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03 亡命意思②

 大使館の一室に“間宮”が入室すると保護した両者に目を配った。

 “土井”は既に席に付いており、近くには女性医務官“小針”も同席。その前には二人の女性が着席し、沈黙を守っている。

 間宮はしばらくその光景を眺めていたが、やがて開口一番、彼女たちが帝国兵に追われるに至った経緯を問いただした。


「――と、事の経緯は以上だ。最後に改めてお礼を申し上げたい。我が主君“アリシア・ルイ・アリサ”を助けていただいたこと感謝申し上げる。本来ならば屋敷に招待し貴国をもてなすところだが、このような状況故にご容赦願いたい」


 エルマは深々と頭を下げた。

 タイミングを合わせるようにアリサも会釈する。


 想定以上の切迫した事態に土井は項垂れるも


「我々としては当然の対応を取ったまでです」


 と返答した。

 それでも、事はそう単純ではない。

 皇帝暗殺未遂の容疑はねつ造であると説明を受けたが、仮に彼女たちの言い分を信じるとして、帝国は偽の罪をでっち上げてまで皇女(アリサ)を葬り去りたいと考えているということ。帝国が再び日本と接触を図るのは明白であり、事の処理を誤れば両国の関係には亀裂が生じるだろう。


 いや、亀裂で済めばまだいい。

 武力行使に何ら躊躇いのない国家が次にどんな手を打ってくるか……

 それを想像しただけで土井の背筋に悪寒が走る。

 だからこそ「我々を帝国に引き渡してほしい」というアリサからの申し出は帝国との関係を考えれば願ってもない話だが……


「……正直なところ、私は困惑しています」

「どういう意味か?」


 土井の言葉に、エルマが反応する。


「話を聞けば聞くほど、あなた方を帝国が生かしておく道理はない。万が一に助かったとしても一生を軟禁か、果ては政治の道具に利用されるのがオチだろう。だからこそ、あなた方は我々の大使館に逃げ込み、亡命を希望されるものと思っていた。帝国から脱出し再起を図るものだと」


 アリサがそっと口を開く。


「帝国の力は強大です。私たちの亡命を貴国が認めるようなことがあれば、帝国はその矛先を日本国に向けるでしょう。そうなってからでは取り返しがつかないのです」


 土井は腕を組みながら項垂れる。

 エルマは問う。


「日本国はこの状況を正確に把握しておいでか? 今こうしている間にも帝国は殿下を奪還するために様々な方策を巡らせているに違いない。最悪、国家同士の衝突にまで発展しかねない状況だ。事を荒げずに済ませるには殿下の提案を飲むのが最良と考える」

「……それがあんたらの本音か?」

「ちょっと土井さん!」


 言葉が乱雑になった点を小針が注意する。

 だが、土井は気にすることなく先を続けた。

 視線は瞬間的にアリサの手元、紫色に腫れ上がった傷跡に向けられる。


「誰が望んで墓場に行く奴がいる? こちらに気を遣ったつもりだろうが、見たことも行ったこともない他所(よそ)の国を庇う義理がどこにあるって言うんだ? 優先すべきものが違うだろう? 命が惜しいとは思わないのか?」


 その言葉に、エルマは苛立ち、瞬間的に席を立った。


「知った口を聞くな! 姫様がどれほどの覚悟で身柄の引き渡しを願い出たと思っている!?」

「エルマ! 控えるのです! 私は気にしていませんから……」

「いいえ、非礼ながら言わせていただきます! あなた方日本人は帝国の力を甘く見ている――!」


 エルマは声を張り上げる。

 まさに鬼気迫る迫力。

 けれど、直後に「ほう」と一声、間宮が静かな相槌を打つ。


「日本国は大陸圏の外、外界に位置する島国であると聞く。四大国の影響が多分に反映される内界ならまだしも、影響の薄い外界、しかも島国であればその国力は内界国より大きく劣るだろう。失礼ながら、大きな戦争すらも経験したことがないのでは!? 確かに我々に手を差し伸べてくれた点は感謝してもしきれない。だが我々を助けるということは帝国を敵に回すも同じこと。貴国はルイファラリス帝国と事を構える覚悟があるとでもいうのか!?」

「相手が大国であれ、我々は物事の()を通すまで。力を持つ者による不条理を認めた先に、国の存続、果ては繁栄などありはしない」

「帝国と戦争になるとしてもか!?」

「最悪の事態は想定しているつもりだ。しかし、そうならないよう外交努力に努めるのも我々の仕事と考える」

「それが甘いと言っている――っ」


 室内に怒号にも似た声が響く。


「貴国は帝国を甘く見ているのだ! 仮に武力衝突にでもなれば敗北は必須。良くて帝国の属国、悪ければ国の消滅すらもあり得る! 戦に敗れた国の末路、それがどれほど悲惨か、おまえたちは知っているのか!? 貴国は戦争を知らないからそのような呆けた戯言が言えるのだ!! 街は破壊され、多くの民が死に、生き残った者でも明日の食うものに困り果てる。国体や文化は否定され、戦勝国に意見一つ言うこともままならない。まさに呈のいい奴隷も同じ。それがどれほど惨めで、どれほどの屈辱か……どれほどの虚しさか……ニホン人は知っているとでも言うのか――!?」

