43 甘味大好②
「さあ、今すぐ決断を――」
アリサは考える。
日本国を知らなかった頃の、外界国を下に見ていた頃の自分だったなら、きっと己の身柄を明け渡していたに違いない。実際、帝国の日本大使館では同じ事を提案した。
でも、それを止めてくれたのは日本の職員だった。あの頃に比べれば、今はこの国の実力を知っている。東大陸紛争の結末を知っている。
直後、
「帝国には戻りません」
そう、アリサは力強く発言する。
「……この国がどうなってもいいと?」
「私の行動が日本国の未来を決める。そう思うこと自体が間違っているのです。それは他者を見下した傲慢な考え。それを私はこの国で学びました」
「後悔はないのね?」
「ありません。例えそれが茨の道でも、譲れない信念がある限り私は戦います。帝国覇道を内から止められないのなら、外から止めるまで。今はそう思うのです」
揺るぎない決意。
断固とした心意を聞き、背後に立つ女は息を吐く。
「なーんだっ、結構肝が据わってるのね」
「え?」
「クレア、もういいわよ」
「承知しました」
瞬間、アリサは解放される。
急に身が軽くなり、そのまま後方を振り向くと、アリサを拘束していた“クレア”と呼ばれた女性は申し訳なさそうに一礼していた。
その隣には少女が一人、悪びれもせずに眩しい笑顔を向けている。歳は自分と同じくらい。アリサはそれを直感する。
「話は終わったかい?」
直後、店主がバックヤードに顔を覗かせた。
「うん! 無理言ってごめんね! そうだっ、いつものチョコレート仕入れてくれた? この前は売り切れだったんだけどぉ?」
「ちゃんと発注しておいたさ。たまにはうち特製の焼肉弁当も買っておくれねぇ」
「わかってるって!」
店主の言葉に、少女は明るく応答し、終いには「さっ、早く買い物を済ませて外に出ましょ?」とアリサに親しげに話し掛ける。
当のアリサは状況を理解できずに困惑顔。それでもこのままバックヤードにいるわけにもいかず、謎の少女と共に売り場に戻った。
少女は手慣れた様子で会計に臨む。懐からカードを取り出すと精算し、商品袋を店員から受け取り流れるように店外へ。
「便利よねぇ。こんな薄い板切れ一枚で買い物ができるなんて。スマホってものはもっと便利なのかしら?」
自由奔放な言動に、コロコロと変わる多彩な表情。
彼女を見ていると飽きがこない。
それが少女に対する第一印象だった。
ふとアリサは考える。さっき彼女は帝国情報総局と発言したが、冷静に考えれば、そのような機関が帝国に存在したかも疑わしい。
自分自身が知らないだけの可能性もあるが、何とも判断できず、アリサは意を決して少女に尋ねる。
「あっ、あなたは本当に帝国の人間なのですか? 失礼ですが、名前を教えていただけないでしょうか?」
「ああ、さっきは嘘付いてごめんね。帝国のお姫様がどんな人間かを知っておきたくて。私は、んー、そうねー、なんて説明したら――」
「キキア殿下?」
「ヤバッ」
瞬間、キキアと呼ばれた少女は素っ頓狂な声を上げた。
少女の背後にはいつの間にかスーツ姿の男が直立不動で立っている。顔立ちからして日本人。腕を組んで右手の人差し指をトントンと小刻みに動かす様は、端から見ても少女に釘を刺すような立ち振る舞いだった。
「白洲様!? なぜこのような場所に!?」
「ここは日本です。私がどこにいようと不思議はありません。それより、なぜこんな場所でアリサ殿下と? 正式な場は設けると伝えたはずですが?」
「あはは、やだな、肩苦しい場所で会っても面白くないじゃないですかぁ」
その発言に対し、白州は大袈裟に溜息を吐く。
「どうやらシャトラドールさんに言い付けが必要のようですね」
「やめてよね!? 古狸の説教なんてもううんざりだわ。同じ話を何度も何度もグチグチと。私が精神を病んだら白洲様の責任ですからね!?」
白洲は憤慨する少女にやれやれと呆れ顔を浮かべ、次に呆気に取られるアリサに状況を弁明する。
