08 外界誘引②
激しく揺れる船上で“ディアベル”は迫る孤島を視界の端に捉えていた。
アンドレア子爵軍隷下、陸上歩兵第1大隊第1中隊第5小隊。それが彼が小隊長として率いる部隊の名称である。
ディアベルはアルミナ正規軍の軍人だが、戦況が侯爵軍優勢に傾いたことで領主アンドレアは大公家を見限り、クレステル侯爵家への寝返りを決断。当のディアベルも正規軍を脱退し、同僚たちと敵対する道を選んだ。
かつての仲間と殺し合う。
悲惨な境遇には変わりないが、別に領主の選択が間違いだったとは思っていない。弱肉強食が世の常だ。生き残るためには手段を選んでいられない。世の中を生き抜くには冷徹な心を養う必要がある。それがディアベルの信条だった。
「さて、さっさとお姫様を捕えるか」
「あれぇ? いつになくやる気じゃないですか?」
「当たり前だ。長いこと続いた内乱もこれで終わりだ。これからはクレステル侯爵家がアルミナ大公国の柱となる。ファスティール大公家に見切りを付けたアンドレア様の考えは正しかったのさ。喜べお前たち、今回も生き残れるぞ――」
とは言え、これから危険な上陸戦が待っている。前線の兵士に命の保証はなく、危険度は通常戦闘の比ではない。
けれど、不思議と恐怖は感じていない。
内乱が始まって以降、数々の修羅場を経験したからかもしれないが、現在のファスティール家は虫の息。大した反発もないだろう。そんな打算も働いていた。
やがて多数の上陸用舟艇が、孤島西側の海岸線を埋め尽くす。舟艇が足の届く場所に到達すると、将兵たちは我先に競って海岸線の突破を図る。
「進め! 足を止めずに走れ! 敵兵は発見次第排除だ。遠慮はいらねぇ、殺して殺して殺しまくれ――っ」
ディアベルは声を張り上げる。
未だに反撃の素振りすら見せない敵に不信感はあるものの、小隊には徹底した前進を指示する。
上陸したら足を止めるな。
正規軍時代、ディアベルはそう叩き込まれた。
上陸戦では上陸を試みる側が裸も同然。狙い撃ちされれば絶命一直線。
だからこそせめて足だけは止めるな。それが上官の口癖だった。
ディアベルは小銃を握り締め、海岸の先に広がる森、その奥に聳える小山に目を配る。
敵は少なからず高台からこちらを監視しているはず。なのに動かないのは……
――やはり内地で待ち構えるつもりか?
そう憶測を立てつつ周囲を警戒する。が、やはり敵の気配はない。
このままいけば小山の向こう側、内地に到達するのは難しくないだろう。現に最前線を駆ける兵たちはあと少しで砂浜奥の林に到達できそうな勢いだった。
しかし、そんな油断が引き金か、直後に異変を感じ取る。
出所不明の大砲音が微かに聞こえたかと思えば、直後に前方の砂浜上空で爆発が発生する。
「――!?」
赤炎が瞬間的に舞い上がり、白煙が周囲に飛散する。ディアベルは爆風を受け、走る速度を落とした。
「――ッ 小隊長、敵です! 敵の砲撃です!」
「んなことはわかってる! 止まってる暇はねぇ! 走れっ、とにかく足を動かせっ、止まったら死ぬぞっ」
爆発地点から同心円を描き友軍兵が卒倒している。既にピクリとも動かない、さっきまで人間だったものを傍目に、ディアベルはひたすら前に進むよう部下を鼓舞する。
――クソっ、どっから撃ってきやがった!?
