40 帝国敗走②
東大陸アルミナ大公国領、前線より西に逸れた森林地帯。
普段は鳥や虫の声が騒々しい森の中だが、今は砲撃と銃声音が鳴り響いていた。
第7師団隷下の第7偵察隊第3偵察戦闘小隊。偵察部隊の中でも90式戦車を保有する数少ない部隊だが、現在は前線を離脱した帝国軍残存部隊と交戦中だった。
きっかけは意図しない接触であり、戦車4両及び輸送トラック数台を要する帝国部隊が、森の中に潜む第7偵察隊と接触するや攻勢を仕掛けてきたのだ。
戦闘が本意ではない日本側としては不運な出来事だが、応戦しない訳にもいかず、後退しながら敵部隊の様子を伺っていた。
「帝国軍もなかなか諦めませんね」
「相手は手傷を追っている身だ。必要以上の深追いはしないと思っていたが、この執念は何だ……?」
5,6メートル離れた木々が敵の砲弾によってなぎ倒される。
前線部隊が崩壊する中でも帝国軍人の反骨精神は失われていないように思われ、自衛隊員を驚かせた。
幸い90式戦車を盾に後退することで、今のところ人的被害は発生していない。途中、敵車砲弾が90式戦車正面に2発ほど命中したが、セラミック系複合装甲が砲弾を弾き乗員の命を守っている。
「敵の動きに変化は?」
「ありません。引き続き我々を追ってきます」
「手柄が欲しいのか、我々に対する恐怖からか……いずれにしても対応せざるを得ないか……」
もうすぐ分隊が敵側面に回り込むはず。敵が深追いするなら側面を取るのは容易。万が一を考え、接触当初から秘密裏に分隊を忍ばせた機転が活きようとしていた。
一方、帝国軍の残存部隊、その指揮官は荒れていた。
「クソッ、公国の腐れ共が! とっととくたばればいいものを――!」
ゴルバーン小隊は最前線に投入された機械化部隊の一つだった。
しかし、先の戦闘で既に半数以上の戦力を失っており、残すところは戦車4両に、怪我人を乗せた輸送用小型トラックが3台程度。戦車もうち1両は他部隊からの合流と考えれば、戦闘可能な部隊には程遠かった。
だが、小隊長ゴルバーンは、森の中に潜む敵部隊と接触するや戦闘を決断、自らが戦車に乗り込み敵を果敢に追い始めた。
その行動の背景には軍人のプライドがあるが、最たる理由は敵に対する恐怖だった。
「小隊長! これ以上敵を追うのは危険です! 即時の離脱を――」
「馬鹿を言うなっ、ここは東大陸だ。我々に地の利はない。目の前の敵を捨て置いて逃げられる保証がどこにある!? 敵を倒さなければ活路は開けん!」
怒号が車内に響く。
普段は冷静なゴルバーンだが、敗北の淵という状況が彼を必要以上に焦らせる。
が、そんな折に友軍車が指揮車前に躍り出ると道を塞いだ。
少し前に他部隊から合流した車両である。無線が機能しない中、ゴルバーンは停車を指示すると怒りに満ちた表情でハッチを開けた。
「貴様!? 何をやっている!? さっさと道を開けろ!」
「ゴルバーン小隊長! これ以上は追い掛けっことなります。我々の提案をお聞きください!」
「提案だと!?」
「まずは速度を緩めてください。その間に俺たちが背後に回り込みます」
「挟撃するつもりか?」
「相手には地の利があります。この場で完全に仕留めなければ、我々の退路が絶たれます――!」
「……俺と同じ考えか」
ゴルバーンは相手が自分と同様の意見を持つことに安堵し、敵の挟撃案を採用する。
「わかった。失態は許さんぞ! 行けっ」
ゴルバーンはそう言うと、指揮車に乗り込み、再び前進を開始した。
一方、挟撃案を示した青年“リーゼル”は、顔を車内に引っこめるとトーマスに敵の背後を目指してボスヘニツを移動させるよう指示した。
この案はレッセルが提示したものであり、リーゼルも良い案だと思った。
なのに……
「――!? トーマス!? 何してる!?」
ボスヘニツは動き出すが、あろうことか敵部隊とは反対方向に進んでいる。指示と真逆の動きに、リーゼルは困惑する。
「これ以上の深追いは危険だ。輸送トラックと合流後にさらに西に離脱しよう」
そう、レッセルが言い放った。
「話が違うだろ!? ゴルバーン小隊長は俺たちを信じて今も戦っているんだぞ!?」
「いいかリーゼルっ、おまえは真面目過ぎる。使命感が強いのは結構だが、この場はこうするのが最善だ」
