10 外界誘引④
外界の孤島、その周辺海域に新たな艦隊が確認されたのは、第2次攻撃の数日後だった。名をストルステン艦隊。クレステル侯爵軍が保有する精鋭艦隊だった。
本来は大陸海に展開する艦隊だが、カルマ・クレステルの外界遠征を見据えて呼び寄せており、戦艦5隻を含む16隻の陣容が孤島に睨みを利かせる。
そして、艦隊中央に陣取る旗艦“レゼリア”艦橋にて、腕を組み、口を真一文字に結ぶのが、侯爵軍の指揮官、カルマ・クレステルその人だった。
「なんと忌々しいことか。この私が外界に足を運ぶことになろうとは。小娘一匹、潔く散ればいいものを」
「此度は閣下自らが陣頭指揮をなさるのです。直に決着が付きましょう。そうなれば、アルミナ大公国は晴れてクレステル家のものに――」
「当然だ。だが、それにはファスティール家の血を消し去る必要がある。にも関わらず、なぜあんな小島一つ落とせぬのだ? ただの凡島であろうが――ッ」
カルマは声を大にして、失敗に終わった2度の上陸作成を嘆く。
「も、申し訳ありません」
「フンッ、既に上陸準備は進めておろうな?」
「抜かりなく。此度は西側に限らず、島の四方より急襲を掛けるよう準備を急がせています。1時間後には全部隊が作戦行動に移れるかと――」
「ならばよい。我が艦隊も艦砲射撃に加わる。準備を進めておけ」
「承知しました」
カルマは、これ以上俺を煩わせるな、とでも言いたげに孤島を睨んだ。
「間違いないわ。カルマ・クレステル本人よ」
キキアはモニターに映し出された宿敵に対し、淀みない言葉でそう告げた。
表情は険しく、憎しみの籠もった目付きを一人の男に向ける。
対して白洲は中柳を一瞥、中柳は軽く頷くとキキアの前に踊り出た。
「キキア殿下」
そう声を掛けると、膝を折り目線の高さを合わせる。
「……よろしいですね?」
鋭い視線がキキアを見据える。
「……ど、どういう意味?」
「カルマ・クレステルの命をこの場で奪ってよいか、と伺ったのです」
キキアは目を丸くする。
相手は侯爵軍の精鋭艦隊だ。どうやって勝つつもりなのか?
そう問い掛けようとするも、寸でのところで言葉を飲み込む。
これまでに日本国の戦闘を間近で見てきた影響か、つい予感めいたものを感じてしまう。
この国なら、例え侯爵軍の精鋭艦隊が相手でも難なく勝てるのだろうと――
刹那、キキアの鼓動が速まり呼吸が乱れる。
今、自分が頷くだけでカルマ・クレステルの死が確定する。彼の死が永年続く内乱の終止符となるかは未知数だが、侯爵軍に大きな打撃を与えるのは確実だろう。
何よりも、目の前に映る男は自分の大切な人たちを奪った張本人……
許せる筈もない。
「……構いません。どうか、どうかっ、アルミナ大公国に光明を――」
彼女の一言に、中柳が頷く。
白洲も満足そうな表情を浮かべる。
「作戦行動中の潜水艦に通達。敵艦隊を攻撃せよ。繰り返す、カルマ・クレステルを当海域で亡き者にせよ」
「はっ」
こうして、外界の孤島を舞台にした戦いは最終局面に移行した。
ストルステン艦隊、旗艦レゼリア艦橋。
瞬間、ソナー手が張り裂けんばかりの声を上げた。けれど、あまりの唐突さに周りの反応が遅れる。
彼はなぜ焦っているのか。
最初の理解は誰もがそんなものだった。大公キジカはこの世を去り、もう少しでアルミナ大公国の舵取り役はクレステル侯爵家に切り替わる。それは最早既定路線と呼ぶべきものだ。順風満帆な状況下、崩落の足音に気付ける者はいない。
「アゼス艦長! 当艦に接近する機影あり! 間違いありません! これは魚雷です――!!」
「何だと!? 距離は!?」
「およそ2000、数2、直進してきます――」
艦隊左舷より魚雷接近。
その寝耳に水の報告に、レゼリア艦長“アゼス”は面食らう。次いで思わず叫ぶ
「魚雷はどこから放たれた!? 索敵は何をしていたのだ!?」
