32 東大陸戦③
東大陸アルミナ大公国領、公都に続く平原地帯。
帝国戦闘機が颯爽と東大陸の空を飛翔する光景を、公都侵攻の最前線に立つ青年たちは目を輝かせながら見つめていた。
「ひぇ~なんて数だ!? アルミナ兵には同情するぜ。今頃泣いてるに違いねぇ!」
「そう言ってやるな。かつては栄華を極めた大国だ。相手にとって不足はない。まぁ、今の帝国の敵ではないけどな」
帝国陸軍最新鋭戦車“ボスヘニツ”に搭乗するリーゼルは、空を駆け抜ける戦闘機群に歓喜するトーマスに釘を刺す反面、自分自身も満面の笑みを浮かべた。
戦闘機が向かう先は公都、ではなく、公都近郊の航空施設である。
アルミナ大公国の公都アルマニには二つの防波堤が存在すると言われており、それが東西に建設された航空基地、西基地“ベースゼーラ”と東基地“ベースルネラ”だった。
空軍の役割は公都を守護する両壁を無力化し、公都周辺の制空権を奪取することにある。その後、陸軍が大手を振って公都になだれ込むというのが一連の侵攻計画だった。
当初の予定では空軍の空襲後に陸軍が攻め込む予定だったが、直前になって変更されている。
公都への初撃は陸軍の手で――
リーゼルたち陸軍兵にとっては願ってもない変更だった。
「このまま進めば昼過ぎには公都だ。トーマス、レッセル、帝国覇道への第一歩だ! 東大陸を手中に収めるぞ!」
「そうだな」
「帝国は最強なりぃ!」
そう言って、三人の若者は前を向く。
彼らは帝国の勝利を信じ、公都に続く平原を悠々と前進する。
公都近郊の航空施設、西基地“ベースゼーラ”。
建物の屋上で日の丸の旗が風になびく。その下では航空自衛隊の戦闘機“F-15J”が滑走路上を移動していた。
日が昇り始めて間もないが、本飛行場からは既に多くの友軍機が飛び立っている。そんな味方機に後れを取らないよう、第6航空団第303飛行隊の“周防”は早々に機内に乗り込んだ。
点火スイッチを弾き、サイドコンソールのスロットルを押し上げた後、左側面に設置された制御スイッチ類を器用に操作する。すると機体は大きな唸り声を上げて、やがて安定した息を吐き始めた。
「各種電子系統正常、通信状況良好、視界クリア……離陸する――」
長滑走路に進入し速度を上げる。直後にアフターバーナーを点火し、重力に逆らい重機体が軽やかに宙を舞う。
そうして周防機は予定ポイントを目指して一直線に飛び立った。
「飛行状態良好。周辺空域にも異常なし――」
緊張がないと言えば嘘になる。度重なる訓練を受けてはいるが、別種の緊張感が身体全体を包む。
目の前に広がるのは殺戮の舞台に他ならない。緊張しない方が無理な話だろう。
303飛行隊24機に与えられた任務は制空権の確保だった。
迫りくる敵戦闘機を排除し、公都近郊から帝国侵攻路に至る空域の主導権を奪取、或いは死守する。その後は別飛行隊が侵攻路上の航空施設等の爆撃を敢行する予定であり、作戦計画を左右する重要任務を周防たちが担っていた。
『――マルベリーワンより各機へ。一部の帝国機が公都に舵を切った。我々の役目は接近する敵機を排除し公都への被害を未然に阻止することだ。並びに周辺一帯の制空権を確保する。各機の奮闘に期待する』
飛行隊リーダー“桑名”が無線越しに激励を飛ばす。
このまま進めば数分後には接触するだろう。
周防の掌に汗が滲む。
『……心配するな。実戦だからって必要以上に緊張する必要はないさ。訓練の成果は裏切らない。最後まで自分を信じることだ』
「……もしかして緊張を解こうとしてます?」
『おまえの息遣いがひしひしと伝わってくるからな。まぁ、制空権確保の任務に付くのはおれたちだけじゃない。例え敵機を撃ち漏らしても背後には陸自の特科団も控えてるんだ。何も問題はないさ』
先輩“遊佐”が言う通り、公都を含めた一帯は、北部方面隊隷下の第1高射特科団や西部方面隊隷下の第2高射特科団が待ち構えるなど万全の体制を敷いている。
帝国軍がどれだけ戦闘機の頭数を揃えようと、弾が尽きない限り防空領域内への侵入を許すことはない。前世界で極限にまで高められた防空技術を掻い潜る術は、この世界にはないのだから――
