25 異国官邸②
「ここがそうなのでしょうか?」
「はい。首相官邸です。内閣総理大臣が執務を執り行う場所となります」
長谷川が説明するのと同時に、アリサたちを乗せたヘリは官邸の中庭に降り立った。
普段は緑地となっているその場所は、現在は戦時下であるためかヘリポートとして活用されている。
周囲には空高く聳える建物群が広がっており、その中の一角に異国の官邸は存在していた。
国家の指導者が身を置く場所としては違和感を禁じ得ない。
「……本当にここにタイドウ総理がいるのか?」
「その通りですが……?」
長谷川はエルマの問いに首肯する。
それでもエルマは納得がいかない様子だ。
彼女からすれば、純粋に信じられなかった。
もちろん建物は立派の一言。ガラス張りの正面外観は帝国のどの建築物とも似ても似つかない近代的な様式であり、調和の取れた美しさと整然とした雰囲気は権力者が身を置く場所には申し分ない。
けれど、国家の最高権力者の屋敷としては小さ過ぎる。帝都のアリサ屋敷にも及ばず、中級貴族でもここより広い敷地を持ち、大きな屋敷を構えていることだろう。
今しがた首都の驚異的な姿を目にしたが、日本国の国家規模を考えれば、みすぼらしい部類に思えて仕方がなかった。
アリサは先を促され官邸内に足を踏み入れる。広々としたエントランスを通り、待合室と思われる部屋に案内され、そこでしばらく待機するよう説明を受けた。
待合室に通されたのはアリサとエルマの二名のみ。
長谷川は外で待機するらしく、同行はしなかった。
「……これほどの国家を統治する“タイドウ”とはどのような人物なのでしょうか?」
「それはお会いしてみなければわかりません。ですが、きっと立派な方なのでしょうね。この国の規模や豊かさを拝見すればわかります。本当に、最近は驚かされることばかりです」
アリサはソファーに浅く腰掛け軽く息を吐いた。
溜息というよりは、息を整えて心を落ち着ける所作に近い。
「……本当ですね。これでは心臓がいくつあっても足りません」
エルマは端的に返す。
エイセル島以来、彼女はどこか意気消沈している。
もう驚き疲れたと諦めの滲む言葉に、アリサはクスリと笑った。
「長谷川様からは様々な説明を受けましたが、やはり自らの目で見て、自らの肌で感じることができて良かった。言葉だけではきっとわからないことが多かったと思うから――」
国家の成り立ち、歴史、地域ごとの気候、主力産業、政治体制に、帝国との戦争に至った理由など、短い時間ながら、長谷川はポイントを絞って説明してくれた。
それでも百聞は一見に如かず。
自衛隊という名の軍隊の強さ、四大国以上の首都の発展ぶり、国が持つ科学力と文明力の高さ、それらは実際に体感しなければ、真の凄みには気付けなかっただろう。
まぁ、自衛隊の総合力や今後の作戦行動など、特定の質問には長谷川は言葉を濁したが……
それに対し、エルマは不満を口にするも
「仕方ありません。私たちは仮にも帝国民なのです。簡単に国の重要情報を教えてくれるはずがありません。私が敵のスパイだったらどうするのです?」
「姫様に限ってそのようなことは――」
「それはエルマだから言えるのです。私も、エルマも、この国では未だ信用も信頼も勝ち得ていません。今後は己が行動を以て示していく必要があります」
アリサの言葉に、エルマは頷く。
「ですが、本当に信じられません。帝都で助けてもらったあの日、日本国が外界国だと知り、私は己が取った行動を恥じました。取り返しのつかないことをしてしまったと後悔したのです。それもこれも、身を呈して救ってくれた日本国に災いが降りかかる、帝国に目を付けられれば国家の破滅も有り得ると思ったからです。けれど、あろうことかこの国は自ら東大陸紛争に介入し、帝国との戦争を決断しました。今もその事実が信じられません。でも自衛隊は強かった。帝国軍が成す術もなく敗北する、あのような姿を見るのは初めてです。もしかしたら、日本は帝国よりも――」
アリサはそう言って、胸の前で両手を固く握り締めた。
アリサにしては饒舌過ぎる発露が続いたかと思えば一転して黙り込む。
その行動にエルマは違和感を覚える。
「……姫様……失礼ですが、もしや緊張なさっておられるのですか?」
その一言に、アリサは無言を貫く。
余計なことを聞いてしまっただろうか?
エルマはそう思ったが、直後
「こちらへお入りください」
と入室を告げられ、会話を打ち切る。
アリサが移動する傍ら、エルマは彼女の後ろ姿を垣間見た。
そこには変わらず小さな背中がある。
けれど、彼女は皇族としていつも気丈に振る舞ってきた。
幼い頃より帝国を背負って立つ者として育てられ、どんな大舞台に立とうと、有力国の大物を相手にしようと、表向きに弱さを見せることはなかった。
そんな彼女が緊張している?
それがエルマには信じられなかった。
「こちらへ」
「案内、感謝致します」
やがてアリサは案内人に促され、奥の一室に入室する。
部屋は広いとは言えないが、待合室同様、穏やかな時間が流れている。
さらに目を彷徨わせれば、アリサの正面に歳をとった男性が一人、静かに彼女たちを出迎えていた。
その人物は他者と変わらない衣装に身を包んでいる。
最初、アリサは目の前の者が“その方”の付き人であり、ここからまた別な部屋に案内されると予想していたのだが……
「お初にお目にかかる。そして日本国へようこそ。まずは入国直後、明け方という時間帯にも関わらず、このような場所にお越しくださったことに感謝とお詫びを申し上げたい」
穏やかな口調に、優しい声音。
その挨拶を耳にしたとき、アリサは目を見開いた。
日本国内閣道理大臣“大道”――
眼前の人物が他ならぬ“その人”であることを確信した瞬間だった。
次回「異国官邸③」




