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39 帝国敗走①

 大砲音が聞こえた刹那、平原を走行中の帝国最新鋭戦車(ボスヘニツ)の側面装甲を徹甲弾が突き破り、微細な破片が車内に飛び散る。当然、車体は制御を失い、進行方向を大きく右に傾けた。


「――トーマスっ、左側面から味方車が迫ってるっ、右に躱せっ」

「ああっもう! なんなんだよ!? これは!?」


 操縦手を務めるトーマスが、苛立ちを隠さずに愚痴を零す。

 軍団長から攻撃命令が出されて時間はさほど経過していないが、前線のボスヘニツ機械化部隊は早くも混乱に陥っていた。

 既に隊列なんて存在せず、指揮系統も機能していない。各車が各々の判断で戦っている状況だった。


「――!? レッセル!? 何してる!?」


 そのような状況下、砲手を務めるレッセルが頭上のハッチをこじ開けようと試みる。突然の行動にリーゼルは驚き、止めに入るが


「よく聞けっ、こんな状況だ。友軍からの情報は当てにならないし、展望窓からじゃ視界が狭くて周囲の状況がわからない。おれがハッチの外に出て周りの状況を伝える」

「何を言ってるんだ! あまりにも危険過ぎる!」

「敵の砲弾はボスヘニツの装甲すら簡単に貫通するんだ。一発食らえばそれまで。中にいようが外にいようが変わらねぇよ!」


 そう言って、レッセルは制止を振り切りると、ハッチを開けて外の世界に身を乗り出した。

 遠近問わず砲撃音が響く中、彼は平原に広がる光景に唖然とする。

 周囲には破壊されたボスヘニツの残骸が散乱し、土煙と黒煙が視界を塞ぎ、鼻を突く嫌な臭いが充満している。

 歩兵も行き場をなくして右往左往する様はまさに地獄絵図。そこには未だかつてない帝国軍の惨状が広がっていた。


「どうしてこんな……」


 レッセルは顔の埃を振り払うと、遠方の敵戦車群を睨み付ける。

 距離は遠いが、それでも敵車の異様さに目を引かれる。車体は大きく砲塔も長い。帝国戦車以上の重戦車が数十両単位に横一列となり、行進間射撃で砲弾をぶっ放す。

 その威容は帝国軍が公国相手に実践したかったものだ。なのに、奇しくも現実は真逆だった。


 刹那、敵車群の多数の砲口が光った。レッセルが目を見開くと、直後にボスヘニツの重装甲が音を立てて破壊される様を目の当たりにする。

 敵車列の一斉射撃が始まれば10両、20両単位で帝国車両が一掃されるのだ。

 まさに夢か現実か疑いたくなる光景だった。


「……何なんだよ、あの化け物は……こっちはボスヘニツだぞ……戦車同士の撃ち合いなら敗けるはずがないんだ……こんなのどうかしてるだろっ――」


 前線部隊が成す術なく面で制圧される様子に、レッセルは絶望感を抱き唇を強く噛み締める。

 そして、この場の戦闘に勝ち目がないことを悟った。

 瞬間、彼は怒声を上げる。


「トーマスっ、進行方向を西に転換してくれ!」

「何をするんだ!?」


 リーゼルが問い掛ける。


「戦場を離脱する。このままじゃ味方は全滅だ。敵車列は行進間射撃で東に流れてる。なら、俺たちは西に逃げるしかないだろっ」

「だ、だけど、軍団長は隊列を守れと――」

「何分前の命令を言ってだ!? 状況は命令が下されたときより悪くなってる。リーゼル、おまえだってもう勝ち筋がないことくらいわかってるだろ!?」


 レッセルが怒号を上げる。普段見せない友人の態度にリーゼルは怯むも、それでも悩む素振りを見せる。

 そこにトーマスが叫ぶ。


「何なんだよ!? どうなってんだよ!? 味方はちゃんと反撃してるんだろうなぁ!?」


 そう声を張ると車体が傾き西に転進を図った。車両が速度を上げて戦場を駆け抜ける。


「おいっ、トーマス!?」

「リーゼルすまん! だけど命には代えられねぇよ!」


 トーマスは操縦レバーを細かく操作し、ボスヘニツを戦場から離脱させようと試みる。

 出来るだけ遠くに、敵の砲弾の届かない場所に――

 行き先は身を隠すのに最適な西側の森林地帯だった。


「まっ、待ってくれ、じゃ、じゃあ、一旦後退するのはどうだ!? 後続部隊と合流すれば――」

「忘れたのか!? 後ろのルイガルフ連隊が敗れていたらどうする!? 挟み撃ちにされたら最後、俺たちは確実に助からない。そうなる前に西に逃げるんだ」


 その言葉に、リーゼルはハッとする。


「だ、だけど、こんなの軍法違反なんじゃ……」

「リーゼル、おまえは昔から志が強い。軍が敗北する現実が呑み込めない気持ちもわかる。だけど、戦場じゃ時には柔軟な判断が必要だ。おまえも言ってたじゃないか。それが今だとは思わないか?」


 レッセルは語り掛けるように、リーゼルを諭した。土埃で顔は汚れているが、奥の瞳は異彩を放っている。

 リーゼルは同僚の迫力に圧倒される。


「――ッ……っぅう~~~」


 やがてリーゼルは唇を噛み締め拳で車体を殴り付けた。その痛みを以て気持ちを切り替える。


「……この借りは絶対に返す。レッセル、トーマス、このまま西に直進するぞ――」


 公都に続く平原、最前線の戦い。

 多くの戦車と装甲車両が鉄屑と化した戦いは、開戦後2時間足らずで幕を下ろすことになる。

 そして敗北を悟った多数の帝国兵が戦場から逃げ出す結果となった。


次回「帝国敗走②」

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― 新着の感想 ―
ルイファラリス帝国としては戦争で男手が減るのは手痛いですし、何より戦訓を持ち帰ってくれるから撤退を選んだほうが良いのは間違いないですね。 いくら自衛隊とは言え、バラバラに逃げる敵兵を1人残らず倒しきる…
戦場から逃げ出すリーゼルら。賢明な判断ですね。このままでは戦死確実でした。 彼等は生き延びる事が出来るでしょうか? (いやな予感)
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