29 帝国悲願②
日本がエイセル島を奪取した数日後、東大陸を侵攻する帝国軍人の多くがエイセル島陥落情報を知らされない中、東大陸北西部に設けられた帝国軍大本営では公都侵攻を直前に控えた最後の作戦会議が行われていた。
と言っても会議とは名ばかりで、どちらかと言えば公都奪取の前祝いに近い。
作戦会議の席にはアルミナ討伐に関わる多数の要人が顔を揃えるが、特に目立つのは陸軍を中心とした面子だった。
帝国軍東大陸作戦最高司令官“ポールドマン”(陸軍出身)。
帝国軍東大陸作戦参謀“バルバレッド”(陸軍出身)。
帝国陸軍東大陸作戦総司令官“ギリヤード”。
帝国空軍東大陸作戦副司令官“グレイトマイヤー”。
帝国海軍東大陸作戦副司令官“エルターナル”。
帝国機動部隊東大陸作戦空域戦統括参謀“スミレノフ”。
他、大物たちが一同に会する光景は、この場に新兵が紛れ込もうものなら卒倒してしまうほどのインパクトがある。
しかし、海軍、空軍、機動部隊は副官の出席に留まっており、陸軍派閥との溝が浮き彫りとなっていた。
酒を片手に会議は進む。
誰もが口を揃えるのは「東大陸を手中に収めることが世界を統べる帝国覇道に繋がる」というもの。
この場にいる誰もが帝国の勝利を疑わず、残る議題は誰が一番の功績を上げるかだけだった。
「これは異なことを。当初の作戦では帝都周辺の航空戦力を排除後、そのまま我が空軍が公都を急襲する予定だったはず。それにも関わらず、公都に手を出すなとはどういうことか!?」
「帝国陸軍最高司令官ドグマ様のお考えだ。もちろん全権代様の御了承も得ている。良いか? グレイトマイヤーよ。本国上層部は此度の公都急襲を陸軍最新鋭戦車“ボスヘニツ”のお披露目の場にしたいと考えておる。帝国の最新兵器が公国相手に実戦投入され歴史的勝利を掴む。さすれば帝国の威信はますます高まる。その意義がわからんはずはあるまい?」
「し、しかし、一番槍は我が空軍が仰せつかっていたはず。それを直前になって変更するなど――」
空軍を代表するグレイトマイヤーは急な作戦変更に異を唱える。
いくら最高司令官ポールドマンの言葉でも、はいそうですかと頷くわけにはいかない。けれど、参謀のバルバレッドが反論を許さない。
「グレイトマイヤー殿は大局が見えておりませんな」
「なっ、なんだと!?」
「公国が陥落してもパルドウィッチ王国とエルファシス聖教国は健在。両者に睨みを効かせる意味でも、ボスヘニツの投入は理に適っているのです。最新鋭兵器が公国陥落の決め手となる。その政治的な意味は極めて大きい」
「だ、だが……」
バルバレッドの横槍に、グレイトマイヤーは憤慨する。
陸軍出身者が多いこの場で異義を唱えても聞き入れてもらえるはずもない。
それでもグレイトマイヤーは陸軍派閥の横暴さを容認することができなかった。
けれど、数は力。
翌日に控えた公都侵攻は最新鋭戦車“ボスヘニツ”を先頭に陸軍部隊が総攻撃を仕掛けることが決定する。
酒も進み、誰もが顔を赤らめる中、ポールドマンは陸軍代表のギリヤードを呼び付け尻を叩いた。
「我が軍の勝利は疑いない。残すは時間との勝負だ。良いな、ギリヤードよ。作戦開始後は火急的速やかに公都を制圧せよ。力を失った今のアルミナ正規軍相手に時間を費やしたとなれば世の笑い物よ。陸軍の実力を見せつけるのだ」
「はっ、仰せのままに。電光石火の如く公都制圧を実現してご覧に入れましょう。ポールドマン様も、バルバレッド様も、大船に乗ったつもりで今宵は美酒に酔いしれましょうぞ」
「はっはっはっ、お前も言うようになったではないか!」
「ええ、まったく。レオティテス様とドグマ様に吉報をお届けするのが楽しみです」
ポールドマンは豪快に笑い、バルバレッドは眼鏡を意気揚々と上げ直す。
陽も落ち、周囲は既に暗闇。しかしながら、大本営で催された作戦会議は止まることがなかった。
数時間後。帝国軍仮設飛行場。
大本営からほどなく内陸に進んだ平原の一角に帝国軍の仮設飛行場があった。
飛行場と言っても元は民間施設であり、帝国軍が奪取後に大幅な改修を加え軍事用に転用したものである。基地内には100を超えるレシプロ戦闘機が並び、直前に控えた公都侵攻の準備が粛々と進められていた。
けれど、基地内には不満を持つ者が多い。その理由は公都侵攻計画が直前で変更されたことに端を発しているが、今しがた上から下りてきた情報に空軍兵は行き場のない怒りを抱えていた。
「ちょっと待ってくださいよっ、俺たちは公都に関わるなってことっスか!?」
