33 東大陸戦④
東大陸アルミナ大公国領、公都に続く山林。
青年は目の前で繰り広げられる光景に唖然とするしかなかった。
目線の先には大空が広がっているが、空の美しさに感嘆しているわけではない。
アルミナの航空基地ベースゼーラとベースルネラに迫る帝国機が次々に撃墜されるまさかの事態に言葉を失っていた。
青年の名前は“キルム”と言い、帝国陸軍総司令部隷下の第8索敵隊に所属する青年兵である。
第8索敵隊はその名の通り、友軍の進行予定地に先回りし、敵部隊の索敵や脅威度判定の任務を受け持つ。
東大陸侵攻では、侵攻路周辺の情報収集に当たっているが、夢か現実か疑いたくなる状況を目の当たりにし、彼は激しく動揺した。
「……いったい何が起こってる!? あの戦闘機は何なんだ!?」
まるで化け物。
例えるなら、そう表現するしかない。
公都近郊に迫ろうとする帝国戦闘機は数多であり、圧倒的な物量に加えて帝国主力戦闘機“ジルクシルⅡ”の性能は四大国のどの主力戦闘機にも引けを取らない。
なのに、その帝国自慢の戦闘機が赤子のように撃墜され続け、空の支配者から引きずり落とされる。
偏に信じ難い光景だった。
しかも帝国機がある一定ラインを超えるとどこからともなく謎の飛翔物が飛来し、同機をいとも容易に撃ち落とす。
敵の攻撃なのは間違いないが、飛翔体に狙われれば最期、飢えた肉食獣の如くどこまでも追い回され肉体を木っ端微塵に切り裂かれる。
公都“アルマニ”は東大陸随一の大都市であり、政治と商業の中心地。それだけにアルミナ正規軍の守りも手厚く、多彩な防空機能が働くことは理解していた。
けれど、これほどとは誰が想像できるだろうか。
これではいつまで経っても公都周辺の制空権を奪えない。戦場の優位性を確保することができない。
今もなお、公都を目指して行軍中の陸軍前線部隊を鑑みてキルムの顔が青褪める。背中にはじっとりと嫌な汗が伝った。
――マズイ。早く前線部隊と司令部に現状を知らせないと……
そう考え、キルムは偵察ポイントから移動を始める。離れた場所には偵察用オートバイを隠してある。少し危険だが、それに乗って一気に街道を北上し、味方の前線部隊と合流する算段を想い描いた。
この戦争は何かがおかしい。
その事実を伝えるために――
「――ッ」
しかし、途中で右足に激痛を覚え、前のめりに転倒する。即座に右太ももを確認するが、激痛箇所には既に赤い血が広がっていた。
キルムは目を見開き、痛みに堪えて立ち上がると充血した目で周囲を窺った。
瞬間、何かが茂みの中より出現。キルムは咄嗟に拳銃を抜くも、瞬時に背後を取られ腕で首を締められた。
「……くっ……そ……」
相手の手には鋭利な刃物が握られており、切っ先を首に突き付けられるとそのまま横に引き裂かれる。
首元が濡れる感覚がした途端、視界が暗転し身体の感覚が薄れる。
――リーゼル……この戦争は変だ……何かがおかしい……だから……っ
「……にげ……ろ…………」
身体が地面に倒れる瞬間、彼の意識は完全に途切れた。
風の音が森を包み、木々がざわめき、枝葉が落ちる。
いつしかキルムの下には複数の影が近づき、うち一人が帝国兵の亡骸に向かって手を合わせた。
「一人か?」
「ええ。単独班と二人班を交互に配置しているようです。それがこの部隊のやり方なのでしょう」
なるほど、と頷くのは第5旅団隷下第5偵察隊の“本庄”だった。
第5旅団は帝国陸軍前線部隊と対峙する第7師団の後方支援を担当するが、第5偵察隊は公都周辺に潜む帝国偵察兵の排除を受け持っていた。
同業者には同業者を――
それが司令部の出した答えである。
「……若いな。まだ成人もしていないかもしれん」
若い軍人が多い。それが本庄の印象だった。
「陸軍学校を経てすぐに東大陸に配属される兵士も少なくないとか。特に東大陸平定は帝国による世界統一の第一歩と見る者も多く、聖戦と見なして自ら参加を申し出る者も多いようです」
「戦争に“聖”の字は似合わんな。どんなに言葉を取り繕ろうと、人の命を奪うものに変わりはない……」
きっとこの戦争は荒れることになるだろう。
そう発言し、本庄は再び任務に戻った。
東大陸北西部、帝国軍司令部野営地“エルゲス丘陵”。
上陸地点に設置された司令部では、最高司令官“ポールドマン”が開戦の報を今か今かと待ちわびていた。
計画では既に公都周辺基地に空爆を敢行している時間である。徹底的な空爆で敵防空能力を無力化し、陸軍地上部隊が満を持して公都の中央街になだれ込む。帝国の御旗を大公家屋敷に突き立てるのは最早時間の問題だ。
