09 四大均衡
東西南北の大国が睨み合う、現在の世界秩序が確立されて以降、世界情勢は常に大国の意向に振り回されてきた。人々は時に悲惨な戦争を、時に平和な社会を甘受することになるが、その裏には少なからず大国の意向が反映されていたのは言うまでもない。
四大国による世界の均衡……
永年に亘ってバランサーとして機能してきた構図だが、近年一つの変化が生じていた。
それがアルミナ大公国の内乱に端を発する“ルイファラリス帝国”と“パルドウィッチ王国”の東大陸侵攻である。
かつてないほどの大規模侵攻となった東の争乱は、帝国と王国が優勢のまま今日まで経過。
とりわけ熾烈さを極めたのが公国と帝国が対峙する東大陸北側紛争だった。
帝国はまず北東海峡と呼ばれる“北―東大陸間海域”を渡り、東大陸北側の内界方面よりアルミナ領に進出。
瞬く間に周辺の軍事拠点や主要都市を制圧すると侵攻拠点を構築する。
アルミナを裏切った属国の手引きもあったとは言え、それはまさに電光石火の早業と呼ぶに相応しく、アルミナは一部地域の制空権と制海権を一瞬にして明け渡す結果となった。
その後、帝国は“二方面作戦”と呼ばれる大陸侵攻作戦を展開する。部隊を“公都制圧部隊”と“北方制圧部隊”の二手に分ける作戦である。
公都制圧部隊はアルミナ大公国の公都“アルマニ”を目指して南下。もう一方は東大陸北側を主戦場とし、港湾や海沿いの主要都市を押さえることで、北―東大陸間海域の主権を握り、海からの物資供給ルートを確保する狙いを秘めていた。
しかし、実態は“公都制圧部隊”こそ快進撃を見せるものの、“北方制圧部隊”は侵攻速度が鈍化。当初の計画よりも大幅な遅れが生じている。
まずは公都を陥落させるべきとの意見が軍上層部で大勢となったこと、戦争途中で北大陸“ビルド連邦”が反旗を翻し、北方制圧部隊の一部が北大陸に戻らざるを得なかった点などが原因だが、公都さえ押さえればアルミナは降伏するという楽観論と、パルドウィッチ王国よりも先に公都を押さえたいとする焦りが、上層部の判断を南進論に傾斜させていた。
帝国内某所。
ルイファラリス帝国軍全権代理(通称:全権代)“レオティテス”は自らが保有する私邸別館にてささやかな宴を催していた。
ささやかとは言っても、自身が保有する広大な屋敷の中庭を開放し、陸軍の主要幹部や口利きのある外交部を集めた豪華絢爛なものである。
戦争中にも関わらずこのような宴を開く背景には、順調に推移するアルミナ侵攻への安堵感があった。
「我が軍は破竹の勢いで公都に迫っているとのこと。帝国の悲願、東大陸の掌握はもはや時間の問題でしょう」
「四大国の均衡が崩れるときがようやくきましたな」
レオティテスの傍らには陸軍トップ、帝国陸軍総指令官“ドグマ”と外務局西大陸圏局長“リハエル”が付き、既に顔が赤いレオティテスに否応なく酒を進める。
レオティテスは極めて上機嫌だった。
「アルマニ陥落の報を聞き届けた際の酒は格別であろう。だが、公国も狡猾な国よ。最後まで何があるのかわからんからな。気を引き締めねばなるまい」
「ビルド連邦が反旗を翻した際にはもしやと思いましたが、公国に現状を覆す力はありますまい。全権代様が大手を振って帝都を行進する姿が今から楽しみですなぁ」
リハエルが必要以上にレオティテスを持ち上げる。
負けてはいられんとドグマも続いた。
「私もこれほど早期に東大陸の中央部に迫れるとは思っておりませんでした。これも全権代様の指導力あってのこと」
「わしをおだてても何もでんぞ? あーはっはっはッ」
レオティテスは愉快そうにグラスの酒を煽った。
北方一帯の制圧はおざなりになっており、海軍を中心に不満の声が上がっているが、公都侵攻を目前に控えた今、急ぐ理由はない。
レオティテスを含む軍上層部はやはり公都陥落が急務として部隊の南進に傾倒している。
「時に全権代様、アリサ皇女のお話はお耳に挟んでおられますかな?」
レオティテスはリハエルを一瞥する。
すると、立派に蓄えた白髭を撫でながら彼の質問を一蹴した。
「フンッ、ディアナ殿下からの直々の命令故に海軍を一部動員し北東海峡の警備を強化しているが、小娘一人にあそこまで執着する理由がわからん。そもそもわしは皇族同士の争いには興味がない。好きなようにさせればよい。それより今はアルミナ討伐よ」
レオティテスは一気に酔いが冷めてしまったと興ざめした様子だった。
リハエルとドグマは機嫌を損ねることを恐れ、慌ててアルミナ侵攻に話題を戻す。
「恐れながら、公都攻めの折りは我が軍の最新鋭戦車“ボスヘニツ”が先陣を切りましょう。帝国の科学技術の粋を結集した大戦車の初陣は誰もが認める華々しさに彩られることかと」
「おーそうかそうか。それは良い。楽しみにしておるぞ」
“ボスヘニツ”とは帝国に伝わる神話の登場人物である。
何物にも屈しない無敵と評されるボスヘニツ。
それを最新鋭戦車の通称に使用するあたり、帝国陸軍の期待度の高さが窺える。
アルミナの公都が陥落すれば、世界が無敵戦車に注目するのは必定。戦争終結後の名声、箔を考慮するが故の実戦投入だった。
事実、90mm砲を搭載し、装甲を比類なく厚い仕様としたボスヘニツは、一対一の撃ち合いであればどのような戦車にも負けることはない、と陸軍は大きな自信をのぞかせる。
「ようやく帝国の時代が来るのだ」
レオティテスはグラスを持ち上げ傾ける。
陽の光を反射して煌めくグラス……
帝国軍の全権代理者は赤い頬をそのままに、帝国の未来に酔いしれる。
次回「雨過天晴①」




