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【書籍化】破滅フラグの悪役貴族、主人公ルートを先回りしたらヒロイン達が激しく執着してくるようになった  作者: むらくも航@6シリーズ商業化


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第2話 少女からの接触

 「あ、あぅ……」


 見回り後、帰宅したアスラは自室のベッドに倒れ込んでいた。


 あの後、アスラはとにかく全力で逃げた。

 振り返りもしなかったし、言い訳ひとつ残していない。

 剣聖とは思えないほど情けない撤退である。


「終わって草」


 アスラは人生の終わりみたいな顔を浮かべていた。

 そのベッドにもたれかかるレーニャの表情には、若干……いや、かなり呆れた色が滲(にじ)んでいる。


「だから油断するなって言ったじゃないですかぁ。その“草”というのは分かりませんけど」

「ほんのちょっと気を抜いただけじゃん……」

「まぬけで草」

「なんで使いこなしてんの!?」


 普段通りのやり取りだ。

 だが、アスラにはいつもの軽さがない。


 それも当然だろう。

 剣聖、賢者、武神……正体不明の彼を、今まで多くの者が暴こうとした。

 それでもなお、アスラは華麗にかわしてきたのだ。


 そのはずが、“凡ミス”でレーニャ以外の人間に知られてしまった。


「俺のダラダラ学園ライフがあ~~~!」


 学園に入学しても、アスラは今の自(じ)堕(だ)落(らく)な生活を続けたかった。

 だが、正体を知られれば、それはもれなく崩壊するだろう。

 うなだれるアスラを、レーニャはじっと見下ろす。


「で? バレたのはどこのどいつなんですかぁ?」

「……それを聞いてどうすんの?」

「事と次第によっては──」

 

 一瞬浮かんだ鋭い視線と共に、スッとレーニャの袖口から細身の刃が覗く。


「それはダメー! 刀は仕舞いなさい!」

「あら、残念です」


 アスラに止められると、レーニャはゆるりとした目元と口調に戻る。

 訳あって(・・・・)今はメイドとして仕えているが、実は腕の立つ実力者だ。

 アスラには及ばなくても、その辺の騎士や冒険者よりずっと強い。


 相手のことも気の毒に思い、アスラは話し始める。


「学園で一緒になる子だよ。合格すれば同じ新一年生」

「お知り合いなのですか?」

「昔ちょっとね」


 侯(こう)爵(しゃく)家のアスラは、社交の機会も多かった。

 出会いは転生前の幼少期だったが、記憶の隅には存在する。

 ちなみに、しっかりとちょっかいをかけて嫌われている。


 だが、それだけではない。

 あの少女はもっと厄介な意味を持つ存在だった。


(あの子は、『エストレア・アカデミー』のメインヒロインだ)


 少女の名は、リーゼル・レインフェルト。

 艶(つや)のある紫(し)紺(こん)色のロングと、真っ直ぐな青い瞳が印象的な美少女だ。

 凛(りん)としていて、いかにも優等生だが、その奥には熱い芯を持っている。


 そんなリーゼルは──。


(剣聖ルートのヒロインだな)


 『エストレア・アカデミー』では、選ぶルートによってヒロインが変わる。


 剣聖ルートに入れば、剣士であるリーゼルと共に物語が進む。

 賢者ルートでは魔法に関わるヒロインが、武神ルートでは武闘派ヒロインが前に出てくるわけだ。

 鍛え方で道を選ぶもよし、ヒロインで道を選ぶもよし、という作りである。


 ちなみに、その設定上、本来(・・)このゲームはハーレムものではない。

 どの道を選んでも最後に結ばれる相手はひとり。

 それをアスラは根本から覆(くつがえ)しているわけだが……それはまた別の話。


 アスラは引き続き思考を巡らす。


(まさか学園前にヒロインにバレるとか、想定してねえよ……)