周辺海域にはバーンズ艦隊も含めて多数の友軍艦が展開している。まさに小娘一匹逃すことのない万全な警戒態勢だった。
獲物を追うのはあくまでも侯爵軍であり、決して追われる側ではない。
「アゼス、速度を上げよ。この距離なら問題ない。ひとまずは魚雷を躱せ」
カルマの指示に、アゼスは機関全速を指示。直後にレゼリアはエンジンをフル稼働させると、精鋭艦隊は大海原の上で魚雷からの回避行動を取った。
これで問題ない。
後は魚雷を放った敵艦を補足し嬲り殺すだけ。
誰もがそう思ったが、ソナー手の叫びは止まらない。
「――ッ……ダメですっ、魚雷は引き続き本艦隊に接近中っ、このままでは――」
直後、レゼリアの左舷後方を航行中の戦艦ミルゼに鈍い音が鳴り響く。
「左舷後方のミルゼが被弾! 敵魚雷一発が艦底で爆発した模様です! 反転注水を試みていますが、速力は依然低下中! 続けて巡洋艦ドーメル被弾、こちらも先程の魚雷によるものです――」
「アゼスよ、これはどういうことだ!? 敵艦の索敵を取り零したか!?」
「お、恐れながら、敵艦の存在は確認しておりません。周辺海域には多数の偵察艦が警戒任務に当たっておりますれば――」
「ではなぜこのような状況になっている!?」
カルマは激怒するも、ソナー手の声がカルマの声量を上回る。
「艦長ッ、再び左舷に魚雷を確認、数4、先程同様本艦隊に接近中――」
「回避だ! 面舵一杯!」
アゼスが即座に指示を出すも、魚雷接近の報告に艦内は阿鼻叫喚。気が付けば数分前の穏やかな時間は見る影もない。
「アゼス、砲撃だ。急げっ」
「しかし、魚雷を迎撃できるかは――」
「魚雷ではない。周辺海域に水上艦の姿はない。ならば敵は水中艦の可能性が高い。必ず近くにいるはずだ。海上に弾を撃ち込み攪乱せよ。敵の耳を潰せッ、急げ!!」
カルマの命令にアゼスは頷き返すが、
「――右舷からも多数の魚雷を確認、真っ直ぐ直進してきます!」
息継ぎすらも阻む報告の数々に、アゼスは狼狽する。カルマも唖然とし、瞬間的に孤島を振り返った。
――まさか嵌められたとでも言うのか!? この私が……あんな小娘に……!?
直後、旗艦レゼリアが大きく揺れる。けたたましい警報音が鳴り響き、続けて多数の区画から海水流入の報告が齎される。
「……そんな馬鹿な」
艦橋内に叫び声が木霊する中、カルマはただひたすらに孤島を見つめ続ける。その瞳は小刻みに揺れていた。
一方、海上自衛隊たいげい型潜水艦2番艦“はくげい”及び3番艦“じんげい”は敵艦隊の奇襲に成功するや、その性能を活かして再び潜水深度を下げようとしていた。
両艦は通常動力型潜水艦でありながら、従来艦以上の長時間潜航を可能にした最新型潜水艦として本作戦に参加。中柳の指示後は、両艦のソナーが30キロ先の敵艦を捉え間髪入れずに18式魚雷を発射。敵水上艦及び敵潜水艦が自艦の位置を把握し反撃される前に、艦隊16隻を壊滅に追い込んだ。
魚雷に搭載された音響画像センサーによる正確無比な誘導と、最も効果的なタイミングで爆発を引き起こす電磁近接起爆装置は、この世界の艦艇には悪魔の装備に映るだろう。
ストルステン艦隊が外界の海に現れた瞬間から同型艦が尾行を始めており、音紋採取を完了していた成果が発揮されたのだった。
なんて呆気ない最期だろう。
沈み行く戦艦を見つめながら、キキアは思わず口走る。
魚雷攻撃と理解していながら、ストルステン艦隊は右往左往するだけで有効な対策を取れず、僅か数分の内に多くが航行不能に追い込まれた。
戦闘初期から監視役を務めたバーンズ艦隊は、ストルステン艦隊の壊滅を知るや周辺海域を離脱。三度目の上陸を図っていた揚陸部隊は島制圧を諦め、散り散りに逃亡を図っている。
相変わらずの暴力的な勝利。映像を通して目にした海戦の終結に、キキアは開いた口が塞がらなかった。
「……これで事態は終結に向かうでしょう」
キキアの反応を見て、白洲が語り掛ける。
「事態の集結……?」
