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【書籍化】破滅フラグの悪役貴族、主人公ルートを先回りしたらヒロイン達が激しく執着してくるようになった  作者: むらくも航@6シリーズ商業化


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第1話 クズ悪役貴族

 「なーんて良い昼寝日和だ」


 王都のとある公園。

 大きな木の下で、ひとりの青年が寝転がっていた。


 時刻は午後一時過ぎ。

 昼食を終え、勤勉な者は午後の予定に、真面目な学生は勉強に励む頃だ。

 そんな中、堂々と昼寝を決め込む男を見れば、視線が集まるのも当然だった。


「誰かと思ったらあいつかよ」

「クズは呑気でいいよなあ」

「もうすぐ学園が始まるってのに」


 クスクス、ひそひそ。

 青年には隠す気もない冷笑が飛んでくる。

 しかし、青年は特に気にした様子もなく空を見上げた。


「むしろ、こんな日に昼寝しない方がどうかしてるっての」


 彼の名は──アスラ・ヴァルティオ。

 ヴァルティオ侯(こう)爵(しゃく)家の嫡(ちゃく)男(なん)であり、来月に学園入学予定の十五歳の青年だ。

 そして、その中身は前世の記憶を持つ“転生者”である。


(今更ながら、すごい話だよなあ)


 ここは、『エストレア・アカデミー』というファンタジーゲームの世界。

 前世で何千時間もやり込んだゲーム内に、彼は転生した。

 しかし、転生先は屈指の嫌われキャラだった。


(あの(・・)アスラだったのは正直きつかったけど)


 強くもないくせに尊大で、女にはちょっかいをかけ、立場を盾に好き放題する。

 その結果、メインヒロイン達には片っ端から嫌われ、どのルートでも主人公側に叩き潰される。

 “クズ”という言葉が誰より似合う悪役貴族だ。


 ゲーム内で嫌われていたのはもちろん、ユーザーからの人気も最低だった。


(ま、あんなことしてりゃ嫌われるよな……)


 そんなアスラの幼少期クズエピソードは、よく知られている。


 ご令嬢のドレスにワインをぶっかけて泣かせたり。

 深夜に執事を叩き起こして無理やり働かせたり。

 盗んだ馬車で走り出したり。

 

 すぐに挙げられるものでこれだけだ。

 当然、他にもあらゆる悪行を行っていた。


(でも、俺にはどうしようもなかったんだよ)


 もっとも、それはアスラの“転生前”の話。

 アスラが記憶を取り戻した時にはすでに遅し。

 彼の評判は、とっくに地の底だった。


 アスラがいまさら善人ぶっても遅い。

 このままゲーム通りに学園へ進めば、待っているのは破滅だけだ。

 それなのに、こうしてのんびり昼寝をしていられるのは、もちろん理由があった。


(ここまで先回りすれば破滅はないだろ……多分)


 このゲームには数多くのルートが存在する。

 だが、最終的な構図はどれも同じだ。


 主人公は己を鍛え、その果てに三つの“最強職”の内一つを授かる。

 剣を極めれば、剣聖。

 魔法を極めれば、賢者。

 体術を極めれば、武神。


 そして、その最強の力を以てラスボスへ挑む。


(アスラの最後は悲惨だけどなあ……)


 ちなみに、アスラは道中であっけなく死ぬ。

 剣聖ルートなら斬られ、賢者ルートなら焼かれ、武神ルートなら殴り飛ばされる。

 死に方に多少の違いはあれど、結論は変わらない。


 ならばどうするべきか。

 そう考えた時、転生直後のこの男は気づいた。


 ──その役職、俺が先に全部なればよくね?


(我ながら天才かもしれん)


 あまりにも単純、あまりにもバカげた発想だ。

 だが、三つの役職はその分野で最も優れた者に贈られるもの。

 理論上は複数を担うことも不可能ではない。


 普通は無理だが、アスラには前世の知識があった。

 効率の良い成長ルートも、最適な狩場も知っていたのだ。


(苦労もしたけど、なんだかんだでハマったな)


 アスラ自身の才能は、よくて中の上。

 だが鍛えた分、目に見えて強くなる感覚は前世にはない快感だった。

 アスラは努力を努力と思わず、どこまでも鍛錬を重ねた。


 そうして、剣を振り、魔法を学び、武術を磨き、正体を隠して実績を積み上げたアスラ。

 今の彼は、表向きこそ嫌われ者の悪役貴族だが、その裏では──。


(剣聖、賢者、武神……全部俺!)


