38 東大陸戦⑨
東大陸アルミナ大公国領、帝国軍最前線機械化部隊。
公都に続く平原を覆い尽くす鉄の塊。その正体は帝国自慢の戦車部隊だった。
その中核を担うのが、帝国最新鋭戦車ボスヘニツであり、後方には帝国主力戦車ルイガルフが続き、さらに多数の装甲車両が連なる。
まさに覇王の行進。帝国が大手を振るって公国領を侵攻する様は、東大陸の主を決定付けるに相応しい光景だった。
「敵との接触予想地点は?」
「ここよりさらに南下したマニラ平原かと。公都方面よりなだらかな丘陵地が広がっており、公国軍は高所で待ち構えているものと思われます」
「思われる? 索敵からの情報はどうした?」
「未だに連絡がありません。ですが、マニラ平原は公都を守る最終防衛線です。待ち構えるとしたらそこしかないかと……」
「……うむ。確かにな」
機械化部隊後方のボスヘニツでのやり取り。極めて良好な進軍速度に第1軍団長“ハンフレット”は胸を張るものの、ここにきて違和感が絶えない。
斥候の連絡は途絶え、戦闘機の多くが公都に飛び立ったが、公都方面からの帰還機がない。帝国機ではない別機体の目撃情報もあり、ハンフレットの眉間に皺を寄せる。
そのような中、兵の一人が生身で指揮車に飛び乗りハッチを叩くと緊急の知らせを告げた。
「左翼のガンザ大隊より緊急通報! 敵です! 多数の戦闘車両が東より出現! 我が隊の側面に迫りつつあり――!」
「なに? おいっ、敵はマニラ平原で待ち構えているのではなかったのか!?」
「ど、どうやら守衛に徹することなく討って出てきたようで……」
「ええい、そのようなことは報告を聞けばわかるわ!」
ハンフレットは憤慨し、手元の周辺地図をクシャリと握り潰す。
「事前に別動隊を準備していたか? それとも公都防衛隊本体が仕掛けてきたか? まぁいい。開戦場所の当ては外れたが、どのみちアルミナの息の根を止めることに変わりはない。ボスヘニツ隊は予定通りこのまま公都を目指せ。側面の敵はルイガルフ隊で片づける! 5個連隊を回せッ」
ハンフレットは己の太腿を平手で打ち付け声を張る。
直後、ルイガルフ隊が進軍方向を東に変える。一糸乱れぬ動きが練度を示すものなら、それはまさに精鋭部隊に他ならない。
ハンフレットは戦況の違和感を払拭しようと、帝国の力を誇示し鼻を鳴らす。
「崩れゆく大国よ。目にもの見せてくれる」
一方、最前線でボスヘニツに搭乗するリーゼル、レッセル、トーマスは敵部隊出現の報にゴクリと喉を鳴らした。
いよいよ戦いの狼煙が上がる。3人は興奮をそのままに持ち場に付く。
ボスヘニツの定員は基本4名であり、車長、操縦手、砲手、装填手に分かれるが、リーゼルたちの車両は長引く戦争で車長が途中離脱し、装填手のリーゼルが仮車長を兼務していた。ちなみにレッセルは砲手、トーマスは操縦手である。
「リーゼル、敵部隊が側面から現れた。どうやら帝国軍の側面を叩いて隊列を乱すつもりらしい」
レッセルの言葉に、リーゼルが頷く。
「ルイガルフ連隊が対応するんだ。問題はないさ。おれたちは予定通りこのまま前進するぞ!」
「ああ……」
「あいな!」
仮に連隊が敗れることがあれば、ボスヘニツ隊は挟撃される恐れがあるが、ルイガルフ隊の敗北はない、とリーゼルはその可能性を切り捨てる。
「……ん? レッセル、トーマス、あれを見ろ――」
そのような中、やがてボスヘニツ8個大隊と対峙する部隊が現れる。戦闘場所はマニラ平原と予想していただけに面を食らうが、リーゼルが素早く戦闘準備を指示する。
「おい、リーゼル――」
「ああ、敵が側面に出現したときからそうじゃないかと思っていたけど、どうやら敵は守勢に回るつもりはないらしい」
「索敵は何してる? 事前連絡はなかったぞ?」
レッセルは前線に報告が来ない状況を嘆くが、敵が現れた以上は戦うしかない。
「トーマスっ、平原特有の地面の起伏に注意しろ。レッセルは敵部隊との距離を常に頭に入れといてくれ」
リーゼルの指示の下、トーマスは微細な操作で車両を制御、レッセルは周囲の警戒に力を入れる。
日本国自衛隊、第7師団作戦指揮所。
テント内は重苦しい雰囲気に満ちていた。いつ攻撃開始命令が下されるか、そのときの号令を聞き漏らすことのないよう、誰もが神経を集中させる。
第7師団は北海道に駐屯する機甲化部隊であり、かつてソ連の脅威に備えて多数の戦車が配備された部隊である。が、今は機動運用部隊の一つとして東大陸に渡り、帝国軍最前線の機械化部隊と相対していた。
