第27話 最優先事項
少し時はさかのぼり。
「お父さんっ」
二日目の夜。
リーゼルは宿舎を飛び出し、一人の男を追っていた。
見回り担当として外を歩いていた、父グラムである。
その呼び声に、グラムは振り返った。
「リーゼルじゃないか。どうした、こんなところまで」
「別に。……けど、話せる機会がなかったし」
「フッ、そうか。ならば一緒に見回りでもしよう」
二人はそのまま夜の森を歩き始める。
すると、リーゼルの方から尋ねた。
「日中は人を探してるように見えたけど?」
「有望な人材を探していただけだ」
「ふーん」
グラムは、アスラと会ったことを口にはしない。
男同士の約束というやつだろう。
ただ、一つだけは答えた。
「リーゼルの学園が楽しそうで何よりだよ」
「……ま、まあ」
リーゼルは視線を下げると、恥ずかしそうに紫紺の前髪をいじる。
誰のおかげで楽しいのか、頭に過ったのだろう。
──と、その瞬間。
「リーゼル!」
「!?」
グラムはドンッとリーゼルを押し退けた。
すると、リーゼルのいた場所に魔法が飛んでくる。
いきなりの“敵襲”だ。
尻もちをついたリーゼルは、すぐにグラムを見上げた。
「お父さ──!」
「魔法に槍を混ぜていたか……ぐっ」
「……っ!」
すると、一本の槍がグラムの足を貫いている。
グラムはさすがの反応で、魔法を弾いた。
だが、その魔法に隠れるように、槍が仕込まれていたのだ。
高度な技術を持つ者達による、洗練された合わせ技だ。
よろめくグラムを、リーゼルが慌てて支える。
「大丈夫!?」
「私の心配はいい! それより、次に備えろ……!」
「……ッ!」
その言葉に、リーゼルは剣を抜いた。
隣の父と共に、まずは周囲の視界を遮る。
「はあッ!」
土煙を舞い上がらせると、リーゼルは父を連れて距離を取る。
先程のような遠距離攻撃には、対処は困難だからだ。
だが、リーゼルの胸中から焦りは消えない。
(一体、どこのどいつが……!)
グラムに傷を負わせる相手だ。
相当な手練れに違いない。
「お父さん、急ぐよ」
「ああ、この程度ではくたばらん!」
グラムは刺さった槍を無理やり抜いた。
そのまま、二人は急いで森を引き返していく。
◆
森の中、別地点。
「【風の障壁】……!」
コノメが風の防御を展開した。
彼女は振り返ると、後方に伝える。
「今は一旦安全のはずです! その間に態勢を整えてください!」
「ええ!」
「うん!」
返事をしたのは二人。
セレスとヒマナだ。
コノメを含めた三人は、宿舎から離れたこの場で特訓をしていた。
周囲に被害を出さないためだろう。
だが、その最中に何者かの遠方攻撃が飛んできた。
幸いにも攻撃は誰にも命中していない。
すると、セレスは杖を構える。
「わたしたちが宿舎から遠いのは、不幸中の幸いね」
「そうだね。私たちで迎え撃とう!」
ヒマナも続こうとする。
しかし、コノメだけは強い口調で制した。
「ダメです」
「「!」」
「私が言ったのは、“撤退”の準備です。戦ってはいけません!」
珍しく命令口調だ。
それもそのはず、コノメは先程の魔法で相手の格を感じ取っていた。
(相手は上級魔法官クラス……!)
普段から使者として関わるため、レベルを理解できたのだ。
しかも、相手が一人とは限らない。
セレスよりも早く、その危険域を見抜いていた。
そんな中、後方から二人の気配が近づく。
「みんな、ここで何してるの!」
「リーゼル様にグラム様──って、ケガを!」
リーゼルとグラムだった。
だが、グラムの状態が芳しくない。
コノメはすぐに駆け寄った。
「毒が広がっている……」
グラムは自力で槍を抜いたが、そこには猛毒が盛り込まれていた。
ポーションは施したものの、傷口は広がるばかりだ。
コノメはすぐに治療に取りかかる。
「風魔法でポーション効果を促進させます。少々我慢を」
「情けないところを……」
「いえ、立派です。お休みなさってください」
「すまない……」
コノメの魔法により、グラムは眠りにつく。
グラムの実力は、その場にいる全員が知っていた。
その男が傷を負う姿に、セレスとヒマナも感じ取る。
相手が本当にやばい奴らだと。
コノメは状況を整理し、再び指示を出す。
「把握する限り、私たちが一番宿舎から離れています。ここを狙ったということは、相手も宿舎には到達していないはず」
「ええ」
「では速やかに退避を。グラム様は私の風魔法で運びます。皆さんは周囲の警戒を手伝ってください」
使者としての冷静さが発揮されていた。
その指示にうなずくと、全員で宿舎方面に走る。
しかし、ドドドドドォンと魔法の攻撃が襲ってくる。
「「「くっ……!」」」
明らかに物量が増えた、無差別攻撃だ。
リーゼル達が合流したことで、別動隊の二つが狙いを一つに定めたのだろう。
