36 東大陸戦⑦
小銃の引き金を引くと数十メートル離れた歩兵の一人が倒れた。後藤は弾倉を引き抜くとマガジンポーチから30発入りの新弾倉を取り出し装着。ボルトを開放して再び銃を構える。
引き金を引き弾を射出。またしても敵の一人に命中するも、空いた穴を別の歩兵が埋め、絶え間ない撃ち合いで後藤を釘付けにする。
「倉庫屋上に機関銃の存在を確認っ、階下には帝国兵多数――」
「杉田っ、一個分隊を左に展開だ。応戦して敵の動きを止めろっ。機関銃が設置された倉庫へは第1中隊が近い。優先して叩いてもらえっ」
後藤の指示に従い、分隊長の杉田を含む7名が左に流れ、死角に身を潜めながら即座に応戦する。エルドルフワンと20式の撃ち合いなら後者に分があるが、帝国兵は頭数を以て自衛隊の侵入を防いでいた。
第6師団の倉庫群攻略は、第22即応起動連隊が中央倉庫と丘の上の駐屯地を、第20及び第44普通科連隊が隣接する倉庫群の制圧を担っている。
とりわけ重要視するのは小高い丘の攻略であり、どれだけ早期に丘を奪取できるかが本地域戦の鍵だった。
「二時の方角に敵影を確認!」
「こちらに近づけるなっ」
「正面にも多数の帝国兵です! その後ろには装甲車も――」
「――っ」
しかし、数がものを言う帝国軍。目の前の敵を排除しようとも、直ぐに後続が駆け付け小隊の足を止める。
小隊は既に倉庫群の入り口に差し掛かりさらなる浸透を目指すところだが、以降は無造作に乱立する倉庫や物資が視界を妨げ、制圧速度を落としていた。
「敵車両は無反動砲で対処しろ! 爆発で敵兵が離散したところを一斉射撃――」
砲手が地に伏せ84mm無反動砲の狙いを定める。直後に装填手が背後より砲弾を装填。対戦車榴弾が発射されると、倉庫間を移動中の敵車に命中し車体から激しい火炎が上がった。
前世界では威力不足が否めなかったハチヨンことマルチランチャー砲だが、この世界の戦車や装甲車には極めて有効。車両の粉砕に成功する。
直後、後藤は一斉射撃を指示。各自が20式小銃、或いは5.56mm機関銃で応戦し、帝国兵との死闘を演じる。
「……」
身を屈め、引き金を引き、再び身を屈めては、銃を構え直す、その繰り返し。相手の銃弾が土を掠めて無数の砂埃が巻き起こり、それが風に乗って頬をなぞる。いつ身体に被弾するかもわからない状況下が息苦しさを加速させる。
「他隊の状況は!?」
「別ルートから突破予定の第1、第2中隊も倉庫群手前で足止めを食らっています。突破には至っていません!」
作戦開始から1時間以上は経過しているが、ここにきて戦況は均衡状態を保ち始めた。
これ以上足踏みする時間が長くなれば全体に悪影響を及ぼしかねない。
後藤は唇を噛み締める。
「――っ、隊長、式守と宮田がっ」
「佐伯、小隊右側面をフォローしてくれ! 高所からの銃撃には気を付けろ!」
「了解っ」
直後、後藤は小銃を片手に後退する。そして被弾報告のあった二人に駆け寄ると、再び銃を構えて後藤自身がフォローに入った。
その傍ら二人の様子を窺うが、式守は右腕から出血し顔を苦痛に歪めている。が、自前で手当てができている。
ただし、もう一人は肩口からの出血量が酷く後藤の呼び掛けにも応じなかった。
いくら最新鋭の武器を装備しているとはいっても、生身の丈夫さは帝国兵も自衛隊員も変わらない。
このまま均衡状態が続けば被害は拡大。数で劣る自衛隊が不利になるのは明らかだろう。
ここにきて後藤は決断を迫られる。
「式守、宮田と一緒に一次救護エリアまで下がれ」
「ですが……っ」
式守は小さく首を振る。必死の抵抗。その顔面は土埃で黒ずみ、奥に潜む瞳だけが揺れる。
「頼んだぞ。宮田を家族の下に返してくれ」
その一言に、式守はハッと我に返ると歯を食い縛る。そして同僚の胸元から彼が大事にしていた家族写真を抜き取ると地面に這いつくばり後退を始めた。
「――」
戦局は一進一退。けれど、これ以上の制圧遅延は許容できない。
後藤は式守の後退を支援しつつ、周囲の状況を垣間見る。直後に持ち場に戻ると佐伯を呼んだ。
「――突破口を開く。今から伝える言葉を中隊長に伝えてくれ」
「今度は何をしでかすつもりです!?」
「賭けに出るのさ。いつも通りな――」
想定以上に敵兵の数が多い。これじゃ、いつまでも丘に辿り着けない。
後藤はそう言うと、伝令内容を一息に言い放つ。
「本小隊正面路から倉庫群の突破可能。よって10分後に前線を押し上げる。突破前の集中火器支援を要請する、送れ――」
「今更火器支援ですか!?」
当初こそ、野戦特科が砲撃等を敢行していたが、地上部隊投入後は味方の誤爆を防ぐため遠距離火器支援は限定的なものに留めている。
後藤はそれを破ろうというのだ。
「これ以上の均衡状態は許容できない。敵防衛線の一角を崩せれば戦局が傾く。幸いどの隊も倉庫群には侵入していない。やるのならこのタイミングしかない。もう一度丘に続く道を焼け野原にしてくれと伝えてくれ」
「この距離では味方に危害が及ぶのでは!? 下手したらおれたちにも――」
「特科の腕を信じるさ」
「それで死んだら呪いますよ――っ」
口でそうは言うものの、佐伯は直ぐに無線員を呼ぶと内容を復唱する。
後藤の言葉が中隊本部に伝わり、波のように上に伝達される。
――多少の危険は覚悟の上だ。少しでいい。僅かでも敵の銃撃が止まれば……
依然銃弾飛び交う戦場の中で、後藤は自前の小銃を握り締める。
「本部より応答あり! 返答は了! これより3分後に火器支援が行われます――っ」
「よし、地に伏せて耳を塞げ! 間違っても頭なんて上げるなよ!?」
心の時計が秒針を刻む。やがて遠方から多数の砲撃音が聞こえ始め、空気の振動が身体を襲った。気が付けば眼前で爆発が発生し、多数の黒煙が空に舞い上がる。揺れる地面と鼓膜に響く爆音が魂を揺さぶる。
やがて砲撃は止み、周辺一帯は砂煙に覆われた。
「――小隊、前へ!」
後藤は叫び、自ら先陣を切って走り出す。
その一歩に呼応し、他員も続々と後ろに続く。
「三時の方角に敵兵複数! 応戦しますか!?」
「後続隊に任せて無視しろっ、おれたちはここを走り抜けるぞ――」
背後を振り返らず、脇目を振らず、ただひたすらに丘に向かって走り続ける。
足を前に踏み出す度に銃声音が耳に届くも、立ち止まる時間はない。
機関銃や迫撃砲が待ち構える敵陣地を突破する。それを意識するだけで身体中から汗が噴き出し、やがて冷たいものに変わる。
それが妙に気持ち悪かった。
丘まではあと少し――
後藤の煤くれた顔は、あくまでも丘の上を見据える。
次回「東大陸戦⑧」




