第34話 最後の会話
「そんな、うそでしょ……」
王都、西地点。
セレスは杖を握ったまま、ぽつりとつぶやいた。
目の前に立っていたのは、死に別れたはずの憧れの存在だったからだ。
「お姉、様……?」
ステラ・エーデルン。
彼女を見た者は、誰もが同じ感想を抱く。
──“美しい”と。
「ふふっ」
それを証明するかのような、真っ直ぐに流れる金髪。
かつてセレスも真似していた髪型だ。
加えて、整った佇まいは“ご令嬢”そのもの。
ステラは振り向くと、ふっと笑う。
「セレスかしら」
「……!」
しかし、セレスは顔をしかめた。
「誰よ、あなた」
セレスはすぐに偽物だと気づく。
表情の作り方が、記憶にあるステラと違ったのだろう。
すると、天の結界から声が届いた。
『落ち着け、セレス』
「あんた!」
アスラの声だ。
ヒマナ達の東地点、リーゼル達の北地点を抑え、ここに意識を向けたようだ。
別格の気配が残るのは、ここで最後らしい。
アスラはセレスに続けた。
『冷静になれば感じ取れるだろ。あの存在の違和感が』
「……魔法で出来てる?」
『そうだ。騙されるな、あれは幻影だ』
「そういうこと……」
一応、理屈は納得できる。
だが、魔法を扱うセレスだからこそ疑問を浮かべた。
「あんな精巧な幻影、どうやって作るのよ」
『……』
「向こうの親玉は、“やっちゃいけないこと”をしたんじゃないの?」
正解だ。
いくら前代賢者でも、姿を知らない者を再現するのは不可能だ。
幻影を作る者とは接触する必要がある。
ならば、前代賢者ケインは何をしたのか。
「親玉は、お姉様の墓を掘ったわね?」
『……おそらく』
特に、魔法に明るい家系では、遺体を氷魔法で保存する文化がある。
当然、ステラもそうされた。
彼女は、生前の姿のまま埋葬されたのだ。
しかし、前代賢者ケインはその墓を掘った。
将来有望だったステラを、自らの幻影として生み出すために。
セレスは杖を強く握り直す。
「手伝って。アスラ」
怒りがこみ上げるような声と共に。
「許せない! こんな非道なことで、お姉様を侮辱するなんて……!」
『ああ、必ず倒すぞ』
アスラも迷わず返す。
これは死んだ者、そしてその周囲を踏みにじる行為だ。
特にセレスにとっては。
アスラと協力体制を整えると、セレスはキッと前に視線を向ける。
「お姉様。今、楽にしてあげます」
セレスに躊躇は無い。
たとえ似ているとしても、幻影は全く違う存在だ。
それは偽りの表情が物語っていた。
セレスは全力を放つ。
「【朱雀焔】……!」
灼熱の炎がステラへ一直線に迫る。
怒りが込められた強大な威力だ。
偽物の存在が許せないのだろう。
しかし、幻影も全てが偽物というわけではない。
「【炎闇の障壁】」
「……!」
ステラは“黒炎”の防御を展開した。
それはセレスの魔法を簡単に防ぐ。
セレスは目を見開いた。
「その魔法は──!」
火と闇、二つの属性が重ね合わさった魔法だ。
これは生前のステラの得意技である。
ステラは二属性の使い手だったのだ。
しかし、それが余計にセレスの神経を逆撫でさせる。
「お姉様の魔法は、そんな程度じゃない!」
セレスは声を上げると、前に飛び出す。
幻影は本物に近い力を引き出すのみ。
この程度の魔法で、ステラの名を騙ることが許せないのだろう。
ただ、魔法を防がれたのも事実だ。
(相手は腐ってもお姉様の幻影……!)
