24 異国官邸①
姫様、と誰かの声が聞こえたことで、アリサの意識は覚醒に向けて動き始める。
重い瞼を薄っすらと開けると目の前には白い天井。そのまま少し視線を下げると、群青色の座席が等間隔に並んでいた。
「……エルマ?」
「お目覚めになられましたか。申し訳ありません、本当ならもう少し仮眠を取っていただきたいのですが、当機がもうすぐ着陸態勢に入ると案内がありましたので……」
アリサはそこでようやく日本への移動中に自分が寝てしまった事実に気が付く。
ディアナの謀略によって身柄を拘束されて以降、気を抜ける日なんてなかった。きっと疲れが溜まっていたのだろう。
「……私ばかりごめんなさい。エルマも少しは休まないとだめよ?」
「問題ございません。長い間姫様に仕えてきたのです。気を抜く場面は心得ています」
彼女の返答に、アリサは微笑む。
そうして深く座席に座り直すと早速ベルトを着用した。
アリサの席は中央列であるため、窓越しに外の世界を見ることはできない。
未だに太陽が昇っていないとは言え、できることなら日本国を上空から見ておきたかったが、眠るという失態を犯したのだから仕方がない。
残念な気持ちを抱きながらも、アリサは気持ちを切り替え“ナリタ”という飛行場に降り立つ瞬間を待った。
航空機は高度を下げ、次第に揺れ始める。
そして気が付けば滑走路の上。
やがて機体は停止し
「日本へようこそ」
そんな機内アナウンスと共に、アリサたちは席を立った。
ようやく日本国に降り立つことができた。
アリサの鼓動が自然と速まるが、直後に長谷川が慌てて駆け寄るのが目に止まる。
「長谷川さん? どうされたのですか?」
「大変申し訳ありません。今後の予定を変更させていただきます。本来であれば、お二方には都内ホテルに移動後、しばらくは長旅の疲れを癒してもらう予定だったのですが……」
一言詫び入れ、長谷川は話の先を続ける。
「お二人にお会いしたいとする方がいらっしゃいます。これよりアリサ殿下、並びにエルマ氏にはヘリで都内のある場所に移動していただきます」
「それはわかりましたが、私たちに会いたいとする方とはどなたなのでしょう?」
「大道総理です」
その言葉に、アリサは息を呑んだ。
内閣総理大臣“大道”――
当然、その名前を知らないはずがない。
あの東大陸の大獅子も口にしていた。
民主主義を採用する日本国において、議会が指名し天皇が任命する人物であり、行政府の長にして、自衛隊の最高指揮権者。それは実質的な国家指導者を意味するものだ。
加えて東大陸紛争への介入、つまりはルイファラリス帝国との戦争を決断した人物でもある。
アリサとしては、一度でいいから会いたいと思っていた人物だった。
けれど、突然のタイミングで予期しない名前を告げられ少々動揺する。
長谷川に理由を尋ねるも
「それはわかりません。先程本省経由で連絡が入ったものですから――」
と当初の予定にはなかったことを強調する。
「……姫様――」
「ええ、わかっています。会わないという選択肢はありません。長谷川様、是非とも取次ぎをお願いします」
アリサは逡巡の後に了承。
日本国のトップ、内閣総理大臣に会うことを決めた。
機外に出ると、心地よい風がアリサの髪を揺らした。
今の季節、この国の気候は帝都とさほど変わらないだろうか。
揺れる髪を手で押さえつけ、アリサは長谷川を含む日本国関係者と共に移動する。傍目で周囲の様子を窺うと、一面に整備された広い滑走路、その先には近代的な建物が立ち並ぶのが見えた。
長谷川曰く、ここ“ナリタ”は日本国の玄関口に当たる飛行場だという。
重要施設ならもっとゆっくりと見学したいところだが、急を要するのだから仕方がない。
アリサは後ろ髪を引かれつつ、回転翼機に再び搭乗する。宙に浮く感覚は未だに苦手だけれど、当初よりは乗り慣れたと言っていい。
空中を自由自在に移動する鋼鉄の機械。ヘリコプターと呼ばれる乗り物の使い勝手の良さには未だに驚かされる一方だった。
自衛隊の船舶にも搭載され、当然のように人や物の運搬に活用されていた。
この機体の存在が世界に知れ渡れば、間違いなく有力国が放っておくはずがない。自衛隊がそうであったように、まずは軍部に配備されるのは自明の理。兵器、或いは輸送機としての重要性は計り知れない。
そしてあろうことか、日本国は当の回転翼機を数え切れない程所有していると聞く。
回転翼機だけではなく、彼らが護衛艦と呼称する軍艦も、未知なる速度で飛翔する戦闘機も、百発百中を体現する戦車も、夢のような技術を実現する兵器という兵器をこの国はさも当たり前のように保持し運用しているのだ。
加えて、人口に裏付けられた経済規模を始めとした多数の指標が国家の異次元さを物語っている。
それはもはや外界国から乖離した規模だった。
もし仮に、日本国が覇権主義の道に舵を切ってしまったら……
そんな下手な想像に、アリサは自ら首を振る。
「――」
やがてアリサたちを乗せた回転翼機は宙を舞い、みるみる高度を上げていく。
その道程に夜明けを迎えたことで、東の空から光が差し込む。
太陽という名のスポットライトが地上を照らすのに合わせ、アリサは外の世界に目を向けた。
「これは――っ」
蒼い瞳に壮大な景色が映る。
日本国首都“東京”の輪郭。
その衝撃は言葉で言い表せるものではなかった。
「……これが……東京……日本国の首都だというのですか…………!?」
途切れ途切れの言葉がアリサの心情を物語る。
始めに目に映り込んできたのはどこまでも続く建物群だった。眼下から遠くの大山の麓まで大小様々な建築物が果てしなく続き、まるで一つの絨毯のように複雑な紋様を形成している。
それはまるで人工物の森。童話に登場する未来都市のようだった。
「何て大きな都市なのでしょう!? まるで都市が星全体を覆い尽くすようです! エルマっ、見ていますか!?」
「は、はい、もちろんです。で、ですが、これほどの規模とは……」
帝都ルイファリアですら足元にも及ばない。
エルマはそう口にしかけ、寸でのところで言葉を飲み込む。
「お気に召していただけましたか? これが我が国の首都“東京”です。人口は1千万人を超えますが、近隣都市からの流入等を考慮すれば、3千万人規模にも膨れ上がります。日本が誇る巨大な経済圏と言えるでしょう」
長谷川は事も何気に説明するが、その言葉を鵜呑みにできるはずもなく、アリサは己の常識との葛藤に時間を費やす。
これほどの規模を誇る都市は四大国にも存在しない。
まして驚くべき点は都市の規模だけではない。
真っ先に注意を引くのは目下で蠢く多数の車だ。明け方だというのに、これほど多くの車が競い合うように走行する光景は帝都でも見られるものではない。
加えて都市の一角に視線を向ければ、巨大な建物群が形成され、空に伸びる建物の高さと、どの国にも属さない異質な建築様式には驚くばかり。鉄道や港湾の発達具合も尋常ではない。
「エルマっ、どうやら私たちはこの世の常識が通用しない、とんでもない国に迷い込んでしまったようです――!」
「そ、そのようですが、いったいどんな歴史を辿ればこんな都市を……」
アリサは目を輝かせ、エルマは血の気が引いた顔を浮かべる。
両者の反応はまるで異なるものの、その根底には素直な驚きがあった。
次回「異国官邸②」




