01 帝国皇女
過去に投稿していた作品です。
未完のまま終わっていましたが、一から投稿を再開することにしました。
ひとまずは第1話の掲載です。
8月か9月には本格的に投稿する予定ですのでご声援いただけたら幸いです。
―――大陸圏に四大国有りて、世界に真の平和を齎さん―――
北大陸の覇者“ルイファラリス帝国”は誰もが認める超大国だ。
人口に裏付けられた経済規模は大陸随一を誇り、産業レベルは真の一流国家と言っていい。
軍事面でも技術と物量で周辺諸国を大きく引き離し、故に戦は連戦連勝。領土は拡大の一途を辿っている。
そんな栄華極める帝国の中心地が帝都“ルイファリア”である。
夜も眠らぬ巨大都市。
今日も今日とてルイファリアは活気に満ちている。
けれど、それも貴族や商人など、ごく一部に限った話ではあったが……
「いつにも増して慌ただしいですね。みな浮足立っているように見えます……」
「我が国に異を唱えた大国“ビルド連邦”が落ちたのです。これで帝国に逆らう主要な北大陸国家はなくなったのも同然。みなが湧き立つのも無理はありません」
付き人の説明に頷きはするものの、“アリサ”の表情が晴れることはない。
「……姫様?」
「ねぇ、エルマ。どちらだと思いますか?」
「どちらとは?」
「この喧騒の正体です。平和が訪れることへの期待か、それとも次の戦争への高揚感か……」
「姫様……」
聞くまでもない。今の帝国の本質などわかりきったことだ。
それでも言葉にしたのは自らの役割を心に刻むため――
帝国歴821年。
帝国南東領“ルイエレナ”の当主にして、現皇帝の末娘“アリシア・ルイ・アリサ”は、付き人兼護衛役の女性“エルマ”と共に、機械式の乗り物に揺られながら帝都中央の皇帝屋敷、神代御殿に向かっていた。
「アリサよ。長旅ご苦労であったな。其方の顔を再び拝むことができ嬉しい限りだ」
「皇帝陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう、このようなときに謁見の申し出を受けていただいたこと、感謝の念に堪えません」
「他人行儀な物言いはよせ。父と子が容易に顔を合わせられぬ世の中にした覚えはないぞ?」
皇帝はアリサに向かって微笑む。
たったそれだけで場の空気が弛緩する。
「お父様のお顔を拝見することができ私も嬉しくございます。お身体のお加減はいかがでしょうか?」
「医者は回復の兆しがあると言っておる。あとひと月もすれば自由に歩けるようになるとな……」
「なんと。それは何よりの吉報でございます!」
けれど、皇帝は緩慢な動作で首を振る。
「……己の身体のことは己が一番よく知っておる。医者はワシに気を遣ったまでのことよ。アリサよ、よく聞くのだ。ワシはもう永くはない。ワシ亡き後の帝国のこと、くれぐれも頼んだぞ」
「お父様……」
「いかんな。折角の再会だと言うのに随分と無粋な話になってしまった。アリサも旅の疲れが溜まっておろう。今宵はゆっくりと身体を休めるがよい。明日には戦の勝利を祝した晩餐会も開かれる。其方の兄や姉たちも出席することになろう。楽しみにするがよい」
皇帝は再び笑みを浮かべる。
昔と変わらぬ控えめな笑いに、目の前の人物が己の父であることを実感する。
故にアリサは決心を固めた。
「お父様、いいえ、皇帝陛下に申し上げたきことがございます」
「改まってどうしたのだ? 旅の土産話でもしてくれるつもりか? それとも良き人のことでも心配したか? 安心せい。婿ならわしが上玉を見繕ってやろう」
「この国の行く末にございます」
瞬間、室内が再び緊張感に包まれる。
「……申してみよ」
「昨今帝国の国力は絶大にして比類なき域にまで達しております。周辺諸国はもとより他大陸の大国とて帝国を前にすれば恐れおののくことでしょう。我が“ルイファラリス帝国”はまさに北大陸の、いいえ、世界の盟主といっても過言ではございません」