「ありがとうございます。少し緊張が解けた気がします」
周防は遊佐にお礼を述べる。遊佐は照れくささを隠すようにおどけるも、直後に低い声を発した。
『……周防、左前方だ』
遊佐に促され、周防は最初に電子表示端末を確認、次いで肉眼で対象を追う。すると、青キャンバスに針で穴を空けたような黒点が見えた。
ディスプレイ上では既に対象を確認していたが、遊佐に教えてもらわなければ肉眼での視認はもっと遅れていただろう。実戦経験のない周防にとって、頼れる先輩の存在は大きい。
刹那、周防は呼吸を整えると目の色を変えた。
『日頃の癖で警告なんて出すなよ?』
「まさか」
直後、飛行隊リーダーより攻撃命令が下される。
周防は複数のスイッチを手早く操作、短い警報音が鳴り響いた直後に操縦桿上部のトリガースイッチを指で引く。
するとF-15Jの主翼下より、短距離空対空ミサイル“04式空対空誘導弾”が切り離され、白煙を吹き出しながら目標に向かっていく。赤外線により目標を識別し追尾する誘導ミサイルが、眼前の帝国機に喰らい付いた。
帝国空軍第1戦闘隊。
帝国主力戦闘機“ジルクシルⅡ”に搭乗する“キャベル”は気分よく大空を滑空していた。
目指すはアルミナ大公国の中心地、華の都アルマニである。直前に変更された侵攻計画では、空軍は公都に手を出さない予定だったが、隊長ザレムが突然方向転換を宣言。一路、アルミナの中枢に向かっていた。
「良かったんですか? 後でどやされますよ?」
「馬鹿言えっ、直前の計画変更なんざ聞いてられるか。しかも陸軍に華を持たせろだ? クソくらいだぜ」
「ヘへッ、そりゃそうだ」
キャベルは声を上げて笑い、意気揚々と操縦桿を操る。
第1戦闘隊の機体数は62を誇り、それが雪崩を打って公都に押し寄せる。いくら防空機能が手厚い公都でも陥落は時間の問題だろう。
誰もがそう思っていた。
「……!? 隊長っ、前方に飛行体を視認!」
「アルミナ機だな。いよいよ戦闘だ。各機戦闘態勢に――」
「――なっ、何かが高速で接近してきます!」
部下の叫びが鼓膜を震わせる。それが途切れるのと同時にザレム機の背後で爆発が発生し、赤々とした火炎が青空に描かれる。
息つく暇もない、それは一瞬の出来事だった。
「い、今のは何だ!?」
ザレムの怒声が無線を通して拡散される。即座に操縦桿を握る手に力を込めるが、瞬間、敵機と思しき機体がジルクシルⅡの頭上を掠めていった。
機体後方から白煙を噴射して上昇する謎の機体。その姿は天に昇る龍を思わせる。
「いったいあの機体は何です!?」
「俺が知るかっ」
視線の先でUターンし、第1戦闘隊に再び接近する敵航空機編隊。
呆気に取られる隊員たちだが、見惚れてばかりもいられない。
「と、とにかく撃ち落とせ! この空で死にたくなければあれを排除しろっ」
ザレムの指示を契機に友軍機が散らばる。操縦桿を左右に倒す者、上昇や降下に転じる者と動きは不揃いだが、その心意は敵機から距離を取りたい一心だった。
けれど、敵機が放つ小飛翔体に補足されれば最期、瞬く間に距離を詰められ機体を木っ端微塵に切り裂かれる。レシプロエンジンをどんなに吹かそうと小飛翔体を躱すこと叶わず、まるであざ笑うかのように息の根を止めてくる。
気が付けば、大空には多数の黒煙が飛散し、それに比例して第1戦闘隊の機体数が減っていた。
「いったい何なんだ!? あんな化け物がいるなんて聞いてないぞ――っ」
ザレムは叫び続ける。
空の戦闘なら誰にも負けない。その自負が彼をここまで導いてきた。
なのに――
「クソッ、こんなところで死んでたまるかぁぁぁ」
一心不乱に機銃を撃ちまくる。が、弾が命中することはなく、敵機との距離は開く一方で追随することすらままならない。
「有り得ない。あんな速度をどうやって………」
隊長に登り詰めた男の悲痛な叫び。いつしかザレム機の背後にも小飛翔体が迫り、直後には空に火炎が広がった。
「来るな、来るな、来るな、俺は死ねないっ、こんなところで死んでたまるかっ」
