30 東大陸戦①
日本国東京都、首相官邸危機管理センター。
夜明け前、東大陸の対帝国戦を統括する統合作戦司令室の扉が開くと、内閣総理大臣“大道”が姿を現した。司令室メンバーは立ち上がって大道に会釈、その後は何事もなかったように持ち場に戻る。
室内は緊迫した雰囲気だが、総理大臣の登場によって場の空気が一層張り詰めた。
「帝国に動きは?」
「既に小規模な部隊移動が確認されています。日の出と同時に公都奪取を目的とする大規模侵攻を始めるものと思われます」
「美濃部君、こちらの準備は整っているね?」
「はっ、アルミナ協力の下、陸海空の全ての部隊が所定の配置に付いております」
大道の問いに、統合幕僚長“美濃部”が端的に回答する。
その声は淡々としたものだが、どこか自信を感じさせるものだった。
「エイセル島はどうかね?」
「帝国の複数の軍港より数十隻に及ぶ艦隊が出撃したとの報告を受けています。おそらくは公都侵攻と合わせて島の再奪還を見据えているものと」
「島の防衛は問題ないと見ていいのだな?」
「エイセル島奪還以降、島の戦力増強は完了しています。周辺域には既に何重にも渡って広域的な警戒網を設定しており、防衛体制は万全です。万が一にも破られる心配はありません」
「……わかった。後は帝国の動きを待つだけか――」
大道は用意された椅子に腰掛ける。
防衛省の統合作戦本部が提唱し、内閣府広域作戦統括本部を含む政府側が了承した東大陸北方における対帝国戦。
その内容は至ってシンプルだった。
短期決戦による早期決着――
これが、日本側の描くシナリオである。
公都に迫る敵部隊を各個撃破する方法は堅実だが必要以上に時間を要する。敵に時間的猶予を与えれば帝国本土からの増援や第三国の予期せぬ干渉など、状況が悪化することも懸念されるだろう。戦いが長引けば長引くほど物量に身を任せた総力戦となる恐れもある。
よって、本作戦では東大陸に渡った帝国軍部隊を同時進行的に叩き、短期的に東大陸の主導権を奪還する方針が取られた。
加えて本方針を推し進めるに当たり、日本側が着目したのが南北に間延びする補給線である。帝国は当初から“二方面作戦”を採用し、侵攻部隊を“公都制圧部隊”と“北方制圧部隊”とに分けているが、公都制圧部隊が快進撃を見せる一方、北方制圧部隊の動きは鈍化し、それによって補給線は細く長く伸びた状態となっている。
敵の側面から打撃を与えて帝国軍を補給路ごと分断。公都侵攻を担う前線部隊と上陸地点に布陣する司令部との連携を遮断した上で両者を急襲。早期決着を図るという計画である。
それに伴う作戦フェーズは5つ。①敵通信網・通信拠点の破壊、②航空戦力の排除、③補給路の分断と敵主要部隊への打撃、④大陸間海路の制海権奪取、⑤情報戦への移行、を想定。とりわけ敵航空戦力の排除は状況に応じるものとした。
そして、統合幕僚長“美濃部”の言う通り、日本はアルミナの全面協力の下で部隊展開が既に完了、後は作戦開始の号令を待つのみとなっている。
大道政権下、東大陸に動員された隊員数は5万強。自衛隊全体の約4分の1が東大陸に渡った計算だ。
まさに未曾有の大規模作戦が始まろうとしていた。
東大陸アルミナ大公国領。帝国軍が利用する輸送路、その中間地点。
陸上自衛隊の“吉原”は深い霧の中、作戦開始の合図を待っていた。
周囲は鬱蒼とした密林だが、少し前進すれば開けた場所に出ることができる。そのさらに先には公都に続く大街道が通っており、現状帝国軍が主要な物資搬送ルートの一つとして使用していた。
吉原は東北方面隊第6師団隷下の第22即応機動連隊の所属である。
第6師団は本作戦では敵の横っ腹を急襲し補給線分断の任務を請け負っているが、とりわけ本連隊は街道上に建設された仮設倉庫群の制圧を目的としていた。
「……」
隊員の一人がごくりと唾を呑む。
その緊張が周囲に伝播する。
鬱蒼とした密林と深い霧が吉原たちの姿を隠しているが、眼前には敵の大部隊がいるという状況が息苦しさを加速させる。
敵の側面を取る大胆な部隊展開。
それを成し得ることができたのは、ひとえにアルミナ正規軍の全面協力があったからだろう。
己が庭の水先案内人として、アルミナ将校や現地人が自衛隊に同行。敵の索敵網に引っかからないよう山脈地帯や坑道、密林を利用し、敵側面位置への部隊展開を図った。車両や重火器を運ぶのには苦労したが、ここ数日降り続いた雨も味方したように思われる。
加えてアルミナ正規軍は日本政府の要請を聞き入れ、直近は帝国軍との戦闘を控えている。
あたり一帯での戦闘はほぼなくなり、帝国軍はアルミナ正規軍が周辺地域を放棄したと見ている節があり、これもまた帝国軍の警戒感を薄れさせスムーズな部隊展開に寄与していた。
ここまでは上々の出来だ。
こちらは地の利を得たと言える。
このまま前進するだけで完全な奇襲を仕掛けられる。
だからこそ、ここで敵に見つかるわけにはいかない。絶好の好機を潰すわけにはいかない。
その想いが隊員たちを緊張の渦に導く。
が、想定外の事態はいつも唐突に発生するものだ。
それは、一つの報告から始まった。
「――吉原連隊長っ」
「どうした?」
「第6偵察隊より報告です。子供が二人、西から逃げてきたと」
「子供だと?」
「今はうちの隊で保護していますが、どうやらここから少し離れた場所に集落があるらしく、帝国兵に襲われたようで――」
子供が逃げてきた。
その報告からして嫌な予感はしていたが……
「街道周辺の街や集落の避難は終わっているとアルミナ正規軍から連絡をもらっていたはずだが?」
「おそらくは隠れ集落ではないかと。この時代、珍しいものではありません。何かしらの理由で帝国軍に見つかり襲われたと推測します」
この時代、兵役を恐れて若者を匿う集落があっても不思議はない。
隠れ暮らす関係上、村に避難指示が伝わらなかった可能性が高い。
「……厄介だな」
作戦決行は近い。
今動けば街道付近の帝国軍に見つかる可能性もある。
難しい判断と言えるだろう。
けれど、意外にも吉原の決断は早かった。
「よし、小隊規模でいい。救助隊を編成してくれ。現場に急行し、帝国兵の排除及び現地民の救出に当たる。小隊長は……誰か適任者はいないか?」
吉原の問いに、幕僚の一人が答える。
「第3中隊に“後藤”という男がいます。穏やかな性格をした男ですが、何よりも機転が利く。任せてみてもいいかもしれません」
「わかった。今ならこの霧がこちらの姿を隠してくれる。本部には連絡を入れておく。頼んだぞ」
斯くして、日本と帝国の東大陸での戦闘は意外なところから幕を開けるのだった。
次回「東大陸戦②」




