31 東大陸戦②
大街道から外れた山間に40人程が暮らす集落が存在していた。
村の名はギシャ村であり、かつての公国内乱時、若者を従軍から匿うために簡易的に設けられた村落である。
本来、内乱集結時に廃村となるはずだったが、その後すぐに始まった帝国侵攻によって村は存続の方針を取った。
住人の約7割は若人であり、互いが互いを支えながら日々の暮らしを営む平和な村である。
けれど、今、村の中には銃声と悲鳴が鳴り響いていた。
村の転機はまさに今日、一部の帝国兵に見つかり襲われたのである。
長引く戦争で精神を疲弊する帝国軍人も少なくない。中には野盗化し、現地の女や子供を殺す狂人まで現れるのは凄惨なる戦争の業か。この村の不運は、そんな野盗化集団に目を付けられた点にあった。
「チッ、金目のものはなしか。チンケな村だぜ。まぁ、若い女がいるだけでも儲けもんか」
「どうします? 女は連れ帰るとして、他は殺しますか?」
村人を前にしているにも関わらず、物騒な会話をする男が二人……
左腕の腕章には帝国陸軍の紋章が入っており、軍の通常装備品、ボルトアクション式小銃“エルドルフワン”を肩からぶら下げた様はまさに帝国軍人に他ならない。
小銃と言っても、銃身長七十センチはあろう重銃の存在が、軍人としての威圧感を醸し出している。
彼らがギシャ村を襲ったのは今から約1時間前のこと。
複数人が突然姿を現し、何の前触れもなく村人に暴行を加えたのだ。
抵抗を試みた村人は殺され、一部は村中央の木造屋の前に集められた。
今は村人を地面に跪かせ、10人程が見張りに付いている。残りの10人は逃げた村人を追っており、まるで狩りをするかのようにエルドルフワンの銃声音を楽しんでいた。
「……お、お助けくださいっ、お金なら全て渡しますから、どうか命だけは――」
「あ? おっさん、誰が口を開けろって言った? 勝手な真似すんじゃねえよ。地面にデコを付けろって、おれ言ったよなぁ?」
「ひぃいい!! どうか! どうか!」
小隊リーダーと思われる帝国兵が小銃を構えると村人の頭に銃口を突き付ける。
村人は身体を震わせ、直ぐに地べたに顔を叩き付けた。
「――それでいい。お前らが生きるか死ぬかは俺たちが決めんだよ」
「バリックさん、やっちゃいましょうよ。東大陸に渡ってから来る日も来る日も監視と物資の運搬。アルミナの肝っ玉がちっさいせいで最近は戦闘にもなりゃしねえ。鬱憤が溜まって仕方ねえんすよ」
「まぁ、待てビルム。他の連中が戻ってからでも遅くはねぇ。先に始めちまうと他の連中が文句を言うからな。それに、後で酒と女を抱きながら村の連中を順番に殺すのも余興としては悪くねぇだろ」
「ハハッ、そりゃいいっすね!」
人の道から外れた行為を想像し、二人はゲラゲラと笑う。
帝国人以外は人ではない。
彼らの認識などその程度だった。
「……ん?」
けれど、途中で何かを感じ取ったのか、バリックと呼ばれたリーダー格が周囲を気にする。
「どうしました?」
「変な音が聞こえなかったか? 銃声音みたいなよ」
「そりゃ、うちの連中が逃げた村の奴らを追ってますからね」
「にしちゃ違和感があったが……」
バリックは右手に銃身を持つと、トントンと銃床で地面を叩く。
対してビルムは「気のせいじゃないっすか?」とおどけようとするが、直後に再び銃声音を耳にし身体を硬直させた。
一発二発どころの話じゃない。これは明らかに銃撃戦の音だ。
「何だ!? 村の奴ら、隠してた武器で反撃でもしてきやがったか!?」
「違うな」
村を襲撃した際、反抗的な村人は始末した。残りの尻尾を巻いて逃げるような奴らが今更武器を取って対抗してくるとは考えづらい。
だとしたら何だ?
