02 亡命意思①
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それでは投稿を始めます。
初見の方も、そうでない方も、一読いただけたら幸いです。
世界には四つの超大国が存在する。
北大陸の覇者“ルイファラリス帝国”、東大陸の覇者“アルミナ大公国”、南大陸の覇者“パルドウィッチ王国”、西大陸の覇者“エルファシス聖教国”である。
人々は四大陸に囲まれた勢力圏を“大陸圏”または“内界”と呼び、それより外側を“外界”と呼称。とりわけ四大陸に囲まれた海を“大陸海”と称していた。
「いや~若い。若いね~土井君は。うら若き女性二人を屈強な男たちの魔の手から救い出すなんて、まるで洋画のワンシーンじゃないか」
「冗談は後でお願いしますよ。間宮さん」
アリサを助けた大使館職員“土井”は上司である“間宮”に報告を行っていた。
間宮はルイファラリス帝国日本大使館における特命全権大使、つまりは大使館の館長たる人物である。
土井からすれば風変わりに見える初老の男性だったが、日本政府が大国の大使に任命する点から考えても優秀な人物なのだろう。
少なくとも土井はそう評価していた。
少々茶化し癖が難点ではあったが……
「それとも間宮さんは勇み足だったとお考えですか? 様子を見るべきだったと……?」
「いいや、だけどぼくには無理だったと思うよ」
「……なぜです?」
「うん? だってぼくは腰痛持ちだからね。映画の主人公みたいに颯爽と登場ってわけにはいかなかっただろうなぁ」
土井は盛大に息を吐いた。
と同時に先程の判断が間違っていなかったことに安堵する。
「保護した二人は?」
「今は別室で休んでもらっています。身体中酷い怪我でしたので手当の時間も含め休息が必要と判断しました」
「怪我? 事故の影響かな?」
「いえ、医務官によると事故以前のものだと……どうやら暴行を受けた可能性があります……」
土井の説明に、間宮の表情が険しくなる。
「それと彼女たちを連れ戻そうとした帝国兵の一人が妙なことを……」
「なんだい?」
「彼女は帝国で重い罪を犯したと……」
「はぁ~ 大使館を開設して1年も経たないのになかなかに厄介な案件のようだね。護送車両の数からして保護した人物はただ者ではないだろう。土井補佐官、まずは彼女たちの話を聞こうじゃないか」
土井は静かに、けれど力強く頷いた。
「おいしい……」
エルマは率直な感想を口にした。
職員から渡された透明な容器。
中は水だと説明があったが、すぐに口を付ける気にはなれなかった。
未だ水にすら口を付けないアリサに気を使った側面もある。
が、容器はガラスでも鉄でもない不思議な素材でできており、触ると柔らかい得体の知れない入れ物だったため不審感が強かった。
それでも静かに蓋を外し、ガラスのコップに水を一旦移し替え、いざ口に含むと雑味のない味に感嘆する。
きっと極度の緊張から解放されたせいだろう。
エルマはそう自分自身を納得させる。
一方、アリサは目線を伏せて酷く落ち込んでいた。
私はなんて愚かな行動を取ったのか……
脳裏に浮かぶ言葉は全て己の行動を批難するものだった。
保護してくれたのは“日本国”という国だった。
彼らは帝国側の要求をきっぱりと断ると、アリサたちを施設内に誘導。傷の手当てを施し、水や食糧まで用意してくれた。
けれど、アリサにとっては“日本国”など寝耳に水、まるで聞き覚えのない国家である。
傷の手当てをしてくれた女性職員が言うには、どうやら東大陸のさらに東にある島国だという話だが、大陸圏の外、つまりは“外界”に属する小国であると知り、後悔の念がますます膨らんだ。
帝国がこのまま自分を見逃すはずがない。
いずれは力づくで奪いに来るだろう。
そのとき、日本国はアリサを匿った罪により何らかの制裁を科されるだろう。
相手はあの帝国だ。
下手をすれば国が消滅することもあり得る。
死ぬのが怖かった。
ほんの少しの救いが欲しかった。
けれど、己の身勝手な行動のために無関係な国を巻き込んだ。
後先を考えずに行動した軽率さ……
それが何よりも許せなかった。
「エルマ……」
