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【書籍化】破滅フラグの悪役貴族、主人公ルートを先回りしたらヒロイン達が激しく執着してくるようになった  作者: むらくも航@6シリーズ商業化


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第3話 入学試験(詰み)

 「次の対戦組は、前へ」


 王立エストレア学園、第一闘技場。

 実技試験の会場に、試験官の声が響く。

 呼ばれて前に出たのは、ひとりの少女と、ひとりの青年。


 次の対戦は──『リーゼル・レインフェルト対アスラ・ヴァルティオ』だ。


「「「うおおおっ……!」」」

 

 二人が前に出ると同時に、周囲はどよめいた。


「ついにあのリーゼル殿か!」

「レインフェルト家のご令嬢がどこまでやるか見ものだな」

「今年の大本命か──“剣鬼姫(けんきひ)”」


 その歓声は、リーゼルに向けられたものだ。

 レインフェルト家は代々剣で名を立ててきた。

 その中でも、リーゼルはすでに『剣鬼姫』と称される才女だった。


 一方で、アスラへ飛ぶのは嘲笑(ちょうしょう)だ。


「出てきたぞ、あのクズ」

「冷やかしで来たくせに指名されてかわいそー」

「見ろよ、リーゼルを前に怯(おび)えてやがるぜ」


 “アスラが怯えている”。

 まったくもってその通りだ。


(マジでどうすんだよ~~~!)


 平穏な学園生活が失われることを心配して、だが。


 ここで変に目立てば、夢に見た平穏な学園生活が遠のく。

 だが、手を抜けば剣聖の正体を広められる。

 完全に詰みに思える。


(結局、何も思いつかなかった……)


 リーゼルとの話から多少時間はあったが、未だ回答は出ず。

 頼みの綱に、アスラは観客列にいるレーニャへ目を向けるが──。


(ご主人様、グッドラック)

(それでもメイドかあ!)


 口パクで煽(あお)られる始末。

 しかも絶妙に楽しんでいる顔である。

 ちなみに、同年代のレーニャも受験生なのだが、先程さくっと勝利していた。


「両者、構えて」

「うっ」


 アスラの苦悩にも容赦(ようしゃ)なく、審判は二人に指示を出す。

 渋々従うアスラだが、前を向けばリーゼルの青い瞳が突き刺さった。


「……」

「ヒョエッ」


 分かってるわよね?

 そう言わんばかりの鋭い眼光だ。


 校舎裏での言葉は脅しではない。

 本気を出さなければ、確実に剣聖の正体を広められる。


(どうする……!)

 

 アスラの考えもまとまらないままに、審判の号令が響く。


「はじめ!」


 同時に、姿勢を屈(かが)めたリーゼルが地面を蹴(け)った。


「はああああッ!」

「……!」


 ──速い。

 この前にも多く対戦があったが、群を抜いた俊(しゅん)敏(びん)性(せい)だ。

 両者の距離は瞬(またた)く間に縮まり、双方の剣が激しくぶつかる。


 カアァンッ!

 模擬戦用の木剣のはずが、甲高い音が闘技場中に響いた。

 リーゼルはギリっと力を入れながら、剣を受けたアスラを睨む。

 

「やっぱり受けられるんだ」

「うぐっ」


 しかし、アスラにとってはどうってことない。

 上段見てから防御余裕でした。

 そう言いたげな超反応だが、リーゼルは攻撃の手を休めない。


「じゃあ、これはどうかしら!」

「うおっ!」


 リーゼルは立て続けにラッシュを重ねる。

 洗練された華(か)麗(れい)な剣(けん)捌(さば)きだ。

 “剣鬼姫”の名に恥じない剣技に、周囲からは歓声が届く。


「うおおおおおおお!」

「なんて剣技なんだ!」

「これが才能というものか!!」

「いや、でも……」


 しかし、中には気づく者もいる。

 素晴らしい剣技には間違いないが、アスラはそれを一撃ももらっていない(・・・・・・・・・・)と。

 リーゼルの真意に気づいたアスラは、小声で口に出す。

 

「おい、いじわるしてんだろ!」

「さあね! はあッ!」


 口を動かしながらも、アスラはリーゼルの渾身の突きを見事にかわした。

 それに若干の動揺が走る。


「またかわしたぞ……?」

「いやいや偶然だろ」

「悪運が強いねえあのクズも」


 これこそがリーゼルの狙いだった。

 攻撃の手を休めず、防御させることで周囲に段々と違和感を抱かせる。

 今のまま全て防御すれば、リーゼルが正体を言わずともアスラの実力がバレてしまうのだ。


(このままじゃまずい……!)