「ああ、そうだ。空軍はあくまでも公都周辺基地の破壊、並びに支援に当たれとの命令だ」
「こんな直前になってっスか!? あんまりっスよ!」
怒りを露わに隊長に詰め寄るのは、帝国空軍第1戦闘隊の“キャベル”だった。
東大陸侵攻のクライマックスと呼ぶべき栄えある公都の爆撃。空軍が敵本丸への初撃を担当できると思っていただけに落胆の度合いが大きい。
「まぁそう言うな、周辺基地の爆撃も立派な仕事の一つだ」
「隊長らしくねえっスよ! もっとこう! ああっもういい――ッ」
キャベルは頭を掻き毟りイライラを隠さない。
対して第1戦闘隊の隊長“ザレム”は、憤慨する部下の肩に乱暴に手を回すと誰にも聞こえないよう小声で囁いた。
「いいか? 戦場じゃ何が起こるかわからねぇ。そうだろ?」
「……ど、どういうことっすか?」
「戦闘が始まっちまえば好き勝手したところで誰も文句は言えねぇってことだ。例えば、周辺飛行場を爆撃中に公都上空に敵戦闘機が見えたんで陸軍の脅威にならないよう叩いておきました、とか何とか言えば上だって何も言えねぇだろ」
「そのついでに爆弾の一つや二つ公都に落としても問題ないっスかね?」
「さぁな、陸軍連中は憤慨するだろうが、誤ったのなら仕方がねぇだろ」
ザレムの言葉を聞くや、キャベルは「ああ」と納得の表情を浮かべる。
「いいか? わざわざ陸軍の糞野郎共に公都への初撃を譲ってやる謂われはねぇ。幸い、こっちの移動手段は戦闘機だ。鈍足の陸軍よりも足は早ぇ」
隊長ザレムが浮かべるのは卑しい笑み。
こういう人間にはなりたくない。
そんな心意はいざ知れず、キャベルもまた同じように笑った。
公都侵攻前日。帝国軍最前線。
公都アルマニを目前に、最前線の陸軍将兵たちは漲る興奮を押さえ切れず、夜明けを今か今かと待ち望んでいた。
いよいよ明日は公都への進撃を控えている。帝国の名が紙面上に踊ることを信じて疑わない。
そんな中、前線の機械化部隊にあって、ボスヘニツ一両分の仮車長を務める“リーゼル”は若い同僚たちと共に帝国の未来を語っていた。
「俺はイリアス殿下の唱える“帝国覇道”の方針に看過された口だ。明日はその第一歩だと思ってる。帝国はより強大な国になるだろう。それこそ、かつての公国のようにな」
「ああ、そうだ。だからこそ、最初にアルミナ大公国を討ち取ることに意義がある。そうだろ?」
「その通りだ、レッセル。明日はまず空軍が先行するが、それはあくまでも公都近郊の航空戦力の排除だ。直接的な公都への攻撃は俺たち陸軍が担当することになった。トーマス、明日の操縦は頼んだぞ。帝国最強戦車を与えられた意義は大きいと思え」
「わかってるよぉ。明日は華々しい日になるだろうさ~」
軍事教練校時代の友人ということもあり、リーゼル、レッセル、トーマスの三人は帝国の未来をツマミに話に華を咲かせる。
明日は帝国にとって歴史的な日になる。
それが三人の共通認識だった。
「おっ? 盛り上がってるな。無理もないか。けど仮眠はちゃんと取っておけよ。眠気に襲われて敵にやられたんじゃ洒落にならないからな。っと、これはプレゼントだ」
そこに一人の若い兵が登場し、酒瓶をリーゼルに投げ渡す。
リーゼルは片手で瓶を掴むと、酒を持参した相手“キルム”に礼を言った。
彼もまた軍事教練校時代の友人だった。
「キルム、これから発つのか?」
「ああ、俺たち索敵部隊は可能な限りアルマニ近くに潜り込んで戦線を監視する。主に敵の動向をな」
「なんだ、俺たちの活躍は見れずじまいか、残念な奴だ~」
「トーマスもボスヘニツの操縦には気を付けろ。車体に傷でも付けてみろ。全権代様は御怒りだ」
キルムはトーマスに対して首切りのジェスチャーを披露する。
トーマスからは「冗談キツイなぁ」と笑い声が漏れた。
やがてリーゼルが三人を前に語り出す。
「いいかみんな、これだけは言っておく。もしかしたら明日は想像以上に難しい戦いになるかもしれない。敵も公都への侵攻を黙って見ているわけがないからな。一矢報いるために捨て身で挑んでくる奴もいるだろう。命を張った行動をする人間は厄介だ。けど、俺たち帝国軍人は帝国覇道を辱める行動を取ることは許されない。各自、臨機応変な判断と行動が必要になる。キルム含めて覚えておいてほしい」
「リーゼル、おまえは俺の上司ではないんだが?」
キルムの一言に、また笑い声が漏れる。
決戦前の十人十色の過ごし方。泣いても笑っても、帝国の岐路となる運命の日が迫っていた。
次回「東大陸戦①」




