02 公国騒乱②
東大陸東部、大河川“テラムズ川”の西側、クレステル侯爵家陣営。
おびただしい数の輸送車やテントが並ぶ中、黒スーツの男が颯爽と陣営内を歩いていた。
と言っても、ここは前線ではなく、物資の管理・調達を受け持つ後方倉庫エリアである。男がこの場を訪れたのは自ら望んだわけではなく、散々たらい回しにされた挙句、最後に行き付いた場所が当エリアだった。
「白洲さんっ、やっぱり戦争真っ只中に大将に会おうなんて無茶ですよ。入国できただけでも驚きだったのに、ついでに指導者に会おうなんて非常識です。ここは一つ内乱が落ち着くのを待って――」
「馬鹿野郎っ、こんな千載一遇のチャンスを見逃せるかっ。今どちらかの陣営に恩を売っておけば、巡り巡って日本の国益になるとは思わないのか?」
「はぁ、僕は白洲さんの行動力が怖いですよ。わかってます? 今は“THE戦争中”ですよ? ここは前線にも割と近いですし、もし流れ弾にでも当たったら――」
「戦争が怖くて外交官が務まるかっ」
外務省外交官“白洲”。
外務省切っての異端児と評される男は、部下の“一ノ瀬”と共に公国入りを果たしていた。
目的は四大国とのパイプ構築にある。
現在の日本は転移後2年半が経つが、お世辞にも混乱が収まったとは言えず、目下の課題は食料と資源だった。
もちろん政府は東外界国家を中心に積極的な関係構築を図っているが、人口1億を抱える国家を満足させる貿易国には未だに出会えていない。
そのような状況下、政府が目を付けたのが東大陸の盟主、アルミナ大公国だった。
外務省内では戦時中に接触を試みるべきではないとする意見もあったが、転移後の解散総選挙で過半数を割り、公和党との数合わせで政権を維持する現民自党政権としては、肥沃な大地を誇るアルミナ大公国とは何としても関係を構築したいとする思惑もあり、外務省の異端児に白羽の矢が立ったのである。
「――」
白洲と一ノ瀬は指定された仮設倉庫に足を踏み入れる。すると、問答無用で倉庫奥の薄暗い部屋に通された。
部屋の中では小太りな男が椅子に座って葉巻をふかしており、お世辞にも仕事をしているようには見えない。白洲は訝しむも、案内役の兵士は目の前の男に敬礼した。
「アバレッジ管理官、我が軍に支援を申し出ている外界国、ええと、ニハン国?の使者を連れて参りました」
「ん? ああ、ご苦労さん……」
アバレッジと呼ばれた人物はおそらく本倉庫の責任者なのだろう。
しかし、他国の人間が目の前にいるにも関わらず、視線を合わせようともせずに机の上のカードゲームに興じている。
「日本国の白洲と申します。失礼ですが、あなたは?」
「んー」
白州は名前を名乗るも、相手からは生返事が返ってくるばかり。思わず小太りな男に鋭い眼光を向けるも、案内役の兵士からは逆に睨み返された。
「この方はクレステル侯爵軍第8補給部隊隷下第16物資調達隊管理官のアバレッジ少尉だ。無礼な態度はよせ。外界人――」
外界人。
その一言に、白洲の表情がさらに険しくなる。白洲特有の相手を値踏みする独特の目付き。あまり人相がいいとは言えない表情に、一ノ瀬はあわあわと気を揉む。
「それでぇ? 貴国は何を支援してくれるんだぁ? 正直、今更遅いぐらいだ。食糧も武器も十分足りてる。まぁ、外界国に期待などしないが、そうだなぁ、葉巻や酒などの嗜好品、女でもいいぞ。外界国でもそれくらいは用意できるだろう?」
アバレッジは顔も向けずにそう呟くと、何が面白かったのかケラケラと笑った。
「これはどういうことですか? 私が謁見を願い出たのはカルマ・クレステル公本人、又はその側近と言ったはず。不躾ながら、貴殿がその地位にいるとも、取り次げる立場にあるとも思えない」
「なっ!?」
白洲の直線的な反論に、さすがのアバレッジも視線を上げる。
こいつは何を言っているんだ?