「うむ。して、何が言いたい? 其方のことだ。手放しに帝国を褒めるだけではあるまい?」
「北大陸全土を手中に収めた今、帝国は目線を国外ではなく国内に向けるべきであると具申致します。帝国の力は強大です。しかし、その力の根源たる帝国の民は昨今の度重なる重税と戦争で憔悴しきっております。貧困が故に餓死する者、自らの命を絶つ者、人を襲い、物を盗み、野盗と化す者も数え切れません。土地は荒れ、放棄された村や街も出現する始末です。永い戦は諸外国に帝国の威信を示す一方、足元を軟弱にしております。陛下、大国ビルド連邦を討伐した今、北大陸に帝国の脅威となる国は存在しません。なら、我々が次に目を向けるべきは他の大陸などではなく、自国の民の暮らしではないでしょうか? どうか、どうか、皇帝陛下には高潔なるご判断を――!」
アリサは戦争を休止し、国内産業の発展と育成に力を注ぐべきと力説する。
皇帝は白みがかった顎髭に手を当て考えに耽った。
だが……
「随分と民に御執心ね。感心しちゃうわ。アリサ」
沈黙を破ったのは招かざる第三者、実の姉と兄だった。
「……ディアナ姉様……それにイリアス兄様まで――」
「其方たちは屋敷に戻ったのではなかったか?」
皇帝の問いに両者は深々と頭を下げる。
「そのつもりでしたが、アリサが帰還したと伺いましたので舞い戻って参りました」
「久しぶりだな、アリサ。どこまでも青く透き通った其方の瞳。美しさにも磨きがかかっているようで何よりだ」
「お褒めに預かり光栄です。イリアス兄様」
「でも、さっきの言葉はいただけないわね」
ディアナは刺々しい口調で言葉を挟む。
「と、言いますと?」
「帝国の力の根源が民にあるという言葉よ。確かに民がいなければ国は成立しない。けれど、その国をまとめ上げているのは我々皇族であり、現皇帝陛下のお父様であることを忘れてはいけないわ」
「ご指摘は重々承知しています。ですが、私が言いたいのは――」
「民の生活を向上させることは重要だ。だが、一方で帝国の国力を維持・向上させるためには領土拡大を押し進めなければならない。植民地からの労働力と物資の提供、それがめぐり巡って民の生活向上にも繋がる」
「しかし、戦に次ぐ戦で民は疲弊しています。未来永劫戦争をするなとは申しておりません。少なくとも今は国力の増強に充てる時期であると――」
「帝国には崇高なる理念があるわ。すなわちこの世界を統べること。それを成し遂げ真の平和を世にもたらすまでは帝国の歩みは止められない。多少の犠牲は覚悟の上。そうでしょ? アリサ」
「多少と……民の犠牲を多少と侮るのですか!? ディアナ姉様!」
「もうよさぬか」
皇帝の一言が室内を静寂に戻す。
だが、声を発した男は胸を押さえて大きく項垂れる。
肩で息をする姿が体調の悪さを窺わせた。
「お父様っ どうなされました!?」
アリサは駆け寄ろうとするが、皇帝は自らの手でその動きを制止する。
「……争うでない。腹違いとは言え、唯一無二の血族ではないか……」
瞬間、皇帝は足元から崩れ落ちた。
帝国歴821年。時のルイファラリス帝国皇帝“ビルキシス・ルイ・アルダード”は自身を蝕む病に倒れ意識不明の重体となった。
「姫様、お気を確かに」
「ありがとう、エルマ。私は大丈夫よ。だけど、お父様の御病気がこれほど進行していたなんて……」
「心中御察し致します。して、これから姫様はどう動かれますか?」
「きっと近いうちに皇族会議が開かれるでしょう。お父様があのような状態なのです。生前退位を踏まえ話し合いが行われるはず。まずは会議の動向を窺う他ありません」
そう言って、アリサは表情を曇らせた。
皇位継承……言葉にすれば簡単だが、アリサの兄や姉たちはいずれも交戦派の人物である。
