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37 東大陸戦⑧

 後方の迫撃砲小隊が流れる動きで81mm迫撃砲の砲撃準備に取り掛かる。砲身の向きを微細に調整し、弾を込めると最大射程5キロを誇る滑空砲が大空に弾き出される。

 十数秒後に丘斜面に着弾。帝国兵の動きが止まるが、間髪入れずに別砲より複数の砲弾が発射され、後藤たちの頭を超えて帝国兵の動きを釘付けにする。


「左斜面の敵兵沈黙!」

「油断するなよっ、一時的な様子見かもしれないからな――」


 視界に映るのは土埃と白煙、耳に届くのは銃声音と人の怒号。まさに極限の状況下で、後藤たちは丘に続く斜面を前進していた。

 作戦当初は必要以上の力で銃を握り締めていたが、今は自然と力が抜けている。振り返れば、今日は朝から何も口にしていない。野盗化した帝国兵の対応に、その後に始まった倉庫群攻略任務。

 もうずっと身体を酷使しているが、不思議と疲れは感じない。僅か半日で戦闘慣れでもしただろうか。

 だとしたら何とも嫌な話だ……

 後藤はそんなことを考えながら、戦闘の早期決着を見据えて土の地面を蹴り続ける。


 この斜面を越えれば丘の頂上に辿り着ける。地理的優位を確保すれば戦局は俄然自衛隊有利に傾く。それが仲間を救う一番の近道でもある。

 だから後藤は足を止めない。

 止めてはいけないと自分自身に言い聞かせる。


「周囲を警戒! 死角からの発砲に注意しろ――!」

「左側面異常なし!」

「右側面も同様です!」


 やがて後藤たちは丘の頂上に到達した。敵の待ち伏せも想定していたが、意外なことに抵抗はない。


 後藤は慎重を期して周囲に目を配る。見たところ、丘へは後藤たち第3中隊が一番乗りのようだが、第1、第2中隊も直ぐに追随するだろう。友軍到着を待って浸透するのも一つの手だが……


「……隊長?」


 が、後藤は時間の浪費を嫌い、本隊だけで丘の中心部に進むことを決断した。

 手柄を重視したわけではない。後藤には何かしらの予感があった。


「佐伯っ、このまま敵陣を突っ切るぞ!」

「正気ですか!? 帝国兵が待ち伏せしているかもしれませんよ!?」

「嫌な予感がする。とにかく丘の反対側を確かめたい」


 後藤はそう言って一目散に駆け出す。

 危険過ぎる行動だが、佐伯たちは構わず彼の背中を追った。


 走る。とにかく走る。走って走って走り続ける。

 東大陸に渡って以降、安眠できた日なんて一日もない。きっと疲れはピークに達している。それでも足は思いのほか付いてきてくれる。


 しばらくして周囲の景色は一変し、白テントが立ち並ぶエリアに差し掛かった。

 爆撃や砲撃で大部分が壊れているが、帝国兵が寝泊まりする場所だったのは間違いない。けれど、テントエリア内に人の影は見当たらず、まるで放棄地のように静かだった。

 ここを抜ければ崩壊した監視塔があったはず。後藤は次々にテント間を通過し、ようやく監視塔近くに辿り着いた。


「――っ」


 けれど、開けた場所に躍り出た瞬間、敵兵の一人と至近距離で鉢合わせた。

 待ち伏せの可能性を考慮するも、相手も焦っていることから意図した遭遇ではないのだろう。


「くそったれぇぇぇ」


 後藤は勢いをそのままに右肩から敵兵に体当たり。相手は衝撃で吹っ飛び、背後の同胞一人を巻き込んで倒れた。

 後藤は身体を捻って地面を転がる。味方と敵兵間の射線を開けたところで佐伯たちが発砲、帝国兵を排除した。


「隊長っ、11時の方角に敵影を確認!」


 直後、隊左側面に注意を払っていた杉田が大声を上げると、小隊各員が這いつくばり、さらなる銃撃戦に備える。直後には単発の銃声音。帝国兵が応戦しているのは明らかだった。

 監視塔は崩落し使い物にならない。それにも関わらず、帝国兵はまるで監視塔への接近を拒むように立ちはだかる。


――ビンゴだ。やっぱり何か企んでるな?