一方、キャベルは激しく揺れる機体の中で歯を食い縛っていた。
隊長ザレムは応戦を指示したが、編隊が崩れる瞬間、混乱に乗じて逃亡を選択した。戦場なんて生き残ってなんぼ。命令に背くことに罪悪感なんてない。
「どっかいけっ、追い掛けてくるんじゃねぇ!」
キャベルはそう叫ぶも、高度を下げ戦場を離脱した矢先、敵の一機に目を付けられる。
刹那、操縦桿を前に倒し、山間に突っ込む勢いで極限にまで高度を下げる。メーターは振り切れ機体が激しく振動、レシプロエンジンの唸りは最高潮に達し、今まで聞いたこともない異常音を振り撒いた。
けれど、やがて敵機は小飛翔体を切り離した。全身を取り巻く悪寒。キャベルは焦燥に駆られ、高度をさらに落として木々の間をすり抜け始める。枝の一本にでも触れれば墜落は確実だが、背後から迫る恐怖に比べれば激突の怖さなんてなかった。
「俺を舐めるなぁぁぁぁぁ」
恐怖を掻き消すために雄叫びを上げる。
もう機体が持たない。
そう思った刹那、彼は操縦桿を力一杯右手前に引くと、右足のペダルをベタ踏みする。
するとジルクシルⅡは急速に失速、機体が右に傾き紙のようにヒラリと旋回する。
直後、飛翔体は機体の数センチ横をすり抜け、その先に自生する木々の手前で爆発した。
「――……切り抜けた……のか…………」
口の中は乾ききり、大量の脂汗が額に浮かぶ。なぜ生きているのかと思える程に生の実感がない。
エンジンからは悲鳴が上がり、至るところから煙が立ち昇っている。継続飛行は不可能。現状飛んでいるだけでも奇跡に近かった。
キャベルは荒い息と共に周囲を見渡す。どこかに不時着したいが、山岳地帯に迷い込んだか、周囲は森ばかりで開けた場所が見つからない。パラシュートで脱出するのも手だが、山の中を彷徨う体力が残っているとも思えず、彼は絶望の淵に立たされる。
さらにタイミング悪く、傷心した心をへし折ろうと再び敵戦闘機が姿を現した。
きっと先程の小飛翔体を放った機体だろう。
彼はガクリと肩を落とす。
ただ、敵機はなぜか攻撃する素振りを見せず、キャベル機の背後から接近すると追い抜く瞬間、パイロットが手ぶりで東の方角を示していることに気が付いた。
――まさか、付いてこいって言ってるのか……?
敵パイロットの驚きの意思表示。キャベルは屈辱を感じるも、他に選択肢はなく指示に従うことにする。
やがて山の狭間に小さな滑走路が見え始め、キャベルはボロボロの機体を何とか着陸させることに成功する。
着陸直後、隣接の建物からアルミナ兵が続々と登場し機体を取り囲むが、中にはアルミナ兵とは異なる軍服を着た軍人も混じっていた。
キャベルは風防を足で蹴破り、ふらつく足で機体を降り両手を上げる。
そのすぐ後に敵機も同滑走路上に着陸し、数十メートル離れた位置で機体動作を停止させた。
彼は居ても経ってもいられず、アルミナ兵に押え付けられながらも、目の前の戦闘機に向かって叫ぶ。
「おいっ、その機体は何だ!? アルミナのものじゃねえだろ!? いったいどこで手に入れた!? 答えろクソ野郎!」
プロペラもなければ、翼の形も歪。帝国のレシプロ戦闘機とは設計思想がまるで異なる。
それでも目の前の機体は空を飛び、有り得ない速度で戦場を駆け抜けた。
空に舞い上がる姿は美しく、思わず見惚れてしまう程に――
しばらくして、敵戦闘機のコックピットが開くと、中からパイロットが姿を現した。
「……ものすごい腕してますねっ、まさかAAM-5の追尾を交わすなんて思いませんでしたよっ」
そう言って、周防は機体上でヘルメットを脱ぎ左腕に抱えたまま頭を左右に振った。
ショートカットの髪がふわりと揺れる。
「おっ、おんな!? 戦闘機に女だと!?」
風に揺れる黒い髪に、柔和な表情と可憐な立ち姿……
瞬間、キャベルは固いコンクリートの上に膝から崩れ落ちる。
――そんな馬鹿な……お、俺は、女に敗けたっていうのか……?
機体性能以上の衝撃。敵パイロットの性別を認識したとき、彼の中で何かが崩れた。
次回「東大陸戦④」




