21 第二会合②
東大陸から手を引け。
公国が発言するのは当然だが、それをなぜ外界国が要求するのか。
帝国側の最大の疑問はその点にあった。
東大陸紛争はあくまでも“ルイファラリス帝国”と“アルミナ大公国”の争いである。周辺諸国を多分に巻き込んでいるとは言え、公国を差し置いて外界国が帝国に意見するなど異様な光景にしか思えない。
「……東大陸から手を引けだと? 軍を撤退させろとでも言うつもりか?」
鴨志田は深く頷く。
「ご存じの通り、帝国は東大陸侵攻を目的とした大規模部隊をアルミナ領に展開しています。公都“アルマニ”を目指す南下部隊、そして、東大陸北方地域に駐留する部隊です。この二つの部隊を早々に撤退させ、東大陸から手を引くと同時に、奪った島嶼地域の領有権を速やかに公国に返還いただきたい。その上で今後一定期間は東大陸に侵攻しないと確約いただきたいのです。本来であれば、公国が被った損害に対し賠償が発生するところですが、我が国が関与する内容ではないと判断し、当責任は不問とさせていただきます」
一息に話し終えた鴨志田は「如何か?」と帝国側に反応を求めた。
勇気ある撤退を決断すれば帝国の被害は最小限で済む。
そんな可笑しなことを言いながら――
――何を言い出すかと思えば……
サーベラはしばし顔を伏せる。
それはあまりに滑稽な構図だった。
国家の序列も弁えず帝国に意見する“ニホン”という名の外界国。それを見守るアルミナという大国……
あまりに歪な会合の姿に彼女はいつしか笑い始める。
我慢できるはずもなかった。なぜなら、下手な演劇より芸になっているのだから――
「……なんと可笑しきことか。貴様の国は何の権利があって帝国に望外な要求を突き付ける? 夢物語を語り悦に浸るには場違いというものだ。講和に向けた接触かと思えば、その中身は外界国による見世物の披露とはな。あの日の大使館の輩といい、我らを多分に笑わせてくれる芸当は褒めてやろう。だが、ここは神聖なる帝陽の間である。一外界国の理想を語る場ではない。貴様らの夢物語は自国の子供にでも語り聞かせれば良かろう」
サーベラは冷たい視線を投げ掛ける。
全ての者を凍り付かせる、そんな刺すような眼差しだった。
一方の鴨志田は帝国の反応に嘆息する。
少しは柔和な反応にも期待したが、概ね予想通りの反応と言えるだろう。
まぁ、外界国から兵を引けと言われて、はいそうですかとなるはずがない。相手が四大国であればなおさらだ。
では何のための会合かと問われれば、今回の会合をお披露目の場と割り切っている。
日本国という国家を帝国に認識させ、次に繋がる布石を打てればそれでよし。
交渉はこれから始まる。
それが鴨志田の考えだった。
「……何の権利があって、か。言うなれば生存権とでも言っておこう。大国の絶大なる力と気まぐれな意志に怯えることなく、日々の暮らしを営む権利を我々は欲する」
刹那、彼は口調を少し砕けた感じに変化させ、にべもなく答えた。
「力のない者の戯言だな」
「一つ、事実を伝えておく。東大陸紛争において、帝国は今後我々を相手にすることになる」
「……何が言いたい?」
「そのままの意味と捉えていただきたい。今後帝国軍と戦うのは公国ではない。日本国の自衛隊だということだ。我々日本国と公国は現在友好関係にある。同時に東大陸紛争勃発以降、公国は再三に渡って我々に対し軍事支援を要請していた。今回、日本国政府は友好国“アルミナ大公国”からの要請に応じ、東大陸北方戦線、つまりは帝国との戦線に介入する方針を固めた。おわかりか? これが、私がこの場にいる理由であり、帝国と相対し交渉の席に着いた理由だ」
そのとき、ヘルマンが痺れを切らして拳を大卓に叩き付けた。
我慢ならなかったと言った方がいいだろう。
「黙って聞いておれば荒唐無稽な話をぬけぬけと。馬鹿も休み休み言うがよい! 公国の代わりに戦線に介入するだと? 聞いておって恥ずかしくなるわ。外界国如きが四大国間の争いに介入できるはずがなかろう!? しかも公国が頭を下げた? 笑止! 帝都ルイファリアにおいてサーベラ様が貴様の同胞に教育を施したというにまるで学習しておらん! 貴様らニホン人は現状を含め、何一つ世界の常識を、世の理をわかっておらんのだ!!」
ヘルマンが捲し立てる中、サーベラは公国の重鎮たちを盗み見た。
アイリッシュ・リストゼラも、リリナス・エストランテも、その他の主要人物も無言を貫いている。
否定しないのは間違いではないからか。それともこれは公国の策略か。
サーベラの思考が加速する。
「……残念ながら、現状をわかっていないのは帝国だ。直に判明する事柄だけに伝えておくが、北―東大陸間の重要拠点であり、紛争勃発以降帝国軍が占領していた“エイセル島”は既に我が国が奪取した。帝国の駐留軍は我が国の自衛隊に敗北、撤退を余儀なくされている」
「いっ、偽りを申すな! 我らを謀るつもりか!?」
「嘘だと思うのなら早急に確認するがいい。事実と判明すれば少しは日本の話に耳を傾ける気にもなるだろう。随分と脱線してしまったが、先程の我々の要求、帝国には是非とも聞き届けてもらいたい。この場は我が国の意思を明確にし、帝国との交渉を加速させるために設けたのです」
鴨志田はそう言って眼前の気丈な女に視線を戻す。
サーベラもまた不躾な男を睨み返した。
その瞳に映るのは帝国を前にしても、怯むことも、臆することもない男の姿である。
その姿があの日の初老の男と重なる。
『貴様たちは我が帝国と戦争をする気概があるというのか?』
『日本は切に平和を望む国だ。だが、戦う以外に平和が実現しないとわかったならば、我が国は惜しみなく立ち上がるでしょう』
『……忠告でもしているつもりか?』
『いいえ、これは提案なのです。我が国は心の底から平和を望む。できることならば貴国とは争うことなく生涯に渡る友好国として付き合いたい』
サーベラにとって、それはとてつもなく不愉快な言葉、二度と思い出したくない記憶だった。
「……貴様の主張はわかった…………」
直後、サーベラは立ち上がる。そして
「口を慎めニホン人ッ、アルミナの後ろ盾があるとはいえ、貴様が相手をするのは四大国“ルイファラリス帝国”であるぞ。極東の一外界国が意見していい相手ではない。まして東大陸から兵を引け? さもなければ我が国が帝国の相手をする? 劣等国の分際で思い上がるな――ッ」
そう、怒りの籠った底冷えする声を披露した。
「相手の力量も推し量れぬとは悲しき国よ。帝国に無礼を働いた事実は生涯に渡って消えぬ。本来であれば貴様を捕らえ、国家に対し制裁を加えるところだが、此度は公国の使者たちに免じて据え置いてやろう。だが、次帝国に歯向かうようなことあらば、貴様の命も、国家の命運もないと思え。嘗てないほどの業火に焼かれ灰も残らず国そのものが消え失せることになるだろう。それをしかと思い知れ」
交渉決裂。
厳しい言葉だけを残し、彼女は颯爽と去っていく。
「……アストラーネ卿、次にお会いするときを楽しみにしています」
鴨志田は去りゆく背中にそう語り掛けるも、サーベラが振り向くことはなく、室内に響く靴音は次第に遠ざかっていった。
次回「島内余波①」




