御礼話 焼肉弁当
ここまで読んでいただきありがとうございます。
祝!投稿文字数10万字超え記念!
ということで本日は特別話を投稿します!
ある日の出来事――
大道との会談を終え、アリサは都内ホテルに移動していた。
会談中は終始緊張気味だった彼女だが、今ではいつもの雰囲気を取り戻し、無邪気な子供のように移り変わる景色を車窓越しに眺めている。
時刻は午前7時過ぎ。人通りも大幅に増え、交通量は一気に増加、日本の日常が始まろうとしていた。
「大使館の方々に、官邸の方々に、大道総理も同じ装いをしていましたね。色や柄は多少の違いはありますが、あれがこの国の正装なのでしょうか?」
アリサはスーツ姿で通勤する人々に目を止める。
「そのようですね。それにしても……」
「本当にすごい人! 街も綺麗でまるで絵本の中に迷い込んだみたい!」
真っ直ぐに舗装された道路、整然と整備された街路、美しくモダンな建築物、調和の取れた人々の行動。
まるで童話の世界に迷い込んだかのように、アリサは目をキョロキョロさせる。
その国がどのような国か――
それは人々の立ち振る舞いを見れば自然と理解できるものだ。
そして、アリサは確信する。
日本国は外界国であっても、劣等国などでは決してないということを――
けれど、身体は時に残酷。ぐぅと車内に響く雑音に、アリサは思わず顔を真っ赤にした。
「……そう言えば、昨日の夕食から何も召し上がっていませんでしたね」
「……ご、ごめんさない。肩の力が抜けたら急に――」
「長谷川殿、ホテルに到着すれば用意してもらえるのだろうが、街の散策も兼ねてどこかで降ろしてもらえないだろうか?」
「エルマ!? いいのですか!? 普段なら真っ先に反対しそうなものなのに――」
「多少なら問題ないかと。ここは遠く異国の地。帝国人はさすがにいないと考えます」
瞬間、アリサの目が輝く。二人のやり取りを受け、長谷川は運転手に指示し、近くのコンビニ前で車を止めた。
「……ここは?」
「コンビニエンスストアです。簡単に説明するなら庶民の雑貨屋でしょうか。本当はもっとちゃんとしたお店に入れればいいのですが、朝という時間帯もありますのでご容赦を。ですが、日本のコンビニを知っておいて損はないと思いますよ?」
対してエルマは「姫様を雑貨屋に?」と不満そうな表情を見せるが、隣のアリサは有無を言わさず行く気満々だった。
「わぁ! 素敵なお店ですね!」
車両から降りて店舗前に立つと、彼女は記念すべき第一声を上げる。
店舗は雑居ビルの一階に構える平凡な造り。日本人から見ればごく普通のコンビニだが、異国のお店というだけでアリサの鼓動は速まり、ガラス張りの綺麗な外観が心を掴んで離さない。
「では早速、中に……エルマ!? ガラスの扉が自動で開きました!? どのような仕掛けなのでしょう!?」
「ど、どうでしょうか……」
「見て、エルマ!? 見たこともない商品がたくさん並んでます! このお店は名のある商店なのかもしれません!」
アリサは夢中で周囲に目を配る。
最初に目を引いたのは店内の明るさだ。白く灯る電球が天井に並び、その下では多数の商品が整然と陳列され、機能的な空間が広がっている。
並べられた商品は知らないものばかり。当然心をくすぐられ、アリサは早くもこの店の虜となった。
「見て! お菓子がこんなに! どんな味がするのか想像もつきません! 飲み物もこんなに! この透明な容器は何から出来ているのでしょう!?」
「帝国の日本大使館にも同じものがありましたね。この国では一般的なものなのでしょうか……」
「これはペットボトルという容器です。ガラスやビンに比べて柔軟性が高く少々落としたくらいでは割れることもありません。石油由来の製品であり、安価に製造できることもあって我が国では重宝しています」
アリサは商品を次々に指差し、これがどういうものか質問を連発する。回答するのは当然長谷川である。
帝国、延いては大陸圏にない商品も多く、中には使い方がわからない未知の物まで置いてある。
それがアリサの好奇心に火を付ける。
注目すべきは商品の多様さだろう。飲み物一つとっても、お茶、酒、果汁、乳飲料と実に多種多様。それらの分類の中でも多数の商品が取り揃えられ、国民は安価な値段で好みの商品を購入することができる。
帝国でも上質な商品を取り揃える店舗はいくらでもあるが、多くは貴族が通う高級店に他ならない。
対してここは庶民の雑貨屋。その差異は大きい。多様で上質な商品を安価に購入できる。それは国が豊かな証拠だ。
「……」
一方のエルマは、アリサから一時的に視線を外し、じっと一点を見つめていた。
場所は窓側の陳列棚、そこに無造作に置かれた商品に喉が鳴る。
しばらく彼女は商品と睨めっこを演じていたが、意を決して手に取ってみる。そしてページをパラリとめくった。
「こっ、これは!?」
思わず心の声が漏れる。エルマが手に取った商品、それは世界地図だった。
俯瞰図は四大陸を中心に据え、東西南北の外界に至るまで事細かに記してある。
その精密さは言わずもがな。これほどの精度を誇る地図は今までに見たことがない。
――こ、こんなの国家機密レベルでは……!?