残る可能性を考え、バリックはあからさまに舌打ちをする。
「――ッ……まさかアルミナ兵か? なら厄介だ」
「どうしてアルミナ兵が? 真っ先にここら一帯から逃げ出したくせに」
「さあな。俺たちの行動を看破して村の奴らを助けに来たとも思えねぇが……」
戦局が帝国有利に進む今、今更こんな小村を救うメリットはない。
だが、アルミナ兵以外とも考えられず、
「誰か様子を見に行けッ、もしアルミナ兵なら村人を追ってる連中を連れ戻して来い。相手の数によっちゃ退却して上に報告するぞ」
彼はそう指示すると、2名が持ち場を離れて霧の中に消えていく。そうして木造屋には8人が残った。
「あれ? もう銃声止みましたね。やっぱり一時的な村人の抵抗なんじゃ?」
「……ああ、そうかもしれ――ッ……伏せろッ」
瞬間、バリックが怒声を上げる。
何かに感づいた、そう表現した方がいいだろう。けれど、指示に従ったのはビルムのみ。その当人もバリックが頭を持って強引に地面に押し付けたことで反応できたに過ぎなかった。
刹那、見張り役3名が身体に銃弾を受け瞬く間に卒倒する。残り3名が反撃を試みようと小銃を構えるも、直後に彼らも被弾した。
「バリックさん!?」
「いいから中に逃げ込め!」
対照的に、バリックは応戦を諦め一目散に木造屋との距離を詰める。扉を蹴破り、彼らは建物内に身を隠した。
「――ッ……二人逃したか。まったくいい勘してるぜ」
「隊長」
「ああ、まずは村人の救出だ」
その男“後藤”率いる特別小隊は、建物内に逃げ込んだ二人を警戒しつつ、木造屋の前で人質となる村人を解放しようと走り出した。
逃げた村人を追う野盗グループを最初に叩くことで残りのグループの注意を引き、可能な限り人質に張り付く見張りの数を減らした。後はタイミングを見計らい、一斉射撃で野盗兵を排除する。それが後藤の計画だった。
幸い、村人は少し離れた場所で低頭姿勢を維持している。リスクはないとは言えないが、発砲に支障はないと判断しての行動だった。
後藤は扱い慣れた“20式5.56mm小銃”を握り締める。かつての世界で89式小銃の後継として開発されたアサルトライフル。近距離想定の拳銃でも、遠距離想定のライフルでもない、戦後生まれの万能の銃種こそが後藤たちの基本装備である。その威力と精度、そして扱いやすさは折り紙付き。今も帝国兵6人を排し、村人の解放まで漕ぎ付けたのは近代兵器の力と言える。
「佐伯っ、逃げた二人は!?」
「建物内で膠着! 動きはありません!」
「なら直ぐに建物を包囲。その後こちらから――」
村人の下に辿り着いた矢先、後藤は次の指示を発するが、状況は待ってはくれない。
バタン、と木造屋後ろの扉の音が聞こえたかと思えば、逃げた帝国兵が早々に動き出す。建物内に籠り応戦するかとも思ったが、包囲を恐れて逃亡を図ったのだろう。
決断が異様に早い。
これが経験豊富な帝国兵……
後藤は相手が百戦錬磨の強者であることを改めて理解する。
そして彼もまた同じように走り出した。
「クソがッ!」
木造屋に飛び込んだ直後、バリックはあからさまに悪態を付いた。
ついさっきまで狩る側の立場にいたはずが、今や狩られる側の立場に変わっている。
――敵は何者だ? とんだ失態だぜ。とにかくここをどう切り抜ける?