「……エルマさんと言ったね。あなたの言いたいことは十分に理解しているつもりだ。だがそれでも我々がやるべきことは変わらない。我々は我々の理を通すまでだ……」


 そう言うと、間宮はアリサに視線を切り替える。


「……しかしながら、困ったことに、今はその最初の段階で躓いてしまっている。我々が何を言いたいのか、わかっていただけますかな?」


 その真っ直ぐな視線に、アリサの瞳が揺れ動く。


「この場における理とは……つまり……」

「まずはお二人の本心を伺いたい。その点を伺っておかなければ話は前に進まないからね」


 間宮はくつくつと笑った。

 その屈託のない笑いに場の緊張が和らぐ。


「……仮に、あくまでも仮の話です……私たちが貴国に亡命を望んだとして、日本国はそれを受け入れるのですか?」

「最終的な決定は本国の日本政府が下します。ですが、お二人の希望が実現するよう我々大使館職員は最大限に善処することをお約束する」

「……帝国と戦争になったとしても……後悔はないと……?」

「それは大変に困りますなぁ。日本は平和国家だ。まぁ、そうならないよう努力はするつもりです」


 間宮は落ち着いた口調で言い切った。

 その表情には一片の曇りもない。

 あまりに堂々とした不動の態度。

 逆にアリサの心が動揺を見せる。


 帝国と事を構えたくない。

 どんな国だろうとそう思うのは必然だろう。

 だからこそ、自分を引き渡して欲しい、という申し出は日本国からすれば天啓に映ると思っていた。

 でも、間宮はまずは私たちの本心を、心の内を聞かせて欲しいと言って譲らない。


「依然、帝国への身柄の引き渡しを望むのであれば我々はそれを否定しない。しかしながら亡命を望むのであれば、我々はあなた方を本国に移送する手続きに移りたいと思う」

「私たちが日本国へ……?」

「その通り。本国に送還後、最終的に日本政府があなた方の処遇を決定する。無論、帝国とは水面下で話し合いを続けるつもりだ。それと――」


 そう言葉を区切り、間宮は未だ険しい顔を浮かべるエルマに視線を戻す。


「さっき君は“日本は戦争を知らない”と問うた。その回答は確かに“()()日本人は知らない”と言わざるを得ない。だが、我々は過去の経験からひと一人の生命が何者にも侵し難いかけがえのないものだと知っている。同時に国民を守るための国家の重要性もまた然り……。これを以て先程の回答としたいが、どうだろうか?」


 続いて間宮は「それと君には日本を訪れた際に見てもらいたい場所がある」と述べた。

 エルマは息を呑む。

 間宮の表情は先程と変わらず穏やかだが、その目はどこまでも真剣で、言葉の裏にはどこか不思議な力があった。


 一方、アリサは静かに瞑目する。

 思い返すのは優しい父の顔……

 私に怯える母の姿……

 いつも口元を歪め、冷たい視線で見下す兄弟たち……


『あなたは生きなければいけない』


 そう口にしたのは誰だっただろう?

 脳裏に様々な出来事が浮かび上がり、そして消えていく……


「……私は……私は……日本国へ行きたい――っ」


 やがて彼女はそう言った。

 胸の前で両手を固く握り締め、声を震わせながらも、彼女の発した言葉には明確な意思が宿っている。


「土井君、本国に連絡を。段取りを付けようじゃないか」

「ええ! 早急に手配します!」


 土井は即座に立ち上がった。

 だが、そこに別の職員が慌てた様子で室内に入室する。


「間宮大使! 帝国より知らせが――」


 それは帝国が動いたことを意味するもの……

 アリサは思わず身を乗り出す。


「日本国大使ならびに関係者は火急に帝都ルイファリア外務局本邸に出頭せよと。本日昼頃に貴国大使館に逃げ込んだ囚人二名の扱いについて協議がしたいと――」

「外交部中枢、外務局本館への出頭依頼とは。向こうは本気ですね」


 土井の言葉に間宮は静かに頷いた。




 帝国皇女“アリシア・ルイ・アリサ”の亡命に端を発する日本国とルイファラリス帝国の二国間問題……

 後に“帝都会合”と称される最初の事務レベル協議が始まろうとしていた。

 そしてそれは、今後の両国の関係を決定づけ、世界情勢に大きな影響を与える会合になろうことは、このときは誰一人として知る由もなかった。


次回「覇権潮流」

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『帝国』の技術力がどの程度なのか。それが気になります。
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