42 甘味大好①
アリサは真剣な面持ちで目の前の議論を注視していた。
ここは日本。大都市東京。彼女が座るのは国会議事堂の傍聴席である。
議題はまさに東大陸紛争であり、現在は国会会期中ではないものの、野党が閉会中審査を要求し、与党が応じたことで議論の場が用意された。
「先般の東大陸におけるルイファラリス帝国との武力衝突ですが、総理は短期間のうちに事態収拾の意向を示されています。が、未だ自衛隊に対し東大陸からの撤退を指示されておりません。いったいなぜ早期撤収を決断なさらないのか。事態収拾とは東大陸から帝国軍を排除するに留まらず、その先を見据えているからでは!? 総理のお考えをお聞きしたい!!」
議長より大道の名前が呼ばれるが、大道はのらりくらりと質問を交わす。次第に与野党席が熱を帯び、ヤジや怒号が飛び交う。
気が付けば3時間程があっという間に過ぎ、本日の審査は一応の閉幕となった。
その帰り道。
アリサとエルマは車内で言葉を交わす。
「……正直、驚きました。日本国トップの大道総理自らが一野党議員の答弁に立つこともそうですが、東大陸北側戦線であれだけの大勝を飾ったにも関わらず、説明や対応が不十分として政府に批判が集中する。帝国では考えられないことです」
「ええ。やはりそれは、帝国と日本国の元老員、その認識の違いからくるのでしょう」
アリサは窓の外に目を向ける。
車窓越しには街を行き交う多数の人々。戦争とは無縁の、平和を謳歌する人々が日々の生活を営んでいる。
「認識ですか?」
「戦争に対する認識です。日本国は野党議員でも与党議員でも戦争を良しとしない考えが前提にあります。戦争は決して国を豊かにしない、国民に利益を齎すものではない。そういった共通認識が根底にあるからこそ、戦争に勝った事実よりも、戦争をしてしまった事実に目が向いるように思うのです。本当に驚かされますね。いったいどのような歴史を辿れば、このような共通認識を国の代表者たちが共有できるのでしょうか……」
帝国はこの国のような共通認識を持てるだろうか。そう語るアリサはどこか気を落としている様子だった。
きっと自国との差を憂いているのかもしれない。
エルマはそう思ったが、一つだけ意見する。
「私は戦争の全てを否定するつもりはありません。人とは戦い続けるもの。そのような考えにずっと触れてきたからか、強い者が生き残り、弱い者が消える。それは当然の摂理だと思うのです。国の在り方も同様です。帝国の覇道もそれに倣ったまでと考えます」
「……きっとそうなのでしょうね。それでも、私はその有り様を少しでも変えたい。そう思っています」
どこまでも澄んだ瞳がエルマを射抜く。エルマは目線を落とし、今度はアリサを励まそうと別な話題を振る。
「さて姫様、もうすぐ贔屓にしているコンビニですが、此度は何をご所望ですか?」
「えっ? もうそんな場所まで? 時間が過ぎるのはあっという間ですね」
アリサはわかりやすく反応し、顔を上げて窓の外を確認する。しばらくして車は停車し、アリサは意気揚々と小さな雑貨屋の扉を潜った。
入店するといつもの音楽が出迎えてくれる。お世辞にも広いとは言えないが、売り物を物色するにはちょうどいい空間かもしれない。
棚に並ぶ商品は多種多様。腹を満たすお弁当に、子供から大人まで楽しめるお菓子、飲み物も豊富に取り揃えられ、生活雑貨や書籍まで置いてある。
とりわけ驚いたのが、お金まで下ろすことができる点だ。ATMという機械を通して口座から現金を引き出せると説明を受けたが、正直最初はちんぷんかんぷんだった。お金は銀行や金貸し屋など、適切な場所で預け払いを行う固定観念があるせいか、こんな小店に銀行機能まで付ついている事実に驚かされる。
しかも、学びはそれだけではない。以前コンビニに立ち寄った際、年端もゆかない子供が一人でレジに並んでいた。アリサは無事会計ができるのか少し離れた場所から眺めていたが、その子供はなんと四角いカードをレジの機械にかざしただけで会計を済ましてしまった。
アリサは目を輝かせ、商品そっちのけで長谷川に詰め寄る。すると、電子決済という会計方法があることを知った。
現金以外の支払い方法が確立している事実に戦慄、同時に一部の特権階級だけでなく、子供から老人まで万人が使用できるシステムであることにも衝撃を受ける。
ただの雑貨屋一つでこれだけの発見があるのだ。アリサの日本国への興味は高まる一方だった。
そして、今。
「今日はどのスイーツをいただきましょうか。チョコレートもこれだけの種類があると迷ってしまいますね。う~ん、悩ましい」
「気になるものは全て購入したらよろしいかと」
「いけません。その日食べる分と決めています」
変なところで律儀な主人にエルマは苦笑する。そのエルマは、化粧品棚が気になったのかそちらに足を向ける。
「う~ん、そうですね~」
アリサは依然として悩む。人差し指を頬に当て、視線を動かし棚を物色する。そのまま売り場の後方に移動し、バックヤードに繋がる扉の前を通ろうとする。
しかし、そこで事件は起きた。
「ん――っ!?」
突然扉が開いたかと思うと、何者かの手がアリサの口元を押さえ、有無を言わさず、身体を売り場から裏手に引きずり込んだのだ。
そこは狭く暗いバックヤード内。視線を彷徨わせると外に続く扉が開放され、黒ワゴンが裏道に横付けされている。
まずい。
アリサは咄嗟に抵抗を試みるも
「――動くな。従わなければこの店の者が死ぬ」
耳元で囁かれた抑揚のない声に、彼女は目を見開き身体の力を抜いた。そのまま商品棚の陰に連れ込まれ、息を潜めるように強要される。数秒にも満たない早業の犯行だった。
「――姫様!? どうされました!?」
直後、売り場側から扉をバタンと潜り、エルマが血相を変えて現れる。が、車のエンジン音に誘発され、店から離れる黒ワゴンを追うために店外に出ていってしまう。
きっと黒い車は囮だ。私たちは引き離された。
そうアリサは直感するが、時既に遅し。周囲は再び静寂に包まれた。
「――」
アリサは背後に神経を集中させる。
いったい何者だろうか? もしや帝国の人間?
様々な憶測を立てる中、アリサを押さえ付ける人物とは異なる、もう一人が近くに立っていることに気が付いた。
狭い室内。きっと待ち伏せしていたのだろう。
その者はアリサの背後に近づくと、
「前を向いたまま答えなさい」
と、女の声でそう言った。
「ルイファラリス帝国、皇位継承者の一人“アリシア・ルイ・アリサ”で間違いないな?」
アリサは無言を貫く。
掌には汗が滲み、鼓動が速さを増す。
「私は帝国情報総局異端審問部、コードネーム“赤き指輪”の一人。帝国脱走の大罪人であるアリサを追ってここまできた」
「じょ、情報総局……?」
「そう。私はあなたに決断を促すためにここにいる」
「……私を帝国に連れ戻すつもりですか?」
「言ったはずよ? あなたには決断を促すと。でもそうね、悪いことは言わないわ。あなたは大人しく帝国に帰るべき。この平和な国を火の海にしたくないのなら――」
「――っ」
「このまま帝国と事を構えれば、いずれ帝国はその強大な力を極東に向ける。選びなさい。私と帝国に帰り慈悲を乞うか、戦禍を降り注ぐ女神となるか。あなたの行動がこの国の行く末を決める。選択肢は二つに一つ……」
女はどこか愉快そうだった。
次回「甘味大好②」




