第25話 厳格な父親?
「はじめまして」
林間学校、二日目の朝。
整列する生徒の前に、一人の大きな男が立っていた。
男はそのまま一礼する。
「グラム・レインフェルトです」
肩幅が広く、背も高い。
場にいるだけで、空気が少し張り詰めるような迫力がある。
その姿に、生徒たちはざわついていた。
原作知識を持つはずのアスラでさえも。
(リーゼルのお父さんだとーーー!?)
林間学校のイベントは把握している。
だが、原作にこんな展開はなかった。
困惑するアスラをよそに、教師は話を続けた。
「今年の一年生は期待が持てますからね。外部から講師を呼びました」
そう言って、さらに二人を紹介する。
細身の女性魔法使いと、たくましい体格の武術家だ。
これも、原作から強くなり過ぎた影響なのだろう。
そんな中でアスラは、未だリーゼルの父──グラムから目を離せない。
(顔めちゃくちゃこええ……)
グラムが“強面”だったからだ。
剣士というより、もはや武士と思えるぐらいに。
立っているだけで「ゴゴゴ……」と背景に文字が浮かんで見える。
アスラは静かに息を吐いた。
(まさか、こんなことになるとは。ていうか、リーゼルはこれを知って──)
チラリと横を覗く。
リーゼルは口をぱっかーんと開けて固まっていた。
(知らなかったらしい)
リーゼルも寝耳に水だったようだ。
そんな彼女の一方で、周りの生徒はざわざわしている。
「あのグラム様が講師かよ!」
「なんて光栄なんだ!」
「他の方もすごいぞ!」
「さすがは王立エストレア学園だ!」
レインフェルト家は、剣で名を上げてきた家系だ。
数世代前に平民から成り上がった、騎士爵家である。
その実力は折り紙付きで、すっかり古くからの貴族の信頼も得ている。
また、魔法と武術の講師も有名人のようだ。
生徒の興奮も冷めやらぬまま、林間学校は二日目の活動に突入した。
「では各自、鍛錬に励むように! 講師の方にもどんどん質問しましょう!」
「「「はい!」」」
生徒たちは意気揚々と散っていく。
その中で、アスラだけは目を細めていた。
(面倒な事にならなければいいけど……)
その視線の先では、リーゼルとグラムが軽く言葉を交わしている。
「どうして急に来たの」
「別に良いだろう」
アスラに、またも未知のシナリオが降りかかるのであった。
◆
二日目、午後。
「ふぅー」
アスラは樹木に寄りかかっていた。
その背伸びの姿勢のまま、遠くを見つめる。
「「「うおおおお!」」」
二日目の内容は、とにかく特訓。
休憩を挟みながら、朝から晩まで体を動かすのだ。
生徒たちは鍛錬を積んでいる。
対して、アスラは彼らの邪魔にならないよう、ここで休んでいた。
そんな所に、ふと一人の男がやってくる。
「君はこんなところで何をしている?」
「あっ」
リーゼルの父グラムだ。
もう無駄だと分かっていながらも、一応アスラはささっと姿勢を正す。
理由は怖いから。
だが唐突に、グラムは剣を手に取る仕草を見せた。
「!」
それに対応するよう、アスラも微動する。
立ち上がりもせず、ただほんの少し腕を動かしただけ。
しかし、この一瞬で、二人の脳内には無数の攻防がシミュレーションされる。
その結果──グラムは笑った。
「フッ、強いな」
「いやー、なんのことだか……」
「安心したまえ。詮索はしない」
「ほっ」
グラムの言葉に、アスラは胸をなでおろす。
ちなみに、今の攻防シミュレーションでも手は抜いている。
(一応、バレないようにはしたけど)
そのため、剣聖クラスとは思われていないはず。
生徒では、一番の実力者だと勘づかれたかもしれないが。
すると、グラムはどっかりと隣に腰を下ろした。
「でも、君だったか。娘をあんな風にしたのは」
「!?」
グラムはアスラを探していたようだ。