そんな心情が顔から滲み出る。
「ぶ、無礼だぞ!? 外界国如きの使者がアルミナ大公国の名門貴族、天上の御方に会えるはずがなかろう!? 常識知らずの恥さらしが! 支援の申し出というからこうして私が会ってやったのに、非礼な言動は目に余る! 調子に乗るな!!」
直後、白洲は背を向けると煙漂う部屋を後にする。
交渉決裂は明らかだった。
「白洲さん!? 相手は怒ったままですよ!? いいんですか!? って、何を笑ってるんですか!?」
「……いや、これが噂の四大国かと思ってな。外界国を劣等国と切り捨て、自分たちこそが世界の中心と言わんばかりの傲慢さ。一ノ瀬、この世界もかつての世界と同等に歪んでいるようだ。さて、もう一つの陣営に行くのが楽しみだ」
「怖い! 僕は白洲さんが怖いです!」
東大陸東部、大河川“テラムズ川”の東側、ファスティール大公家陣営。
アルミナ大公国の統治者、ファスティール大公家。
その現当主である“キジカ・ミル・ファスティール”は、最後の大決戦と称したテラムズ川攻防戦での敗戦に大きく肩を落とした。
「やはり裏には王国の影があったか……」
「その通りにございます。今でこそ大軍に膨れ上がった侯爵軍ですが、当初は我々正規軍が質でも数でも勝っていたのは確か。おそらくはパルドウィッチ王国が侯爵軍に肩入れしたと思われます」
「……ここに至っては是非もない。侯爵軍は未曾有の大勢力にまで膨れ上がってしまった。片や我々は水際まで追い詰められた一匹狼も同然。過去を憂いても仕方あるまい……」
そう強がってはいるものの、大公の言葉には覇気がない。それを悟らせまいと無理する様子が周囲の暗雲たる空気に拍車を掛ける。
「残すところは諸外国を当てにするしかないが……」
大公は側近の一人に目を配る。
しかし、側近は首を左右に振った。
「そうか……」
最後の希望も絶たれ、大公キジカは項垂れる。
最早、大公軍には成す術がない。
これまではアーミア、エイテルポール、シャトラドールといった大公家恩顧の貴族たちが獅子奮迅の如く壁役を担ったが、テラムズ川の大決戦でアーミアは戦死し、エイテルポールは行方不明、シャトラードは敗走を余儀なくされ、未だに連絡が取れていない。
事実上、大公軍は瓦解したも同然だった。
残る方法は諸外国を当てにするくらいだが、かつて大公家と密接な関係にあった国々は、現状無言を貫いている。
おそらくは既に侯爵家の手が回っているか、様子見を決め込んでいるのだろう。今更、劣勢な勢力を支援する国があるとも思えない。
「最早これまでか。よもやワシの代でこのようなことになろうとは……」
「大公様……」
「無念でなりません」
「せめて兵を集め散り際だけでも……」
大公家を慕う多くの貴族が頭を垂れて涙する。確かな絶望感が陣営内を侵食する。
「キキアよ」
やがて大公はそっと背後を振り返った。その視線の先には父を見守る娘が一人、“キキア・ミル・ファスティール”が不安な表情で様子を窺っていた。
刹那、彼女は叫ぶ。
「嫌です!」
その先に続く言葉をキキアは理解していた。
優しい父のことだ。
お前だけでも逃げなさい。
そう言うに決まっている。
「だが、キキアよ――」
「お父様っ、私だって大公家の人間よ! どうして私だけが逃げられましょうか!? この戦争で多くの者を失いました。兄様に、姉様に、親しかった友人や従者もです。誰かを失うのはもうたくさん! 大公家の終わりは私の終わりでもあります。だから、だからっ、逃げろなんて言うのはやめて!」
彼女は必死に訴える。
天真爛漫で身の回りの様々な出来事に興味を持ち、危険なことにも臆さない勝気な性格は多くのアルミナ国民を魅了する。
そんな姫君が頬を赤く腫らして涙を見せるのだ。
この場に集う者は誰もが少女の涙に悲しみ、己の不甲斐なさを悔やんだ。
しかし、そこに側近の一人が息を切らして現れる。
「た、大公様っ」
「どうした? 侯爵軍が動いたか?」
「いえ、そうではございません」
「では何があった?」
「ある国が大公様に謁見を求めております。どうやら我が陣営を支援したい意向のようで――」
支援の申し出。
その言葉に周囲がざわつく。
今更どうして? いったいどこの国が?
多数の疑問が浮かぶ中、大公が口を開く。
「協力国とは願ってもないが、なぜこのような状況下で我々の支援を? その国の名は何と申す?」
「ニホン国なる外界国にございます!」
協力国。
そこに僅かな希望を見出した貴族たちだったが、外界国と知るや多くの者が再び肩を落とした。
文明力に乏しい外界国では助けになるどころか足手まとい。食糧支援等は有用だが、戦局を覆す力には成り得ない。
それが貴族たちの共通認識だった。
しかし、
「遠いところ海を渡り東大陸までやって来たのだ。無下にはできまい。それにワシは運が良い」
「……お父様?」
「いや、何でもない。直ぐに会おう。準備を――」
「はっ!」
大公キジカは外界の使者に会うことを決めた。
次回「公国騒乱③」