 夢に見た学園生活だった。

 入学後は適度にサボり、適度に昼寝しながら、のんびりだらだら過ごすつもりだった。

 そのために破滅フラグをへし折ったのだ。


 そのはずが、入学前から注目を浴びるような事態になればどうなるか。

 最悪、夢の自堕落学園ライフが消し飛ぶ。


「……明日、接触するか」


 明日には学園の入学試験がある。

 もしリーゼルが正体を漏らしていたら試験どころではない。

 アスラがぼそりと呟くと、レーニャが半目になった。


「接触してどうするおつもりで?」

「知らん! でも俺の平穏な学園生活のためには、ここでやる気を出さなければならん!」

「立派なようで目的が終わってますねぇ」


 そうして、アスラは明日に備えてそっこー寝た。


◆


「さあ来い……!」


 翌日、王立エストリア学園の門前。

 アスラは腕を組みながら仁王立ちしていた。


 だが、その目立つ様は当然のように受験生の注目を集める。


「なにしてんだあいつ」

「またろくでもないこと考えてるんだろ」

「クズのくせに入試なんか来るなよ」


 もちろん悪い意味で。

 周囲から飛んでくるのは、入学前から完成した悪評である。


(……変なこと考えてるのは否定できねえ)


 今更ながら若干後悔するが、アスラはめげない。

 国王にすら正体を隠す強メンタルでどっしり構えていると──。


「……!」


 門の向こうから、さらりと紫紺色の髪が揺れるのが見えた。

 目標の人物、リーゼルだ。


「あ」

「!」


 アスラが間抜けな声を漏らした瞬間、目が合ったリーゼルもぴたりと足を止める。

 昨日の今日のことだ、忘れるはずがない。

 お互いに見合ってしばしの沈黙の後、アスラは気まずそうに話しかける。


「ひ、久しぶり。急なんだけど、少しお時間をいただくことって……」

「……いいわ。私も話したいことがある」

「はは、ですよねー」


 鋭い視線は相変わらずだが、断られなかっただけマシと思うことにする。

 アスラはそのままリーゼルを連れ、校舎裏へと向かった。

 人目がないことを確認すると、アスラが口を開く。


「えっとー、何から話そうか」

「……」


 だが、幼少期の記憶が邪魔をして、切り出し方に迷う。

 マモノマスターになると称したアスラは、たとえスカートの中でも探すと何度も下から覗こうとしたのだ。

 結果、痛い平手打ちを食らっている。


 今の自分ではないにしろ、まずは謝罪をするべきか否か……。

 そう迷っている内に、リーゼルが口にした。


「私は、剣聖に憧れて剣を握った」

「!」


 開口一番、それだった。

 リーゼルはハッキリとした口調で話し始める。


「魔物から人々を守る姿も、誰にも名乗らず去っていくところも、ずっと格好いいと思っていた」

「ずっと?」

「何度か見たことがあるもの」


 リーゼルは視線を逸らすと、迷いながらも続ける。


「その正体があなただったなんて、正直まだ信じられない。認めたくないし、戸惑ってもいる」

「は、はい……」

「──でも」


 リーゼルの声が、強くなる。


「“剣聖”という存在に憧れる気持ちは変わらない」

「……!」


 その言葉に、アスラは息を呑んだ。


 クズ悪役貴族──アスラ・ヴァルティオ。

 リーゼルの中では、その評価と“剣聖”への憧れがうまく結びつかないのだろう。

 だからこそ、リーゼルは確かめたかった。


「だから、入試で私と本気で戦って」

「え?」

「実技試験は一対一の模擬戦。そこでは指名もできたはずよ。私はあなたを指名する」


 リーゼルはアスラにすっと人差し指を向けた。


「昨日の事は誰にも話してない。正体を広められたくなければ、本気を出しなさい」

「……っ!」

「それで自分の気持ちを整理する。あなたが本当に、私の憧れる剣聖なのかを確かめてから」


 言うだけ言って、リーゼルはくるりと背を向ける。


「じゃあ」

「ちょ待っ──」


 止める間もなく、リーゼルは歩き去っていった。

 あとに残されたのは、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くすアスラだけ。

 否、近くの茂みがもぞりと揺れる。


「どうするんですかぁ?」


 草の装飾を両手に、レーニャが草陰からぬっと顔を出した。

 リーゼルは隠れていた彼女を察知できなかったようだ。

 もちろんアスラは気づいていたが、その質問には迷う。


「ぐ、ぐぬぬぅ…………」


 目立ちたくないのに、本気の勝負を挑まれた。

 かといって本気を出せば、周囲から怪しまれる。

 アスラは両手で頭を抱えたまま、空へ向かって叫ぶ。


「どうしようかねえ!!!!」


 平穏を望むアスラの学園生活は、早くも窮(きゅう)地(ち)に立たされた。

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