35 東大陸戦⑥
日本国東京都。都内某ホテル。
公国討伐を目論む帝国軍と日本国自衛隊が東大陸の地で衝突した。
この事実がアリサに伝えられたのは、午前9時を過ぎた頃だった。
「そんなっ!? 今なんて!?」
「東大陸アルミナ大公国領を侵攻中の帝国軍を阻止するべく、本日早朝に同大陸に防衛出動中の自衛隊が帝国軍と衝突。交戦を開始しました」
帝国軍と日本国の自衛隊が東大陸で全面衝突?
あまりに現実離れした話に、アリサの瞳が揺れ動く。
「エイセル島の件もありますので概要はご存知かと思いますが、日本国は友好国であるアルミナ大公国より軍事支援の要請を受けておりました。以降、国会にて支援の枠組みを議論しており、現政権下で開催された安全保障会議で帝国の東大陸侵攻を日本の存立危機事態と断定。同大陸への自衛隊派遣を決定しています。そして本日、帝国軍の公都侵攻を受け、自衛隊による武力介入が開始されました」
アリサは未だ事態を呑み込めず、驚愕の表情を浮かべる。そしてそれはエルマも同様だった。
アルミナが日本国に軍事支援を要請したことは前々から知っている。エイセル島でシャトラドール伯爵が語った内容であり、日本国の地を踏んで以降も、日本政府が公国支援に動く事実は報道などで耳にしていた。
けれど、自衛隊主導で帝国軍と直接的に交戦を図るなんて予想の範囲外。長谷川他、政府関係者からも一連の軍事行動の話は教えてもらっていない。
亡命を望んだとは言え、仮にも自分は敵国の姫である。教えてもらえないのは当然と言えば当然だが、こうしている間にも大陸圏を舞台に“四大国”と“外界国”が戦っている。
そんな有り得ない状況に目眩がしてしまう。
「……そ、それで!? 戦況はどうなのだ!?」
アリサが返答に窮する中、今度はエルマが問い掛ける。
「作戦は始まったばかり。有利不利を語るには時期尚早でしょう」
「それはそうだが、日本国にとっては国家の命運をかけた大戦だろう!?」
エルマは熱弁する。
そして、同時に窓の外に視線を移した。
街には多くの人が溢れ、変わらない日常を送っている。
帝国が戦争に明け暮れる中、帝都を行き交う人々にはどこか高揚感があった。
が、ここ東京にそんな様子はまるでない。
むしろテレビや新聞はアルミナ支援に傾倒する政府を批判する報道が多かった。その事実に困惑する。
「長谷川さん、お願いがあります」
アリサは長谷川を直視する。
「もう一度、大道総理の下へとは言いません。ですが、せめて戦況が逐一届く場所に連れていってもらえないでしょうか?」
彼女からの要望に対し、長谷川はコクリと頷くと
「アリサ殿下ならそう仰ると思っていました。市ヶ谷に情報連絡室が設置されています。そちらで構いませんか?」
アリサは強く首肯した。
東大陸アルミナ大公国領。帝国侵攻路中間地点。
敵駐屯地に空爆が敢行された事実を、第6師団隷下第22即応起動連隊の隊員たちは厳正に受け止めた。
いよいよ中間地点の攻略が始まる。
身構えない人間など誰もいなかった。
ただし、第3普通科中隊第1小銃小隊に所属する“後藤”はどこか凪の状態で作戦開始を待っていた。早朝に発生した野盗兵との死闘。あれを経験したのが大きかっただろうか……
後藤は小隊長として30名程度の隊員を率いて中間地点の攻略に当たる予定だ。より具体的に言えば、物資の中継を担う倉庫群と軍駐屯地の制圧である。
帝国軍は長い補給路上に複数の大規模倉庫群を設営している。後藤たちが目指す先もそのうちの一つであり、中間地点では最大規模を誇る倉庫群だった。
それらを制圧できれば帝国軍を南北に分断でき、補給物資も抑えることができる。戦略上の要。重要任務と言える。
ただし、道のりは困難を極める。
倉庫自体は平原に設けられているが、駐屯地は小高い丘の上に設置され、地上を一望できるようになっている。同じ場所には監視塔が設けられ、周りを鉄格子が。一定間隔で機関銃等の重火器も並べられ、簡易な要塞と化している。
想像以上の厄介さ。だからこそ、連隊長の吉原は地上部隊投入前に徹底した空爆の敢行と特科の砲撃を要請。これに応じる形で、戦闘機や陸自の野戦特科が集中的に打撃を与え、現状ほとんどの戦闘車両や重火器は使用不可能な状態に追い込んでいた。
後は物理的な制圧のみ……
「佐伯」
「はい?」
「帰ったらみんなで豪遊だ」
「変なフラグはやめてください。まぁ、いいですけど、そのときは隊長のおごりですよ?」
「多少は多めに出すさ」
その会話が引き金に、なったわけではないが、直後に作戦開始の指示が下される。
96式装輪装甲車が速度を上げ、敵が待ち構える倉庫群に接近する。遠くでは爆発音が絶え間なく続いている。倉庫群には激しい砂煙と黒煙が立ち昇り、地上部隊が突入する直前まで野戦特科が火力支援を続けていることが伺えた。
『――敵応戦の兆しあり、機関砲や迫撃砲に備えっ』
無線越しの声が神経を逆撫でる。
予定ポイントまでは後少し。上下左右に揺れる荷台で後藤はそのときを待った。
『……ポイント到ちゃーく、部隊前進――』
その言葉を契機に後藤が叫ぶ。
「後部扉開けっ」
すると、装甲車後部のランプドアが勢いよく開き、外の空気が逆流する。
最初に感じたのは鼻を突く臭い。その後に銃声音と砲撃音が鼓膜を突き破った。
既に敵陣地に空爆や砲撃を仕掛けているが、全てをカバーできるわけじゃない。帝国兵も生きるか死ぬかの瀬戸際だ。きっと抵抗は必死だろう。
「周囲警戒、前進開始っ」
後藤の号令を契機に狭い室内から一人、また一人と硝煙が立ち込める世界に飛び出す。後藤自身も鉄の床を蹴って土の地面を踏み締めると、車体の陰に身を隠し周囲の様子を伺った。
目の前には土嚢が積み上がった場所があり、駐屯兵が外堀に利用していた形跡が窺える。日本側の爆撃や砲撃によって多くが崩れているが、敵が隠れ潜んでいる可能性もあるだろう。後藤は手ぶりで前進を指示しつつ、死角に注意するよう促した。
背後からは続々と後続車両が到着し、部隊の頭数も揃ってきている。中には早速敵陣地に侵入しようとする部隊もあり、後藤たち第1小銃小隊も予定ルートからの突破を見据える。
「11時に多数の歩兵と迫撃砲の存在を確認――っ」
「迫撃砲小隊に支援要請。土嚢を隠れ蓑に利用し応戦せよ! 流れ弾には注意しろ! いくぞ――っ」
腰を屈めたまま地面を蹴る。まずは物資保管を担う倉庫エリアへ。そして丘の上の攻略へ。
爆撃、或いは砲撃によって命を落としたであろう帝国兵の屍を傍目に後藤たちは走り出す。
帝国軍の分断を狙った中間地点の攻防……
後に対帝国戦一番の激戦区と言われた戦闘が幕を開けた。
次回「東大陸戦⑦」




