04 覇権潮流
東外界。日本国、国会議事堂。
アリサが帝国の日本大使館に保護される少し前、今日も今日とて与野党共同の安全保障部会は大荒れの様相を見せていた。
「アルミナに自衛隊を派遣だと!? 安保も締結していないのに派遣などできるか! あんたらの党は国を亡ぼす気か!?」
「ではアルミナが他の大陸勢力の手に渡るのを黙って見ていろと!? それこそ愚の骨頂だっ」
「一度でも自衛隊を派遣してみろ。他の列強諸国に日本を攻める口実を与えることになるぞ」
「だが東大陸が陥落すれば次の標的は東外界かもしれん。今何らかの手を打たなければ取り返しのつかないことになる――ッ」
「自衛隊派遣ではなく武器の輸出に限定してはどうか?」
「そんなことでアルミナが南北勢力に勝てるとは思えん」
会議は紛糾。議題は東大陸の覇者“アルミナ大公国”に自衛隊を派遣するかどうかの一点だ。
日本が東大陸のさらに東の海、この世界では“外界”と呼ばれる場所に転移して既に5年が経過していた。転移後に大きな混乱はあったものの、食料や資源の問題を乗り越え、今や国民はようやく落ち着きを取り戻している。
しかし、安全保障に限って言えば、前世界よりも危機的な状況に直面していると言っていい。なぜなら、現世界では列強が覇を唱える覇権主義の流れが本格化、世界の均衡に暗い影を落としていた。
ただし、転移地が極東だった点が功を奏したのか、未だ直接的な危機が迫る事態には陥っていない。
加えて日本政府は転移当初より周辺諸国との友好関係の樹立に尽力。とりわけ東大陸の覇者“アルミナ大公国”とは早くに友好的な関係を築き上げ、通商条約を締結し、食料や資源といった物資の輸出入を認める関係性にまで昇華させていた。
だが、友好国“アルミナ大公国”だが、安全保障部会紛糾の背景には公国の危機的な事情が絡むのも事実だった。
アルミナ大公国は永年に渡り四大国の一角として世界に君臨する大国である。
しかし、数年前に大規模な内乱が勃発し国力は大きく疲弊。その隙を突かれる形で他の大陸列強の浸出を許す結果となる。
まず、南大陸の覇者“パルドウィッチ王国”が宣戦を布告。時を同じくして北大陸の覇者“ルイファラリス帝国”が海を渡り、東大陸アルミナ領に侵攻を始めたのだ。
内乱により国力を大きく落としたタイミングで両大国に攻められ、加えて属国の反乱なども重なり、アルミナ大公国は徐々に戦線の後退を余儀なくされる。
己の庭である東大陸ですら思うような軍事行動を取れず、国家存亡の危機に直面する事態となった。
加えて外務省の調査報告によると、遠く離れた西大陸の覇者“エルファシス聖教国”も王国や帝国に武器輸出等の後方支援を行っているという。
つまり、公国は四大国のうち、実に三大国を相手に戦争をしていた。
そして、渦中の公国から日本に対し、正式な軍事支援要請があったのは今から約1年も前のこと。そのような中にあって、日本政府は今もなお回答を保留にしていた。
民自党本部、某室。
時の政調会長の“荻浦”はテレビニュースを見ながら大笑いしていた。
途中で咳き込み、思わず茶を啜る。
「ゴホンッ、ゴホンッ、いやはや危うく死ぬところだった」
「そのまま冥土に行ければ政治家としてこれ以上の苦労はなかっただろうに――」
「いやいや、日本の行く末を見るまでは死にきれんよ。それよりも大道、ニュースを見ていて思うのだが、君は人でも殺したのかね?」
荻浦の皮肉に、時の幹事長代行“大道”は大きく息を吐いた。
「悪い冗談だ」
「政治と金の問題はワイドショーで扱いやすかろう。脇が甘かったことを悔いるんだな。しかしまぁ、選挙が近いとは言え、政治資金収支報告書への記載漏れ、それも50万でこの騒ぎよう。よほど君はマスコミに好かれていると見える。野党議員でこの人気は羨ましい限りだ」
荻浦の長話には基本無反応な大道だが、“選挙”の言葉には目の色を変える。
「直近の解散総選挙で民自党は再び単独過半数を確保するだろう。問題は政権に返り咲いた後の対応だ」
「アルミナのことか?」
大道は頷く。
転移から5年、落ち着きを取り戻しつつある民間とは対照的に、政界は未だ混乱の中にある。