「……姫様?」
「私たちを帝国側に引き渡すよう日本国に打診しましょう」
「なっ――!?」
エルマは慌てて立ち上がるも、それ以上言葉は出てこない。
「それしか日本国が助かる道はありません」
「しかしっ、それでは姫様が――っ」
「……わかっています。あなたの行動を無下してしまい申し訳なく思います。でも、きっとそれが最善です……」
きっと、逃げ込んだ先が力を持った大国、例えば他の四大国であったなら、アリサも今の発言はしなかったかもしれない。
だが、現に逃げ込んだ先は大陸圏から遠く離れた外界の一国……
大規模に交易路が発展し、陸運や海運が盛んな内界と比較すれば、外界は物資や情報などの様々な面で遅れが生じている。
大陸の外側に位置する国が、大陸の内側に位置する国と同等に発展するなんて土台無理な話。四大陸から離れれば離れる程、文明レベルは埋められない程の差が生じ、国力の差は圧倒的に開いていく。
それがこの世界の理であり、誰もが知る常識だった。
エルマは改めて大使館を見渡した。
建物は小さく、内装は極めて質素な造り。
他の外界国と比較しても見劣りすると言っていい。
絢爛豪華で煌びやか、国威を示さんと華やかさを着飾る帝国の大使館に比べれば、みすぼらしいことこの上ない。
帝国に対抗できる国力など持っていようはずもない……
「……本当によろしいのですか?」
「……はい。後悔はありません」
その言葉を最後にアリサは沈黙する。
「失礼する」
それからしばらくして扉を叩く音が聞こえた。
声音からして、アリサたちを助けた土井なる人物だろう。
アリサは覚悟と決意の上に視線を上げた。
帝都ルイファリア、皇帝屋敷。
色とりどりの花が咲き誇る“神帝の庭”にて、帝国皇族一同が顔を揃えていた。
ディアナやイリアスはもちろん、同じ席には現皇位継承権第一位の“シュゼル”と第二位の“メフィア”の顔もある。
庭の周囲には“白い薔薇”の紋章を付けた騎士たちが配置され、皇族の守護を受け持っていた。
「失態でしたね、ディアナ」
「まさかあの子に逃げられるなんて」
「申し訳ありません。シュゼル兄様、メフィア姉様……」
「それで? 逃げ込まれた大使館はどこの国のものなのですか?」
「ニホン国にございます」
返答はディアナ配下の従者からだった。
ディアナから相当離れた位置に膝を付き、皇族に忠誠の意志を示している。
「はて? ニホン? 聞かない名ですね。国の位置は?」
「東大陸のさらに東に位置する島国だと聞き及んでおります。詳細については目下情報収集に当たっております」
「まぁ! 外界国が我々に反発したというの? なんと愚かなことでしょう」
「四大国ならばまだしも、未開の辺境国が我々に盾突くとは身の程知らずも甚だしい。しかし何ゆえそのような無骨者が我が帝国と国交を結べておるのだ? よもや外交部は中身も確認せぬまま書類を通してはおるまいな?」
メフィアとイリアスは棘のある口調で事の失態を嘆いた。
間接的にディアナを非難するものだったが、当の本人は澄ました顔で反論する。
「心配には及びませんわ。ニホンなる国は田舎者が故に列強主体の国際常識を学んでいないまでのこと。今一度帝国が要求を突き付ければ必ずやあの者たちを引き渡しましょう」
「当然だ。仮に帝国の要求に従わなければ力で屈服させるまで。それが帝国の覇道である」
イリアスの強気な言葉に反論する者はいない。
故にシュゼルはディアナに念を押した。
「ディアナ、首尾は頼みましたよ。あの子を生かしておくことはできません。ニホンなる国がこちらの要求に従わない場合、帝国の力を見せつけることもまた一興でしょう。駄々をこねる子には徹底した教育を」
「言われるまでもありません。帝国の理想の実現のため障害となる人物は必要ありませんもの。あの子の未来には“死”がお似合いかと――」
「ディアナ、少し違いますね」
ディアナは僅かに首を傾げる。
シュゼルは単調な声で言い放った。
「あの子の罪は皇帝陛下の暗殺を目論んだことです。それ以上でも以下でもない」
その言葉に、ディアナの口元が一瞬だけ綻ぶ。
「シュゼル兄様の仰るとおりで――」
次回「亡命意思②」




