07 帝都会合③
「――ッ……どういうつもりだ!?」
「騒ぐな。私は貴様たちにこの世の常識を教えているのだ。世の中にはどう足掻いても覆せない現実があるとな」
国家の序列がその一つ。
とサーベラは言い切った。
「公国の力を得て我々と対等な立場で会合に臨んだつもりだろうが、残念ながら帝国は田舎国家に付き合う時間も、滅び行く大国の影に怯む感性も持ち合わせてはおらぬ。外界国でありながら帝国の要求を断り我々に盾突いたこと、生涯に渡って悔いるがいい」
彼女は緩慢な動作で視線を動かすと窓の外に焦点を当てた。
間宮たちも同方向に目線を向けるが、瞬間、二人は勢いよく立ち上がった。
遠くの空が赤く染まっている。
ちょうど間宮たちが車で移動してきた方角、大使館が立ち並ぶ地区の空が騒がしい色に変わっている。
土井は即座に事の状況を理解し、そのまま憤然と拳を大卓に叩き付けた。
帝国兵が銃を構えるが、サーベラが兵の動きを制止させる。
「正気なのか!? 大使館を襲撃するなど気が狂ったとしか思えん! 国際法無視もいいところだ! 日本は即刻抗議し、軍事行動の停止を要求する――!」
土井はサーベラに食い下がった。
大使館を攻撃するなんて正気の沙汰ではない。
いくらアリサが絡もうと、いくら相手が帝国だろうと性急感が否めない。
自然と声には怒気がこもる。
けれど、サーベラは平然とした態度を崩さない。
そんな彼女に、今度は間宮が問い掛けた。
「……あなたは先程我々に対して己の立場を弁えるよう発言した。ですが、他国の大使館に火をかけ、一度国境を越えた者を力付くで奪い返すなど、常識と教養を持ち得た者の行動とは思えない。わかっておるのですか? 貴国は我が国の尊厳を踏み躙り、宣戦布告をしたも同然なのですぞ」
「……随分と面白いことを言うものだ。宣戦布告だと? では問おう。その先にあるもの何だ? それはつまり、国家間の衝突、戦争に他ならない。貴様たちは我が帝国と全面的に事を構える気概があるとでも?」
戦争をする覚悟があるか。
その直接的なまでの問い掛けに間宮は答えられなかった。
日本国大使の口ごもる様子に、女性の笑い声が響き渡る。
顔から覗く深緑の瞳には尽きることのない自尊心、そして眼前の異国人を軽蔑する多彩な色が浮かび上がる。
「そのような体たらくで帝国と交渉しようとは笑わせる」
「……あなたの瞳は帝国人のそれだ。剛勇にして恐れ知らず、自尊心に満ち溢れている。ですが、過剰な自信と疑うことを忘れた常識はいつだって己が目を曇らせる。日本は切に平和を望む国だ。それは疑う余地もない。ですが、戦う以外に平和が実現しないとわかったならば、我が国は惜しみなく立ち上がるでしょう。それが例え帝国であったとしても……」
「……忠告でもしているつもりか?」
「いいえ、これは提案なのです。我が国は心の底から平和を望む。できることなら、貴国とは争うことなく生涯に渡る友好国として付き合いたい」
「くどいッ」
サーベラは間宮を一喝した。
切迫する状況下でありながら平然と佇む初老の男性。
彼を見ていると無性に腹が立った。
けれど、それもすぐに終わる……
「よくもまぁ外界国がこれだけ大仰な態度を取れたものだ。だが、貴様たちとあいまみえることはもう二度とあるまい。さらばだ、ニホン人――」
蔑みの言葉を残し、サーベラは再び手を振りかざす。
ニホン人。
それが彼女の最後の言葉だった。
けれど、このときのサーベラは知る由もなかった。
ニホンという名の外界国、今に至るまで名前も知らなかったその国名を、今後幾度となく口にする羽目になることを――
「さあっ、早くこちらへ!」
「――本当によろしいのですか?」
「ええ。私は別ルートで脱出します。大丈夫、他のみんなも付いていますから問題ありません。それよりも――」