もし彼らが皇帝の地位を手に入れれば、帝国はこれまで以上に熾烈極まりない戦争に明け暮れるのは明白だろう。
アリサは考えに沈む。
けれど、それを扉を叩く音が邪魔をする。
「まったくこのようなときにいったい何事だ?」
エルマは音を立てずに扉に近寄る。
アリサも視線を扉に向けるが、直後に多数の武装兵が室内になだれ込む。
「貴様らっ、ここをどこだと思っている!?」
「構うな! 取り押さえろ!」
エルマは抵抗を見せるも多勢に無勢、瞬く間に複数の兵士に動きを封じられ、床上に身体を押え付けられる。
「エルマ!?」
「姫様! お逃げください!」
さらに武装兵はアリサを瞬く間に包囲する。
すると、あろうことか彼らは手に持つ長銃の銃口をアリサに向けた。
「――ッ……何事ですか!? 私を帝国皇族の一人、アリシア・ルイ・アリサと知っての狼藉ですか!?」
アリサは凛とした佇まいで抗議しつつ、状況の把握に努めた。
いつしか室内は静寂を取り戻し、張り詰めた空気が醸成される。
そんな中、最後に悠々と姿を現す一人の女性にアリサは言葉を失った。
「もちろん知っているに決まっているでしょう?」
「――ッ……ディアナ姉様!? この騒ぎはいったい……いったいどういうおつもりなのです!?」
「自分の胸に手を当ててよーく考えてみなさい。この手紙に見覚えはないかしら?」
ディアナは部屋の扉を潜り抜け、床上に取り押さえられたエルマを一瞥、次にねっとりとした視線をアリサに向けた。
その手には一枚の羊皮紙が握られている。
アリサは怪訝な表情を浮かべる。
「白々しい顔ね。身に覚えがないとでも言うつもり?」
「その手紙が何だというのですか?」
「アリサ、あなたの画策は既にみなが知るところ。これがその証拠よ?」
ディアナは手元の手紙に視点を当て、意味深に笑って見せた。
「これはあなたが側近に送った手紙の一つよ。ここにはお父様の、現皇帝“ビルキシス・ルイ・アルダード”の暗殺計画が記されているわ」
「なっ!?」
アリサの顔が驚愕の色に染まる。
「ふざけるな! 実の妹を憚るつもりか!?」
「エルマ!」
エルマは抗議するも、武装兵によって顔を強く床に押し付けられてしまう。
ディアナは無表情に一連の様子を見ていたが、やがて再びアリサに愉快そうな顔を向けた。
「この手紙には皇帝陛下暗殺の方法から日取りまで事細かに計画内容が記されているわ。もちろんあなたの署名入りでね。言い逃れでもするつもり?」
そんなはずがない。
百歩譲って暗殺を企てたとしても、やり取りを手紙に残すはずがない。そんな重大な手紙に署名を入れる馬鹿はいない。
それに、そもそも――
「私が皇帝陛下を、お父様を殺す!? ふざけるのもいい加減にしてください!!」
「あらあら怖い顔。折角の美人が台無しよ? ねぇ、アリサ。みんな知っているのよ? あなたはお父様の、帝国の領土拡大の方針に反感を持っていた。それは事実ではなくて?」
「だからって……実の父を手にかけるなど……」
「わかるものですか! あなたはいつもそうだった。お父様のご寵愛を良いことに常に我儘を押し通してきた。これまでもそうよ。帝国が諸外国と戦争状態にあったというのに、あなたは視察とうそぶいて国内旅行に明け暮れた。まるで自分は帝国の覇道に興味がないとでも言うかのように――」
「それは国の状況を、民の暮らしを把握するために――」
「言い訳は無用よ! そうやって激情に駆られる様がいい証拠。さあ、この者を捕えるのです! ここにいる女はすでに皇族に非ず、皇帝陛下を暗殺しようと画策し、帝国を混乱の渦に巻き込まんとした大罪人である!」
「ディアナ姉様……あなたは、あなたという人は、そこまで私のことを……」
「あらあら、その目は何かしら?……私はね、アリサ……あなたのその顔が、瞳が、狂おしい程に嫌いなの――!」
