第32話 共鳴する力
「この辺りかな」
王都の東地点で、ヒマナは足を止めた。
避難の流れとは逆行したため、周囲に一般人はいない。
刺客たちは地面に転がっているが。
「これが、アスラ君の力……」
今なお王都を覆うアスラの奥義により、この地点の敵も制圧したようだ。
おかげで王都民の避難は済んでいる。
そうして周囲を確認しながら、ヒマナはふと後方を振り返った。
「みんなは大丈夫かな」
リーゼル、セレス、ヒマナ。
学園から飛び出した三人だが、途中で道を分かれていた。
それぞれが強い気配のする方へ向かったのだ。
中でも、少し気になったのはセレス。
『この気配、まさか……』
道を分かれる直前、セレスはそう言い残していた。
何か心当たりがあるような、並々ならぬ表情で。
だが、ヒマナも足を止めるわけにはいかず。
一刻も早く騒動を解決するため、ここに向かった。
──と、そんな時。
「……!」
不意に正面から“大きな風圧”が押し寄せる。
ヒマナはすぐに腕を前方に押し出した。
「はッ!」
闘気を発し、風圧を打ち消したのだ。
その勢いで砂ぼこりは一気に晴れる。
すると、向こうには一人の老人が立っていた。
「中々やりおるのう」
「……!」
第一印象は、“仙人”。
髪もヒゲも白く染まり、どこかふらふらと歩いている。
腰に吊るしたひょうたんからは、酒の匂いが漂ってきそうだ。
ただ、ヒマナはこの老人を知っている。
というより、武術を学ぶ者なら誰もが見たことがある者だ。
「“前代武神”──ゲンブ?」
老人の正体は、前代武神ゲンブ。
徒手空拳で数多の敵から国を守ったという、武の達人だ。
だが、その存在には違和感がある。
気配が濃い割に、生きた人間の温度が感じられない。
その答えは、別の声が教えてくれた。
「あれはおそらく“幻影”ですよぉ」
「……! レーニャさん!」
スタッと近くへ降り立ったのは、レーニャだ。
レーニャはヒマナの横に並ぶと、ちらりと彼女を見る。
「その様子だと、ご主人様が奮闘しているのは分かってますね?」
「う、うん」
「なら話は早いです。ご主人様は奥義で“雑魚”を処理していますが、いくつか倒し切れない敵がいるようです」
アスラの【三役職の全天】は、規模に特化した業。
多対一専用の魔法のため、一対一には向かない。
アスラが危惧していたのは、この業で処理しきれない敵への対応だ。
そのため、アスラはレーニャにお使いを頼んだ。
「私はそんな“強敵”の偵察です。その内の一つが、あの者」
「!」
レーニャは目の前の老人を見据えた。
「ご主人様の推測は当たっていたようです。やはり本物ではなく幻影ですね」
「幻影……?」
「本物に近い強さを持った影です。“魔法で再現された存在”とでも言いましょうか」
「そんなことが!?」
ヒマナは思わず息を呑む。
そこまで高度な魔法は聞いたことがない。
すると、レーニャはあっさり答える。
「向こうのボスが本物の前代賢者ですから。それぐらいは可能でしょうねぇ」
「……!」
「それでも、事細かく前代武神と接触して、ようやく完成させたものだとは思いますが」
レーニャは刺客のラスボスを共有した。
自らの意思でここに来たヒマナを尊重したのだろう。
その答えならば、ヒマナも納得できる。
そして、レーニャは最後に確認した。
「覚悟は出来ていますか?」
「!」
「幻影とはいえ前代武神です。そこらの連中よりは数段強いですよ」
これはレーニャなりの優しさだ。
「逃げるなら今の内ですが」
「私は……」
しかし、答えはとうに決まっていた。
「私はアスラ君と同じ場所で戦いたい!」
「そうですか」
真っすぐな答えに、レーニャも口角を上げる。
これで態勢は整った。
──が、相手も悠長ではない。
「いつまでしゃべっておる」
「「……!」」
先ほどと同じ“風圧”がヒマナ達に迫る。
ゲンブの拳圧で起こしていたようだ。
対する二人は、バッと左右に分かれる。
それぞれ回避をすると、レーニャが大きな声で伝えた。
「あれに近づくのは危険です。私がやり合いますので、あなたはチャンスを見計らって攻撃を」
「了解!」
賢明な策だ。
その作戦通り、まずはレーニャが接近する。
「今回はナメプ無しです」
そのまま宙に躍り出ると、ゲンブの上から高速にムチを振るった。
無数の蜂が一斉に襲いかかってくるかのように。
「【雀蜂の捕食】」
「ぬぅおっ!?」
ドガガガガガガアッ!
