03 公国騒乱③
外務省外交官“白洲”は侯爵家との接触後、大公家にも接触を試みた。当初は大公家からも存外な扱いを受けることを覚悟していたが、いざ接触を図ってみると感触は良好。直ぐに会いたいとする要請を受け、先方の指定場所に向かった。
その場所とはテラムズ川から東南に逸れた軍事施設である。外界勢力からの防衛拠点として建設された施設だが、文明度の低い外界国を念頭に置いているためか、建物はみすぼらしく、大公軍が司令部を置く場所としてはお世辞にも相応しいとは思えなかった。
「……相当追い詰められているわけか」
白洲と一ノ瀬は案内役に導かれ、施設内に足を踏み入れる。すると、そこには悲惨な光景が広がっていた。
「これは……」
白洲が思わず言葉を見失う。
眼前には戦争で命を散らした将兵の遺体、それもおびただしい数が地面に放置され、汚れたボロ布を被っている。
疫病を防止するため遺体の処理は進めているようだが、まるで人の手が足りていない。
周囲を見渡せば、息のある将兵も疲れた表情を隠さず、腐った魚のようにやつれた者も多数。施設内はこの世の終わりを映し出していた。
白洲はさらに歩を進め、やがて小さな扉の前に辿り着く。直後、この奥で大公が待っていることを伝えられた。
白洲は瞬間的に驚きの表情を浮かべる。侯爵家の陣営では酷い扱いを受けたばかり。そのためか、まさか大公自らが会ってくれるとは思っておらず、ことさら衝撃が大きかった。
「……」
扉が開かれ、小部屋に入る。
室内に装飾品の類はなく、さほどの広さもない。どちらかと言えば使用人の滞在部屋とも思える部屋、その中央に大公キジカはひっそりと座っていた。周囲には側近が一人いるだけだった。
「貴殿がニホン国の使者か? かような戦火の折りによくぞ足を運んでくれた。よくぞ我が陣営への協力を申し出てくれた。その勇敢なる行動に感謝する」
大公は椅子から立ち上がり、大胆にも握手を求めて白洲に近寄った。
そのフランクな立ち回りに面食うが、白洲は即座に握手に応じる。
直後、大公の側近が話のバトンを引き継いだ。
「しかしながら、日本国に問いたい。なぜこのような契機に我が陣営に協力を申し出たのか? 正直に言えば、我が陣営は此度の戦争では劣勢を強いられている。それを知らない貴国ではあるまい?」
「有体に申し上げます。我が国はこの世界で言うところの“外界国”ですが、これでも多くの国民を抱えています。つまるところ多くの食糧と資源を必要とするのです。そう言えば大凡の察しが付くはず」
白洲の大胆不敵な物言いに、側近は呆れた表情を浮かべる。が、大公はさも可笑しそうに笑う。
「なるほど。協力の暁には見返りを寄こせというわけか。危ない橋だ。接触を図るなら、クレステル侯爵家という考えはなかったのか?」
「そちらは門前払いを食らいましてね。我々としても後がないのですよ」
「正直な男よ。良かろう。話を前に進めるとして、貴殿の要求通りに我らが見返りを約束した場合、貴国は何を支援してくれるつもりだ? 人か? 武器か? それともワシの逃亡の手助けか?」
「大公様!?」
「怒るな、軽い冗談だ。しかし、外界国が見栄を切ったところで支援できるものなど――」
「――勝利を」
「……ん?」
「この騒乱における勝利を、我が国はお約束する」
大公の言葉を遮り、白洲は断言する。
大公は意表を突かれ、ギョッと目を見開く。
一ノ瀬は「また暴走が始まった」と言わんばかりに天を仰いだ。
「貴様っ、大公様の前で悪い冗談を。許せん!」
「待て――」
激怒する側近を戒め、大公キジカは再び白洲と向き直る。
外界国の使者と知ったとき、最初は取るに足りない人物と思った。
劣勢の状況下、大公家に手を差し伸べてくれることに感謝はするが、白洲と名乗る男に侮りの気持ちがなかったわけではない。
外界国の使者が四大国の要人を前にするとき、いつだってその者は身体を震わせ委縮する。
理由は四大国と外界国の覆せない国力差にあると言っていい。己の命に、国の命運、その全てを一方的に相手に握られている状況が創り出す極度の緊張感。その重圧と息苦しさに耐え切れず、使者は大国の前に跪き一種の奴隷と化す。
それがこの世界の縮図であり、この世界の真理……
大国の指導者だからこそ、キジカもまた何度もそういった場面を目撃にしてきた。
しかし、眼前の白洲からは外界国特有の“恐れ”をまるで感じない。
大国を前にしても動じない堂々とした立ち振る舞いと大胆な交渉姿勢。そのどれもが外界国の使者からはほど遠いものであり、まるで同じ四大国、いやそれ以上の国と対峙している印象すら抱いてしまう。
この男を無下に扱うことはできない。
そう判断したとき、大公は次の言葉を発した。
「――その意気や良し。外界国と断じた先程の非礼は詫びよう。貴国からの提案を飲む」
「大公様!? 何を仰って!?」
「其方は黙っておれ。これはアルミナ大公国の指導者としての判断だ」
白洲は大公の強い眼差しに、彼の本気度を感じ取る。
「では、交渉成立ですね」
「しかしながら、もう一つ、貴殿には約束してもらいたい」
「約束?」
「そうだ」
