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05 契約履行①

 東大陸東部、大河川“テラムズ川”の東側、ファスティール大公家陣営。

 アルミナ大公国の指導者“キジカ・ミル・ファスティール”と外界国の外交官“白洲”が邂逅を果たしてから十四日後のこと。

 この日、侯爵軍による大攻勢が仕掛けられた。侯爵軍は2週間余りの間に軍編成に注力。大公家の数十倍もの戦力を整え、機械化師団を先頭に、西、北、南の三方向から大公軍の勢力圏に侵攻したのだ。

 途切れることのない火砲音が大公家の終わりを連想させる。それはまさに侯爵軍の本気を窺わせる怒涛の進攻だった。


 対して大公軍は反撃に撃って出るが、情勢は多勢に無勢。勝敗は時間の問題と言えるだろう。

 側近の中には大公キジカに対し、外界に逃れるよう進言する者もいたが、大公はこれを厳然と拒否。ファスティール家の歴史に恥じない戦いを、と徹底抗戦を主張した。


「お父様っ」

「キキア、まだこんなところにいたのか……」

「早くお逃げください! このままではみな死んでしまいます!」


 キキアは必死に訴える。

 しかし、大公は首を振る。


「ワシは一国の主。今もそれは変わらないと思っておる。逃げることはできん」

「ですがっ」

「キキアよ。お前はまだ若い。これから多くを学び、多くを経験するだろう。ここで死んではいかん。お前は生き延び、世の移り変わりを見守るのだ。それこそが己に課された役目と思え」

「お父様……」


 キキアは目頭に涙を溜める。

 大公はキキアの頭をそっと撫でると、優しげな父親から厳然たる指導者の顔へと切り替えた。


「さぁ、急ぐのだ。あの男とはアニアで落ち合う約束なのだろう?」

「侯爵軍が大規模攻勢を仕掛けているのです。このような状況下で外界国が迎えに来るはずがありません」

「さて、それはどうかな」


 大公の意外な言葉に、キキアは首を傾げる。

 なぜそんなことが言えるのか?

 思わず理由を尋ねる。


「……確かに不思議な男ではあった。おまえにとっては気に障る男だったかもしれん。だが、外界国にはない何かを持っていたのも事実だ。これはワシの勘でしかないが、おまえには最後までその勘に付き合ってもらうぞ」


 そう言って、大公は従者を呼ぶと強引に娘の身体を押し付ける。


「お父様!?」

「さらばだ、我が娘よ」


 大公は背中を翻し、キキアの下を去っていった。






「港にはまだ付かないのか!?」

「もうしばらくお待ちを。追手に気付かれぬよう迂回しておりますので――」


 車が上下に揺れる度、キキアは頭を殴られた気分になった。

 キキアを乗せた車両は司令部を出発し、東大陸の東のはずれ、外界の海に面した港町“アニア”に差し掛かろうとしている。

 侯爵軍に気付かれないよう数台の囮車両を仕込んだが、敵の魔の手はキキア本人が乗車する車にも確実に迫っていた。


「侯爵軍の伏兵が何時(いつ)現れるやもしれん。とにかく急いでくれ!」


 付き人“クレア”は必死に叫ぶが、キキアは脱力したまま外の景色を眺める。

 港町アニアまで辿り着けたとしても、その先には大海原が広がっている。

 現状、逃げる手立ては船しかないが、この戦争真っ只中に律儀にも約束を守り、危険な場所に船を送り込む国があるだろうか。常識的な判断が働くなら、そんな無謀を冒すわけがない。