ならば勝ち筋は一つ。
セレスは距離を縮め、近距離で魔法を叩き込むことにした。
すると、ステラも対応を見せてくる。
「【炎闇の協奏】」
「……っ!」
一瞬にして、セレスの辺りを火と闇が覆う。
セレスの視線が左右に迷う隙に、魔法全体が襲いかかってきた。
自由自在な魔法に、セレスの防御が遅れる──が。
『安心しろ』
「!」
ザシュンッ!
空から巨大な剣閃が落ち、ステラの魔法を払った。
アスラが代わりに対応したのだ。
『俺が必ずカバーする。セレスは攻撃に集中しろ』
「アスラ! ええ……!」
その言葉を信じ、セレスは魔力を練り上げる。
そこからは近距離の乱打戦が始まった。
「はあああああッ!」
「ふふっ」
ドガガガガガガッ!
両者は魔法を交わしながら、激しくせめぎ合う。
セレスは前へと、ステラは踏み込ませないようにと。
アスラのカバーはあるが、それにしても渡り合い過ぎだ。
これにはセレスの想いがあった。
(どれだけ、お姉様の背中を見続けてきたか!)
セレスはステラを追い続けてきた。
その姿は、今でも鮮明に目に焼き付いている。
ゆえに、ステラの戦法は手に取るように分かる。
すると、ステラが一つ仕掛けた。
「これならどうかしら」
「……!」
火と闇で形作った槍だ。
直撃すれば確実に致命傷になる。
対してセレスは──避けない。
「お姉様なら、そう来ると思いました」
「!」
ステラの魔法は、セレスが回避する場所に放たれていたのだ。
幻影にも癖は残ると、セレスは攻防の中で理解していた。
そこでステラの癖を信じ、直進していた。
その一歩が勝敗を分ける。
もちろん加わるのは、特上のお膳立てだ。
『よくやった』
「……! さすがだわ!」
アスラの細かい斬撃が、ズガガッとステラの体を固定する。
セレスが自ら生み出した隙のおかげだ。
そこに、セレスはぶちこむ。
「いくわよ」
裏で仕上げた必殺技を。
アスラに見てほしかった必殺技を。
「【不死鳥の飛翔】」
セレスの前方から、巨大な炎が舞い上がる。
炎を宿した鳥が、空へと飛び立っていくように。
その炎は、ステラの幻影を焦がす。
「ぎゃあああああああ!」
ステラとは似ても似つかぬ声と共に、幻影が消えていく。
その様には、思わず手を伸ばしてしまう。
(お姉様……)
本物には思えない。
だが、姿形だけは似ていた影が消えるのは、儚く感じてしまう。
──と、その時。
『まだ早え!』
「え?」
空から降った巨大な手が、その場を掬う。
すると、アスラは焦りを隠せない声でつぶやく。
『拾遺、成功。融合……成功。構築、オールクリア……!』
「な、なにを……?」
前代賢者は、数年かけて幻影を再現する魔法を作った。
アスラはそれと似た魔法を、この場で構築したのだ。
ただし、前代賢者のそれとは目的が違う。
アスラの巨大な手は、ゆっくりと開いた。
『まだ辺りに、本物のお姉さんの残滓が残っていた。それを集めて構築し直した』
「えと、つまり……?」
『今からお姉さんの想いと話せる』
「……!」
信じられない話だ。
だが、アスラは真剣に続ける。
『ただし、もって一分だ』
「!」
『俺は聞かないでおく。お別れをするなら今が最後になるぞ』
「……うん」
すると、セレスの前にステラの姿がよみがえる。
「……!」
影は薄く、存在感は不完全だ。
それでも──。
「大きくなったね、セレス」
「お姉様……!」
微笑んだ表情は、本物だった。
他人からすれば見分けがつかない。
しかし、誰より好きだったセレスだからこそ、正しく認識できる。
ステラは自分の姿に手を当てた。
「なるほど。これって賢者様のおかげなのかな?」
「そ、そうみたいです」
「へえ。やっぱりすごいなあ、賢者様って」
セレスも久しぶりの姉に緊張気味だ。
すると、ステラは少し遠くを見つめるように笑った。
