01 公国騒乱①
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第2章「東の公国編」の投稿を開始します。
「どうして!? どうしてこんなことに――!?」
上下に激しく揺れる車内で、少女は苦しい胸の内を発露した。
怒りよりも悲しみが強かった。
なぜ身内同士で争う必要があるのか。
幾度となく浮かぶ疑問だが、答えてくれる者は誰もいない。
「港にはまだ付かないのか!?」
「もうしばらくお待ちを。追手に気付かれぬよう迂回しておりますので――」
険しい顔付きの付き人が運転席に檄を飛ばす。
幹線路を避けたとは言え、あたり一帯の制空権は直に敵方に奪われる。このような状況下では身の安全など無いに等しい。この先、命の保証はまるでない。
少女が住まうこの国で内乱が勃発したのは2年程前だった。
やがて騒乱は混沌を極め、少女が知る多くの者が儚い命を散らせた。
少女はたまたま末っ子だった。
たったそれだけの理由で周りは自分の命を犠牲にし、少女の命を最優先に行動してくれた。
少女にとって、それは堪らなく辛かった。
「……こんな……こんなことって……」
歯を食いしばり同じ言葉を繰り返す。
東大陸の覇者、アルミナ大公国。その支配者たるファスティール大公家。
その現当主の娘“キキア・ミル・ファスティール”は、普段の天真爛漫な性格に相反し、目頭に涙を溜めるのだった。
公国歴1015年。
東大陸の覇者にして四大国随一の力を誇ったアルミナ大公国は一つの帰路に立っていた。
内乱である。
アルミナ大公国の支配者“ファスティール大公家”に対し、大貴族“クレステル侯爵家”が反旗を翻したのである。
元々クレステル家は過去に幾人もの優れた人財を輩出してきた名門だったが、どういうわけか直近に血で血を洗うお家騒動を演じ、当主の座を勝ち取った“カルマ・クレステル”は突然大公家に宣戦を布告した。
大公家の片腕とも称されたクレステル家の反乱。公国全体に衝撃を与えたのは言うまでもない。
とは言え、当初、反乱軍はアルミナ正規軍によって即座に鎮圧される見通しだった。
クレステル家は名門であるが、一貴族に過ぎない。国を統べる大公家に勝てるはずもない。
誰もがそう思っていた。
しかし、いざ蓋を開けてみれば、侯爵軍はアルミナ正規軍の鎮圧部隊に勝利し、瞬く間に自領を含めた公国南部を手中に収める。
その後の衝突でも連戦連勝。大小様々な戦闘を繰り返しながら、侯爵軍は勢いのままに公都アルマニにまで迫った。
一方の大公軍は次第に膨れ上がる侯爵軍に劣勢を強いられ、アルマニからの敗走を余儀なくされる。
永年、公国の象徴として君臨した大公家の敗走。時代の移り変わりを象徴する出来事だった。
そして、今――
「申し上げます!」
「うむ」
「我が軍の主力部隊がテラムズ川を渡り大公軍を急襲! 敵中央部隊を撃破しつつあり! 敵軍指揮官“ウェルボルフ・アーミア”は戦死! 副官“パラナンド・エイテルポール”は行き方知れず! 遊撃部隊を率いた“ダグリス・シャトラドール”も後退を始めた模様――」
瞬間、周囲から「おお!」と歓声が湧き起こる。
「傑物アーミア、鬼才エイテルポール、大獅子シャトラドールを遂に蹴散らしたか!」
「はっ! 敵方両翼も後退を余儀なくされています。我が部隊は機械化師団を筆頭に、敵の後続部隊に打撃を与えるべく追撃中!」
「うむ。大義!」
戦の吉報にその男“カルマ・クレステル”は満足げに頷いた。
彼こそが大公家に反旗を翻した反乱軍の最高指揮官、その人である。
謹厳実直ではあるが、非常に好戦的な性格をしており、血なまぐさい噂が絶えない人物でもあった。
「クレステル公! ついにやりましたな! 各地で根強い抵抗を続ける大公家派閥もこれで意気消沈となりましょう。勝敗は決したも同然。時代が動きますぞ!」
「ああ、これで良い。これで良いのだ。激動を極める昨今、軟弱なファスティール家の奴らに国の舵取りを任せてはおけぬ。皆喜べ! 公国の行く末に光が差したぞ!」
カルマ・クレステルの言葉に再び歓声が上がる。
度重なる敗戦にも関わらず、幾度となく立ち向ってきた大公軍ではあるが、テラムズ川の敗北により瓦解したも同然。最早、大公家は滅びの道を残すのみと言っていい。
「さらなる部隊を編成せよ! この機を逃す手はない! 数日後には全軍で大攻勢を仕掛け、大公軍を完膚なきまでに叩き潰す! ファスティールの血を引く者は全て捕えよ! 抵抗の意志を示す者はその場で殺して構わん!」
「はっ」
伝令兵は跪き深々と頭を下げると、踵を返してこの場を去る。
「――これでアルミナ大公国はカルマ様のものとなりました。おめでとうございます」
直後、カルマ・クレステルに賛辞が贈られた。
声の出所は黒いローブ調の服を身に纏った人物からだった。
その者はカルマの前に立つと軽く頭を下げる。顔の半分はローブに隠れているが、口元は微かな笑みを湛えている。
「はっはっはっ、気が早い奴よ。戦は最後まで分からぬものだ。大公家もみすみす降伏などするまい。あの家は諦めの言葉を知らぬ」
「御冗談を。ここからの逆転など万に一つもございません。カルマ様には我がシントラの神も付いております」
「ああ、そうであったな」
「カルマ様が無事公国の主となった暁には――」
「わかっておる。シントラの教えだったか? 我が国での布教を許そう。安心するがよい」
「過分なるご配慮に感謝を。では私はこれで失礼を――」
「教主よ、確かサンレと申したか? 戦の祝勝には立ち会わぬのか?」
「これでも忙しい身なれば、我儘をお許しください」
「まぁいい。勝手にするが良い」
カルマ・クレステルは好きにしろと身振りで意思を示す。
直後、側近が一つの報告を齎した。
「カルマ様――」
「どうした?」
「戦の最中ではありますが、カルマ様に謁見したいと申し出ている国がございます」
「国だと? いくら何でも戦勝の祝いには早かろう。かといって、支援の申し出ならば願い下げだ。アルミナ正規軍と一進一退の攻防を繰り広げた当初ならばまだしも、我らの勝利が疑いないこのタイミングで接触を図るなど都合が良過ぎるにも程がある」
「仰る通りでございます。ですが再三に渡って追い返しているものの、相手の外交官が無類の変わり者なのか、カルマ様に会うまで引き返すつもりはないと言い張っておりまして……」
「無粋な国よ。して、国の名は?」
「ニホン国なる外界国にございます」
「外界国だと?」
その事実を知るやカルマは一切の興味を無くし失笑する。
外界。それは大陸圏の外側、世界を異にする未開の地、低文明地域の総称である。
奴隷を人と思わないように、外界国を国と思うのは変人のみ。それがカルマの培ってきた教養であり、大陸圏に存在する多くの国が持つ常識だった。
「フンッ、外界国の分際で我に会おうと? 常識知らずも甚だしい。本来であれば、そのような非礼な国は見せしめに捻り潰すところだが、今はそのような遊戯に興じている暇はない。さっさと追い返せ!」
外界国の扱いをわざわざ聞いてくるな、そんな怒りの籠った眼差しに当てられ、側近は慌ててこの場を立ち去る。
「……」
その一連のやり取りを、黒ローブの人物が見つめていた。
次回「公国騒乱②」