「杉田、やってくれっ」


 杉田が携行袋から手榴弾を取り出し、慣れた手つきで安全ピンを引き抜く。そして瞬時に敵兵が待つ方角に投擲。放物線を描き落下するそれは、敵兵近くで爆発し無数の破片を飛び散らせる。他員も構わず投擲を続け、数回に渡る爆発が巻き起こる。


「突っ込め!」


 地に伏せた態勢から身体を起こし、監視塔まで一気に距離を詰める。

 監視塔周りには複数の兵が倒れているが、後藤はすかさず周囲を物色する。

 あたり一帯には崩壊した監視塔の鉄骨が散乱しており、その中に一か所だけ鉄骨が取り除かれた場所があった。

 よくよく観察すると、そこには洞穴(ほらあな)のような空洞が掘られている。

 間違いない。地下への入り口――

 後藤の疑念が確信に変わる。


「佐伯っ、そこから地下に行けるはずだ。中を調べてくれ! くれぐれも敵兵には注意を――」


 瞬間、後藤の近くに蹲っていた兵が呻き声を上げた。

 その男は深手を負っていたが、何かに取り付かれたように軍用ナイフを引き抜き、切っ先を後藤に向けて突進する。


 あまりに咄嗟の出来事。後藤は小銃を構えるも、相手にナイフ柄で払われてしまう。

 男はそのまま切り付けようとするも、後藤はギリギリのところで切っ先を交わす。が、勢い余って両者は監視塔周囲の塹壕内に転げ落ちた。


「……いっつぅ」


 落下した影響で腰を強打するが、痛みを訴えている暇はない。


「死ねぇぇ」


 男は再びナイフを振り下ろすも、後藤は身体を捻って躱す。直後、ナイフは空を切るとグサリと地面に突き刺さった。

 後藤は足裏で相手の腹を力一杯に蹴り付ける。すると男は腹の痛みに後ずさり。その一瞬の隙を見逃さず、後藤は態勢を立て直すと体重に身を任せて身体をぶつける。男は背中を強打し激痛に顔を歪ませた。

 刹那、後藤は相手に覆いかぶさると携行する十徳ナイフを男の首元に突き付ける。瞬間、男は短く呻き、地面に鮮血が飛散した。


「――はぁ……」

「隊長!? 大丈夫ですか!?」


 やがて佐伯が駆け付け、後藤の無事を確認する。


「なんとかな。それより空洞はどうだった?」

「丘の下に続く坑道が掘られていました。加えて爆薬の導火線も――」


 坑道自体は前々から掘られていたもので、おそらく導火線の先はダイナマイトに繋がっている。

 佐伯はそう私見を述べる。

 後藤は納得の表情を浮かべた。


「倉庫エリアの抵抗に比べたら駐屯地(丘)の抵抗があまりにも軽過ぎると思ったんだよ。連中、恐ろしいことを考えていやがった」

「敗北を悟って放棄する傍ら、陣地を爆破しようって魂胆ですね?」

「それだけじゃない。おそらくは反攻のためだ」

「反攻?」

「丘の上に敵主要部隊を誘き出し、丘もろとも崩落させて敵に打撃を与える。その後に帝国軍が倉庫エリアに雪崩込み再びこの地を奪還する計画だったのかもしれない」

「まさか……」


 佐伯は目を丸くする。


「本部に報告だ。近隣の身を隠せる場所に敵部隊が潜んでいる可能あり、動向にはくれぐれも注意されたし、送れ――」


 佐伯は通信員を呼ぶと後藤の言葉を復唱。本部に一連の情報を伝達する。


――だが、これで爆破は失敗に終わった。


 いくら帝国軍でも再奪還は不可能だろう。未だ倉庫群の各所では戦闘が続いているが、高所を押さえたことで俄然自衛隊有利に戦うことができる。倉庫群全域の制圧も後は時間の問題だ。

 中間地点の攻防は直に大勢が決する。


 後藤は腰を擦りながら立ち上がる。

 痛みは引いたが気を抜くとぶり返しが来るかもしれない。帝国兵と揉み合った影響か、隊服は泥だらけだった。

 そんな後藤を見てか、佐伯が小さく噴き出す。


「……いきなりなんだよ?」

「いえ、銃主流のこの時代に、隊長はいつも敵と揉み合ってるなぁと思いまして」

「はぁい?」


 思わず素っ頓狂な声が漏れる。


「おいおい、おれは帝国兵に愛される謂われはないぞ?」

「隠し集落のときもそうでしたが、拳銃があるのに何で抜かないんです?」

「頭では理解してるが身体が反応しちまうのよ」


 その発言に、佐伯はまた噴き出した。


次回「東大陸戦⑨」


東大陸戦も残り数話予定です。

あまり長い話にはしませんのでもう少しお付き合いください。

ちなみに明日の本編投稿はお休みです!

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― 新着の感想 ―
イケイケドンドンな帝国軍の割に、こういう工作は随分と用意周到に行ってますな。 それだけアルミナの実力を認めているということなんでしょうかね。 勘が働いたおかげで命拾いしましたね。他にも何かしらの策を講…
よほど刺され所悪くないとほぼダメージはボディアーマーが防いじゃうってわかったらさらに酷くなりそう…。>WW2相当のナイフ程度だと
頭で解ってても体が反応しないって、それ純粋に訓練不足で練度が足らないだけじゃん
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