05 帝都会合①
ルイファラリス帝国、外務局本邸最上階。
絨毯敷きの広々とした室内に凛々しくも気品溢れる女性が一人、内庭に到着した黒い車を眼光鋭く見下ろしていた。
女性の名は“サーベラ”。
帝国上級貴族“アストラーネ家”の出身であり、若くして帝国議会筆頭理事を務める重鎮である。
「あれがニホン国の大使か。なんと華のない。アリサ姫が絡むとは言え、あのような者たちを本邸に通させばならないとは帝国の汚点だな」
のっぺりした顔立ち。暗い色の服装。
見栄えの良さを感じない異国人を、彼女は鼻で笑う。
「ディアナ様のご命令とは言え、劣等国との会合如きに私自らが出席していたのでは身体がいくつあっても足りぬ」
「心中御察し致します」
「して、彼の国について何かわかったことは?」
「極東に位置する島国というのはご承知の通りでございますが、国土面積は我が属国領“エンテナ”に近く、政治体制には民主主義を採用している模様です。また、国内に有力な資源はなく、食料も周辺国からの輸入に依存していることが判明しております。ただ、外界の小国故に情報量が少なく、経済力や軍事力などの正確な規模は測りかねております」
「調べるまでもあるまい。外界国であればなおさらだ」
「しかしながら気になる情報も――」
そう言って、帝国外務局東大陸圏局長の“ヘルマン”は敢えて声を押さえた。
サーベラの注意が自然と大柄な男に向く。
「あくまで未確定情報ではございますが、人口規模が一億を誇るとの噂も……」
「何……?」
ヘルマンが口にした数字にサーベラは意表を突かれる。
しばし硬直し、次第に小さく笑い出す。
「……これは参った。ずいぶんと破格な数字が出てきたものだ」
「おそらくは国力を大きく見せるブラフかとは存じますが……」
「当然だ。外界の小国がそこまでの民を持てるはずがなかろう。己の力を大きく見せるための詭弁。小国がよくやる矮小な手法だ。そのようなことも即座に見抜けぬとは、帝国外務局の質も落ちたと見える」
人の数。それは国家の力を測る上で最もわかりやすい指標である。
民の数がわかれば、そこから大凡の経済規模や軍事力の推測が可能。
人口が多ければ多いほど国力はそれに比例する。
人の数とは国の力そのものなのだ。
本来であれば人口一億という数字は驚愕に値するが、ニホン国は東大陸の外側に位置する外界国家。
常識から考えて外界国がそこまでの人口を保てるはずがない。
ましてや国土はエンテナ程度、自国内にめぼしい資源はなく、食料の確保にも事欠く有り様では一億という数字は真っ赤な嘘に違いない。
サーベラはそう結論付ける。
「まったく愚かな国よ。アリサ姫の拘束も常識知らず故の行動と見える」
「加えてニホン国の大使館開設ですが、こちらは第三国の介入があった事実が確認されております」
「ほう。その第三国とは?」
「アルミナ大公国にございます」
サーベラは顎に手を当て考え込む。
アルミナの名前が上がっても特段驚く様子はない。
「詳しく話せ」
「はっ 1年以上前に東大陸圏担当部局に公国から要求があったのです。ニホン国の大使館開設を認めてほしいと。当時、我が帝国と公国は戦争が始まるか否かの微妙な時期。向こうの要求を呑む道理はございませんが、我が国としては特段不利益を被る要求でなかったこと、また相手の要求を呑むことで公国に貸しをつくれるとの判断のもと、ニホン国の大使館開設を認めた次第でございます」
「……なるほど。公国が絡んでいたか。しかしなぜ外界国の大使館開設を我が国に打診する必要がある? 奴らは何を考えている?」
これから両国間の戦争が始まり、関係悪化が避けられない時期であるにも関わらず、アルミナ大公国がニホン国大使館の開設を要求する意図とはいったい……
思い返せば、公国の奇怪な行動は他にもあった。
およそ半年前、北大陸内で大国“ビルド連邦”が帝国に反旗を翻したときのことである。
帝国と公国は戦争中だったが、北大陸内でビルド連邦が反乱を起こしたことで帝国の注意は一時的に東大陸から北大陸に向かざるを得なかった。
帝国の東大陸侵攻下でのビルド連邦の反乱。
ビルド連邦とアルミナが裏で通じていることは明白であり、アルミナはビルド連邦と手を組んで帝国に反転攻勢を仕掛けるつもりでいる、という憶測が噂されるほどだった。
だが、この半年間、アルミナはただ傍観するのみ。
ビルド連邦を援護することも、帝国に攻め込むこともなく、ただじっと静観の姿勢を崩さなかった。
それは悪戯に、時間を浪費しているようにも映り、帝国人の誰もが不信感を持ったのは言うまでもない。
そしてそれはサーベラも例外ではなかった。