もしや私は見てはいけないものを見てしまったのでは!?
そう思うと、途端にゾクリと背筋が震え、地図を持つ手が震え始める。
思わず周囲を確認するも、どうやら拘束の心配はなさそうだった。
「なんでこんなものが雑貨屋なんかに――」
何が怖いかと言えば、地図の精度もそうだが、このレベルの地図が庶民の雑貨屋に無造作にに置いてある点だ。少なくとも帝国では考えられない。地図は科学技術の結晶、その国の技術水準を図る目安にもなるくらいだ。
エルマはパタンと冊子を閉じる。そのまま棚に戻すかと思えば、しれっと脇に挟み込んだ。
姫様の買い物のついでだ。これも長谷川に買ってもらおう。
エルマはそう決心する。
「これ……」
「中華まんがどうかしましたか?」
対してアリサはというと、レジカウンター横に置いてあったケースに視線を止めた。
「いえ、帝国の日本大使館でも同じものを用意いただいたなと……」
「そうでしたか……」
アリサはふと間宮たちを思い出す。彼らのその後の運命は長谷川から聞いている。
自分を救ってくれた大使館の人々の顔を思い出し、やるせなさと申し訳なさで不意に目を伏せる。
「殿下、お腹が空いていらしたのでは?」
「あっ、そうでした。商品を見るのに夢中になってしまいました!」
けれど、長谷川が気を回すと、アリサは心配させまいと再び晴れやかな笑顔に戻った。
直後、
「見たところ外人さんのようだけど、前の世界の人じゃないね? そんな黒服の姉ちゃんを連れてるってことはこの世界の人だろ? しかも相当偉いとみた? どうだい? 私の勘は当たってるかい?」
とオープンスペースに弁当出しをする女性から声を掛けられる。
「え、ええ。すみませんが、あなたは?」
「こんな身なりだが、一応はここのオーナーをやっててね、どうだい? 手作りの弁当は? 工場から運ばれる弁当よりよっぽどおいしいよ?」
「まあ! これは何のお弁当ですか?」
「うち自慢の焼肉弁当さ。知人が牛飼いでね。九州から良い肉を送ってもらってる。今でこそコンビニに変わっちまったが、昔は飲食店でね、中でも焼肉定食が名物だったのさ」
女性は五十代半ばくらいだろうか。恰幅の良い笑顔が実に爽やかだった。
「肉料理は国や地域の個性が出るからね。どういった食文化なのか、肉を食えばおおよそわかるってもんよっ」
その言葉に、アリサは頷く。
「そうですね、私の母も同じことを話していました」
「お母さんがかい?」
「はい。4年程前に亡くなったのですが、料理はその土地に暮らす人々を映す鏡だと。雑な料理、洗練された料理、大味、小味、全てが違うからこそいいのだと。そう教わった記憶があります」
「立派なお母さんじゃないか」
「……はい。自慢の母でした」
アリサは過去を思い出すように目を伏せる。女性の手間、ああは言ったが、母の発言は人伝いに聞いたもので、母から直接聞いたものではなかった。
アリサにとって、母は大切な存在だった。大好きだった。
けれど、母は常に体調が悪く、アリサを避けるように自室に引き籠っていた。
アリサが会いたいと申し出ても面会に応じることはごく僅か。例え会うことが叶っても、どこか怯えた表情をしていた。
亡くなるまで、母の様子は変わらなかった。
「どうかしたかい?」
「あ、いえ……」
女性に問われ、アリサは目線を上げる。
「母の顔を思い出していました。母は体調が悪く外出ができなくて、私は母に元気になってもらおうと、各地の食材や料理を届けていました。けれど、母の体調は良くならなくて……今思い出しても不憫でなりません……」
「あんたが届けた料理は食べてくれなかったのかい?」
「……どうでしょうか……少しは口に運んでいたようですが……」
「なら不憫なんてことはないさ」
アリサは首を傾げる。
そんなアリサに、女性は穏やかに告げる。
「あんたの母親は確かに外出はできなかったかもしれない。けどね、色々なものを食べられるってことは、それだけで、世界を旅してるのと一緒なのさ」
その言葉に、アリサはどこか救われた気がした。




