第26話 レーニャの想い
「うーーーんっと」
二日目の夜。
アスラは宿舎の中で、のんびりしていた。
背伸びをしたまま、ふと窓から外を眺める。
「みんな元気だなぁ」
本日の日程は終わり、生徒たちは自由時間だ。
こぞって肝試しなり、キャンプファイアーなりしている。
教師・講師陣は外回りとのことで、気も緩んでいるのだろう。
そんな中、アスラはきょろっと周囲を見渡した。
「レーニャもどっか行ったし」
レーニャは一日目の夕方から姿を消した。
彼女に限って心配はしていないが、単純にちょっと寂しかった。
いつも騒がしいメインキャラ達も、相変わらず特訓に励んでいるようだ。
だがこれは逆に、束の間の休息とも言える。
「ここは思いっきり休むぜ! とうっ!」
アスラはベッドにダイブした。
◆
一方、山の外。
「こんばんは、袋のネズミさん達」
合宿地から離れた場所で、レーニャは“刺客”を迎えていた。
山の配置から考え、奇襲を仕掛けてくる位置を見越していたのだ。
その姿には、刺客も警戒を強める。
「あいつはまさか!」
「“冥土の案内人”か!?」
「同胞を潰したのはこいつか……!」
同胞とは、学園に潜んでいたスパイの事だろう。
そのほとんどはレーニャに捕まえられた。
対して、相手の顔ぶれを見たレーニャも口元に手を当てる。
「どこかで見覚えがありますねぇ……」
刺客の中に、顔を知る者がいる。
すなわち裏世界の住人だ。
だが、すぐに首を横に振った。
「まあいいでしょう。どうせ──」
「「「……!?」」」
タンッと木の上から飛び立つと、レーニャの姿が消えた。
「消えゆく者達です」
「「「ぐわああっ!」」」
次の瞬間、刺客たちの前に現れたレーニャは、武器を地面にたたきつける。
その衝撃は、刺客たちをまとめて払った。
数人は受け身も取れぬまま、戦闘不能に陥る。
レーニャは武器をビシィっと横に伸ばすと、不敵な笑みを浮かべた。
「たっぷり締め付けてあげますよぉ」
レーニャの武器は──“ムチ”。
長くしならせたムチを、手足のように自在に操るのだ。
しかし、レーニャはすぐに目を細める。
「へえ」
刺客側は大半が残っていた。
距離を取った者、防御を展開した者など。
レーニャが思ったより数は減らなかった。
ならばと、パシィンとムチで地面を叩く。
「やるではありませんか」
「こちらも対策は用意しているのだ!」
「そうでしたか」
刺客の一人が対抗してくると、レーニャは口角を上げた。
「では、少しは楽しめそうですね」
「「「……!」」」
レーニャが再びムチを引く。
それを皮切りに、刺客たちも各々の対抗手段を表に出す。
そのまま──“激しい交戦”が始まった。
ただ、やはり圧倒するのはレーニャだ。
「うふふふっ!」
「「「ぎゃあああああああっ!」」」
ムチが縦横無尽に暴れ回る。
それでも、音速をも超える先端は、正確に刺客を捉えていた。
まるで獣のように、確実に相手を狩っていく。
その中で、レーニャはチラリと地面に視線を向けた。
「!」
刺客の誰かから、バッジが落ちてきたのだ。
それを見たレーニャの目は大きく開かれる。
(上級魔法官……!)
