20 第二会合①
天井に吊るされたシャンデリアが煌々と光を灯す特異な空間、帝陽の間に足を踏み入れたサーベラは、対面に陣取る公国使節団の面子を見渡し、図らずも感心する。
――これは驚いた。東大陸の若き獅子に、あの女性はエストランテ侯爵家の娘か。揃いも揃って大物ばかり。どうやら公国は本気のようだ。
目の前には公国の心臓と称される人物たち。
とりわけ崇高なる雰囲気を身に纏うのが中央席に座る男、シャトラドールの右腕と呼ばれる東大陸の若き獅子、大公家側近“アイリッシュ・リストゼラ”だった。
さらにその隣には名門エストランテ侯爵家の令嬢“リリナス・エストランテ”が控えている。先の内乱で骨肉の争いを繰り広げたエストランテ家だが、表舞台に姿を現したからにはお家争いは終結したと言ったところだろう。
――よくぞここまでの面子が揃ったものだ。この者たちを排除するだけで公国の力は大いに削ぎ落とされよう。これは東大陸圏局長自らが対応するのも頷ける。
壮観なる眺めに、サーベラは思わず唸る。
けれど、そんな心情をおくびにも出さず、己の席に着くと彼女は飾り爪をいじり始めた。
そうして近くにはヘルマンも着席し、会合の開始が告げられる。
瞬間、静寂が室内を包む。
東大陸の覇者が何を言い出すのか。
帝国高官たちの視線はアイリッシュ・リストゼラに注がれた。
けれど、当の本人は会合が始まると、
「……貴殿がアストラーネ卿で間違いありませんな?」
と、サーベラの名を尋ねる。
「如何にも。私がサーベラ・イル・アストラーネだ。貴殿は公国の若き獅子、リストゼラ卿とお見受けする。ここマルクセルにて貴殿程の人物とお目にかかれようとは思ってもいなかった。本日は如何なる用件か? まずは公国の存念を述べるが良かろう」
サーベラはさも退屈そうに言い返した。
公国が接触を試みる理由など東大陸紛争絡みで間違いない。
わかりきった内容をわざわざ尋ねるのは滑稽だった。
しかし、アイリッシュは質問に答えず、そのまま無言で席を立つと、どういうわけか一席分ずれて座り直す。アイリッシュとリリナスの間、サーベラの正面が自然と空席になる。
当然、サーベラの眉間に皺が寄った。
ヘルマン率いる外務局高官たちも公国に怪訝な視線を向ける。
直後、ある人物が空席となった席に腰を下ろすが、その出で立ちを目にするやサーベラは目を細めた。
華のない単一色の服装、黒い髪と瞳を携えたのっぺりとした顔立ち……
断片的な記憶を刺激され、彼女は爪をいじる手を止める。
「……これはどういうつもりか? 私は四大国“アルミナ大公国”を相手にしていたはずだが?」
「まずは帝国領マルクセルにて会合の場を設けていただいたことに感謝を申し上げたい。その上で今の疑問に回答するならば、協議相手にあなたを指名したのは公国ではありません。アストラーネ卿を指名したのは他でもない、我が国です」
その者は落ち着き払った様子でそう言った。
一見すると、歳は四十代後半といったところ。背が高くすらっとした背恰好で周囲と比較してもよく目立つ。服装は地味だが、それがどこか異質感を漂わせていた。
「公国ではないだと? 貴様は、いや、貴様の国は……」
「お忘れですか? 帝国が強行した我が国大使館に対する不当行為を。そして、罪なき大使館職員に手を掛けた非道な行いを――」
男の声はどこか熱を帯びていた。
その言葉に導かれるように、サーベラの脳裏にある日の光景が蘇る。
外務局本邸の敷居を跨いだ外界国の大使館職員。帝国は再三に渡って館内に逃げ込んだアリサの引き渡しを迫ったが、あろうことか彼らは帝国の要求を悉く突っぱねた。
極東の一外界国にも関わらず、彼らの態度はどこまでも毅然としたもので――
