04 俯瞰風景
日本国東京都永田町、民自党本部。
大道は党宿舎の一室で茶を啜る。対面には外務省の女性職員“牧瀬”が腰を下ろし、白洲が省に報告した内容を語っていた。
「そうか。大公家の窮地を取引の材料とするか。あの若造も思い切ったことをやるものだ」
「ですが、その条件を飲めば、我が国はクレステル侯爵家の敵となったのも同然です。本省に事前確認を取るならまだしも、大公と密約を結んだから現政権の説得を頼むと言われ、本省の人間は皆肝を冷やしました」
「はっはっはっ、性格に難はあるが、極めて優秀な男だ。大局を見た判断なのだろう。大公家を再びアルミナの指導者に据える。一見すると危ない賭けだが、上手く事を運べば莫大な釣りがくる。資源や食糧はもとより、日本は東大陸という名の防波堤を手にすることも可能だ。安全保障上、極めて有用と言える」
「だからといって、公国の内乱に我が国が介入するというのは……」
「高度な政治的意思決定が必要だな」
そこまで言うと、大道は渋い顔をする。
「……現政権にその決定が下せるとは思えない、と?」
「ああ。恥ずかしいことにな」
現在、日本は転移後2年半程の歳月が経過している。転移当初は周辺国との軋轢で自衛隊が防衛出動するケースが何度かあった。国を巻き込む大規模戦闘なら考え物だが、自衛隊の出動自体は国民の理解は得られるはずだ。
だが、問題は政治面である。
転移直後、今から1年半前の解散総選挙で民自党は議席数を大幅に減らし過半数を割った。
それでも政権を維持しているのは公和党と連立を組んでいるからだ。
しかし、その公和党が民自党の足元を見てか、ここ最近発言力を強めている。
他国との武力衝突、ましてや四大国“アルミナ大公国”に軍事介入するなど、公和党と野党勢力が認めるはずがない。
現政権は手足を縛られた状態で政権運営を担っているに等しく、加えてこれまでに類を見ない莫大な政治資金や官房機密費の消費が発覚するなど、金に関する疑惑も相次ぎ、それが現政権の支持率を谷底に落とす要因となっていた。
「まったく、今の伏見総理には同情を禁じ得んよ。マスコミが現政権を何と呼んでいるか知っているかね? “公和党の操り人形”だ」
「それは何と言いますか……」
「実際、事実だから笑えん。今の民自党政権には何もできん」
大道は項垂れるが、そのタイミングで部屋の扉が叩かれる。
そうして姿を見せたのは意外な人物だった。
「……九貫官房長官!? 山ノ内経産大臣!? どうしてここに!?」
突然の現職閣僚の登場に牧瀬は席を譲ろうと腰を浮かす。
が、内閣官房長官“九貫”は「そのまま、そのまま」と牧瀬の行動を手で制す。
「珍しいな。政権で何かあったのか?」
「白々しいな、大道さん。外務省東大陸圏担当のこの娘が来ているということは事の顛末は大凡聞いているのだろう? まったくやってくれるよ、あの白洲という男は。外交官より政治家向きかもしれん。次の衆院選は我が党から出馬しないか誰か打診して欲しいものだ」
九貫は軽く冗談を交え、無人のソファーにどっぷりと腰を据える。
山ノ内も同様に腰を下ろすが、早々に九貫が切り出した。
「伏見さんからの言伝を預かってきた」
「総理から?」
「ああ、そうだ。山ノ内さん頼む」
そう言うと、九貫はバトンを山ノ内に渡す。
山ノ内は軽く頷き、平坦な口調で説明を始めた。
「伏見総理の考えをお伝えします。単刀直入に言えば、総理は白洲外交官がファスティール大公家と結んだ密約を受け入れる意向のようです」
「ほんとか!? リベラル派の伏見さんとは思えん判断だな」
「事が事だ。大国からの資源や食糧の融通がなければ、どのみち日本に待ち受けるのは今以上の混乱だ。賭けだろうが何だろうが、我々は縋りつくしかない」
自衛隊による軍事介入。
その腹を総理が括ったと九貫は語る。
山ノ内が続ける。
「当面の問題は法整備です。自衛隊による大規模戦闘を前提とする法審議は、公和党や野党が許さないでしょう。下手をすれば公和党は連立から離脱。安全保障関連法の整備は大幅に遅延すると同時に、白洲外交官が獲得したチャンスを無に帰す可能性も否定できません」
「確かにな……要するに公和党や野党を刺激しないよう、自衛隊の出動は必要最小限に抑えたいと?」
