第33話 二人の剣士
「これはまた、すごい敵ね……」
王都、北地点。
リーゼルは剣を強く握り直す。
目の前に立つ、一人の男を前にして。
「“前代剣聖”ザンテツ……!」
「あん?」
涼しげな格好に、刀一本の軽装。
東国風の“ちょんまげ”には思わず目を向けてしまう。
身長は高くない──が、存在感はやたらと大きい。
刀一本で戦場を切り開くという、伝説の剣豪だ。
リーゼルも当然知っている。
だが、対峙してすぐ、その緊張を和らげる声が届いた。
『大丈夫か、リーゼル』
「アスラ!」
王都を覆う結界から、アスラが声をかけてきた。
ヒマナの地点が片付き、こちらへ意識を向けたのだろう。
しかし、アスラは余裕がなさそうに伝える。
『正直助かった。俺も直接そっちへ行けない』
「……! いいの。来たのは私の意思だから」
『ああ、援護はするから頼む』
「任せて」
短いやり取りだが、リーゼルは背中を押される。
それから、アスラは彼女の違和感を取り除いてくれた。
『けど気負い過ぎるな。あれは幻影だ。本物の実力には及ばない』
「なるほど。どうりで……」
『それに──間に合ったな』
「え?」
すると、リーゼルの後方から気配が迫ってくる。
リーゼルが振り返ると、その姿はすぐに見えた。
「ここですね、師匠!」
「あなた……!」
現れたのは、ノアル。
彼も学園を抜け出し、救助活動にあたっていたのだ。
原作主人公らしい勇気ある行動だ。
その救助活動が終わり、アスラの声に導かれて駆けつけたのだ。
ここにいる別格の気配を倒すために。
リーゼルにノアル。
役者が揃うと、アスラは二人に呼びかけた。
『二人で奴を倒してくれ』
「ええ!」
「はい!」
二人ならやってくれると信頼したのだろう。
どちらもアスラに応えるように剣を抜く。
すると、相手のザンテツを加え、計三人の剣士が向かい合った。
「「「……」」」
じりっとした空間だ。
たった一振りで勝負が決まることもある、剣士ならではの瞬間だろう。
──だが、始まる時は一瞬。
「おらぁっ!」
「「……!」」
最初に仕掛けたのはザンテツ。
彼の縦振りに反応し、リーゼルとノアルも動きを見せる。
二人はカウンター気味にザンテツへ迫った。
「はあああッ!」
「うおおおッ!」
しかし、ザンテツの攻撃は“釣り”。
迫った二人に合わせて、つばめ返しの構えを取っていた。
さすがの前代剣聖だ。
「甘ぇな」
「「……!」」
今代剣聖はそれすらも読んでいるが。
『お前がな』
「なに!?」
ドドドドオ!
天からアスラの斬撃が降り注ぐ。
ザンテツの構えていたつばめ返しは、防御に使う他ない。
「チィッ!」
そこにリーゼルとノアルが迫った。
しかし──ガキィン!
「「!」」
二人の剣は、あと一歩及ばない。
ザンテツの防御が間に合ったのだ。
「危ねぇ、危ねぇ」
「くっ!」
「惜しかった!」
派手な開幕だ。
そこからは、激しい攻防が始まる。
アスラを信じて、リーゼルが一気に攻勢に出たのだ。
「私が、やる……!」
『ああ、援護する!』
そこにアスラも援護も加わる。
すると、最初の瞬間とは打って変わって、熾烈なぶつかり合いに発展した。
剣の甲高い音が遅れて響く程、高速の剣技が交差する。
「はあああッ!」
『そこだ』
アスラの的確なサポートの甲斐あってか、リーゼルが渡り合っている。
幻影とは言うものの、あの前代剣聖と。
「チッ、小賢しい……!」
このままでは不利だと思ったザンテツは、大きく剣を振る。
リーゼルの剣を弾き、一度距離を取ったのだ。
そのまま息をつくと、ザンテツは刀を肩に担ぎ直した。
「お嬢ちゃんは中々やる」
「……それはどうも」
リーゼルは構えながらも、素直に言葉を受け取る。
一度手を休めたい瞬間だったのだろう。
それを理解しているアスラも攻撃は仕掛けず、無駄に魔力を消費しない。
しかし、ザンテツはニヤリと口角を上げる。
「が、そこのガキはどうだ?」
刀の切っ先が、ノアルへ向いた。
「さっきから付いて来れてねえな」
「!」
「てめえみたいな平凡な奴に、何が出来る?」
「……っ」
ノアルの表情が揺れる。
それに気づいたアスラは、すぐさま声をかけた。
『聞くな! このザンテツ、なんか性格悪い!』
再現する魔法が不十分だったのか、あえてなのか。
どちらにしろ、本来のザンテツより意地が悪かった。
その問いはノアルに刺さってしまう。
「僕は……」
ちょうど心の奥で抱えていたものだったからだ。
(僕はやっぱり、みんなに比べて……)
アスラによる指導で、メインヒロイン達は急成長している。