 本来なら別々のルートの主人公がたどり着く最強職。

 その全てを手にしていた。


(正体は隠してるんだけどな)


 しかし、アスラは正体を明かしていない。

 変に持ち上げられ、何かと巻き込まれるのが面倒だからだ。

 そうなるぐらいなら、周りからバカにされても自(じ)堕(だ)落(らく)に生きたいと考えている。


 だが、誰一人として知らないわけではない。


(知ってるのは一人だけ)


 アスラがちらりと視線を上げると、一人の少女が映る。

 隣で正座をしているメイドだ。


「どうしたのですかぁ、ご主人様」

「いや、なんでも」


 少女の名は、レーニャ。


 落ち着いた茶髪ロングに、端麗な顔立ち。

 気だるげに垂れた瞳は、ゆるふわ系の人柄をより際立たせる。

 見上げたアスラの視線には、しっかりと大きな胸が映った。


 このレーニャこそが、唯一アスラの正体を知る者だ。

 アスラがふっと目を逸らすと、レーニャは彼の顔を両手で掴んだ。


「ご主人様」

「んむ!?」


 レーニャはアスラの顔を引き寄せると、自分の膝の上に乗せた。

 強制ひざまくらだ。

 普段の定位置に安定させると、レーニャは少し目を細めて伝える。


「最近のご主人様は油断しているように見えます。私はいつ正体がバレるかとハラハラです」

「そ、そうかー?」

「はい。事故というのは、少し慣れた時に起きるものですからねぇ」


 そう言って、レーニャは「めっ」とアスラのおでこに指を当てた。

 アスラを思っての注意だろう。

 対して、アスラはひらひらと手を振る。


「だーいじょぶ、だいじょぶ! 俺がどれだけ隠してきたと思ってんの!」

「それはそうですけど……」


 レーニャの不安に反して、アスラはまるで心配していない。

 これまで隠し通してきたのだ。

 今更バレるはずがないと心の底から思っていた。


 こうして今日もお昼を自堕落に過ごすと、アスラはやがて起き上がる。


「おっと、そろそろ見回りの時間だな」

「今日は剣聖の日でしたっけ」

「そうそう。じゃ、家に剣聖用の変装を取りに行ってっと……」


 剣聖としての職務があるようだ。

 はじめは面倒だと思っていたが、慣れてしまえばどうってことない。

 むしろ人並み以上に自尊心を持つアスラにとっては、役職の任は誇りにすらなっていた。


 その心情が、早速スイッチの入った言動に現れる。


「フッ。今日も向こうで仲間が待っている」

「剣聖の正体がこれなんて、憧れる人が気の毒ですねぇ」

「またまたご冗談を」

「はいはい、いってらっしゃいませ」


 軽口を交わすと、アスラは見回りへと向かった。


◆


「──こんなところか」


 王都から少し離れた森。

 一仕事終えたアスラは、持っていた剣を鞘(さや)に収める。

 その背後には、討伐された大量の魔物が転がっていた。


「「「グオォ……」」」


 討伐されたのは、最近被害が報告されていた厄介な魔物たち。

 しかし、剣聖のアスラにとっては雑魚も同然だ。

 問題があるとすれば、ただひとつ。


「ふぅ、あっちぃー」


 戦闘ではなく、運動後の暑さだけだ。

 ただでさえ激しい動きをする上、アスラは変装をしている。

 顔には仮面、体には重い鎧(よろい)をまとっているのだ。


 彼曰く、体格からカモフラージュするためらしい。

 国王から役職を授かる際も、その不審な重装備で現れて周囲をざわつかせたという。

 もちろん悪い意味でだ。


「はい、今日もおしまいっと」


 後片付けを済ませると、アスラは仮面に手をかけた。

 ごく自然に……本当に何も考えず、ただ仮面を外したのだ。

 緊張感のない戦闘のせいか、脳はすでに帰宅した気になっていたのかもしれない。


 ──人が近づいているとも知らずに。


「あ、あなたは……!」

「え?」


 やけに響いて聞こえた高い声に、アスラは腑抜(ふぬ)けた声と共に振り返る。

 そこに立っていたのは、制服に身を纏(まと)った少女。

 それも、すごく見たことのある顔だ。


(あの子は!)


 学園が始まれば、間違いなく物語の中心に立つ少女だ。

 だが、今はそこじゃない。


「ん?」


 アスラは「あれ?」と、手に取った仮面を二度見……いや三度見した。

 そして事態に気づいた途端、大きく息を吸う。


「はぅあっっっ!!!!」


 悲報、アスラの正体バレる。


まさかの凡ミス──。


ということで新作です!

努力しすぎたアスラは、ルートを先回りして、主人公の最終地点を全部自分で埋めました。

これで平穏な生活は守られる、めでたしめでたし……かと思いきや?

正体がバレたアスラの活躍(奔走)をお楽しみに!

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