バリックは重銃を握る手に力を込めると思考を加速させる。
「ビルムっ」
「はっ、はい!?」
「村から撤退するぞ」
「も、もし敵に囲まれていたら?」
「そうなる前に逃げ出すんだよ。安心しろ。おれが囮になってやる。お前は裏手から一直線に街道に走れ。そんで部隊に戻ってこの村のことを報告しろ」
「バリックさん……」
「いいってことよ。いいか、3・2・1でいくぞ。用意しろ」
「はっ、はい!」
ビルムは言われるがまま一目散に裏手に向かう。
一方のバリックは異なる方向に移動すると配置に付いた。
「いいか!? いくぞ! 3、2、1、走れ――っ」
バタンと裏手扉が開かれ、ビルムが一気に外に飛び出す。
けれど、バリックは動こうとせず瞬間的に息を潜めた。
「――悪いな。おれはまだ捕まる気も、殺される気もねぇ」
自分自身が囮になると担架を切ったのは真っ赤な嘘。彼は建物内に留まり、ビルムを囮役に仕立て上げる。やがて複数の銃声音が裏手から聞こえると、瞬間、待ってましたと言わんばかりに目の前の板壁を蹴り破って外に飛び出した。
木造屋に逃げ込んでから、時間はものの1分も経っていない。相手の包囲が完成する前に仕掛けると同時に、囮役を設けることで己が逃げやすい状況をつくってみせた。
騙し合いは俺の勝ち。
バリックは一連の賭けに自信を持っていた。だが――
「――ッ」
外に飛び出た瞬間、何か、いや、誰かとぶつかった。彼は地面に倒れ込むも、洗練された動きで直ぐに起き上がり、左手に持っていたエルドルフワンを構える。
当の相手はまだ起き上がれていない。アルミナ兵かと思ったが、見たこともない軍服を着ていた。
貰った。
バリックはそう確信するも、直後に横っ腹に衝撃が走る。
「――ゴホッ」
何者かに腹にタックルされ、衝撃で小銃を手放し背中から倒れる。
「佐伯っ、寝てる暇はないぞ! 起きろ!」
「クソッ、何だてめぇは!?」
バリックは倒れながらも、腰に下げた拳銃を引き抜こうとするが、相手もバリックの手首を掴み、銃を持つ手を自由にさせない。
力は互角。土の上での取っ組み合いが続き、バリックは苛立ち左膝で相手の胴体を蹴り上げた。一瞬男は顔を歪ませるが、簡単には怯まない。
次第にもたつく時間が長くなり焦りが募る。刹那、彼は拳銃を諦め、腰刺から逆手でナイフを引き抜くと男の背中目がけて振り下ろそうとした。
「死ねぇオラ」
勝負あり。
再びそう確信するも、取っ組み合う男の肩越しにもう一人が視界に映る。
最初にぶつかった男、名前は確かサエキと呼ばれていただろうか。いつの間にか拳銃を構えており、直後にパンと短い音が鳴り響いた。
左腕に激痛が走る。刹那、相手は間髪入れずに再び引き金を引くと、弾はバリックの首元を貫通し、赤い飛沫が周囲に飛び散った。
バリックは瞬く間に体勢を崩して地面に倒れ込んだ。
「――……ゲホッ……くそ……っ」
足や腕に力が入らず、視界が霞む。息も荒く、意識が遠のく。
そんな中、泥仕合を演じていた男の顔が視界の端に映った。
「……おまえぇ……裏手から逃げた奴を追うにしちゃぁ……えらく遠回りするじゃねぇか…………」
得体の知れない相手に、バリックはそう言った。
「……悪いが、あんたと同じでおれも性格が悪いみたいだ。同じ状況を想定したとき、もしかしたらと思った。さすがに壁を突き破って逃げ出すとは思わなかったが……」
男の言葉に、バリックは悔しそうな表情を滲ませる。
「……おまえら……アルミナ兵じゃ……ねぇな…………」
まるで身体に溜まった空気が抜けるような息遣い。瞳に力はなく、赤い鮮血が地面に滴り続ける。
「おれたちは日本国の自衛隊だ。アルミナの要請を受けこの地に立っている。エイセル島の件もあったと思うが、上から聞いていないのか?」
そう語り掛けるが、虚ろな目が返事をすることはなかった。
後藤は名前も知らない帝国兵に手をかざし、彼の瞼をゆっくりと下ろす。
直後、別班の一人が後藤の下に駆け寄る。
「第二班より報告、村人を追っていた帝国兵10名は既に制圧完了。この場から離れた2名も拘束済みです」
「班の損害は?」
「負傷者2名。いずれも軽傷です」
「彼らが自隊と連絡を取った可能性はあるか?」
「無線機類は持ち歩いておらず、こちら側の情報を流された可能性は低いと思われます」
「作戦開始が近い。至急村人の保護に当たってくれ」
「了解」
意図せず始まった山間での前哨戦。それを終えてもなお後藤は厳しい顔付きのままだった。
次回「東大陸戦③」