「私も、生きてたらなれたかな?」
「……!」
その声には、後悔が滲んでいた。
ステラは賢い。
自分が死に、魔法で一時的に蘇っている事を瞬時に把握したのだ。
対して、セレスは下唇を噛む。
「……お姉様。わたしは、お姉様みたいにはなれませんでした」
「えーそう?」
しかし、ステラは首を傾げた。
「だって、さっきはあんなに強かったじゃない」
「……! 戦闘を認識していたのですか?」
「意識はどこかにあったみたい。自分とセレスが戦っているのを、客観的に感じたというか」
アスラはこの気配を感じ、魔法を構築したのだろう。
ステラは優しく続ける。
「でも、よかった。最後にセレスの元気な姿を見られて」
「……!」
そこでセレスは気づく。
ステラの姿が消えかけている。
まだ話せていないのに、約束の一分はもう終わる。
それを感じながらも、ステラはいたずらっぽく笑った。
「賢者様のこと、好きなの?」
「へっ!?」
「ほら。私たち姉妹なのに、一度も恋バナしたことなかったじゃない! 教えてよ!」
「そ、そんなわけ……!」
いつものセレスなら真っ先に否定しただろう。
だが、もう話す機会が無いと思うと、セレスは本音を吐き出した。
少し頬を赤らめながら。
「いえ、好きです」
「……! あら」
「今はあの人を追いかけています」
「そっか。ならよかった」
ステラは心の底から安堵したように笑う。
すると、ステラも本音で返した。
「セレスが私だけを追い求める人生だったら、大変かもしれないなって。死ぬ時、それだけが後悔だったの」
「お姉様……!」
「セレスには、ちゃんと目標が見つかったんだね」
「はい」
セレスの笑顔に、ステラもにっこりうなずく。
「だったら、お姉ちゃんは安心です」
「……っ!」
ステラの影が消えかかる。
セレスは目元を熱くしながらも、最後にはしっかりと伝えた。
「でも、いつかはあいつも超えてみせます」
「うん」
「だから──見守っててください、お姉様。わたしが賢者になる姿を」
「ふふっ」
ステラは最後に優しく微笑んだ。
生きていた時と全く同じ様に。
「楽しみにしてる」
「……! はい!」
その瞬間、ステラの姿が砂のように消えていく。
今度こそ、穏やかに。
長い眠りにつくように。
すると、セレスはその場に座り込む。
「…………っ」
顔を伏せたまま、動くことができない。
そんな中、空から再びアスラの声が届く。
『大丈夫か?』
「……ええ」
対して、セレスは杖を支えに立ち上がる。
目元を拭い、徐々に顔を上げていく。
「……ったく、誰に言ってんの。わたしはエーデルン家の次女よ」
『!』
伝えそびれたことは伝えた。
あの時は悲しみにくれて言えなかったことも、ようやく言えた。
胸にあった未練は消え去った。
あとはもう未来を向くだけだ。
「いずれ、あんたも超える存在よ」
『……! そっか』
セレスが上を向くと、アスラも安心したように返した。
すると、セレスはいつもの調子で言い放つ。
「だから、こんなとこで負けんじゃないわよ」
『……!』
「あんたを倒すのは、わたしなんだから」
もう別格の気配は無い。
この後、最後の戦いに行くことを分かっていたのだろう。
当然、アスラの答えは一つ。
『任せろ』
◆
少し後。
王都、正面入口。
「ははははっ! マジで全部やられるのかよ」
マイペースに歩いてくるのは、ケイン。
刺客側のラスボスにして、前代賢者だ。
これは正真正銘、本物の存在である。
「さすがだぜ、今代賢者様。いや、三役職って言った方がいいか?」
すると、彼が真っ直ぐ見据える先から、一人の少年が歩いてきた。
──アスラだ。
「ああ、そうだな」
王都を覆う結界はもう無い。
各地の敵は制圧し終えたのだ。
つまり、ここが最後の戦いになる。
「あとはお前だけだ」