「……滅びゆく大国めが。いったい何を企んでいるのやら……まさかアリサ姫逃亡も奴らの計略か……ニホン国を利用した可能性は有り得る話ではあるが……」
だとしてもアリサ姫の身柄を拘束したところで公国に何の得があるのかがわからない。
仮に戦争の交渉材料に利用するつもりだとしても、なぜ他の皇族ではなく何の力も持たないアリサ姫なのか……
疑問の種は尽きない。
「……まあよい。どのみちアリサ姫が向こうの手に堕ちようと帝国には微塵も影響がないのだ」
「恐れながら、ディアナ皇女殿下からは必ず連れ戻せとのご指示を仰せつかっております」
サーベラはヘルマンを睨む。
当の大男は委縮し軽く頭を下げた。
「か、渦中のニホン国でございますが、我が方からの囚人引き渡し要求には未だ沈黙。事前回答は得られておりません」
「……ただでは返さぬというわけか。裏で公国が糸を引いているのなら戦争における何らかの交渉をしてくるやもしれぬ。アリサ姫を餌に帝国に何を要求してくるのか見ものだな」
「公国が背後にいるとなれば我が方も下手には手を出せませぬが……」
ヘルマンの言葉にサーベラは怪しく笑う。
「馬鹿を言うな。ここは帝国領、世界の中枢たる帝都ルイファリアであるぞ。気の毒だがニホン国には見せしめとなってもらう。我が帝国には謀略の一切が通用せんことを、ニホン国を通して公国に教えてやるのだ。そうだな。これから始まるのは協議などではない。さしずめ滅びゆく大国と常識知らずの田舎者への――」
「――教育である」
とサーベラは言い切った。
ルイファラリス帝国、日本国大使館。
アリサは職員に言われた通り、ふっくらとした温かい白生地を手に持つとそのまま一口かじった。
「……はふっ……おいしい!」
「姫様! 私がまずは毒味を致します!」
「エルマ、こちらは保護してもらっている身ですよ? そのような礼儀知らずな言動はやめさない」
「ですがパンをそのまま頬張るなど行儀が悪うございます!」
「この食べ方の方がいいと助言をいただいたのですから、私はそれに倣ったまでです。エルマも早くしないと冷めてしまいますよ? せっかく日本の方々が用意してくださったというのに」
エルマの注意もどこ吹く風、アリサは遠慮なく二口目を頬張った。
生地にはアリサの歯形がくっきりと残る。
「大丈夫ですよ、エルマさん。毒なんて入っていませんから。それにこの手の食べ物は手掴みでかぶりつくのが一番です!」
大使館の若手職員“上本”は軽い口調でエルマを諭す。
行儀作法というものがあるのだ!
と、エルマは反論したくなるものの、アリサの手前ぐっと言葉を飲み込む。
「これは何という食べ物でしょう?」
「中華まんです。レンジでチンしただけですけど」
「れんじ?」
「あーえー、まぁ、すぐに食べられるように簡単に調理ができるものってことですね!」
上本が曖昧な返事をしたところで、医務官の小針が口を開く。
「でも本当にそんなもので良かったんですか? もっとマトモな食事も用意できたのですよ?」
「ご厚意には感謝しますが、あまりお腹は減っていませんし、それにそろそろ帝国との会合が始まる時間ですから……」
アリサは視線を外に移した。
既に日は沈み、漆黒の空が帝都全体を覆っている。
「……心配ですか?」
その言葉に、アリサは目を伏せる。
「帝国がこのまま素直に引き下がるとは思えません。帝国の性質は私が一番よくわかっているつもりです。本当にこれで良かったのかと……未だ自らの行動に確信が持てません」
アリサの不安げなまなざしに小針は口を噤む。
エルマも唇を噛む。
けれど、重い空気の中でも、上本だけはいつもの前向きな姿勢を崩さない。
「大丈夫ですよ。あなたは自分の命を自分で守っただけだ。それの何が悪いって言うんです?」
「ですがその結果……日本のみなさんには多くの迷惑を掛けるかもしれません」
「忘れてませんか? 僕たちは大使館職員です。こういった厄介事も仕事のうちです」
「ですが私は――」
「帝国のお姫様で、身分が違ければ役目も違うって言うんでしょ? そんなことは関係ない。帝国の地位も身分も関係ないんです。あの塀を超えて建物の中に足を踏み入れた瞬間から、アリサさんはもう“帝国”ではなく“日本”にいるのですから」
誰もがわかっているはずの事実。
それを青年が改めて言葉にする。
その優しさにアリサの心は少しだけ軽くなった。
そして励ましに対するお礼を口にしようとするが、
「小針さん! 上本!」
「どうしました?」
「見張りの帝国兵の数が増えてきました。どうにも様子がおかしい――!」
別の職員が息を切らして室内に駆け込んだことで、その機会は失われた。
次回「帝都会合②」