 リーゼルにバラされるか、自らバラすことになるか。

 究極の二択を迫ってきたのだ。

 一度手を休めたリーゼルだが、次は止まらないだろう。


「いくわよ」

「ぐぬぅ……」


 対して、アスラは覚悟を決めた。

 

「──しょうがないか」


 すると、アスラはふっと力を抜く。

 そのまま握り直した剣をただ(・・)前に構えた。


「一瞬だけだぞ」

「……ッ!?」


 アスラがリーゼルに剣を向けた──その瞬間。

 リーゼルはぞわっと背筋を凍らせる。


(隙が無い……!)


 その構えには、寸分たりとも隙が見当たらなかった。

 それどころか、リーゼル自身にも多大な影響を与える。


(これ、は……っ!?)


 アスラの構えには、崩せるイメージが全く湧かない。

 どこから打ち込んでも、どう打ち込んでも、絶対に反撃されてしまう。

 強制的にそう直感させられた。


 今のリーゼルに過(よぎ)るのは、悪いイメージのみ。

 悪いイメージは体をこわばらせる。

 それが強烈であればあるほど、人の体は硬直してしまう。

 

(なん、なのよ、これ……!)


 結果、リーゼルの体は固まった(・・・・)。


 一歩でも動けば斬られる。

 いや、一歩どころか、息を吸うだけでも斬られる。

 リーゼルの思考は、どんどんと恐怖に染まっていく。


 何をしても無駄。

 何もしなくても無駄。

 そう意識せざるを得ない内に、リーゼルの身体は動くことを諦めた。


 そして──。


(……あれ?)


 やがて、世界から音が消えた気がした。

 極度に狭まった視界は何も見えない。

 恐怖に支配された感情に、五感が働くことをやめたのだ。


 目の前までゆっくり歩いてきた、アスラにすら気づかない程に。


「ほれ」

「……っ!!」


 アスラは木剣で、ぽんとリーゼルの手を叩く。

 それだけで、リーゼルはカランカランと剣を落としてしまった。

 彼女の手が、究極の緊張から一気に解き放たれたように。


「「「……っ」」」


 闘技場に訪れたのは、静寂。

 息を吐いたアスラが振り返ると、ハッとした審判は慌てて声を大にして言った。


「しょ、勝者! アスラ・ヴァルティオ!」


 その瞬間、会場が一斉にざわつく。


「な、何が起きたんだ?」

「リーゼルが剣を落とした……?」

「あいつ何もしてなくないか?」

「買収したんじゃねえだろうな!」


 そう、外から見ればアスラは何もしていない。

 ただ“構えを取った”だけだ。

 だが、剣を向けられた本人はその限りではない。


(あれが、“剣聖の構え”とでも言うの……?)

 

 一瞬、アスラが剣聖の殺意を見せる。

 それだけでリーゼルの中から勝つイメージが消失し、体を極限まで硬直させた。

 まさに──『剣聖の構え』だ。

 

(何も、できなかった……)


 リーゼルは腰が抜け、その場に座り込む。

 そのまま落ちた木剣を見つめた。


 悔しい、情けない、認めたくない。

 そんな気持ちは確かにある。


 だが、それ以上に一つの感情が芽生えていた。


(──美しい)


 剣を向けられた時は恐怖したが、今は違う。

 剣士として、あれほど完成された構えは見たことがない。

 たとえ違う者が同じ構えを取ろうと、裏に見える“努力の差”は埋められない。


「……っ」


 アスラはクズだ。

 しつこく嫌がらせをされたし、今でもネガティブな噂は絶えない。

 しかし、憧れるだけの理由がそこにはあった。


 目指す場所がハッキリすると、リーゼルは清々しい気持ちで満たされる。

 すると、やりすぎたかなと思ったアスラは、恐る恐る手を差し出す。


「だ、大丈夫か……?」

「気安く触らないで」

「おっと、ごめん」


 だが、その手はパシと軽く払いのけられる。

 嫌がらせの対価みたいなものだ。

 リーゼルは自らの足で立ち上がると、アスラを真っ直ぐ見て伝えた。


「今度は私から触れてみせるから」

「……!?」


 それだけ言って、リーゼルは背を向けて歩いていく。

 もちろん“剣で触れる”という意味だ。

 次やる時は構えを崩してみせると伝えたつもりだろう。


 だが、言い方が非常に紛らわしい。


(ちょっとそれ詳しく聞いていい!?)


 アホなアスラは勘違いした。

 

 こうして、アスラの実技試験は終了。

 彼のクズエピソードも相まって、ほとんどの者には実力がバレていないだろう。

 結果的に、実力もバレず、正体を言いふらされる心配もなくなった。


 ただし、ごくわずかの者はアスラに何かを感じ取っていたようだが。


「ふーん」

「面白い奴じゃないか」

「これは楽しくなりそうっ」


 剣聖、賢者、武神。

 最強の三役職を担うアスラの、波乱の学園生活の幕開けである──。


補足ですが、実技試験は採点方式です。

敗北したから即不合格というわけではないので、リーゼルに関してはご安心を。

華麗な剣技も見せていますからね!

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