「失敬。君は噂の姫君だね。私が謝るのも筋違いなのだが、この娘がきっと失礼をしたのでしょう」
白洲は少女の傍らに立つクレアに目を配る。クレアは意図を察してか、白洲にコンビニ内でのやり取りを耳打ちする。
「――そんなことが。君には申し訳ないことをした」
「い、いえっ、それはいいいのですが……」
アリサは未だに状況が飲み込めない。
「全ては彼女の狂言です。危害を加えるつもりは毛頭ない。あなたと引き合わせる場は正式に設けると伝えていたのですが、どうやら彼女が独断先行したようだ。行き過ぎた真似で気持ちを試したことをお詫びする。申し訳なかった」
白洲は堂々と頭を下げる。その紳士的な対応にアリサは感心する。
対してキキアと呼ばれた少女はどこか落ち着かない様子。彼に頭を下げさせた。その事実に狼狽しているように見えた。
「では、改めて紹介を。彼女の名は“キキア・ミル・ファスティール”。アルミナ大公国を永年に渡って統治し続けるファスティール大公家の令嬢であり、現公国の国家元首に当たる人物です」
簡潔な説明ながら、アリサはしばらく呆ける。
やがてその意味を噛み締めたとき、
「ええっ!?」
今度はアリサが素っ頓狂な声を上げた。
「よしくね! アリサ!」
白洲の横に立ち、キキアは手をパタパタと振る。ニヒッと小悪魔な笑顔は健在。公国の姫と帝国の姫。その出逢いは、あまりに突然だった。
余談だが、黒ワゴンを追って迷子になったエルマは、その後、長谷川が連れ戻したという……
アリサと別れたキキア一行は車で都内を移動していた。後部座席にはキキアと付き人のクレアが、助手席には白洲が座る。
「まったく無鉄砲にも程がある。帝国皇女との対面はタイミングを見て取り次ぐと言っていたはず。しかも囮に使った車は誰が手配を?」
「一ノ瀬様に頼んだら快く引き受けてくれました」
「あいつめ……」
「いいじゃないですかぁ。善は急げと言いますし」
キキアは軽いノリで今日の出来事を振り返る。
楽観的な様子に白州は呆れるも
「会ったのなら仕方がない。帝国の姫君はどうでした?」
と、アリサの印象を尋ねた。
「うん。仲良くなれそう。すごい美人さんよね。私には負けるけど――」
その発言に、白洲は苦笑する。
「……だが独断先行はいただけない。君は公式ではアルミナ大公国の公都にいることになっている。北の戦線を日本が肩代わりしたとは言え、アルミナ正規軍は南のパルドウィッチと一進一退の攻防を繰り広げている最中だ。国家指導者が国を留守にしていることが知れれば、正規軍全体の士気に関わる。まぁ、影武者は立てているが……」
白洲はキキアの勝手な行動に釘を刺す。
対してキキアは不満顔を作るも
「日本国には感謝しているわ。内乱のときといい、助けられるのは今回で二度目ね。だけど驚いちゃった。たった一日で帝国軍に勝っちゃうんだもん。貴族連中なんてみんな口をポカンと開けてたわよ。今思い出しただけでも笑える」
と、肩を竦めて見せた。
「……そっか。あなたたちと出会ってから、もう3年近くが経つのね」
そう言って、キキアは目を細める。
アリサを見ているとつい昔の自分を思い出してしまう。
同時に、血で血を洗う壮絶な騒乱を――
過去の話と割り切るにはあまりにも生々しい、全てが変わるきっかけとなった出来事を――
彼女は窓枠に肘を掛け、頬杖を付きながら移り行く景色を眺める。
その意識はどこか過去に飛んでいるようだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます! 以上が第1章「北の帝国編(前)」でした。
次話以降ですが、帝国編ばかりではあれですので、第2章「東の公国編」を挟みたいと思います。
公国編は帝国編程長い話にはならない予定です。その後の帝国編後編も楽しみにしていただけたら幸いです。
更新は数日後の予定です!




