第29話 今まで以上に
「【三役職の裁き】」
アスラが手を前方にかざす。
その動きに呼応するように、刺客側へ輝く巨剣が迫る。
剣聖の剣に、賢者の魔法・武神の闘気を纏わせた必殺技だ。
対して、刺客側は避けることも出来ない。
「「「あ、あぁ……」」」
成す術が無いのだ。
全てを諦めると、人は動くことをやめる。
彼らは自分達に降りてくる巨剣を、ただ見上げることしかできなかった。
──ズシィィィィィン。
それほど最後は静かに。
ただ圧倒的に、アスラが勝利した。
「終わりだな」
アスラは再び魔法陣を展開すると、三種の神器を収める。
そのまま刺客側に背を向けて、口にした。
「脅威の排除、完了」
役職の任を遂行した時のように。
もっとも、刺客側は死んだわけではない。
戦闘不能に陥っているだけである。
アスラは技の直撃を避け、うまく衝撃だけを当てていた。
「「「…………」」」
アスラは、口では葬るだの物騒な事を言うが、実際に殺しはしない。
信念にある通り、その力は“守る”ためにあるのだから。
ただし、刺客の行き着く先は、一生出られない牢獄だ。
すると、離れていたリーゼル達もようやく顔を出す。
その中で、ヒマナがぽつりとこぼした。
「倒した……」
しかし、両手放しに喜ぶことはできない。
全員、アスラの戦闘に圧倒されてしまっていたのだ。
剣聖、賢者、武神と、それぞれの顔は知っていた。
他の戦闘スタイルを教えられるのも、「役職なら出来るか」と思っていたに過ぎない。
しかし、アスラは三役職全てだったのだ。
「「「……っ」」」
それを知ると、驚きと同時に距離を感じてしまう。
アスラの立つ場所が、急に遥か高みにあるような気がして。
──そんな中、重い空気をぶち破る音が鳴る。
近くの草むらがガサガサっと動いたのだ。
「ご主人様ぁ」
「お、レーニャ──って、うわ!?」
現れたのはレーニャ。
しかし、アスラは彼女の“運び物”に目をぎょっとさせる。
「それ、別の刺客たちか?」
「はい。全員気絶させてます」
「扱い雑ぅ……」
レーニャは刺客たちをムチで縛り上げ、ズルズルと引きずってきていた。
刺客の汚れ具合から、おそらく100メートル以上。
容赦がないにも程がある。
すると、レーニャはちらりと視線を移した。
「それにしても──」
固まっているセレス達の方向だ。
「明かしたのですね、正体」
「まあな。どうせ遅かれ早かれだろ」
「ふーん……ま、いいですけどぉ」
レーニャは、つーんと拗ねたような顔をする。
自分だけが知っていたアスラの秘密を、周りも共有したからだろう。
その腹いせか、レーニャは意地悪っぽく言い放つ。
「これでまた、のんびり出来なくなりますねぇ」
「ぐっ……だから来るか迷ったんだよなあ」
「役職なのに助けに来ないのはもっと最低ですが」
「いや、冗談ね!?」
そこには、何ら変わらぬやり取りがあった。
普段のアスラと同じ姿に、リーゼル達は肩の力が抜ける。
「「「……っ!」」」
アスラはアスラだ。
彼が変わったのではなく、自分が新しい面を知っただけ。
そう思うと、彼女達もまた同じ距離感に戻れる気がした。
──否、同じではなく、今までより“もう一歩深く”。
「アスラ」
「アスラ!」
「アスラ君!」
その気持ちが、三つの呼びかけを重ねさせた。
◆
同時刻、とある隠れ家。
「ケイン様、三隊の魔石反応が消失しました」
「……そうか」
薄暗い室内で、椅子に腰掛けた男が答えた。
──ケイン。
刺客からは“あの方”と呼ばれる、組織のボスだ。
ケインは、林間学校に用意した三つの隊を全て失った。
そのことに激しく怒り──はしない。
「ほとんど確定だな」
林間学校に送り込んだ隊は、最初から駒としか思っていないのだ。
今回の襲撃失敗を経て、得られた見解を口にする。
「王立エストレア学園の一年生に、役職が二人以上。……いや、もう認めるべきか」
戦力計算上、一つの役職に遭遇した程度なら、一人は情報を持ち帰れたはず。
それが誰一人帰らない。
あれほどの戦力を粉砕するのなら、もうほぼ確定と言って良いだろう。
「三役職を担う者が存在する」
「「「……っ!」」」
セレスの件に加え、数々の検証、そして今回の襲撃。
ケインは三役職が一人であり、それが一年生であると断定した。
周囲の部下は思わず息を呑む。
しかし、誰もケインを疑いはしない。
この場にいる全員が、彼が最も“賢い”者だと信じているからだ。
すると、ケインは手を前に差し出す。
「残った戦力を結集させろ。二週間以内だ」
「ケイン様、ということは……」
「ああ」
部下の確認に、ケインはゆっくりうなずく。
「狙いを学園に定め、王都全土に奇襲をかける。そこで決着だ」
最終決戦に向けて、準備を整えるつもりなのだろう。
ケインは口角を上げながらも、その目には憎悪を浮かべていた。
「首を洗って待っていろ。今代賢者」
◆
再び、アスラの地点。
「あ、あのー、皆さん?」
「「「…………」」」
アスラは女の子達に囲まれていた。
リーゼル、セレス、ヒマナ。
三人は飛び出してくると、アスラの前に立っている。