「それはこっちのセリフだ! 敵部隊が反転して攻勢を仕掛けてきたらどうする!? 離脱どころの話じゃなくなるぞ――」
「だから今逃げるんだろっ、今、敵の目はゴルバーン小隊に向いてる。奴らが小隊を相手にする間は俺たちが狙われる心配はない。逃げる時間も稼げる。違うか!?」
「しょ、小隊を囮にしたっていうのか? おまえ、そんな外道なこと――」
「……リーゼル、肝に銘じて置け。おまえは外道と言うが、俺たちは戦争の真っただ中にいる。人と人とが殺し合う。それ自体が外道で人の道から外れた行為だ。イリアス殿下の掲げる帝国覇道とは、人の道から外れた先にある栄光を指すんだ。それだけは心に刻んでおけっ」
そうレッセルは言い切った。声には怒気がこもり、普段の雰囲気とは一線を画している。
レッセルの指示に従い続けていることから、トーマスも同意見なのだろう。
当然リーゼルからすれば、二人の行動は理解できないものだ。
けれど、一方で戦場から離れられる事態に安堵感を感じるのも事実で――
リーゼルは唇を固く引き締める。背後では砲撃音が続くも、彼はそれ以上の反論をせず、二人の行動を黙認した。
同森林地帯。
リーゼルたちは怪我人を乗せたトラック3台を引き連れて、なおも森林地帯を西に進んでいた。
既に陽は落ち、周囲は暗い。暗闇の中、森を進むのは危険だが、時間を掛けずに森を突っ切り、大陸海方面に出るのが賢明だろう。
リーゼルはそう考え、野営よりも移動を優先した。
しかし、途中で一人の帝国兵と遭遇し、彼は停車を指示する。腕に包帯を巻いていることから負傷兵のように思われ、リーゼルはボスヘニツを降車するとすぐに負傷者の下に駆け寄った。
「大丈夫ですか!? 今トラックの荷台に乗せます」
「待て」
けれど、同じく降車したレッセルが、リーゼルの肩を掴み引き止める。
リーゼルは不思議そうな顔をするも、直後にパンと銃声音が鳴り、銃弾が負傷兵の足を貫通する。
「ぐぁあああ!!」
「レッセル!? おまえ何やってる!? なぜ味方を!?」
「おまえこそ不用意に近づくなんてどうかしてるぞ? 教練校時代に何度も言われただろ? 混戦となった戦場では味方にも注意を向けろってな。もしこいつが帝国軍人に成り済ましたアルミナ兵だったらどうするつもりだ?」
「そ、それは……」
「トーマス、手を貸してくれ」
「あいよっ」
レッセルに促され、トーマスが足から血を流す男の背後に周り込む。
そうして身体を物色し、武器等を所持していないかを確認する。
一方のレッセルは男に銃口を向け、不審な行動をしないよう圧を掛け続けた。
「すまないねぇ。武器になりそうなものは念のため取り上げさせてもらうぞ」
そう言って、トーマスが男のサイドホルダーから刃物を抜き取る。
「うん、特に怪しいところはないかな。腕の負傷も本物のようだし」
「そうか。悪かったな、おっさん」
「……お、おまえら……こんなことしやがって……――っ」
「悪いが状況が状況だ。恨みっこはなしだ。こんな場所でトラックに乗れるだけでも感謝してくれ。トーマス、足に包帯を巻いてやってくれ」
少々やり過ぎに思えるかもしれないが、ここは戦場。人殺しの舞台である。何が正しく、何が間違いかは誰にもわからない……
「おっさん、あんた偵察隊の人間か?」
「……ああ、そうだ」
「所属は?」
「東大陸作戦第2軍団隷下第11偵察隊だ」
「なるほど。一応聞いておくが、あんたは知ってるか? 帝国の機械化部隊を破ったアルミナの新兵器を――」
「新兵器だと?」
「新型戦車のことさ。正直、あれは異常だ。ここだけの話、俺たちが操縦するボスヘニツなんて玩具に思えた。偵察隊の所属なら何か知ってるんじゃないのか?」
レッセルが男に問い掛ける。すると、男は訳知り顔で鼻を鳴らす。
「……そもそもだ、俺たちが戦ってる相手はアルミナじゃねぇ」
「……何だって?」
レッセルはもちろん、リーゼルとトーマスも思わず男に視線を向ける。
敵はアルミナではない。
言葉の真意がわからなかった。
「俺たちの相手が公国じゃないだって? それじゃ、俺たちは誰と戦ってるんだ?」
「俺も未だに理解が追い付かねぇよ。けどよ、数週間前に拘束したアルミナ兵が白状した内容さ。大公国の偉大なる指導者“ファスティール大公家”は、とある国に軍事支援の要請を願い出た。そしてその国は東大陸の北方戦線、つまりは対帝国戦に参戦する意向を固めた。覚悟しておけ。お前たちでは到底敵わない国家が、いずれお前たちの前に現れるだろう、ってな……」