そう言って、大公は最後の条件を語った。
「白洲さん!? あんな提案して大丈夫なんですか!? 勝利を約束って……つまりそれって日本がこの戦争に介入するってことですよね!? 本省の了承も得ないままそんな無謀な――」
「一ノ瀬」
「は、はい?」
「確か公国は四大国の中でも古参中の古参だったな」
「え、ええ。歴史も一番古く、現ファスティール家が大公家となり国を統治するようになってからも300年くらい続いているようです。でも、それがどうかしましたか?」
「いやな、肌感覚だが、朧気にその理由がわかった気がするよ」
「へっ?」
再び案内役に誘導され、白洲は元来た道を戻る。
先方との交渉は成立。アルミナ大公国の指導者“キジカ・ミル・ファスティール”は、食糧・資源分野での貿易交渉を確約し、通商条約締結まで見据えた関係構築まで約束してくれた。日本にしてみれば満額回答に近い。
しかし、その為にはまずは日本側が大公家と交わした約束を守る必要がある。
つまりはこの内乱を収束させる、という大前提があるわけだが、土産話としては悪くないだろう。外務省は阿鼻狂乱だろうが、後は現政権がどう判断するかに賭ける。
白洲はそう考えていた。
「お待ちください!」
凛とした声に導かれ、白州が後ろを振り返る。
すると、少し離れた場所に一人の少女が立っていた。歳は十代半ばくらいだろうか。整った顔立ちに目を引かれるが、一方で気の強そうな印象を受ける。
きっと大公の娘に間違いない。
白洲は直感するが、敢えて彼女に問い掛けた。
「あなたは?」
「このような場所でのお引き留め、非礼はお許しください。私はファスティール家の現当主“キジカ・ミル・ファスティール”の娘“キキア・ミル・ファスティール”です」
一ノ瀬は姫君の突然の登場に驚くが、白洲は冷静な態度を崩さない。
「これはご丁寧に。私は日本国外務省外交官の白洲と申します。こちらは一ノ瀬。どうぞよろしく」
「ニホン国……では我々に支援を申し出てくれた国というのは貴国で間違いないのですね?」
「ええ、その通りです」
白洲は肯定する。
直後、キキアは右手を胸の前で握り締め、思い詰めた表情を浮かべた。
何かを悩む様子が傍から見ても垣間見える。
しかし、迷ってもいられないと判断してか、開口一番、彼女はある提案を口にした。
「支援の申し出には深い感謝を。貴国の勇敢な決断には多くの者が救われましょう。ですが、願わくば、貴国には私の望みを叶えてもらいたいのです」
「望み、ですか……」
「はい。大公家の現当主を、お父様を、ニホン国に匿っては貰えないでしょうか!?」
不安な顔を覗かせながら、彼女は強い口調で言い切った。
父を国外に逃がして欲しい。
それが彼女の望みだった。
「……どうしてそのようなことを?」
「この戦争は先が見えています。悔しいですが、ファスティール家は滅びの道を辿るでしょう。ですが、人一人の命はまた別です」
「娘の立場ならそれでいいかもしれない。だが、国家を率いる人間としては視野が狭い。国の指導者が国外に逃げる、その意味をあなたが知らないはずがない」
キキアの必死の訴えにも関わらず、白洲は首を縦には振らない。
それでもキキアは押し負けることなく、自らの覚悟を口にする。
「私が先頭に立って戦います」
「ほう。成人にも満たないあなたが?」
「私にもファスティールの血が流れています。最後までみなを鼓舞し、先頭に立って戦う役目は私が引き継いで――って、なぜ笑うのですか!?」
瞬間、白洲は声を殺して笑っていた。
キキアはキョトンとした顔を浮かべるも、やがて憤慨だと言わんばかりに顔を赤くする。
「なっ、何が可笑しいのです!?」
「ああ、すみません。いやね、親子だなと思いまして」
「はいぃ?」
「先程、あなたのお父様にも同じ提案をされました。娘の安全を確約して欲しい。この国からの逃亡を助け貴国の地で匿ってもらいたいと――」
「お父様が……」
直後、白洲はもう話は終わりとキキアに背中を向ける。
「まっ、待ってください! まだ話は終わっていません!」
「いいえ、もう話すことはありません。私は大公様と約束を交わしたのです。あなたとではなく、あなたのお父様とね」
「――っ……では私を、大公の娘であるこの私を、外界の地に連れていくと言うのですか!?」
「そうしたい気持ちは山々ですが、生憎と私も一外交官に過ぎません。本国の了承を得なければ行動に移せないことも多い。それが完了するまではしばしお待ちを――」
白洲の返答に、キキアは苦虫を噛み下すような表情を浮かべる。
それでも白洲の態度は変わらない。
「本国の了承取得後、再び公国を訪れましょう。落ち合う場所は公国最東部、外界の海に面した港町アニア。そこにあなたを迎えに参ります。どうやらあなたは我が国を田舎者国家だと侮っているかもしれませんが、存外刺激に満ちた毎日が待っているかもしれませんよ? 楽しみにされるといいいでしょう。それまでは、どうか生き延びられますよう」
「――っ……大きなお世話よ!」
私はこいつが嫌いだ。
キキアは心の中で叫んだ。
次回「俯瞰風景」




