてのケインを思い出しながら。
「お前は、こんなことする奴じゃなかったはずだ」
前代賢者ケイン。
原作でも、彼は賢者ルートで登場する。
ノアルが魔法を極め、最後の力比べとして戦う存在だ。
そこでノアルが勝利すると、力を認められ、晴れて賢者に就く。
ただ、その時のケインは清々しい。
『負けたよ。次は君が国を守ってくれ。賢者としてな』
そう言い残し、ケインは賢者の座を譲る。
そこから原作はラスボス戦へ向かっていくのだ。
アスラはそんな原作を思い出しながら、言葉を重ねる。
「俺と戦った、あの時も」
「……!」
そして、アスラもまた、賢者の座を賭けてケインと戦った。
原作とは同じ手順を取ったはずだ。
しかし、ケインは激しくアスラを睨む。
「その見下したような目で俺を見るな……!」
それもそのはず、原作とは流れが決定的に違った。
まず、決戦が早すぎた。
アスラが決戦を申し込んだ時、ケインはまだ就任から数カ月。
まともな任務すら遂行することは無かった。
そして、もう一つ。
アスラが圧倒的すぎた。
両者はまったく勝負にならず、国王が止める形で決着したのだ。
その時の屈辱、そしてそれからの日々を、ケインは忘れない。
「あれから俺が、どんな想いをしてきたか……!」
力比べの噂は国中に広がった。
ケインが圧倒的に敗北し、新たな賢者が就いたと。
しかも、新賢者は歴代最強クラスだと。
すると、人々は無邪気に口にする。
『もっと強い人が賢者になって安心だね』と。
聞えてくる言葉の一つ一つが、ケインには耐え難かった。
屈辱の日々がよみがえり、ケインは声を上げた。
「ふざけるなあぁっ!!」
感情を爆発させたまま、アスラに魔法を仕向ける。
ここ一番の大魔法だ。
それをアスラは──魔法で形作った巨大な手で受け止めた。
「お前のことは理解できる」
「あぁ!?」
「けど、共感はできない!」
アスラは真っ直ぐケインに向き合う。
「お前は自分のことしか考えていない」
「……っ!」
「自分で言うのもだが、俺には信念がある。国を守り、そして──」
そのまま強く言い放った。
「国に守る代表は、一番強くてはならないという信念が」
「……!」
かつてリーゼルにも伝えた信念だ。
役職を持つ以上、誰よりも強くなければならない。
気を抜いているようで、アスラが隠れて鍛錬を欠かさない理由だ。
その言葉には、ケインは歯を食いしばるしかない。
「ク、クソが……!」
実際、原作のケインには使命感があった。
賢者として国を守る中で、やがて使命感が芽生えるのだ。
しかし、この世界では、そうなる前にアスラが現れた。
結果、ケインは賢者の自覚が芽生える前に、負の感情に呑まれた。
それを襲撃という最悪の形で吐き出してしまったのだ。
(このガキの、言う通りなのか……!?)
ケインは復讐のため、現役職について調べ尽くした。
正体が学生だと突き止めたのも、その執念だ。
ただし、その過程で見たくもないデータが浮かび上がる。
この国の“現状”についてである。
(ふざけやがって……!)
アスラが役職に就いて以降、国内の犯罪件数は大幅に減少。
他国からの不穏な影も消え去った。
この国は建国以来、最も平穏な時代を迎えていたのだ。
このデータは、アスラが“適任”だと物語っている。
歯を食いしばるケインに、アスラは手を向けた。
「それから──」
「もういい、うぜえ!」
だが、ケインは強引に会話を断ち切った。
これ以上続ければ、自分の価値が崩れてしまう。
ここまで王都を巻き込んでおいて、それだけは許されなかった。
「ハッ、ようやく分かったぜ」
「なにがだ?」
「貴様は、何としても叩き潰さなけきゃいけねえ存在だってなあ!」
ケインはバッと両腕を広げる。
恨みも屈辱も、全部ここでぶつけるつもりだ。
自分が正気に戻る前に。
すると、アスラはとっさに王都側に振り返った。
「これは……!」
制圧した地点から、大きな魔力反応が起きていたのだ。
ケインが刺客の口封じに仕掛けていた、爆発の魔法に似ている。
しかし、何かが違う。
ケインはニヤリと笑った。
「俺がただ、口封じのためだけに魔法を開発したと思ったか?」
「なに?」
「違う。全てはこの瞬間の為だよ。──【還元】」
「……!」
パチン、とケインが指を鳴らした瞬間。
王都各地に転がっていた刺客たちの体が、びくりと跳ね上がる。
「「「ぐ、ぐあああああああ……!」」」
すると、刺客たちから生命力が吸い上げられていく。
魔力も闘気も、持つ物全てを。
それらはケインに流れていく。
また、それだけではない。
前代剣聖、前代武神として現れた幻影たちの残滓までも、ケインの元へ還流していた。
その結果、どうなるか。
「ハァ、ハァ……フハハハハハ!」
ケインの全身が、異様な光で満ちる。
仲間の魔力、仲間の闘気、幻影の残滓など。
それら全てを取り込み終えた時、ケインはゆっくりと顔を上げた。
「これで、俺も同じ三つの力を手にした」
「!」
前代剣聖と前代武神の残滓を活用し、疑似的に三つのスタイルの力を再現した。
彼ら幻影の業を、自身の体に組み込んで。
「貴様を殺し、俺が再び座に就く」
ケインは笑う。
身に宿る圧倒的な力に、高揚しているのだろう。
ケインはその全能感のまま、アスラに迫った。
「俺をナメて【還元】を止めなかったのが、お前のミスだ!」
剣、魔法、武術。
三種の力を込めた一撃だ。
今の満身創痍のアスラならば、確実に倒せると踏んでいた。
「後悔するがいい……!」
だが──ガキィィンッ!!
アスラは、それを受け止める。
手にしていたのは、輝く一本の剣。
「【天聖剣】」
「なっ……!」
剣聖の神器を召喚したのだ。
ケインが目を見開く中、アスラは静かに答えた。
「お前の【還元】を止めなかったのは、あえてだ」
「……!?」
「正直、刺客の処理には迷っていたからな」
今回の事態を考えれば、刺客たちを生かすことは出来ない。
だが、アスラ自ら手を下すのは、自身のポリシーに反する。
だから──止めなかった。
「おかげで、そっちはもう考えなくていい」
「……っ!」
ケインの魔法で、刺客たちが生命力を奪われるなら、それは自業自得。
アスラは己の信念を曲げず、まとめて処理もできる。
そして何より──。
「あとはお前を倒すだけだ」
「き、貴様ァ……!」
歯を食いしばるケインに、アスラは続ける。
「そうそう。さっきの話の続きだが、俺もそれなりに役目は果たしてるつもりだよ」
先程、ケインが強引に会話を断ち切った続きだ。
アスラは役目の一つとして、ケインに剣を向けた。
「たまに、悪を討ったりしてな」
「……っ!!」
アスラの左右に、さらに二つの神器が呼び出される。
賢者の神器──【天聖杖】。
武神の神器──【天聖帯】。
“三種の神器”を手にしたアスラは、ようやく息をつく。
「今までのちっぽけな攻防のおかげで、やっと召喚できたよ」
「な、なんだと……?」
アスラは到着時より、魔力の回復に努めていた。
その“回復量”が、今の戦闘で使用した魔力量を上回っていたのだ。
結果、大きな魔力を使用する神器の召喚が叶った。
「見せてやるよ」
その姿は、王都を守る象徴そのもの。
「本物の三役職の力を」




