第23話 成長と執念
「最も得意なスタイルに分かれて進んでもらいます」
教師の説明に、アスラは口をあんぐりと開けた。
原作には存在しなかった展開だからだ。
その直後、後ろから三人の声が重なる。
「剣ルート、行くんでしょ?」
「あんたは魔法よね?」
「アスラ君は武術だよね!」
リーゼル、セレス、ヒマナ。
剣、魔法、武術、それぞれのルートヒロインだ。
「うぐっ……」
これにはアスラの顔もひきつる。
しかも、一番早かったルートには“報酬”があるという。
教師の余計なお世話のせいで、三人も張り切っているようだ。
もし一つのルートだけが勝てば、残り二人から何を言われるか分かったものではない。
そこで、とっさにアスラが口にしたのは──。
「お、俺は怠け者だからさ。どこにいても変わらないだろ」
「「「……!」」」
とりあえず“時間稼ぎ”。
それっぽく誤魔化しながら、アスラは周囲へ視線を向けた。
対して、三人のヒロインも察した様子を見せる。
(((隠しているのね)))
確かに、ここでは衆目を集める。
三人も迂闊だったと思い直すと、ここは空気を読んで引いてくれる。
アスラはふぅと息を吐いた。
「じゃ、スタートの時間までダラけてるから」
そう言って日陰へ移動していく。
そこでレーニャにそっと尋ねられる。
「どうするんですかぁ」
「……それを今考えてるとこだ」
アスラは激しく眉間にしわを寄せていた。
◆
「それでは始めます!」
少しの準備時間のあと、教師が声を張る。
もはやレースの様相だ。
メインキャラ達の存在もあり、生徒も全体的にノリ気になっている。
「開始!」
「「「うおおおおおっ!」」」
合図と共に、生徒たちは一斉に飛び出す。
剣、魔法、武術、得意なスタイルに分かれて。
人数もおおよそ均等だ。
その最後尾から、アスラも遅れてスタートを切る。
正体バレを防ぐための作戦は決まったらしい。
(──まずは、あそこから!)
アスラは地形を見渡すと、いきなり姿を消した。
剣ルート。
「行きましょう」
ここで指揮を執るのは、リーゼル。
“剣鬼姫”の肩書きは絶大で、彼女の指示には皆が従う。
彼らの前へ現れたのは、オオカミ型の魔物だ。
「「「グルルルッ!」」」
ルートごとに出現する魔物は違うらしい。
スタイルの個性を考え、学園側が図っているのだろう。
対して、リーゼルは即座に指示を飛ばす。
「正面だけ見ないで。左右からも群れを叩くように」
「「「はい!」」」
その最適解に合わせて、剣士たちが動く。
そのまま魔物の集団とぶつかり合った。
「「「うおおお!」」」
「「「グルルッ!」」」
剣士の中には、エース級のノアルも混じっている。
しかし、リーゼルは下唇を噛んでいた。
(……あんまり早くない)
全体的に討伐が遅いと感じてしまった。
だが、自分が指示をしなければ、チームが安定しない自覚もある。
リーゼルがもどかしく思っていた──その時。
ズドオオオオオオオッ!
「「「うおっ!?」」」
魔物の群れを斬り裂く、鋭い斬撃が前方に走った。
それは魔物どころか、進行方向の林ごと吹き飛ばしている。
誰もが困惑する中、リーゼルは確信していた。
今の斬撃からメッセージを受け取ったように。
(アスラ……!)
すると、リーゼルの耳元に声が聞こえる。
アスラが風魔法で届けたのだ。
『君はもっと貪欲で良い』
「!」
『安全策なら今の戦法は100点だ。けど、今は競争だろ?』
「……そうね」
柔軟さと、貪欲さ。
自分に足りないものだと、いつかアスラに教えられたことだ。
ずっと意識してきた事を、リーゼルはここで見せる。
「ふぅ……」
リーゼルは呼吸を整えながら、全体に指示を出した。
「みんな、一度退いて」
「「「……!」」」
「私がやる」
そのままカッと目を開くと、リーゼルは前方に突進した。
まるで彼女自身が“剣閃”だと錯覚するほど、目にも留まらぬ速さで。
「──【篠突き】」
「「「グギャアッ!」」」
リーゼルは自ら道を切り開く。
チャキっと剣を仕舞うと、チームの方向性を変えた。
「私に……私に付いてきてっ!」
「「「うおおっ!」」」
剣一本に打ち込み、周囲とはあまり関わらなかったリーゼル。
自ら動くタイプではなかった彼女が、ここで殻を破る。
間違いなく、アスラに出会って成長した部分だ。
(ありがとう。アスラ)
アスラは正体を隠すため、後方にいるのだろう。
そう推測しながら、リーゼルはふっと笑みを浮かべた。
「このまま駆け抜けましょう」
「「「はい!」」」
リーゼルの作戦変更により、剣ルートは加速する。
魔法ルート。
「こいつ、焼けないわね……!」
「キシャアッ!」
進行度はすでに中盤。
だが、出現した鳥型の魔物に、セレスは苦戦していた。
火の耐性を持っているようだ。
その隣にはコノメもいる。
「どうしましょうか、セレス様」
「そうね……」
魔法ルートでは、厄介な魔物が出てくる。
多様な力を持つ魔法チームには、応用力を求められているようだ。
そんな時、セレスの耳元にふと声が届く。
『今は一つのチームだ。自分ばかりが引っ張る必要は無い』
「……!」
アスラの声である。
リーゼルとは反対に、セレスには協力するよう声をかけた。