 仮に船を送り込めたとしても、周辺一帯の制空権は直にクレステル侯爵軍のものとなる。戦闘機にでも補足されれば一巻の終わり。助かる見込みは万に一つもない。


 それにあの白洲とかいう異国の外交官を誰が信用できるだろうか。何が「あなたを迎えに参ります」だ。馬鹿馬鹿しい言葉を思い出し、キキアは半笑った。


「クレア様っ、アニア港に入ります!」

「周囲を探せ! 外界国の船が停泊しているはずだ!」


 車を海岸線と並走させながら、助手席に座る兵士が周囲に目を配る。けれど、どれだけ探しても外界国の船は見つからない。そればかりか港には人一人いなかった。


――ほらね、私たちは騙されたのよ。


 キキアの顔に影が差す。

 諦めの感情が心を覆う。


「クレア様っ、追手です! どうやら侯爵軍と思われます!」


 キキアを車の揺れから庇いながら、クレアは後方を振り返る。すると、2台の軍用車両が港に侵入していた。

 灰色に塗り固められたオープントップの四輪駆動車。タイヤを大きくして車高を上げた独特の形状は、不整地走行の信頼性を勝ち取った馴染みの軍用車両に間違いない。

 こちらを追走する様子から、味方ではないことは一目瞭然だった。


「くそっ、もう少しのところで――」

「この場に留まるのは危険です! どこかに移動を――」

「なぜだ!? この港で落ち合うはずではなかったのか!? これだから外界国は当てにできないのだ! 仕方ない、港を離脱する! 急げっ」


 刹那、突然車両の背面ガラスが割れる。

 クレアはキキアの身体に覆いかぶさるが、銃声が止む気配はない。

 大公家の血を引く者は皆殺しにする。

 侯爵軍の明確な意思が伝わってくる。


 直後、運転席に座る兵の肩に運悪く銃弾が被弾する。痛みに耐えかねてハンドル操作を誤り、車両は右に急転回を余儀なくされる。

 道をはずれ、隆起した地面にタイヤが乗り上げた瞬間、キキアの身体が宙を舞った。


「……ゴホッ……ゲホッ…………」


 ぼやけた頭で状況を整理する。

 腹の奥から咳が出る嫌な感覚は抜けないが、どうやらあの世ではないらしい。


「……姫さま……ごぶじ……で……」

「――っ……クレア!?」


 気が付けば車両は横転、キキアは付き人に抱きかかえられていた。そのクレハは荒い息を吐きぐったりした様子を見せる。


「クレア!? ダメよ! 死んではダメ!」


 キキアは彼女の状態を確認するが、背中の一部が裂けて多量の血を流している。

 もう助からないかもしれない。

 最悪の結末を想像するも、それでも付き人に声を掛け続ける。


「大丈夫よ、きっとお父様が助けに来てくれるわ。だからあなたは大丈夫。もう少し、もう少しの辛抱だから――」

「……ありがとうございます……キキア様に仕えることができ……私は幸せ者でした…………」

「変な事を言うのはやめなさい――っ」


 キキアは叫んだ。

 まただ。

 また大切な人が奪われる。

 言い知れぬ感情がフツフツと彼女の奥底に湧き上がる。


 キキアは彼女を楽な姿勢にするために車外に脱出を試みる。

 しかし、その先には気味の悪い笑みを浮かべた侯爵軍の兵士が待っていた。距離にて数十メートル先。路肩に停めた車両からゆっくりと降車しキキアたちを嘲笑う。

 そのさらに後方には十数両もの頭数を揃えた侯爵軍の一団がまさに港に入ろうとしていた。

 キキアを捕えるために派遣された部隊なのは明らか。先行の2台は偵察車両といったところだろう。


 キキアは兵士たちを睨み付ける。


「――っ……見てないでさっさと殺したらどうなの!?」


 キキアの威嚇に「そうするさ」と誰かが言った。


――お父様、ごめんさない。私は約束を守れませんでした。けれど、ようやくみんなと同じ場所に行ける。それを嬉しく思うことをどうかお許しください。


 キキアは目を瞑る。

 二十にも届かない短い生涯。その終わりを静かに待った。

 無駄な抵抗はしない。

 それがせめてもの意地だった。


 けれど、直後に爆発音が鳴り響く。


「――!?」


 彼女は閉じた瞼を開き、慌てて周囲を確認する。すると、目の前の敵車両が2台とも炎上していた。

 キキアは何が起こったのかわからずに唖然とするが、直後に遠くの空からバタバタと忙しない機械音が聞こえ始める。

 瞬間、彼女は空を見上げた。


「へっ!?」


 瞳には大空を飛行する鋼鉄の機械が映る。見たこともない空を飛ぶ乗り物を目の当たりにし、キキアは口をあんぐりと開けて固まる。


 やがて鋼鉄の機械3機はキキアが座り込む場所を中心に円陣をつくると、まるで侯爵軍を威嚇するように上空で旋回を始めた。

 侯爵軍は車両を急停止させ、各自が空に向けて銃を構える。が、発砲する様子はない。見たこともない空を飛ぶ乗り物。それに恐怖するのはキキアだけではないようだった。


 そのうち別機体が円陣の中央を通過して地上との距離を詰めると、激しい風を巻き上げながらキキアの目の前に降り立つ。直後、鉄の扉が開くとある男が姿を現した。


「――遅れてすまない。だが、間に合って良かった」

「し、白洲様? 白洲様なのですか!? なぜ!? どうしてここに!?」

「どうして? 前々からこの地に迎えに来ると伝えていたはずですが?」


 そうじゃない。そうじゃないんだ。

 けれど、キキアは上手く自分の想いを表現できず、もどかしい気持ちを抱える。

 一方、そんな彼女の葛藤には目もくれず、白洲は手を差し出した。


「さぁ、こちらへ。あなたを外界の地(日本国)へお連れする――」


次回「契約履行②」

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― 新着の感想 ―
やはりキジカ大公殿下は犠牲になってしまいましたか、しかし一歩遅れていたらキキア殿下も内乱の犠牲になっていたと考えると、かなり際どい状態だったのですね。 もしクレステル侯爵家が主導を握っていたら、現在の…
キキアの目の前にヘリコプターでやって来て、降り立つ白洲。 「約束通り迎えに来ました」 絵になるシーンですね。
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