ディアナは手近の兵士から銃を奪い、アリサに対して勢いよく銃床を振り下ろす。
ガツン、と嫌な音が室内に響くと、瞬く間にアリサは床に倒れ込んだ。
直後に漏れ出るは短い呻き声……
だが、それでもディアナは銃を振り下ろす手を止めようとしない。
「このっ! このっ! 女狐め! おまえの存在など帝国にとっては邪魔なだけだ! 消えろ! 私の前から消えてしまえ!! ははっ! はははっ!!」
次第に室内に鉄の臭いが充満する。
武装兵たちも唖然とする中、ディアナの狂気は一層強まるばかりだった。
「さあ! 早く乗れ!」
「――ッ」
「なんだ? その目は? いいご身分だな! オラッ」
後頭部を殴打され、エルマは堅い石畳の上に崩れ落ちる。
なおも止まらない兵士の鉄槌。
見兼ねたアリサはエルマを庇い身体の上に覆いかぶさる。
「姫様――!」
「へぇ、そんなボロボロの身体になってまで配下の人間を庇うとはね、ご立派なお姫様だ!」
兵士が再び手を振りかざしたとき
「それぐらいにしておけ。ここで死なれちゃこっちが上にドヤされる。護送中は身柄を丁重に扱えとの御達しだ」
と上官らしき男が割って入った。
「こ、これはハーク様。お見苦しいところを――」
「いいからちゃっちゃと持ち場に戻ってくれ」
「はっ!」
兵士は動揺をそのままに敬礼、アリサたちを車両に放り込むとすぐさま車を発進させる。
目的地は帝都郊外、二人が最期を飾る施設だった。
「……申し訳ありません……私がお傍に付いていながらこのような失態を…………」
「エルマ……」
エルマは肩を落とし堅い表情を浮かべる。
その声は消え入るように小さい。
一方のアリサも相当我慢しているが、身体中の傷は青黒い痣となり、肌と粗末な囚人服が擦れる度に痛みに襲われ顔を歪める。
帝国皇族の一人として輝きを放っていたうら若き女性……
しかし、今は蒼く透き通る瞳だけを残し、かつての面影は鳴りを潜めていた。
「……いいの。全てはディアナ姉様の動きを甘く見ていた私の責任よ。エルマに罪はない。むしろここまで一緒に行動を共にしてくれたことに感謝しています。私の身勝手でたくさんの苦労をかけたと思うけれど、あなたは本当によくやってくれました。ありがとう、エルマ……」
「……勿体なきお言葉でございます」
エルマは肩を震わせ俯く。
対してアリサは微笑むも、彼女の口元は微かに震えていた。
アリサを乗せた護送車が向かう先は帝都郊外に位置する帝国軍の演習場だった。
国家反逆罪による銃殺刑。
それがアリサに課された処分の内容である。
助けを求められる人物などいなかった。
アリサの側近たちは悉く拘束され、帝都に構えた屋敷は武装した兵士たちによって既に火の海と化している。
拘束からわずか数時間による電光石火の出来事。
計画的な犯行であり、そこにはディアナの本気度が窺い知れた。
尤も、これほど大胆な行動はディアナだけによるものとは考えられなかったが……
アリサたちを乗せた車両は帝都の一角、それも特殊な地域を通過していく。
周囲に立ち並ぶのは高い壁に囲われた大小様々な建物群。ただの建物ではない。外国所有の建物だった。
そう、ここは各国の大使館が軒を連ねる地区である。
つまり、白い壁の向こう側は各国の主権が及ぶ外国領。
帝都における大使館の設置は、ルイファラリス帝国であっても容認している事柄だ。
国外との外交は大使館経由で行うことが主であるのはこの世界でも変わらない……
「……」
アリサは車に揺られながら白壁をぼんやりと眺めていた。
視界に移り込むのは視界に映り込んでは消えゆく多数の大使館。
帝国にあって、帝国ではない場所……
アリサは不意にディアナの言葉を思い出す。
――帝国がこの世界を統べる。
ディアナは確かに言った。
それは、ここに連なる全ての国家が帝国にひれ伏すことを意味する。
果たしてそんな日は本当にやって来るのだろうか?