呼びかけたものの、いざ前にすると言葉が出てこないようだ。
結果、三人がアスラをじーっと見つめる光景となっていた。
対して、そんな乙女心が分からないアスラは、ひたすら焦る。
「お、怒ってます?」
事情があったとはいえ、正体を隠していたのは事実。
それも各々に違う顔を見せていたのだ。
さらには、それぞれに「二人だけの秘密」などと抜かしていた。
後ろめたい事をしていたのは間違いない。
ただ、三人もそこは事情を汲んだ。
リーゼル、セレス、ヒマナは順にうなずく。
「……まあ、仕方ないか」
「こればっかりは責められないわ」
「むしろよく隠してきたね」
何よりも感心が真っ先に浮かんだらしい。
今さら責める気にはなれなかった。
アスラはほっと胸を撫でおろす。
「た、助かったあ……」
しかし、こうなれば一つ忠告しておく必要がある。
「けどすまない。君たちには役職の名の元に命じる」
「「「……!」」」
急にアスラの目がキリっと切り替わる。
その言い方をされれば、従う他ない。
三人も思わず背筋を伸ばすと、アスラはすっと両手を前で合わせた。
「周りには黙っておいてくんね?」
「「「……はぁ」」」
あまりにもしょぼい職権乱用だった。
ただ、そんな変わらない所には親近感を覚えられる。
三人は息をつくと、それぞれ同じ答えを出す。
「言うわけないよ」
「こんなの知られたら、大騒ぎどころじゃないわ」
「国防の問題にも直結するかも……」
「みんなぁ!」
その答えに、アスラは両手を握り合わせた。
これで今以上に正体が広まることはないだろう。
そんな中で、コノメはふと一つ気づく。
「ですが、あんな派手な事をすれば騒ぎになっているのでは……?」
「ああ、それは対策済みだよ」
アスラはパチンっと指を鳴らす。
その瞬間、宿舎方面に張った透明な結界が割れた。
すぐさま、遠方からの生徒たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。
「みんなは呑気に夜遊び中だな」
「……! ……なるほど」
すると、コノメはやけに深くうなずいた。
今の事だけではない。
また一つ、アスラに秘密に気づいたのだ。
(そういうカラクリ、でしたか……)
今代の役職が就任して以来、国内の犯罪件数は大幅に減った。
コノメも分析していたが、役職が強いからだろうとしか思っていなかった。
しかし、実態は違った。
今のようにして、アスラが人知れず解決していたのだ。
音を遮断して、日常の裏側で、誰にも気づかれないように。
平穏を望むアスラは、人々の平穏までも守ってきたのだ。
コノメは改めて、心の中で誓う。
(この身が尽き果てるまで、ずっと付き従わせていただきます)
そんな決意は知らず、アスラはビシっと宿舎を指す。
周りに呼びかけながら。
「てことで、俺たちも遊ぼうぜ! もう目が冴えちゃったよ!」
「「「……!」」」
あれだけの力を使ってなお、元気に。
後方ではズズズっと刺客が魔方陣に吸い込まれている。
今回の騒動は、これで終わりだと確信したのだろう。
対して、リーゼル、セレス、ヒマナ。
三人は食い気味に答えた。
「それなら私の技を見て。必殺技のコツを掴んだ」
「あ、ずるい! わたしだって仕上がってきたわ!」
「アスラ君なら、見てくれるよね?」
「!?」
そのまま、ずいずいずいっとアスラに詰め寄る。
いつも通り──否、それよりも明らかに強い圧で。
その執着具合には、アスラも若干身を引いた。
「……やっぱ宿舎に帰ろうかな」
すると、すぐさま行動に起こす。
三役職はバレたため、もう好き勝手に業を使って。
「剣聖ステップ、とうっ!」
「「「ああーっ!」」」
そんな光景を、レーニャとコノメは後方から眺めていた。
「まったく、大人げないですねぇ」
「ふふ、あれがアスラ様ですから」
近い立場として、二人もまた共感しているのだろう。
セレス達とはまた違った執着の仕方だ。
ちなみに、結局遊びすぎた結果、アスラは翌朝の集合に遅刻しかける。
「ギリギリですね、アスラ君」
「あ、あっぶねえ……!」
この事から、他生徒からはまた蔑まれることとなった。
彼が裏で林間学校を救った英雄だとは知らず。
こうして、二泊三日の林間学校は終了。
ヒロイン達は、アスラの新たな一面を知る機会となった。
結果、今まで以上にアスラに執着を向けることになる。
リーゼルも。
(どこまでも憧れさせてくれるんだね)
セレスも。
(目指す場所は高い方が良いわ!)
ヒマナも。
(どれだけ遠くても、アスラ君の居場所には私がいたい)
ただし、アスラだけは少し違う。
今回の振り返りをしていたのだ。
(──二週間だな)
今回の戦力、敵の規模、役職の任で聞く不穏な噂。
諸々の要素を考慮して、次の襲撃を予測したのだ。
(そこで全ての決着がつく)
だが、役職を務める者として、周りを巻き込むつもりは一切ない。
(俺はやるべきことをやるだけだ)
アスラはひとり、心の中で準備をする。
守るべき存在を守るために。
彼の日常には欠かせない存在を守るために。




