06 契約履行②
「ほっ、本当に私を外界国に!?」
「そのつもりですが?」
「お父様との約束を守ってくれたっていうの!?」
「当然です」
「どうして……っ!?」
「はぁ、とにかく早くヘリに乗ってもらいたい。ここは何時銃弾に襲われるかもわからない」
白洲が目先の鉄塊を指し示すと、キキアはハッと我に返った。
そうだ。今は侯爵軍から逃げるのが先決だ。
彼女は差し出された白洲の手を握る。ゴツゴツした大きな手。けれど、どこか暖かみのある手だった。
クレアと前席の兵士二人も白洲たちに介抱されながらヘリと呼ばれる機体の中に運ばれる。三名とも軽傷とは言い難い。
「出してくれっ」
直後、白洲が声を張り上げると、ヘリは宙に浮き上がり、呆気に取られる侯爵軍の兵士を余所に港町を後にした。
ヘリは見渡す限りの大海原を突き進む。その間、キキアは付き人の手をずっと握っていた。
クレアを不安にさせたくない。キキアなりの配慮だが、彼女自身も不安だった。
見たこともない乗り物に、知らない国の軍人たち。おそらくはニホン兵と思うが、これから先に何が待ち受けるのか。それを考えると心細い気持ちが先行する。
「……暗い顔をされています……きっと大丈夫ですよ……大公様の賭けは間違っていなかった…………」
「クレア……」
クレアは消え入りそうな声でキキアを励ます。応急処置は終えているが、機体の揺れが傷に障るのか、時より苦痛の表情を浮かべる。
あまりしゃべらせてはいけないが、キキアは思わず聞き返してしまう。
「……彼らは何者なのかしら?」
「それはわかりません……ですが、今後彼らに同行することで答えは見えてくるはずです……」
「……うん。そうね。ありがとう、クレア」
その後、どれだけの時間が経ったか。キキアがウトウトと睡魔と戦い始めた頃、ようやく白洲から声が掛かる。
「長距離移動で疲れているところ申し訳ないが、君には別なヘリに乗り換えてもらう」
「乗り換える? どこへいくつもり?」
「もちろん我が国です」
白洲は薄い笑みを携え、窓の外を注視する。
どうにもこの男は苦手だ。
キキアは素直にそう思う。
それに乗り換えると言ったが、今は大海原を移動中だ。
どうやって機体を乗り換えるつもりなのか。
そんな疑問を抱きながら、キキアは窓の外を覗く。
「――!?」
すると、彼女の瞳に見慣れない船が映り込んだ。蒼く広い海の上、滑走路を積んだ船が航行していた。
キキアは船の外観にまず驚き、次に船の大きさに衝撃を受ける。全長200メートルはあるだろうか。もちろん木造船ではない、れっきとした装甲艦が大海原を突き進んでいた。
四大国が所有する戦艦にも引けを取らない立派な船影。洗練された外観を目にしたとき、居ても立っても居られず、白洲に質問を浴びせる。
「あんな船をどうやって。なぜ外界国があれほどの船を持ってるの!? このヘリとかいう乗り物もそう。どういうカラクリなの!? あなたたちはいったい何者なの!?」
「説明はいずれするつもりですが、今ではない」
「……」
白洲にきっぱりと断られ、キキアは苦虫を噛み締める。
やっぱりこいつは苦手だ。
何度目かもわからないが、キキアは心の中で叫んだ。
ヘリを乗り換え、さらに2時間程が経過する。蒼い海はひたすら続くが、途中一つの島が視界に入った。
おそらくは無人島だろう。周囲を小高い山に囲まれた緑豊かな小島だった。
そしてヘリはどういうわけかその島に接近している。
きっとここが目的地なのだろう。でもなぜこんな何もなさそうな島に来る必要があるのだろう。
キキアは考えを巡らせながらてヘリの行き先を注視する。
こんなときにクレアが隣にいてくれたら……
そう思わなくもなかったが、弱音は吐けないと首を振って気合いを入れる。
クレアは怪我の状態が酷いことから、乗り換えのために立ち寄った船に降ろし、今は医療区画で治療を施している。他兵士二名も同様だった。
よって、今は公国の人間はキキア一人……
心細い気持ちはあるものの、不思議と身の危険は感じていない。
キキアの身分は公国の公女、容姿も申し分ない。それが男が多い軍隊に一人で混じっている。
通常なら良くないことを考える者が少なからずいそうだが、声を掛けてくれるニホン兵はみな物腰柔らかく、同じヘリには女性兵も数人搭乗しており、それが何よりも心強かった。
外界国の軍隊なんて常識を欠いた野蛮人の集まり。そう見放していたキキアは認識を改める。
「さて、キキア殿下。我が国へようこそ――」
「はい?」
やがて白洲から目の前の島を指して歓迎の言葉を贈られた。その言葉に、キキアはポカンと口を開ける。
「……はぁあああ!? ここがニホン国!? こんな何もなさそうな島が!? 私だって馬鹿じゃないわ。冗談はやめてよね!?」
試すような白洲の言葉に、キキアは食って掛かる。