「その通りです。一定の配慮を以て公和党を説得することは可能と考えます」
「前提は理解したが、実際問題どうするつもりだ? 公国を二分する内乱だが、そもそも大公家を勝たせなければ白洲君が勝ち得た成果は水の泡だ」
「もちろん大公家には勝っていただきます。その上で、自衛隊による戦闘は必要最小限に止めます。もちろん、自衛隊を東大陸に送り込む、といった想定もしていません」
大道は可笑しな話と項垂れる。
「おいおい、自衛隊を東大陸に送り込まずに戦に勝つだって? そんな上手い話が……」
そこで言葉を切ると、大道は考え込む。
その後、しばらくして
「……敵大将を大陸圏の外に誘き出すつもりか?」
と言い放った。
山ノ内は深く頷く。
「数か月前、東大陸の南東方向に位置する外界海域に無人島の存在を確認しました。国交省の簡易調査の結果、どの国にも属さない島であると断定、政府は日本領に編入することを決めています」
「誘い先は日本から遠く離れた無人島か……。悪くない。牧瀬君、君はこの作戦をどう見る?」
「……そうですね。付け焼刃な作戦であることは否めませんが、現状、カルマ・クレステルは大公家との戦争を早期に集結させたいと事を急いている節があります。彼が恐れる最悪の事態は、現状静観を決め込んでいる公国貴族たちが一斉に大公家側になびくことでしょう。例え話になりますが、大公家が健在で再び浮上の憂き目があるとわかれば、大公家に恩のある貴族たちが一斉に立ち上がる可能性は捨てきれない。だからこそ、カルマ・クレステルは大公家の殲滅に拘っている。先の公都制圧の際もファスティール家の人間を真っ先に殺害に及んだのはこのためと思われます。付け込むなら、この点を置いて他にないかと」
「なるほど。外界の無人島であっても、ファスティール家の人間が生き延び、その地に身を寄せていると知れば軍を差し向けざるを得ない。場合によっては大将自らが動くことも――」
「――十分に考えられます」
大道は茶を一息に飲み干すと、概ね納得した表情を浮かべた。
しかし、この作戦にはもう一つの問題がある。
「この作戦、敵大将を誘き出すための人身御供が必要だ。生半可な人物では事足りない。敵大将が動く程の極上の人質を用意する必要がある。当てはあるのか?」
「その心配はない」
「なに?」
「白洲外交官から追加の連絡が入った。つい先ほどのことだ。手頃な娘を見つけた、彼はそう言っていたらしい。政権が腹を決めたタイミングでの新たな報告。我々の意志決定を見越していた節がある。どうにも食えない男だ」
九貫は大きく息を吐くが、牧瀬は顔を引き攣らせ、白洲に目を付けられた娘に同情する。
「大方の話はわかったが、わざわざここに足を運んだ理由はまだ他にあるんだろ?」
「察しがいいな。悪いが大道さんには汚れ仕事をやってもらいたくてね。法整備が終わり次第、公和党には連立離脱を持ち掛け、野党には野党共闘を促してほしいのだ。大きな声では言えないが、この話は他党とパイプを持つ他の民自党議員にも依頼している。どうだろうか? やってくれないか?」
「一応聞いておくが、目的は?」
「察しの通りだ。我が党は一度下野し、力を蓄える」
「……そう言えば聞こえはいいが、要は敵失による党支持率の回復が狙いだろう? 褒められた方法ではないが、まぁ、現実には有効な一手と成り得るか」
「見据えるのは次の選挙後だ。この不安定な国際情勢下、政権基盤は盤石なものにしておきたい。何が起ころうと対処できるようにな」
大道は瞑目するも、直後に「わかった」と声を張った。
「この世界は覇権主義の色合いが強い。この先、その大波に日本が巻き込まれない保証はない。強く柔軟な政権が必要だ。日本としてはアルミナの内乱が終わった後も見据えねばなるまい」
大道はそう言うと、席を立って勢いよく部屋から出ていった。室内には九貫、山ノ内、牧瀬の3名が残される。
「公国の後、ですか……」
「牧瀬君、君はどう見る?」
大道の座っていた席に目線を落としつつ、九貫は牧瀬に問い掛ける。
牧瀬は少し考え込むと、
「さて、どうでしょうか。大道さんは俯瞰に長けた方ですから、きっと何かが見えているのでしょう」
と返した。
次回「契約履行①」