「アルミナの内乱ですよ。敵大将の首は討ち取った。この後はあなたの思うがままです」
「まっ、待って!? いったい何を言ってるの!?」
「大公の娘“キキア・ミル・ファスティール”は友好国の支援を得て侯爵軍との最終決戦に臨み、見事カルマ・クレステルに勝利した。この事実はたちまちアルミナ全土を駆け回るでしょう。いくら侯爵軍が情報の隠蔽に努めようと、我々がそれを許さない。無人島での勝利は、これまで劣勢だった大公家恩顧の貴族たちを奮い立たせ、様子見を決め込んでいた各地の貴族たちも大公家に靡く。パワーバランスは一気に大公家に傾くのです。わかりますか? あなたという御旗がそのシナリオを可能にする」
その言葉に、キキアは口元を震わせる。
「……私が内乱を終わらせる?」
「その通り。それがあなたの望みでもあったはず。その覚悟があると判断したからこそ、我々はあなたを支援したのです」
白洲の言葉を受け、キキアは何やら思考に耽る。
やがて彼女は意を決し、白洲に問い掛けた。
「……日本国は何を企んでいるの?」
「企む?」
「こんな強大な力を持っておきながら、私も、お父様も、側近たちも、日本国のことを全く知らなかった。それはあたなたちが意図的に情報を伏せていたからでしょう? なのに、今回は突然公国の内乱に介入してきた。その意図を教えて欲しいの――」
なるほど。転移の事実を知らないとそう見えるのか……
と白洲は妙に納得する。
「我々が公国に手を差し伸べた理由。それは偏に国益のためです」
大公キジカに打ち明けた通り、日本側が求めるのは資源や食糧を融通できる強大な貿易相手国である点は変わらない。
転移後、周辺諸国とは軋轢や和解を繰り返しながらも少しずつ親交を深めているが、日本を満足させる貿易国家とは未だ関係性を構築できておらず、資源と食糧の確保は喫緊の課題だった。そのような中で注目したのがアルミナ大公国である。
そして今、カルマ・クレステルはこの世を去り、大公家の勝利は手に届くところまで迫っている。
これまでに多くの血を流したが、内乱終結後には“キキア”という英雄が誕生し、その英雄の後ろ盾となった日本は一目置かれる存在になるだろう。結果、両国の関係性は切っても切れないものになる。
「……国益のため?」
「そうです。早い話が、友好国として関係構築を図り、資源や食糧を融通してもらいたいのです。まぁ、詳細は追々詰めるとしましょう。今は手早く移動を――」
「い、移動? クレアを預けたあの船に戻るってこと?」
「いいえ、最初の約束を果たそうと思いましてね、あなたを本国にお連れします。こんな何もない無人島ではなく、正真正銘の日本国にね」
「ちょ、ちょっと待って!? カルマ・クレステルは死んだけど、まだ内乱は続いているわ。外界国を訪問する時間なんてないわよ!」
「尤もな話ですが、侯爵軍敗北の情報を流すのにもある程度の時間は必要です。数日の道草は許容範囲でしょう」
「っぅうう! どこまでも勝手な奴! いいわっ、そこまで言うのなら行ってやろうじゃないの! 日本国に――っ」
キキアの言葉に、白洲は僅かに微笑み、そして断言した。
「以前にも話しましたが、我が国はあなたを飽きさせることはないでしょう。きっと戦争以上の刺激が待っているはずです。楽しみにされますよう、大国のお姫様――」
その後、キキアは日本国を訪問し、外界国の真の姿を目の当たりにする。首都“東京”を目にしたときは腰が抜けそうだった、とは彼女の後日談である。
そして、キキア率いる大公軍は、やがて貴族諸侯の助力の下に侯爵軍の鎮圧に成功。これにより、2年半続いた公国騒乱は大公家の勝利で幕を閉じ、キキアという新たな指導者の下に日本と公国の関係性が築かれることになる。
ここに、日本国は“四大国”という名の強大な後ろ盾を得たのだった。
次回「この世界で蠢く者たち」
次話が公国編の最終話です。