魔法官とは、賢者に仕える立場の者。
試験に合格し、国に実力を認められた“公務員”だ。
その上級ともなれば、相当優秀な人材である。
(まあ元でしょうが)
現在の上級魔法官なら、アスラの資料から目にしたことがある。
その中にいた顔は見当たらない。
つまり、過去の上級魔法官だ。
そして、一つや二つではない。
レーニャはムチを振るい続けながら、刺客の持ち物や癖を観察する。
「あらまぁ」
「「「ぐわああっ!」」」
すると、どんどん出てくるではないか。
魔法官のバッジの他、師範代の剣士や、公認武術家の帯など。
上級魔法官にも劣らぬ経歴を持った者達が。
ただ、それ以上に驚くべきことがある。
(中々闇が深いですねぇ……)
彼ら公的機関の出身者と、裏世界の出身者。
それらが同じ組織にいる。
誰が見ても歪な集団だった。
レーニャは手休めに一度下がると、状況を整理する。
(ボスは、これら全てを仕切る存在……)
相手はかなりの“大物”だと考えられる。
人物も限られてくるだろう。
そう思考を巡らせていると、刺客側からの反撃が飛んでくる。
「どうした、冥土の案内人!」
「……! チッ」
それは難なく回避するレーニャだが、少し顔をしかめた。
経歴からも分かる通り、相手も一流だ。
普段見ている生徒たちとは全く違う。
しかし、だからこそレーニャの口元が吊り上がった。
「そうですねぇ。まずは、ぶっ倒すことに集中しましょうか」
「「「……!」」」
レーニャの目がカッと赤く光る。
彼女の本気モードだ。
「ご主人様の手を煩わせないために!」
そう言ったレーニャの頭には、アスラとの出会いが蘇っていた──。
────
レーニャは生まれつき貧困だった。
「うぅ……」
両親は幼い頃に失い、家も存在しない。
たった八歳にして、いつもお腹を空かせては、貧民街をさまよっていた。
ただ一つ持っていたのは──天賦の戦闘センス。
それを生かして、レーニャは裏稼業に手を染めた。
『小娘。この絵の男をやれ』
「はい」
レーニャは金をくれる者に従うだけ。
敵も味方もない。
ただ今日を生きるために、言われたことをこなした。
“冥土の案内人”。
畏怖を込めて、そう呼ばれるまで。
それでも、最後の一線──“殺し”だけはしなかった。
母が残した唯一の教えだったから。
しかし、そんな日々にもいつしか嫌気が差す。
「もう……疲れた」
十三歳にもなると、レーニャは活動を大幅に減らしていた。
善悪の区別が付き、自身の行いに心がすり減っていたのだ。
もう何に対しても感情が動かない。
そして、命を投げるつもりで、とある超難関ダンジョンへ潜った。
最後は自分らしく、戦いの中で死のうと思ったのだ。
そこで、同年代の少年を見つける。
「え?」
アスラだ。
彼は、巨大な魔物相手に技をぶっ放していた。
「うおりゃあ!」
「「「グギャアアアアッ!」」」
その光景に、初見のレーニャは思った。
(この人は何をしているの……?)
危険な場所で、危険な魔物相手に、妙に楽しそうに色々な技を試している。
普通なら関わりたくない。
なのに、なぜか目が離せなかった。
(同年代に私より強い人がいたなんて……)
爽快感に惹かれたのか、ライバル意識が芽生えたのか。
それはレーニャ自身にも分からない。
ただ、気づくとその場に座って眺めていた。
もう動かないと思っていた感情が、アスラに無理やり動かされたのだ。
やがて戦いが終わり、アスラがレーニャに近づいてきた。
「何しに来たのか分からないけど、暇なら明日も来たら?」
「!」
「もっと面白いもの見せてやるよ」
今思えば、アスラはレーニャがダンジョンに来た理由を感じ取っていたのかもしれない。
とにもかくにも、レーニャには行動をする理由が見つかった。
それからレーニャは毎日通った。
いつしかアスラを見に行くのが日課になった。
気がつけば、レーニャは死ぬという選択肢は消えていた。
そうして、ある日。
十五歳になったアスラは、レーニャを誘う。
「やることがないなら俺と来るか?」
「え?」
「これから面倒な事をしなくちゃいけなくてさー、協力してくれる人を探してるんだ」
そして、アスラは笑った。
「俺の“共犯者”になってくれ」
「!」
「悪い事をするなら、俺のためだけにするんだ。それなら君を守れる」
「……!」
初めてだった。
“冥土の案内人”ではなく、自分自身を見てくれた人は。
レーニャは迷うことなく返事をする。
「一生傍にいます」
それから、レーニャはすぐに裏世界から足を洗った。
また程なくして、アスラは三役職に就く。
貧民街にいたから知らなかったが、アスラは貴族間では「クズ」と呼ばれているらしい。
でも、そんなことはどうでもいい。
自分だけは、本当のアスラを知っているから。
自分に生きる理由を与えてくれたから。
────
「私の力は、ご主人様のためにある……!」
レーニャのムチは月光を反射しながら、宙を舞い踊る。
相手の装備は裂け、血飛沫が散る。
その姿は、まさしく獣の捕食だった。
「【月下の捕食】」
「「「ぐあああああああっ!」」」
本気のレーニャには、刺客側も成す術がない。
元上級魔法官に、有名な殺し屋、その他実力者たち──計八人。
その全てをレーニャは蹂躙し、全員を縛り上げた。
しかし、倒れた刺客の一人が、血を吐きながら笑う。
「さすがだ……冥土の案内人。ただ、あの方は、ここまで読んでおられた」
「?」
「別動隊が二つあるんだよ」
「……!」
レーニャはバッと後方を振り返った。
宿舎の方向だ。
その瞬間、ドドドオオオンッと聞き慣れた音が鳴り響く。
レーニャは目を見開いた。
「そ、そんな……!」
「フッ」
しかし、続けて口にした言葉は、刺客の想像通りではなかった。
「また、お手をお借りしてしまうなんて……!」
「ん?」
その言葉の真意とは──。