だが、それを間近で見ているノアルは、自分に自信を持てていなかった。
原作主人公という存在上、大器晩成型なのは仕方ない。
しかし、そんな事は知る由もなく、本人とっては悩みだったのだ。
言葉に詰まるノアルに、ザンテツは仕掛ける。
「おら、どうした!」
再び前に出たのだ。
彼にはリーゼルが対処する。
「行かせるわけ──」
『ねえだろ!』
アスラも援護を重ね、防御した。
だが、一馬力減った分、やはり強度は落ちる。
そんな攻防の中、アスラは呼びかけ続ける。
『ノアル、もう一度言う。お前ならできる』
「し、師匠……」
対して、ザンテツは鼻で笑う。
「はッ、だからそんな平凡な奴に──」
『平凡で何が悪い』
「あん?」
だが、今度はアスラがハッキリと言い切った。
『平凡な奴が成り上がるから、見てる奴が沸き上がるんだろうが』
「なに?」
平民出身のノアルが、最後は役職に就く。
原作で何百回と見てきた光景だ。
それを知るアスラは、ノアルへ続ける。
『ノアル、お前は才能にものを言わせていたのか?』
「え?」
『そうじゃない。お前はここまであがき続けて、なんとか周りに追いついてきたはずだ』
『……っ!!』
泥臭く努力を続けて、やっと力を手に入れる。
それこそが“原作主人公”──ノアルの本質だ。
自分のやり方を思い出させてくれる言葉に、ノアルは剣を強く握る。
「……すみません、師匠。少し取り乱しました」
『!』
ノアルが迷いを捨て、顔を上げた。
すると、ノアルの体が光を放つ。
「僕はもがき続けます!」
再び覚醒状態──【新星の極地】へと至ったのだ。
あの日以来、一度も到達できなかった力に。
「これでお前を倒す!」
その瞬間、ドォンと爆発したような感覚が辺りへ広がる。
しかし、衝撃が走ったわけではない。
ノアルがそれほど存在感を放っているだけだ。
その姿には、ザンテツが初めて身を引く。
「なんだ、この存在感は……!?」
平凡だと思っていた奴が、自分より存在感を放っている。
その事実を受け止め切れないようだ。
一方で、アスラは結界越しにニヤアっと口元を上げる。
(残念だったなあ。平凡なそいつは原作主人公だ)
原作主人公とは、逆境で成長する存在。
立ち止まることなく、どこまでも伸びる器だ。
(本来なら、本物のお前をも越える潜在能力の持ち主なんだよ……!)
好機を見計らったアスラは、大きく伝える。
『ノアル!』
「はい、師匠!」
アスラの声に、ノアルは地面を蹴る。
そして、腰を落としたまま全身へ“闘気”を行き渡らせた。
「うおおおおおッ!」
ノアルの覚醒の由来は、実は闘気。
本来は武術家が扱う力を、剣士としても扱う。
そうして、原作では唯一無二の存在になるわけだ。
原作を知るアスラは、この力からヒントを得て三役職に登り詰めた。
その本来の主人公の力が、今ここで発揮される。
「【闘気爆発】!!」
「がっ……!?」
上方から迫ったノアルの剣が、ザンテツに重くのしかかる。
先程までの軽い剣とは、まるで違う力だ。
そこに、アスラの巨剣が降り注ぐ。
『追加だ』
「ぐぅおおおおお……!」
──ズシン。
ノアルの剣に重ねるように。
二人の剣の圧に押され、ザンテツの足元が沈んでいく。
ザンテツはすでに限界だ。
その隙を、リーゼルは見逃さない。
(見て、アスラ)
林間学校以降、ずっと取り組んできた。
アスラに課された“必殺技を完成させろ”という課題に。
その答えを今、ようやくお披露目する。
(これが私の剣!)
舞い上がったリーゼルは、高速の剣技を発動した。
あまりの速さに、まるで技が一つに合わさったように。
激しい雨の中で、一瞬轟く雷のように。
「【紫紺の鳴神】……!!」
「ぐあああああああっ!」
──ズドオオオオオッ!!
閃いた斬撃は、ザンテツの幻影を正面から断ち切った。
断末魔のような声と共に、幻影はひび割れたように崩れていく。
これで勝負は決した。
リーゼルとノアルは、大きく息を吐く。
そのまま天に剣を掲げた。
王都を包む、アスラの奥義へ向けて。
「勝ったよ」
「勝ちました!」
『ああ、よくやってくれた』
返ってきたのは、どこか誇らしげなアスラの声だ。
もっとも、アスラはノアルを向かわせた時点で確信していた。
“二人の剣士”が本領を発揮すれば、必ず勝てると。
二つ目の別格の気配──討伐完了。
◆
そして、西地点。
「そんな、うそでしょ……」
セレスは杖を握ったまま、呆然とつぶやいた。
確かに似た気配は感じていた。
だが、いざ目の前にすると信じ切れない。
そこにいたのは、死に別れたはずの憧れの存在だったのだから──。
「お姉、様……?」