その強面に視線を向けられ、アスラの肩がぴくっと跳ねる。
お見合いする時の父親みたいなセリフだ。
何を言われるかと構えるアスラに、グラムは静かに続けた。
「最近、娘の成長が著しくてね。剣だけじゃない、精神面もだ」
「は、はぁ」
「わざわざ聞きはしないが、学園で誰かの影響を受けたのだろうと思っていたよ」
そして、グラムの口元が少し緩む。
「それに表情も豊かになった。親としては一番嬉しいことだ」
「……! そうですか」
その態度に、アスラも警戒心を解き始める。
話す内にグラムの本性が伝わってきたからだ。
(娘思いで人格者。不器用だけど、良いお父さんだな)
原作のグラムは、いわゆる“ちょい役”。
サブストーリーで少し名前が出るだけで、絵柄も用意されていない。
それがいきなりの強面でビビったが、アスラはすっかり安心していた。
グラムは空を見上げながら続ける。
「知っての通り、あの子は剣一筋でね。それ自体は悪くないし、私も止めはしない」
「まあ」
「しかし、剣以外を全部切り捨てるような生き方は……少し心配だった」
親としての本音だろう。
グラムはぽつりと吐露すると、アスラに目を向けて伝えた。
「だから、娘に変化をもたらした君には、感謝をしている」
「!」
「講師に応じたのは、娘に影響を与えた者を探すためでもあってね。それだけ伝えたかったんだ」
「そうでしたか」
剣士同士は、剣を交えれば生き方が分かるという。
二人の実力ならば、シミュレーションだけで充分伝わったのだろう。
グラムは生徒を順に見回り、アスラに辿り着いたというわけだ。
その父としての感謝に、アスラも礼儀を見せる。
「こちらこそ、娘さんのおかげで楽しい毎日は過ごせています」
「ほう」
正直、リーゼルには平穏を乱されている。
だが、刺激をもらい、この世界を楽しめているのもまた事実だ。
この言葉も全て嘘というわけでは無かった。
アスラはふっと笑って謙遜する。
「まあ、お父さんに感謝されることなんてしてませんけどね」
「む?」
しかし、急にグラムの眉間にしわが寄った。
「君にお父さん呼ばわりされるほど、娘とは親密なのか?」
「え」
「それは話が変わってくるが……」
「ち、違います! 断じて違います!」
アスラの慌てように、グラムも手を上げる。
「フッ、冗談だよ」
「はあ……」
心臓に悪い。
グラムは顔が怖いだけで、意外とお茶目な所もあるようだ。
ただ、最後はしっかりとアスラに強く伝える。
「これからも、娘もよろしく頼む」
「……! わかりました」
良い返事に、グラムは立ち上がった。
「休憩もほどほどにな」
「うぐっ」
そう言い残し、手を上げて去っていく。
アスラは何かと警戒したが、蓋を開けてみればただの良い父親であった。
その背中を見ながら、アスラはフッと笑う。
「任せてください」
友人としても、剣聖としても。
アスラは両方の意味でそう答えた。
それを揺るがす事態が、この後に起きるとは知らず。
◆
二日目、夜。
──ぶぉん。
何も無いはずの崖に、突如ひとつの魔法陣が浮かんだ。
光を帯びたそこからは、複数人の影が現れる。
「ここが合宿場所か?」
「学生さんは呑気で良いねえ」
「おい、緊張感を持て」
全体的にヘラヘラ笑っているが、一人だけ注意を促す者がいる。
彼は周りに呼びかけた。
「言われただろ。厄介な存在がいるって」
すると、それに答える声が聞こえた。
「それって誰のことですかぁ」
「「「……!」」」
複数人は、一斉に空を見上げる。
その声の方向だ。
「うふふっ」
ヒュオオオと辺りに風が吹く中、樹木の頂点に一人の少女が立っている。
月夜に照らされるように、彼女は微笑みを見せた。
その少女は──レーニャだ。
「こんばんは、袋のネズミさん達」
レーニャは武器を手に取った。