ムチは地面を抉り、宙を舞い、轟音を立ててゲンブに迫る。
ゲンブも闘気で身体を強化しているが、手数の多さに反撃の隙をもらえない。
結果、レーニャが押していた。
「まだまだいきますよ」
「ぐぬぅ……!」
幻影とはいえ、相手は前代武神を模した存在。
近くで構えるヒマナは、その光景に目を見開いていた。
(レーニャさんって、一体どこまで……!)
レーニャの底知れぬ実力に感服しているのだ。
そう攻防が繰り返される内に、チャンスは訪れる。
(……! ここ!)
ゲンブが瓦礫に追い詰められていたのだ。
好機を見出したヒマナは、一気に飛び出す。
溜めていた闘気を右腕に纏って。
「やああああ!」
それに合わせて、レーニャも技の締めに入った。
ヒマナとレーニャの同時攻撃だ。
「【破拳衝】……!」
「フィニッシュです」
──ドゴオオオオッ!!
二人の技が重なり、鈍い音が響き渡る。
しかし、二人はすぐに目を見開いた。
「「……!」」
「ほっほ」
二人の攻撃が受け止められていたのだ。
ゲンブの闘気を纏った強靭な体によって。
「そろそろわしの番かの?」
「「……っ!」」
ぞわりと背筋を凍らせたレーニャとヒマナは、すぐに数歩下がる。
態勢の立て直しだ。
「なんじゃつまらん」
すると、ゲンブは手を引っ込める。
執拗に反撃する気は無いらしい。
今の行動も含め、レーニャは静かに口を開いた。
「本目的は“時間稼ぎ”ですねぇ」
「……! そういうことか!」
ヒマナも納得したようにうなずく。
前代武神ゲンブ。
役職時代の彼は、圧倒的な闘気量によって“無敵の防御力”を誇ったという。
その特性を生かし、刺客側はここでアスラ側の駒を足止めするつもりだ。
現に、レーニャという強力な駒をここに割いている。
状況を整理すると、レーニャは息をついた。
「……やはり一撃に欠けますねぇ」
レーニャは押していたように見えたが、手数で圧倒するタイプだ。
また、ヒマナの本気の攻撃も受けられてしまった。
つまり、“決定打”がない。
二人は行き詰まる──かと思われた時。
ゲンブに向かって、空から“巨大な球”が降ってくる。
「ぬおっ!?」
ドゴオッ!
ゲンブは回避するが、レーニャ達との距離が空く。
すると、すぐさま彼女達に声が届いた。
『聞こえるか』
「ご主人様!」
「アスラ君!」
アスラの風魔法の声だ。
彼は慌ただしく続ける。
『二人共、助力を感謝する。俺が手を離せないばかりに』
「いえ。それよりご主人様、ご用件は?」
『今、少し手が空いた。そちらを援護する』
今の巨大な球は、王都を覆うアスラの奥義から放出したもの。
【闘気弾】だ。
すると、アスラはヒマナに声をかけた。
『ヒマナ、今の球に合わせてほしい』
「わ、私が?」
『ああ。君ならもう、課題を完成させてるんじゃないか?』
「……!」
アスラの推測は当たっている。
ヒマナは必殺技を完成させ、アスラに見せる機会を待っていた。
それが今やってきたのだ。
だが、懸念点はある。
「でも、人と闘気を合わせるなんて……」
『大丈夫』
闘気は、人によって微妙に性質が異なる。
ゆえに、武術家は魔法のように技を合わせることは出来ない。
しかし、アスラは言い切った。
『前に、闘気をあげたことがあっただろ』
「あっ!」
『君の闘気には俺のも混じっている。相性は良いはずだ』
ヒマナがアスラに救われた時のことだ。
普通はありえないが、同じ闘気が混じっていれば、技を合わせるのも不可能ではない。
アスラは再度呼びかけた。
『ヒマナの特訓の成果、ここで見せてくれ』
「アスラ君……うん!」
ヒマナは元気に応える。
自分を信じるアスラを信じたのだ。
この真っすぐさがヒマナの良い所である。
