第31話 三役職の奥義
「落ち着いて! 前を押さずに進んでください!」
王都の東地点で、門衛の声が響く。
普段は王都の門を守る彼らは、今は避難誘導をしていた。
しかし、その声すらも周囲にはかき消される。
「きゃあああああ!!」
「おい早く進めって!」
「とにかくあっちに走れ!」
王都民は完全にパニックに陥っている。
理由は、あまりにも突然の襲撃だった。
「「「グオオオオオオオッ!」」」
少し前、魔物たちが王都を囲う門を突き破ってきたのだ。
ケインが用意していた魔物である。
その背には刺客たちが乗っていた。
「はっはっは、こりゃあいい!」
「魔物が意のままとはな!」
「さすがはケイン様だ!」
刺客たちのボス──ケイン。
その正体は、“前代賢者”だ。
アスラに取って代わられたとはいえ、一度でも賢者に登り詰めた力は本物。
ケインはその才を禁術へと注ぎ、ついには魔物を強制的に操る術を編み出していた。
突然の襲来に、門衛たちも対抗できない。
「「「ぐあああああっ!」」」
なんとか止めているが、限界は近い。
門衛はどんどんと押し込まれ、刺客側は住宅街へと迫っていた。
だが、事態はこの東地点だけではない。
王都は複数方面から同時攻撃を受けていた。
アスラが撃ち落とした隕石のような魔法は、ただの“挨拶”に過ぎなかったのだ。
当然、この戦況はアスラにも届いている──。
◆
賢者の間。
「アスラ様! 西地点からも攻撃の手が!」
屋上の扉を開け、コノメが急いで報告をする。
今の彼女は、王都の情報をまとめる伝達役を担っていた。
対するアスラは、振り返らずに返事をした。
「……相当な数を用意しているな」
アスラの両手は、地面に刻まれた巨大な魔法陣に付けていた。
今この瞬間も、莫大な魔力をそこへ流し込み続けている。
とある“巨大な魔法”を発動させるために。
そのまま、アスラはコノメに確認した。
「主な襲撃地点は西、北、東だな」
「はい」
「わかった。じゃあ、少し下がってろ」
「……!」
その一言の直後。
巨大な魔法陣がゆっくり色を帯び始めた。
七色の光が重なり、円環のように回転していく。
アスラが魔力を注ぎ終えたのだ。
「発動させる」
この二週間、アスラはこの魔法の調整にあたっていた。
王都から人を出しにくくしたのも、民を可能な限り王都内部へ留めたのも、全てはこの日のため。
守るべき範囲を絞るためだ。
「よく持ち堪えてくれた」
そしてアスラは、王都の人々へ告げた。
“脅威は必ず排除する”と。
言葉で安心させるのも役職としての責務だが、ただの気休めで言ったわけではない。
その根拠こそが──この魔法。
アスラは流し込んだ魔力を、一気に解き放つ。
「はああああああああああっ!」
巨大な魔法陣から、大きな光が天へと打ち上がった。
七色の属性を帯びた光は、王都の上空へ達すると、一気に広がっていく。
【全属性結界】が、王都全土を包み込むように。
後方のコノメは目を見開いていた。
「こ、これは……!」
紛れもないアスラの“本気”に、度肝を抜かれたのだろう。
その規模に対しても、その効果に対しても。
やがて、アスラの結界は王都全体を巨大なドームのように覆った。
そんな魔法が起きれば、王都の各地でどよめきが起きる。
侵攻を受ける、東地点。
「なんだあれは!?」
「王都が覆われた!?」
「結界……なのか?」
王都民も、学園の生徒も、刺客側ですら。
誰もが王都の異変に目を奪われている。
そんな中、一人の刺客が抜けた声を漏らす。
「は?」
ドームの一部が明滅し、巨大な“剣”が顕現する。
刀身には七色の魔法を帯びて。
その巨大な剣は、刺客側に向かって降り注ぐ。
一人の刺客は目を見開いたまま、慌てて背を向けた。
「おいおい、マジか……!」
しかし、時すでに遅し。
──ドゴオオオオオッ!!