赤く染まる帝都の空を見せつけられても、なおその姿勢が変わることはなかった。
初老の男は言った。我々は帝国と友好的な関係を望む、と。
あのとき、その言葉にどれほどの虫唾が走ったことか。どれほどの嫌悪感を抱いたことか。
今、思い出すだけでも腹立たしい。
その初老の男、確か大使だったはずだが、名前なんて既に忘れてしまった。いや、覚えてすらもいない。
だが、なぜだろう。
その者の国名だけは思い出せた。
「……ニホン国だったか。外界国でありながら帝国に逆らった愚か者よ。やはり公国と通じていたか……」
サーベラはゴミを見る目で男を蔑む。
対して男は軽く息を吐くと
「申し遅れました。日本国外務大臣政務官の“鴨志田”です。この度、特命担当大使として“ルイファラリス帝国”との交渉を日本国政府より一任、全権を委任されております。今後、私の言葉は日本国政府の意思であるとご理解ください。と同時に、貴国とは有意義な交渉ができることを願っております」
と言い放った。
誰もが予想していなかった大胆かつ不躾な返しに、ヘルマンたちは言葉をなくす。
サーベラもまた鴨志田と名乗った男を睨み付けた。
目の前の男は日本国の特使であると確かに言った。
その上で帝国との交渉を要求してきている。四大国や内界有力国ならまだしも、この者はただの一外界国の特使に過ぎない。
帝国の局長級、ましてや帝国上級貴族であるサーベラと対面できただけでも本来なら幸運だと言うのに、あろうことか交渉まで要求とは図々しい次第。
前回は事情があって帝都で会合の席を設けたが、あれはアリサ姫が絡んでいたため。通常なら実現するものではない。
「……リストゼラ卿、なかなかに酔狂な演出ですな。公国は何の意図があって我々の前に彼の国を立たせるのか。一外界国如きが帝国と公国の仲介に入るなど無礼とは思いませぬか?」
アイリッシュはしばし考える。
刹那、彼女の意図を察してか
「……どうやら貴殿は一つ誤解しているようだ」
と言い出した。
「……誤解?」
「外交ルートを通じて帝国に協議の打診を申し出たのは我々公国で間違いない。だがそれは、そうでもしなければ貴国が交渉のテーブルに着くことはないと判断したからだ。外界国の呼び掛けに応じるほど、帝国はお人好しではないからな……。どうやら不必要な誤解を与えたようだが、はっきりと伝えておこう。アストラーネ卿、貴殿は先程日本国が仲介役だと仰ったが、事実は逆である。我々公国はこの場の席を設けたに過ぎない。謂わば、仲介したのは我々である。貴殿の、そして帝国の真の相手は“日本国”であるとお考えあれ。その点、くれぐれも誤解のなきよう認識されたし」
サーベラは言葉に詰まった。
外界の、極東の小国が帝国の相手?
冗談にも程がある。これは何の侮辱だろうか。
しかし、一方でアイリッシュほどの人物が下手な嘘を吐くとも思えない。
仮にも四大国。その誇りの高さは一級品。このような席で小細工を要するとは考えにくい。
彼女は再び鴨志田に視線を戻した。
「……納得はできなくても、理解はしていただけた。そう思ってよろしいかな?」
「――ッ……小賢しい奴め。いいだろう。公国の手前、話だけでも聞いてやろう。先般貴様は帝国と交渉をしたいと言ったが、ニホン国は何が望みだ? 大使館の一件でこの私に謝罪でも要求するつもりか?」
「……大使館の一件は決して許せるものではありません。事実、多数の尊い命が一方的に奪われた。加害者である帝国の罪は重い。ですが、今回の用件は別にあります」
鴨志田は言葉を切り、一息に言い放つ。
「端的に申し上げる。現在、帝国と公国がしのぎを削る東大陸紛争北側戦線において、帝国は東大陸から手を引いていただきたい」
決然とした要求に、サーベラは再び言葉を失った。
次回「第二会合②」