「そうは言っても我が国の領土には変わりはありません。まぁ、自国領となったのは最近ですが……。本孤島こそ、侯爵軍を迎え撃つ舞台となる」
「……えっ?」
意表を突かれ、キキアが固まる。
「……まっ、待って!? あなた何を言ってるの!? 侯爵軍を迎え撃つ!? 正気!?」
「ええ」
「馬鹿なの!? あなたたちが立ち向かえる相手じゃないわよ! カルマ・クレステルは公国の有力貴族なのよ! アルミナ正規軍でも勝てなかった相手に外界国がどうして勝てるっていうの!?」
尤もな反論。
けれど、白洲は譲らない。
「君のお父様とはそういう約束を交わしている。いや、契約と言ってもいい」
「それってもしかして……」
キキアは父の話を思い出す。
2週間前の白洲と大公の会談だが、白洲はその席で大公キジカに条件を突き付けたという。
日本と友好的な関係を樹立し、資源や食糧を融通して欲しいと。その見返りとして、日本は内乱における大公家の勝利を確約すると。
大公は白洲の人柄を豪胆で肝が据わった人物と評したが、思惑としては娘を公国から連れ出し匿ってもらう点に重点を置いていたのは間違いない。大公家を勝利させる、その約束をどこまで信じていたかはわからない。
かくゆうキキアも最初に話を聞いたとき、口からのデマカセだと断じていた。現状、大公軍が侯爵軍に勝てる可能性は低い。そのような状況下、外界国が出張ったところで意味はない。
きっと自分を外界に連れ出すことを条件に、いくらか金品を受け取るつもりなのだろう。その程度にしか思っていなかった。或いは、身柄を手に入れた後で侯爵軍に売り渡すのではないかとまで疑った程だ。
なのに、白洲は父との約束を守り、侯爵軍と事を構えると言い放った。
開いた口が塞がらない。
相手は四大国の有力貴族。未曾有の大軍勢に挑もうなんて正気の沙汰とは思えない。
直後、キキアは叫ぶ。
「侯爵軍の強さは私が一番良く知っているわ。今からでも遅くない、侯爵軍と戦うなんて無謀なことはやめさない! 侯爵家に盾突けば、白洲様の本国も無事では済まない。きっと多くの街が火に焼かれ、跡には死人だけが残る。大国に逆らった国家の末路なんて説明するまでもないでしょう!? 家族も、友人も、大切な人は全員死ぬわよっ」
彼女は歯を食い縛る。
赤みを帯びた瞳はどこまでも真剣だった。
「……尤もな話だ。とは言え、なるほど。どうやら君はこの勝負を一か八かの賭けだと思っているようだ」
「はい?」
「私も賭け事は好きなタチでしてね、男は薄氷で勝ち取る勝利にこそロマンを感じるものだ。けれど、こと政治と外交に賭けの理屈を持ち込むつもりはない」
「ど、どういう意味?」
「運任せに侯爵軍と戦うわけではないということです。君は生き証人として我々の戦いを最後まで見届けるといい。そして、日本が侯爵軍に勝利し、ファスティール家が再び公国の玉座に座った暁には、君の父と交わした契約を娘の君に履行してもらいたい。酷な話をするようだが、今ではファスティール家の生き残りはおそらくは君一人……。この騒乱が終わったとき、玉座に座るのは君なのだから――」
キキアは頭を抱えた。
なぜこの男はこんなに自信満々なのか?
陰り一つない堂々とした態度に、キキアは呆然とする。
「……おっと、どうやら着陸場所が見えてきたようだ」
そう言って、白洲は視線を窓の外へ。
釣られてキキアも上空から島の様子を窺うが、直後に言葉を失った。
「――!?」
島の内陸地には未曾有の大部隊、近代的な武装を装備した異国の軍隊が展開していた。
アルミナ大公国、クレステル侯爵家陣営。
「クレステル閣下――」
「どうした? ファスティール家の残党が反攻でもしてきたか?」
できるはずがない。
そう理解しつつ、カルマは敢えて言葉にする。
かつての大公“キジカ・ミル・ファスティール”はもうこの世にいない。
これで各地の大公家恩顧の貴族共も直に軍門に下るだろう。
完全勝利は目前。クレステル家の世がもうすぐ明ける事実に自信を覗かせる。
「今しがた寄せられた情報ですが、大公キジカの娘“キキア・ミル・ファスティール”の行方が判明致しました」
「何? して、あの娘はどこに身を隠している?」
「東大陸から南東に位置する孤島に逃亡を図った模様です。どうやらファスティール家が秘密裏に所有し、外界の拠点としていた島のようで――」
「やはり外界だったかっ」
カルマは机を叩き、椅子から勢いよく立ち上がる。
「ファスティール家の血筋は根絶やしにしなければならん。将来の禍根は残してはおけぬ。直ぐに軍を派遣せよ! 父親同様、娘もあの世に送るのだ」
「はっ」
斯くして、公国の有力貴族“クレステル侯爵家”とキキアを保護した外界国“日本国”の争いは幕を開けた。
次回「外界誘引①」