当然、その任務は公都に迫る敵機械化部隊を排除することにある。最新鋭戦車ボスヘニツを要する部隊は第71戦車連隊が、作戦エリア側面に誘き出したルイガルフ部隊は、第72、73戦車連隊が対応。他、第5旅団が第7師団の後方に控え、遊撃部隊として全面支援に当たる予定だ。
加えて開戦に当たり、東側から敵側面を突いた理由は敵部隊の分散に狙いがあるが、もう一つは帝国兵に敵は東から来た点を認識させるためでもあった。
ここは広大な東大陸。エイセル島がそうであったように、戦闘終結後に東西南北に敗走されては後処理に時間が掛かる。その点を踏まえ、可能な限り帝国兵を西に追いやる戦略だった。
「……定刻だ。これより敵機械化部隊への攻撃を開始する」
「既に砲塔記号等より指揮官が搭乗する車両の割り出しは完了しています。いつでも攻撃が可能です」
「了解だ。予定通り、第1目標は前線の各戦闘指揮車とする」
第7師団長の号令に、複数の幕僚が天幕から慌ただしく立ち去る。
時刻は午前10時過ぎ。既に帝国軍侵攻路上の倉庫群には第6師団が、敵司令部が布陣する上陸地点には第2師団が急襲を掛けている。
周辺一帯の制空権は空自が奪取しており、第7師団は地上戦に集中できるだろう。
まずは中距離誘導弾を使用し、初手で相手の指揮系統を寸断する。
その後は90式と10式戦車を前面に押し出し、正面より敵戦車を各個撃破。普通科部隊との連携も図る。
戦況は既に佳境に入っていると言えるだろう。
ボスヘニツ機械化部隊、戦闘指揮車。
「背後のルイガルフ隊の状況はどうだ?」
「戦闘が既に始まっているものと思われますが、未だ無線が復帰せず、状況を掴めません」
「チッ、こんなときに通信不調とは――」
軍団長ハンフレットは舌打ちすると、今度はボスヘニツ隊の前方に出現した敵の位置を確認する。
「敵戦車群との距離は?」
「約3000ですが、アルミナ主力戦車とは形状が異なり、アルミナ正規軍のどの隊かも判別できない状況です」
「異なる形状だと?」
「ボスヘニツ以上の重戦車との情報も――」
「フンッ、情報が錯綜しているようだが、直に真実が見えよう。そろそろ頃合いだ。各隊に射撃準備を通達せよ。ボスヘニツの力を見せつけ、華々しい初戦を飾るのだ――」
ハンフレットは鼻息荒く命令を下す。
ボスヘニツの多数の砲口が空を切る瞬間を想像するが、直後に近場で爆発音が轟き、ハンフレットは目を泳がせた。
「なっ、何の音だ!?」
「敵が仕掛けてきた模様――!」
「この距離で撃ってきたのか!? 馬鹿を言うな!? 敵車との距離はまだ相当離れていたはずだ。しかもここは車列最後方ぞ!?」
ハンフレットは熱弁を振るうが、そこに
「ほうこーく! 本隊右翼に展開中のボンサレス大隊長の指揮車が爆発! これにより右翼側の隊列が乱れ始めています――!」
外から現れた監視兵の言葉に、ハンフレットは愕然とする。
が、凶報が止むことはない。
「バレム大隊長の指揮車が破壊された模様! 車両内は沈黙――」
「同様にヘルトン連隊長も生死不明!」
各隊の統率者を狙った一連の攻撃。その結果が続々とハンフレットに報告される。
あまりに信じ難い内容の連続に、彼の背中に冷たい汗が伝う。
「な、なぜこうも次々に指揮車が……」
「軍団長、如何しますか!?」
「と、とにかく各隊には隊列を守れと伝えろ。ここで乱れては敵に付け入る隙を与える。加えて反撃だ! 各隊応戦して敵を撃て――」
絞り出した言葉は応戦の一言。状況を把握できない中、ハンフレットは攻撃命令を下す。
しかし、直後に別の監視兵がハッチをこじ開け頭だけを車内に潜り込ませた。蒼白の顔が緊急事態を物語る。
「前方より謎の飛翔体を確認! こちらに接近してきます――!」
割れんばかりの大声が車両内で反響し、ハンフレットの脳に染み渡る。
軍団長の地位にありながら、今回の作成では戦闘指揮車に乗り込み前線指揮に当たった。それもこれも公都制圧を確実なものにするためだ。現地総司令官ギリヤードの顔を立てると同時に、自身も公都攻めの見物に乗り気だった。
しかし、それが今は裏目に出ている。
「いかん! 砲塔記号を外せっ、指揮車と勘づかれる前に――」
そう叫ぶと同時に、頭上を仰ぎ見る。直後、戦車の天板が簡単に引き裂かれ、激しい爆炎が車内に侵入する。瞬間、ハンフレットの意識は途絶えた。
次回「帝国敗走①」