まずは彼女達を潰そうという魂胆が見える。
コノメ達も障壁を張っているが、足止めは免れない。
そうなれば、距離を詰められるのは時間の問題だった。
「そこまでだ」
「「「……!」」」
少し開けた場所で、セレス達は見つかってしまう。
正統派の剣士の男を先頭に、柄が悪い連中がずらりと並んでいる。
剣士の男はセレスたちを見渡すと、手元の紙を確認した。
「セレス・エーデルンに、リーゼル・レインフェルト、ヒマナ・ヘリーバーだな。捕獲リストに入っている」
「リスト? ──って、まさか!」
セレスの中で、点と点が繋がる。
「わたしに魔法を仕掛けたのは、あんた達ね!」
「魔法? ああ、そんな事もあったな」
かつて校外学習でセレスを襲った、あの正体不明の魔法。
長らく謎だったそれは、この組織の仕業だったのだ。
対して、剣士の男は些事のように流す。
「あれも、あの方の策の一つだ」
「あんた達は何をしようって言うのよ……!」
「我々の行動指針は一つ」
剣士の男は淡々と告げる。
「役職を見つけ出すことだ」
「「「……!」」」
「学園内でもお前たちは目立つ。そこに近づけば、役職の正体に近づく。あの方はそう考えている」
リーゼル達も息を呑む。
役職の正体は学園の一年生、という所まで迫られていると理解したからだ。
一人の少年が頭に浮かぶ中、セレスは問答を続けた。
「役職に、恨みでも持ってるのかしら?」
「そこまでは答えられん」
「……そう」
得られる情報はここまでのようだ。
だが、タダでやられるわけにはいかない。
セレス、リーゼル、ヒマナ。
三人は一瞬のアイコンタクトの後、一斉攻撃を放つ。
「「「はああッ!」」」
しかし、剣士の男には届かない。
──シュンッ。
「「「……ッ!」」」
剣士の男は、何事も無かったかのように攻撃を無力化した。
三人の攻撃を、音もなく横に斬ったのだ。
特訓で疲労しているとはいえ、明らかに強い。
すると、剣士の男は口にした。
「私は組織のNO.4。ナメてもらっては困る」
「……っ」
その言葉に、コノメはさらに危機感を強めた。
(こちらの戦力では……!)
この男は、上級魔法官なども在籍する組織の中で、四番目の地位。
しかも、立ち振る舞いはエリートのそれだ。
元は名のある剣士だったに違いない。
しかし、対抗手段も浮かばぬ間に、剣士の男が屈んだ。
「では、終わりだ」
「「「……!」」」
剣士の男が地面を蹴る。
同時に、後方の刺客たちも一斉に攻撃を放った。
多属性の魔法に加え、闘気を乗せた遠距離攻撃だ。
コノメ側には防御できる術が無い。
彼女達が歯を食いしばった──その時。
『そこまでだ』
「「「……!?」」」
ドドドオオオンッ!
どこからか聞こえた声と共に、三つの衝撃が夜の森に落ちた。
両陣営の間に、三つの“防御”が同時に叩き込まれたのだ。
一つは、天からの斬撃。
剣士の男は、顔をひきつっていた。
「私の攻撃が、防がれただと……?」
もう一つは、【全属性結界】。
多属性の魔法を全て受け切っていた。
「「「なっ……!」」」
そして最後は、【闘気弾】。
闘気を込めた多数の攻撃を、一つの弾で粉砕した。
「「「バカな!?」」」
対して、リーゼル、セレス、ヒマナ。
三人は自分の理解できる分野に、思わず反応していた。
「これは剣聖の……?」
「賢者の魔法……」
「武神さんの闘気……」
思い当たる人物は、ただ一人。
忘れるはずがない。
今の技は、それぞれが最初に見せられた役職の業だったのだから。
すると、思い浮かんだ男が上空から降りてくる。
「ちぇっ、せっかくここまで隠してたのに」
「「「……!」」」
アスラだ。
彼は宙に浮きながら、刺客側を見下ろす。
「どうしてくれんだよ」
この姿はすなわち――アスラが三役職であることの証明でもあった。
リーゼル、セレス、ヒマナ。
三人にとっては衝撃だ。
それぞれ顔を見合わせながら、ようやく答え合わせをした。
「じゃあ」
「アスラは──」
「三役職全て……?」
みんな信じられないような表情だ。
ただ、コノメだけは静かに目を閉じた。
「やはり、そうでしたか」
コノメは薄々気づいていたのだろう。
その上で、賢者の使者として踏み込みすぎないようにしていた。
ただ、一つだけ尋ねる。
「どうして、今ここで?」
「特別な理由はない」
対して、アスラは迷わず答えた。
「俺がいる場では犠牲は出さない、それだけだ。この役職の名に誓って」
「……! さすがです」
あれほど隠してきた役職だが、“最優先事項”は心得ている。
守るべき者が目の前にいれば、全てをなげうってでも守る。
それが三役職としての務めだ。
「けどまあ――」
アスラは手を鳴らす。
その目には、怒りが宿っていた。
「刺客側には、責任を取ってもらおうか」