それが拘束したアルミナ兵が自害する前に吐き捨てた言葉、と男が明かす。
「その国の名はニホン国――」
「ニホン国? 知ってるか?」
レッセルが二人に問い掛けるが、トーマスは首を振り、リーゼルも心当たりがないと回答する。
「……じゃ何か? 俺たちが見た部隊や兵器は全部ニホン国のものだっていうのか……?」
「さぁ、どうだかな。真偽含めてそれ以上の情報は知らねぇよ」
三人は顔を見合わせるが、考えたところで答えは出ないだろう。それよりも今は逃げることを優先するべきだ。リーゼルは男に肩を貸すと、トラックの荷台に誘導する。
「……」
けれど、そのときだった。
レッセルが何かに気付き、逃げて来た方角を振り返った。遠方から微かな機械音が聞こえる。戦闘域からは随分離れた。味方の可能性は低い。なら残す可能性は……
レッセルは、次第に接近する機械音に警戒心を強める。こっちは負傷兵を抱えた一団だ。戦闘にでもなれば目も当てられない。自ら投降し捕虜となるのも自殺行為に等しい。
刹那、レッセルはトーマスに目を配ると、次いでリーゼルが肩を貸す男に声を掛けた。
「おっさん、さっきは足を撃って悪かったな。だけど、このまま一人で森の中を彷徨ってたら死んでたかもしれないぜ? そういうことだから、俺たちを命の恩人だと思って一つ頼まれてくれ」
男は一度身構えるも、レッセルの真剣な眼差しに圧倒され、何かを感じ取る。
「リーゼルの身体を最後まで離さないでくれ。頼んだぜっ」
「レッセル? おまえ何を言って――」
すると、レッセルとトーマスは素早くボスヘニツに乗り込み、エンジンをふかし移動を開始した。どういうわけか、彼らは来た道を戻っている。
「まっ、待て!? 二人とも何してる!?」
瞬間、偵察兵の男がリーゼルの身体に覆いかぶさり荷台の上で彼を引き留める。
「離してくれっ、レッセル!? 今度は何をする気だ!?」
「同じことをするだけさ。さっきはゴルバーン小隊が囮になった。だからっ、今度は俺たちがその役を引き受ける。リーゼル、お前は生きろ。生き残って本国に帰るんだ」
「リーゼルぅ! この戦争の結末、ちゃんと見届けろよー」
直後、トラックは二人と袂を分かつように急発進。次第に距離が開いていく。
「待てっ、待ってくれ!? 俺を置いていくな! 戻れぇ!!」
リーゼルの叫び声も虚しく、ボスヘニツは夜の闇に消え、やがて森に砲撃音が響いた。
「やめろぉおおお!!! やめてくれぇええええええ!!!!!」
「おいっ、悪いことは言わねぇ。じっとしてろ。お前は二人の覚悟を無駄にする気か!?」
リーゼルは声を枯らして叫び、必死に身体をバタつかせる。そんな青年を、荷台に乗る男たちが必死に止めていた。
トラックは道のない道を突き進む。車体が大きく跳ね、その度にリーゼルの身体は何度も荷台に打ち付けられる。
それでも彼の視点はぶれず、遠くの一点を見つめ続ける。
刹那、大きな爆発音が響いたかと思えば、赤い炎が空中に立ち昇った。
「――あぁ、あぁああ……こんなことがあるかよ……俺がリーダーだ。決めるのは俺だったんだ。なのに……なんで……なんで自分の命を犠牲にすることをお前らが決めるんだ……っ」
リーゼルは嗚咽し、ひたすら悲嘆の感情を吐き続ける。
レッセルも、トーマスも、二人は戦争がどういうものかを理解していた。
人の道から外れた行い。
それを誰よりも理解していた。
「……わかってなかったのは俺の方だ。何が帝国覇道だ。何が世界統一だ。理想ばかり追い求めて……俺は…………」
帝国覇道なる耳障りのいい言葉に惑わされ、その先を考えようとしなかった。
人を殺し、他国を踏み荒らす意味すらも――
リーゼルは己の不甲斐なさを悔い、同時に心の中で燃え上がる感情に身を焦がす。
「……許さない。この報いは必ず受けてもらう。俺があいつらにしてやれることなんて、もうそれしかないんだ。だから、殺す。殺してやるっ、覚えておけっ、ニホン兵――ッ」
膨れ上がる感情は、後悔と増悪。それはやがて彼を次の戦いに駆り立てる。リーゼルという青年兵が再び日本の前に現れるのは、このとき決まったのも同然だった。
次回「帝国敗走③」