心の中は複雑で、言い知れない虚無感が押し寄せる。
そのときだった。
「……ん? なんだ? ――ッ」
運転席に座る兵士が張り詰めた声を漏らした。
直後、アリサは激しい衝撃に襲われる。
瞬く間に視界が歪むと身体が宙を舞う感覚。揺れる視界に、取り巻く轟音。
激しい衝撃によってアリサを乗せた護送車は横転し、彼女は外に投げ出される格好となった。
「……――姫様! お気を確かに! 姫様!!」
誰かがアリサの名前を叫ぶ。
薄ぼんやりとした意識の中で、アリサはその声に神経を集中させる。
すると、霞んでいた視界と意識が徐々に明瞭になり
「……エルマ……?」
いつしか、従者の名前を口にしていた。
「……エルマ……いったい何が……?」
「良かった。我々は事故に巻き込まれたようです。助かったのは幸いでした」
その言葉に、アリサは黙り込む。
「……姫様?」
「……死地に赴く覚悟はできていたつもりでした。だけど……私は今……ひどく安心しています。……命があるというのは……こんなにも嬉しいものなのですね……」
一筋の涙が頬を伝って流れ落ちる。
弱みを、まして涙を他人に見せることなんて滅多にない気丈な女性の憔悴した姿に、エルマは唇を噛み締める。
「救われない……」
周囲では別の車両で移動していた護送兵たちが次々に降車し、アリサの下に駆け寄ろうとしている。
事故からは助かった。
でも未来が変わったわけではない。
アリサに待ち受けるのは厳然たる死の世界。その事実からは逃げられない。
「早く二人を拘束しろ! 急げ!」
けれど、ハークと呼ばれた、おそらくは護送任務の責任者だろう。
そんな彼がどういうわけか焦る様子で声を張り上げていた。
エルマは背後を振り返る。
すると、眼前には小さな屋敷が一つ……
それが大使館であることは明白だった。
そしてあろうことかその大使館は門を大きく開け放っている。
大使館との距離は数メートルにも満たない。
手を伸ばせば届く距離……
瞬間、エルマは行動する。
「――姫様ッ!」
彼女は主君に強い視線を投げ掛ける。
その意図を察したのだろう。
アリサは驚愕に目を見開いた。
迷うように蒼い瞳が小さく揺れ動くが、やがて彼女はコクリと頷き返す。
そうして二人は立ち上がると、お互いに身体を支えながら走り出す。
背後に迫るのは屈強な帝国兵たち。捕まれば逃れるチャンスは二度とこないだろう。
もつれる足を、痛む身体を、できるだけ前に――
呼吸を乱しながらも無我夢中に走った。
やがてアリサは大使館の敷地内に足を踏み入れる。
が、
「きゃっ!」
数名の兵士が敷地内まで入り込みアリサの後ろ髪を引っ張った。
アリサもエルマも抵抗を試みるが、瞬く間に屈強な男たちに取り押さえられ再び地面に抑え込まれる。
「手間を掛けさせるな! このおん――ッ」
瞬間、今度は兵士たちに衝撃が走った。
アリサは身体が軽くなったことを不審に思いそっと顔を上げる。
すると、どういうわけか兵士はみな門の外に突き飛ばされ、一様に驚愕の表情を浮かべていた。
目の前には黒を基調とした服に身を包んだ数名の男たち。
帝国の兵士ではない。おそらくはこの大使館の……
仮にも屈強な帝国兵だ。
正面からぶつかっていれば、簡単に押し負けることはなかっただろう。
けれど、それはあまりに唐突で、護送兵も何が起きたのか理解が及んでいないようだった。
「……チッ」
ハークはあからさまに舌を打った。
先程まで漂っていた怠惰な雰囲気は完全に消えている。
「……あ~~……えーと……あんたたちは?」
「それはこちらの台詞です」
そう前置きし、その男はひと息に話し始める。
「我々は大使館の職員だ。この門より内側は帝国の主権が及ばない我が国の領土も同然。それをあなたたちは何の事前連絡もないまま土足で踏み入った。これは外交問題にも発展しかねない事案であることはご承知か?」
「そこの女二人を引き渡しさえすればお前たちに危害を加えるつもりはない。その者たちは帝国において極めて重い罪を犯した重罪人である。大人しく渡してもらおう」
「彼女たちが……?」
ハークの前に立ち塞がる男は考える素振りを見せる。
けれど、直後――
「だが、門をくぐった時点で彼女たちの処遇を決定する権利は我が国にある。彼女たちの犯した罪が何であれ、我が国の法に則って適切に対処させてもらう」
と、明瞭な声で言い切った。
ハークは目を見開く。
そして彼の表情はみるみる引き攣っていった。
「――ッ……事の重大さをわかっているのか!? おまえたちは我が国の、帝国の要求を断っているのだぞ!」
「この場において我々が帝国の要求を呑む道理はない」
「貴様ッ!?」
ハークは足を一歩踏み出す。
そのまま大使館の敷地に入りそうな勢いだった。
けれど、大使館の職員を名乗る男は引かない。臆する態度を一切見せず、ドスの利いた声でハークを一喝する。
「それがルールだ! 何人たりとも“日本”の主権を侵すことは許されない!」
瞬間、アリサは門の横に掲げられた国旗に気が付いた。
白を基調にした布地の上、そこには赤き太陽が描かれていた。
次回「亡命意思①」