ポールドマンは浮き立つ気持ちを押さえ、高級ブランデーと共に前線からの報告を待った。
「ポールドマン司令、前線より第一報が――」
「来たかっ」
「報告によれば、本日早朝、第1戦闘隊が公都東西に隣接する航空基地を爆撃すべく全機出撃したとのこと――」
報告の途中ながら司令部がざわめく。
歓声に似た声は喜色を孕む。
「そうかそうか。して結果は?」
「そ、それが、第1戦闘隊は爆撃前に敵機に阻まれた模様でして――」
「何?」
しかし、直後に沈黙が生まれた。
第1戦闘隊が敵に阻まれた。聞きたかった報告とは真逆の内容に、ポールドマンの表情が険しくなる。
瞬間、参謀バルバレッドがその場の雰囲気を取り繕った。
「さすがはアルミナの公都だ。一筋縄ではいかないようですね。しかしながら奴らの抵抗も時間の問題でしょう。既に第二陣、第三陣が飛び立っているはずです。後陣にも相応の部隊が控えておりますれば万が一にも失敗する布陣ではございません」
「ふっ、確かにな」
ポールドマンは再び柔和な表情に戻ると椅子にどっしりと構える。
願いは、机の端に置くブランデーが勝利の美酒となること、それ一つである。
東大陸アルミナ大公国領、公都アルマニ。
「屯田司令、ベースゼーラの第1高射特科団より報告が。基地及び公都西側に迫る帝国機を全て排除したとのことです」
「ルネラ側はどうだ?」
「第2高射特科団が未だ戦闘機群と交戦中です。が、第一防衛線の突破は許しておらず、直に戦闘行動が集結する見込みです」
公都近郊に迫る戦闘機群の排除は、航空自衛隊に加え、陸上自衛隊の特科が受け持っていた。空自の戦闘機が帝国機に打撃を与え、そこから漏れ出た機体を陸自の特科が叩く、謂わば二段構えの対応である。
役割としては、西側空域を北部方面隊第1高射特科団が、東側空域を西部方面隊第2高射特科団が担当。各団はそれぞれ高射中隊単位で帝国機の撃墜に尽力しており、警戒線に侵入すれば即座に03式中距離地対空誘導弾による攻撃を敢行、一機の突破も許すことなく現在に至っている。
なお、陸海空を束ねる現地司令部は公都の一角に設置しており、各地の情報集約に奔走していた。
「陸自各部隊の状況は?」
「一部で小規模な戦闘があったものの全部隊が配置に付いています。いつでも作戦行動が可能です」
「そうか……」
現地司令部に常駐する司令官“屯田”は一考する。
東大陸に渡って以降、短い時間ながら慎重に準備を重ねてきた。アルミナ正規軍の支援を受け準備は滞りなく進み、いつでも日本側から攻勢を仕掛けられる状況にある。
なら、この機会を逃す手はないだろう。
屯田は表情を引き締めると、司令部の幕僚たちに厳命する。
「現時刻を以て日本から仕掛ける。まずは遠距離ミサイルにより敵情報網を遮断。その後は状況を見て次の作戦フェーズに移行する。これは演習ではない。が、各員が普段通りの力を発揮すれば困難はない。全ての責任は私が取る。心してかかれっ」
「はっ!」
屯田の指示に、幕僚が散開。
その背中を屯田が見送る。
陸上自衛隊は日本国内に15の師団又は旅団を編成している。転移後は編成を見直す動きもあったが、政治の混乱が尾を引き、今も前世界の編成が引き継がれていた。そのような中、東大陸に渡った部隊は全部で7部隊である。
北部方面隊より第2師団、第5旅団、第7師団が、東北方面隊より第6師団が、東部方面隊より第12師団、そして中部方面隊より第13旅団と第14旅団が対帝国戦に参戦。
多くが機動師団や機動旅団に位置付けられる部隊であり、そのうち公都に迫る帝国軍前線部隊には第7師団と第5旅団が、大本営を守護する帝国軍後衛部隊には第2師団と第12旅団が、途中の補給路分断には第6師団と第14旅団が当てられ、遊撃部隊として第13旅団が全体支援を行う構図となった。当然、陸上総隊や方面隊直轄部隊もこれに参戦する。
特筆すべきは新たな部隊編成や混成部隊を極力設けなかった点だ。第7師団の一部車両を第2師団に割り当てるなどの最低限の調整は行っているが、部隊練度を重視し、短期決戦の特性上柔軟な対応が必要との判断から既存部隊の編成を最重要視した。
間延びした帝国軍の横っ腹に第6師団をぶつけて敵軍を分断。その後、第7師団を敵前衛部隊に、第2師団を敵後衛部隊にぶち当てる。
相応の被害が生じるのは覚悟の上。
屯田は慌ただしい司令部を横目に、公都の前に広がる大地を見つめた。
次回「東大陸戦⑤」