もちろんセレスの事を考えてだ。
『最近は周りに頼ることも覚えてきただろ』
「ふふっ、そうかしら」
以前のセレスは、過去の事からとにかく一番にこだわっていた。
その気持ちを忘れたわけではないが、今は視野を広げることも意識している。
アスラという男に救われたおかげで。
すると、セレスはバッと杖を掲げる。
「雷属性持ちは、積極的に前に! わたしだけじゃ、どうにもならないわ!」
「「「……! はい!」」」
セレスが助けを求める貴重な瞬間だ。
周囲は驚きながらも、頼られた事を嬉しそうに行動に移す。
セレスを見ていた、コノメも同様に。
(これも、アスラ様の影響なのですね)
コノメはもう何かの確信を持っていた。
ただそれは、セレスにもしまっておく。
たとえ推測が当たっていたとしても、アスラが賢者であることには変わりないのだから。
そうして、魔法チームは、鳥型魔物を追い詰める。
「キシャア……」
「今ね!」
そこで、セレスが前に出た。
確かな変化はあったが、やはり譲らない部分もある。
セレスはコノメに視線を向けながら、魔力を溜めた。
「コノメ、手伝って!」
「お任せください」
コノメの風の支援を利用し、セレスは魔法を放つ。
いつか見た、アスラの【火炎球】を真似するように。
「こうやるんでしょ! ──【火炎球】!」
「キシャアアアッ……!」
風で推進力を高めた、炎の魔法だ。
アスラがセレスを救う時に使った応用である。
一人では難しくても、協力すれば再現することができる。
セレスは杖を地面に付き立てると、空を見上げた。
「また一つ、追い付いたわよ」
その目は真っ直ぐに賢者──アスラを見据えている。
セレスの態勢により、魔法ルートも速度を上げた。
武術ルート。
「みんな、この調子で行こう!」
「「「おうっ!」」」
先頭を引っ張るのは、ヒマナだ。
岩場を跳び、倒木を蹴り、悪い足場をものともせずに進んでいく。
その前方に、クマ型魔物の集団。
「「「グオオオッ!」」」
対して、武術チームはすぐさま迎撃態勢を整えた。
ヒマナの統率力で、チームワークは取れているようだ。
「こいつも倒しましょう!」
「我々ならできます!」
そんな中、ヒマナ自身は時折きょろきょろと辺りを見回していた。
(アスラ君……?)
その目から、少しずつ光が失われかけている。
進行はすでに後半。
武神の彼がここにいないのは、おかしいと思ったのだろう。
──と、そんな時だった。
ドゴオッ!!
「グア、アッ……」
「「「……!」」」
後方から飛んできた“何か”に、魔物の一体が貫かれる。
その他大勢は目で追うことすら出来なかったが、ヒマナの目には光が戻る。
(アスラ君の【闘気弾】……!)
ヒマナの口角が上がると同時に、声が聞こえてきた。
『今のヒマナなら、出来るかもな』
「え?」
『闘気を纏うんじゃない。押し出すイメージだ』
「……!」
ヒマナに精神面の問題は無い。
不足しているとすれば、単純な実力。
アスラと関わる時期が遅れたことによる、指導の少なさだ。
しかしそれも、最近は補っていた。
ヒマナは落ち着いて右腕を引く。
「……押し出す」
ここ最近の指導の集大成だ。
ヒマナの中で、アスラの言葉がガチっとハマる。
その言葉通りに、迫った魔物へ──拳を突き出した。
「はあッ……!」
ドゴォンッ!!
拳そのものは届いていない。
だが、押し出された闘気が衝撃となり、少し前に伸びた。
「グォッ……!?」
それが魔物の腹を撃ち抜く。
完全な【闘気弾】ではない。
それでも、闘気によって攻撃範囲を伸ばすという確かな成長だった。
「やった……!」
『今の感覚、忘れないように』
「うんっ!」
ヒマナは満面の笑みでうなずく。
ただし、その瞳には少し怖いくらいの執着を宿して。
「さすが、アスラ君だね」
『……! 声、切りまーす!』
「もうっ!」
若干の恐怖を感じたアスラは、声を届ける風魔法を断ち切った。
ヒマナは残念そうにしながらも、自身の拳を見つめ直す。
(キミに教えてもらったこの力で、突き進むよ!)
他に続き武術ルートも、進行を加速させた。
◆
一方、初期地点近く。
「いける、どこも順調だ!」
アスラは声を張っていた。
自分の手を、望遠鏡のように目元に当てながら。
魔法で三つのルートを全て監視しているらしい。
その姿に、隣でお茶をすするレーニャが口を開いた。
「よくもまあ、こんなことを……」
実はアスラは、開始からずっと初期地点近くにいた。
ここから時に遠距離攻撃を放ち、時に風魔法で声を届けていたのだ。
この方法により、三ルートの進行度を調整している。
「これなら、俺がどこにいるか分からないはず!」
もはや執念すら感じる。
強すぎる力の、無駄すぎる使い方だ。
ただ、そこまで必死な一方で、嬉しい側面も見えた。
(みんな、本当に成長しているな)
アスラの指導により、メインキャラは頼もしく成長している。
愛着もある彼らを、どこか我が子のようにも感じていた。
しかし、それはそれとして、これ以上の正体はバレたくない。
レースも終盤に入る所で、アスラはすくっと立ち上がった。
「では、最終調整に入る……!」
アスラが向かう先とは──。