すると、レーニャが一歩前に出た。
「隙は私が作ります。ご主人様」
『ああ、頼りにしている』
「ふふっ」
アスラに頼られ、レーニャの顔がニヤける。
今の言葉を脳内で繰り返しながら、危険も顧みず地面を蹴った。
そのまま先程以上の、限界を超えた速さで攻撃を仕掛ける。
「ふふっ、今の私は無敵ですよ」
「ぐおおっ!」
意外とチョロいレーニャは、心から頼りになる存在だ。
彼女が隙を作ってくれる間、アスラはヒマナに語りかける。
『闘気を溜めるんだ。君の中にある、俺のも一緒に!』
「うん……!」
ヒマナは集中力を高め、闘気を練り上げていく。
強く意識すると、自分の中に眠るアスラの闘気を今一度実感できる。
(アスラ君の闘気だ。あったかい)
その想いも込め、闘気を最大限引き出す。
やがて、レーニャがなんとか隙を作り出した。
「今です」
レーニャがゲンブの態勢を崩し、一瞬退いたのだ。
アスラはその好機を見逃さない。
『ああ、ヒマナ!』
「任せて!」
アスラの奥義から降り注ぐ闘気。
ヒマナが限界まで練り上げた闘気。
二つの力が共鳴し、一つの巨大な球が形作られる。
それを一気に放つ。
「「【共鳴闘気弾】……!!」」
ドゴオオオオオオオオッ!!
巨大な闘気の塊が、ゲンブを真正面から呑み込む。
アスラの闘気が芯となり、ヒマナの想いを込めた闘気が威力をさらに押し上げた。
その威力は、“無敵の防御力”を誇るゲンブさえも貫いた。
「ぬあああああああっ!」
巨大な球が過ぎ去ると、ゲンブの幻影も消えていた。
ヒマナはその場に膝をつき、大きく息を吐く。
「や、やった……」
ヒマナがこっそり完成させた技は、【闘気弾】だったのだ。
それをアスラに見せることができて、なお決定打となった。
この上ない勝利だ。
すると、レーニャも穏やかな表情で寄ってきた。
「見事でしたよ」
「ありがとうレーニャさん! でも、レーニャさんがいたからこそです」
「いえ、私だけで倒せなかったのは反省点ですねぇ」
「あ、そうなんだ……」
レーニャはまだ上を目指していた。
それでも、勝ちは勝ちだ。
アスラはレーニャに伝える。
『その辺は敵の気配が無い。ヒマナと共に休んでくれ』
「わかり、ました」
『俺は引き続き他の地点にあたる』
「……お気をつけて」
消えゆくアスラの声に、レーニャは悔しいながらも了承する。
彼女も疲労を感じていたのだろう。
相手も強かったというわけだ。
そんな中、隣ではヒマナが胸を押さえる。
自分の中に眠る、アスラの闘気に語りかけるように。
(無理しないで。……って言いたいけど、言えないよね)
アスラは三役職だ。
この国を守る役目がある。
ならば気持ちはぐっと堪えて、空に向けて伝えた。
「頑張って、アスラ君」
すると、ヒマナはふらふらっと態勢を崩す。
「うっ……ぐぅ」
「おっと。単純な行動ですねぇ」
疲れ果てて眠ってしまったようだ。
レーニャはヒマナを支え、壁にもたれかけさせる。
自分も体を休めながら、ふとヒマナに目を向けた。
(ご主人様のあんな態度は、初めて見ました)
基本アスラは、危険な事柄は一人で解決しようとする。
役職の責務を感じているからだ。
しかし、今回ばかりを周りを頼った。
限界で戦っているからか、ヒマナを止めることもなく。
そして、最後は共に倒してくれと提案するまでに。
「……少し、羨ましいですね」
そんなヒマナを、レーニャも心から認めた。
その上で、もっとアスラに頼られるため、また強くなろうと決意するのであった。
これにて、“別格の気配”一つ目の討伐は完了。
◆
同時刻、北地点。
「これはまた、すごい敵ね……」
リーゼルは剣を構えていた。
目の前に立つ幻影を見据えて。
「“前代剣聖”ザンテツ……!」