転移当時、政権を担っていたのは荻浦や大道が所属する“民自党”だった。
しかし、転移による混乱と対応の遅さから、1年後に実施された解散総選挙で同党は単独過半数を割ってしまう。
それでも長年連立を組んできた“公和党”との数合わせでその後3年(転移から4年)政権を担っていたのだが、突然公和党が連立離脱を表明。そればかりか野党と政権移行の協議を開始し、共闘野党と公和党による連立政権が誕生。結果、選挙もないのに政権が交代するという政変が生じてしまった。
公和党からすればアルミナ支援に傾倒しつつあった民自党に危機感を覚え、自衛隊派遣を阻止したい思惑があったのだろう。
しかし、政権交代後の政府も弱腰外交の失点から支持率を大きく落としており、任期満了に伴う衆議院選挙では民自党が単独過半数を再び確保し、どこまで議席数を伸ばせるかが焦点となっていた。
大道は口を開く。
「昔と似ていると思わないか?」
荻浦は首を捻る。
「第一次大戦時、半島が植民地の危機にあったときだ。当時の日本政府は本土の安全保障上見過ごせない危機であるとして半島を併合するに至った。その判断が正しかったかどうか今この場で議論するつもりはないが、あのときの政治家が感じていた空気感を今やおれたちが肌で感じている……」
「……まさか今度はアルミナを併合するべきだって言うんじゃないだろうな?」
大道は苦笑し、ゆっくりと首を振った。
「アルミナはアルミナのまま、日本の防波堤になってもらう。覇権主義という荒波を防ぐための頑丈で強固な防波堤にな」
「……アルミナを再建させるつもりか?」
大道は再び頷く。
「しかしだな、それにはアルミナが現状の戦争に勝つ必要がある。そして今のアルミナにはパルドウィッチとルイファラリスを押し退ける力はない」
「その通りだ」
「……つまり日本が自衛隊を派遣し、アルミナを軍事支援しようと言うわけだ?」
「そうするしか方法はないだろう。アルミナが他の大陸勢力の手に堕ちれば日本は直に大国の脅威に晒される。そうなれば戦争の惨禍を避けるのは不可能だ。被害は甚大。それこそ先の大戦の比では済まないかもしれない。日本には荒波を防ぐための緩衝帯が必要なのだ。東大陸という名の緩衝帯がな……」
「……そうなると―――」
荻浦は再びテレビニュースに視線を戻した。
画面にはちょうど世界地図が映し出されている。
「……日本はどちらを相手にするか、という話になる……南のパルドウィッチか、北のルイファラリスか……どちらを相手にするにしても、まったくの無傷というわけにはいかんだろう。戦わずして止める手立てがあるのなら、それに越したことはないと思うが……」
「現政権もそうだが、当初の民自党政権も戦争回避に手は尽くした。他国との友好関係の樹立。多少強引だがアルミナを通じてパルドウィッチやルイファラリスにも大使館を開設するに至った。だが、今や覇権主義に傾く世界の流れは止められない。やるしかない。やるしかないのだ。片方の戦線を日本が肩代わりすれば、その間アルミナはもう片方の戦線に全力を注げる」
「言いたいことはわかる。だがな、相手は大陸の覇者と呼ばれる国家だ。あのアメリカ並みの物量があるかもしれんぞ? この世界の文明力からすれば核の存在も否定できん。極めて難しい差配が必要だ。再びあの大戦を繰り返すことにでもなれば……」
「わかっている。だからこそ、選挙前に行われる党総裁選におれは立候補することを決めた」
その言葉に荻浦は目を見開く。
けれど、自然と驚きはしなかった。
荻浦自身、ずっと前からそんな気がしていたのだ。
目の前にいる同僚は、いつか党の総裁、そしてその先に辿り着くと――
――まったく、自ら苦労を拾いにいくなんて物好きもいいところだ……
「荻浦?」
「……おまえさんの考えはわかった。なら、おれを幹事長にしろ。党内はおれがまとめてやる。それにアクセルばかりを踏むおまえのことだ。ブレーキ役の存在が必要だろう?」
荻浦の大仰な言動に、大道は声を上げて笑う。
皺の寄った目元だが、奥に潜む黒い瞳は昔から遥か遠くを見据えている。
「荻浦、転移が何であれ、世界の流れがどうであれ、我々は今度こそ、国民を守るのだ――」
次回「帝都会合①」