巨大な剣は刺客側に突き刺さり、魔物もろとも薙ぎ払った。
「「「ぐわああああああっ!」」」
ただし、門衛や住民に被害は無い。
正確に刺客側だけを撃ち抜き、退治したのだ。
そんな光景が、北地点でも、西地点でも起きていた。
これは全てはアスラによる力である。
再び、賢者の間。
「順調だな」
目を閉じたアスラは、言葉をこぼす。
その大いなる魔法の制御を続けながら、静かに名を口にした。
「【三役職の全天】」
アスラの奥義だ。
全ての魔法を防御する【全属性結界】。
そこから魔法を撃ち出す【全属性流星群】。
その最終形態が【三役職の全天】だ。
「理論だけ立てていたけど、まさか使う機会が来るとは」
アスラは王都全土に【全属性結界】を張った。
その結界からは、相手を正確に討つ攻撃が降り注ぐ。
“剣聖の剣技”と“武神の武術”が、“賢者の魔法”を帯びて。
その勢いは、襲撃をする刺客を制圧していく。
西地点も、北地点も、東地点も。
「「「ぐわああああああっ!」」」
全ての地点で刺客が討たれていた。
「俺達だけを!?」
「なんだこの精度は!」
「化け物かよ!?」
魔物は倒れ、刺客は吹き飛ばされ、傭兵の戦意は削がれていく。
その光景は、再び王都民に希望をもたらす。
「「「うおおおおおおおお!」」」
そんな人々の歓声は、魔法越しにアスラの元へも届く。
アスラは魔法を制御しながらも、一つ息をつく。
「これで雑魚は大体片付くはず」
雑魚とは言っても、それぞれが刺客だ。
アスラの力量がうかがえる。
「ふぅ……」
だが、アスラの額には汗が浮かんでいる。
さすがにこの規模の魔法を維持するのは、簡単ではないようだ。
しかし、アスラはまだ気を抜かない。
(けど、まだいくつか……)
アスラは感知していた。
刺客側に、まだ別格の気配が点在していることを。
◆
同時刻、エストレア学園。
「「「うおおおおおおおお!」」」
避難を進める生徒の間にも、歓喜が広がっていた。
たった今、役職の圧倒的な力を目にしたからだ。
「役職様、すごすぎないか!?」
「三人が揃うって中々ないよな!?」
「ああ、これなら負けねえよ!」
緊急放送が鳴った時はどうなるかと思ったが、今は安堵している。
誘導を続ける教師陣にも、先程までの焦りは見られない。
やはり役職とは、それほど偉大な存在なのだ。
ただし、その中で浮かない顔をする者が数名。
リーゼル、セレス、ヒマナだ。
「「「……っ」」」
三人は顔を見合わせる。
この場では、自分たちだけが役職の正体を知っている。
だからこそ、表向きには見えない事情を察することができた。
三人はそれぞれ、小声で交わす。
「これだけの技を使って……平気なの?」
「そんなわけないわ。いくらあいつでも、この規模を保つのは不可能よ」
「アスラ君……!」
リーゼルの疑問に、セレスもヒマナも表情を曇らせる。
たしかにアスラの力は底知れない。
だが、彼は今この瞬間も“一人”で対処している。
さらに、相手の強大さも身に染みて知っていた。
三人の意思はすぐに合致した。
「「「いこう」」」
そのまま小さくうなずき合う。
すると、すぐに避難の列から一斉に飛び出した。
「「「……ッ!」」」
「こら、待ちなさい!」
気づいた教師は声を上げるが、三人は振り返らない。
リーゼル、セレス、ヒマナ。
それぞれの胸に、同じ決意を抱いて。
(私が力になる!)
(一人で背負うんじゃないわよ!)
(アスラ君の居場所には私も入れて!)
三人はそのまま、大きな気配がする方へと向かった。