大砲による攻撃なのは間違いないが、周囲の高所に火砲が設置されている形跡はない。
とにかく今は身を隠せる場所への移動が先決だ。砂浜の先の林に入ってしまえば鬱蒼とした木々が身を隠してくれる。あと数十メートルを走り抜けることができれば命は助かる。
切実な願いを胸に、ディアベルは走り続ける。
けれど、途中で再びの砲撃音を耳にする。音の出所は数多。無数の乾音が空気を通して秒単位に鼓膜に伝わる。
瞬間、ディアベルの背中に大量の汗が滲む。
――マズい、マズい、マズいッ
肌毛が逆立ち、口の中が渇く。体温が瞬く間に上昇するのが手を取るようにわかる。数十秒前は楽観的な考えを持っていたはずが、今は悲観的な感情しか出てこない。
その数十秒後、西海岸の砂浜一帯を再び無数の爆炎が襲った。
「後退だ、これ以上は無理だ! ハチの巣にされるぞ!」
「誰か!? 誰かいないか!? うちの隊の連中は生き残ってないか!?」
「敵はどこだ!? どこから撃っている!?」
最前線は一瞬で阿鼻狂乱。数々の戦場を潜り抜けた屈強な兵士でさえ、ここではいとも簡単に命を散らす。
――走れっ、止まるなっ、前に進めっ
次々に発生する爆炎の中、ディアベルは声を張り上げようとするが、肝心の声が出ない。
敵の砲撃はネズミ一匹通さない面の攻撃。林に接近する者から順次葬り去っている。
その事実は恐怖に、恐怖は動揺に変化させ、前に進もうとする意志を挫けさせる。
――ムリだ。こんなのもう……
「小隊長!? なぜ足を止めて――」
瞬間、ディアベルは爆炎に飲み込まれる。雄大な砂浜を誇る海岸にて、第5小隊は全滅に至った。
バーンズ艦隊提督“オーランド”は双眼鏡を片手に身体を震わせた。
人気を感じない無人島だっただけに、上陸は容易と考えていたが、蓋を開ければこの状況である。
「現場指揮官共は何をしておる!? 早く撤退させろ。このままでは全滅だ!」
「提督っ、周辺海域を確認しましたが、やはり我々以外の艦船は確認できません。また、海岸線を見渡せる高台にも火砲らしきものが設置されている様子はありません」
「なら奴らはどこから砲撃している!? 目に見えぬ火砲を所持しているわけではなかろう!?」
「恐れながら、山の反対側からの砲撃を考慮すべきかと――」
そう言って、参謀は視線を孤島の奥に向ける。
「――こんな外界の孤島に長距離射程の火砲だと……」
オーランドは目を瞬かせ、見えるはずのない小山の向こう側を凝視する。
無人島内陸部。日本国自衛隊クレステル侯爵軍迎撃部隊展開エリア。
司令官の中柳は、敵部隊が撤退を開始したとする報告を受け安堵の表情を浮かべた。
「敵部隊ですが、どうやら砲撃のみで撤退してくれたようです」
「ああ、まずは作戦成功だ。だが、これで内陸に潜む敵が相応の力を有することを侯爵軍も知ったはず。次は搦め手も使ってくるだろう」
中柳は幕僚たちに第二次攻撃に備えるよう指示を出す。
「司令、敵部隊の追撃を――」
「その必要はない。我々の目的はあくまでもカルマ・クレステルの身柄だ。早い話、クレステル公を当海域に誘き出し、船を拿捕、或いは破壊できればそれでよし。ここからは我慢比べだ。敵艦隊が孤島近海に展開する間は航空機やヘリの使用も控える。いいな?」
幕僚たちは敬礼で返し、今回の作戦の肝を頭に叩き込む。
その一方で、口元をわなわなと震わせて監視映像に釘付けになる人物がいた。
もちろんキキアである。
あの侯爵軍の上陸を簡単に防いでしまった。しかも直接手を下すことなく味方の被害はゼロ。驚異的な結果に開いた口が塞がらない。
「なんなのこれは……?」
そう言って、彼女は平原に規則的に並べられた多数の砲身に目を向ける。
そこには陸上自衛隊の野戦特科に配備される155mm榴弾砲(FH70)が設置されていた。
空中輸送によって現地に運んだものだが、全長12.4メートル、総重量8トンの大砲が36問、地上に整然と並んでいる。その光景はまさに圧巻、未だ周囲に漂う白煙が戦闘の跡を色濃く残していた。
砲身から発射される榴弾は最大射程24キロを誇り、当無人島でも如何なくその能力を発揮。内陸平野部から小高い山一つを飛び越えて、20キロ先のイロハ海岸を正確に砲撃する離れ業を披露した。
「こんなに遠くからあんな正確に……」
こんなの反則だ。
キキアは、外界国が所有する長距離火砲の存在を目の当たりにし、顔を引き攣らせた。
次回「外界誘引③」