敷地の至る所が赤い炎に包まれる中、医務官“小針”は“上本”を見つめる。
「後は頼んだわね」
「はい。必ず二人を日本に送り届けます」
普段は温厚でお調子者の上本だが、このときばかりは口をきつく結び、表情は真剣そのもの。小針を見返す黒い瞳には強い覚悟が刻まれている。
「アリサさんとエルマさんはこちらへ。地下通路を通って建物を脱出、その後は帝都を出て少し離れた港に向かいます!」
「船で脱出を?」
「そうです。日本と友好関係にあるマリバナ国がもしものときに備えて民間船を停泊させています。お二人は船に紛れ込み、一路東外界に向かってもらいます」
上本の言葉に、アリサが頷く。
アリサは小針の手を握るとお礼の言葉を口にした。
「今もこうして私たちの命があるのは大使館の方々のおかげです。その身魂に幸多からんことを。日本の地で再びお会いし、お礼の言葉を改めて口にできることを楽しみにしております」
「ありがとう。でももう時間がありません。お早く――」
日本大使館に帝国軍が不当に侵入し、建物に火を放ったのは今から少し前のこと。
兵士の侵入を止めようと身体を張った護衛官数名を意図も簡単に銃殺し、一般職員をも手に掛ける様はまさに地獄絵図。日本側に成す術はなかった。
軍の目的。それはアリサの奪還であることは明らかで――
「……行ったか……上本君一人で大丈夫だろうか?」
「人数が多いと目立ちますから。それに、きっと彼なら大丈夫ですよ。ああ見えて職員の中では一番機転が利くんです。必ず二人を日本に送り届けてくれます」
「うん、そうだね。だけど小針君はどうしてそこまで彼女を気にかけるんだい?」
「私ですか? そうですね……きっと明村さんと同じ理由だと思いますけど?」
三人の姿が消え、一人となった小針に話し掛けたのは大使館の留守を預かる参事官“明村”だった。
年齢にして四十代前半だが、疲れた風貌からか、より年配に間違えられる男である。
「……私と同じ、か……つまりは君も彼女から何かを感じ取ったたわけだ」
明村の返答に、小針は微笑む。
「私だけではないと思います。きっと間宮さんも同じだったと思うんです。強い力を秘めた真っ直ぐな瞳。彼女を見ていると、これからの日本に何か大切なものをもたらしてくれる、そんな予感めいたものを感じました」
「世界の常識、時代の流行り、相手の態度に、外交を預かる者は左右されてはならない。我々が見なければいけないものはもっと他にある……間宮さんの口癖だったね。今ようやく、その意味がわかった気がするよ」
建物が小さく揺れる。
他の大使館に比べれば小さいが、入り組んだ構造をした建物だ。
帝国兵がこの部屋に辿り着くにはもう少し時間が掛かるだろう。
それでも、ぐずぐずしてはいられない。
「明村さん」
「ああ、我々も脱出を図り上本君たちの時間を稼ぐことにしよう。職員の中に皇女殿下がいないとわかれば、軍は必ずや港や鉄道にまで包囲網を広げるはずだ。そうなってからでは彼らの行動が難しくなる」
「あの子たちが無事日本に帰れることを祈って――」
その言葉を残し、小針と明村は走り出した。
この日、ルイファラリス帝国の帝都“ルイファリア”の片隅で、ある大使館が姿を消した。
大使館側の死傷者は外務局本邸に出向いた者を含め実に41名……
中には拘束された者もいたが、その後は帝国兵によって拷問にかけられ、有益な情報を引き出せないとわかるや全員が処刑された。
帝国内では特に報道もされなかった出来事だが、後に日本国大使館襲撃事件として後世に語り継がれることになる。
一つは、日本と帝国が実質的な衝突を見せた最初の事件として。
もう一つは、アリサという重要人物が日本に渡る契機となり、帝国の運命を左右することになる事件として。
世界中の人々が記憶することになるのだった。
次回「大海行路」




