23 島内余波②
エイセル島、帝国軍西側軍事基地。
アリサはその透き通った蒼い瞳で周辺の様子を窺っていた。
地上戦終結後、西側の主な施設は日本国の自衛隊が抑えている。一時、駐留軍の反撃も予想されたが、指揮系統が麻痺した軍隊に組織的な抵抗は難しく、残った兵士たちは自衛隊を前に続々と降伏する結果となった。
それに伴って神戸たちも東海岸から西海岸に移動、元帝国基地に司令部機能を移している。
「……」
アリサは投降する兵士たちの様子を観察する。
はっきり言ってその顔は暗い。
皆一様に敗戦の事実に打ちひしがれ、総じて視線を落としており、大きな悲壮感が漂っていた。
戦いに負けたショックは当然あるだろう。
けれど、彼らに暗雲たる気持ちを抱かせる最大の理由は、捕虜となった先に希望を見出せないため。アリサはそう分析する。
きっと多くの者が察しているのだ。
自分はもう自国に戻ることはできないのだと……
己の命はもう己の手の内にはないのだと……
「神戸司令、周辺海域を警戒中の護衛艦より、当海域を離脱し北上する小型船舶を発見したとの報告が入りました」
「小型船舶だと?」
「はい。周辺を同型2隻が追随する様子から、エイセル島から逃亡したと推察される駐留軍司令官のものと思われます」
と、そこに突然の知らせが入った。
神戸に寄せられた情報は、駐留軍司令官が乗船する船を発見したとするもの。
刹那、アリサは駐留軍司令官“ベンゲル”の最期を悟る。
相手はほぼ丸腰。
自衛隊の手腕なら小型船舶の破壊や拿捕はお手の物だろう。
周辺海域からは既に離脱しているとの話だが、捕えるのには何の支障もないと思われた。
けれど、神戸が下した判断は意外なもので――
「我々の任務はあくまでも島の奪還と防衛だ。足場固めが不十分な現状を鑑みれば追撃の必要はない」
と事も何気に結論付けた。
アリサは驚き、咄嗟に口を開く。
「あ、あのっ、ベンゲル司令と言えば、帝国軍の中でも名声を得てのし上がった実力者、帝国軍トップのレオティテス全権代の覚えもめでたい人物です。このまま彼を見過ごし、帝国に帰還させては後々禍根を残すのではありませんか?」
別にベンゲルが憎いわけでも、彼を拘束したかったわけでもない。
神戸の判断があまりに意外で、アリサは意表を突かれ思わず反論してしまったのだ。
対して神戸は、
「エイセル島周辺海域を超えての任務は日本政府より与えられておらん。これ以上は我々自衛隊の越権行為に当たる。改めて宣言するが、これにて計画の第二段階であるエイセル島奪還任務は終了。以降は第三段階であるエイセル島含む周辺域の防衛任務に徹する――」
幕僚含む全隊員が敬礼し、己の気を引き締め直す。
その姿を前にして、アリサの胸に言い知れない感情が押し寄せる。
「とても良い軍隊ですね」
「……自衛隊が、でしょうか?」
アリサの呟きに、エルマは言い淀む。
「もちろんです。自衛隊は日本国政府からの命令を忠実に守っています。それは政府が軍を統制できている証左と言えます。口で言うのは簡単ですが、そんな絵空事を実現する国が果たしてこの世界にどれだけあるでしょうか。何よりも軍が政治を尊重していなければできないことです。残念ながら、帝国では育っていない価値観と言えます」
強さばかりに目が行きがちだが、彼らの強さの根幹は規律だろう。
アリサは不意に自国を顧みる。
軍の実質的トップは全権代理者“レオティテス”だが、それはあくまで皇帝陛下の“代理”として権限を与えられているに過ぎない。帝国では皇帝陛下、つまりは皇族が軍の最高指揮権を掌握している。
故に皇族と軍は背と腹の関係。皇族が絶対的な権力者として帝国に君臨する所以であり、遥か昔から受け継がれてきた国体と言えた。
無論、そこに政治が介入する余地はない。
アリサはあまり好ましい仕組みとは思っていなかったが……
やがて長谷川が近づくと、アリサに「移動の準備ができた」と告げた。
彼女はコクリと頷き、再び周囲を見渡した。
きっと捕虜のことは心配いらないだろう。
規律だった軍隊を前にして、帝国兵に抱いた悲痛な感情は消えている。
「エルマ」
「はい?」
「やはりこの島に同行して正解だったと思います。大幅な道草になってしまいましたが、ほんの少し日本国を知ることができたと思うから――」
「……そう、かもしれませんね」
アリサは神戸や幕僚たちにお礼の言葉を述べると、長距離移動用の回転翼機に乗り込んだ。
またどこかで会うこともあるだろう。
神戸の言葉はシンプルだったが、アリサにとって、それはとても嬉しい言葉だった。
当初の計画通り、彼女たちは近隣の飛行場に移動し、そこから日本国の首都“東京”を目指す。
――日本国。これほどの軍隊を保有し育む国……。いったいどのような国家なのでしょう???
期待と不安が混ざり合う中、アリサは極東の地に向けて出発する。
次回「異国官邸①」




