19 拠点奪還⑧
エイセル島、オレプス山麓中央丘陵地。駐留軍後方作戦指揮所。
ベンゲルたち指令部の下には戦局の様相が刻々と報告されていた。
結果は敗戦濃厚。
前線の戦車大隊は崩れ、指揮系統は麻痺、多くの兵が逃げ惑う状況に陥っている。
「ば、馬鹿な。敵は20両程度の戦車しか持ち得なかったはず。伏兵が潜んでいたのか!?」
「い、いえ、敵戦力は報告の通りでございます。援軍の存在も確認されておりません」
「ではなぜ勝てんのだ!? 我が軍は圧倒的な数を誇っていたはず。面で制圧すればものの数分もかかるまい!?」
「お、恐れながら、敵戦闘車両ですが、我々の帝国戦車を超える重戦車が投入された模様です。その射撃精度は極めて高く、砲弾は帝国戦車の装甲を意図も簡単に貫くと――」
ベンゲルは報告する部下を蹴り倒し激昂する。
「そんな車両がこの世界のどこにある!? おまえは帝国軍人であろうが! ルイファラリス帝国はこの世の中枢を担う四大国ぞ! 同じ四大国とは言え、我らを凌駕する兵器をアルミナ風情が持っているとでも言うのか!? 迂回中の別動隊はどうした!? もう敵側面に回り込んでいてもおかしくはあるまい!?」
「い、今しがた撤退中との報告が――」
「何!?」
「突然多数の飛翔体が丘を越えて接近し、我が軍の戦闘車両を爆破したとのこと。被害甚大につき、これ以上の行軍は不可能と判断したと――」
「貴様ァ、俺を馬鹿にする気か!? こんなところで立ち止まるわけにはいかぬ。ましてこれほどの軍を率いていながら敗北など……」
ベンゲルは自らの腰に提げていた拳銃を引き抜き、報告中の部下に銃口を向けた。
司令部に緊張が走る。
けれど、前線から逃げ帰る兵士たちの怒声や悲壮な叫び声が明瞭になるにつれ、ベンゲルはその動きをぴたりと止める。
「……――ッ~んなぁあぁああ! おのれぇぇぇええええええ!!!」
血が滲み出る程に唇を噛み締め、言葉にならない言葉を喉の奥から絞り出す。
血管の浮き出た額は今にも張り裂けんばかりである。
「このままでは終わらせん。終わりなどあってたまるか……レオティテス様にどう顔向けできようか…………」
ベンゲルは身体を翻し、ふらつく足で歩き始める。
何度となく不穏な言葉を吐き捨てながら、エイセル島駐留軍司令官“ベンゲル”と数名の参謀たちは後方作戦指揮所より姿を消した。
日本国自衛隊仮設指令所。
モニター越しにも見て取れる帝国軍の敗退。
つまりは日本国の勝利を目の当たりにし、アリサはしばらく茫然としていた。
圧倒的な数を誇った駐留軍の戦車大隊は、現在敗走の一途を辿っている。
逃げ惑う兵士たちに、平原に捨て置かれた数多の主力戦車……
東海岸制圧時と同じ、あっという間の出来事だった。
正直、これほど一方的な展開になると誰が予想しただろうか。
驚愕や安堵の気持ち以上に、アリサが抱く感情はむしろ恐怖だ。
それはエルマも同様のようで、彼女は早速長谷川に詰め寄った。
「あれは何だ!?」
「と、言いますと?」
「貴国の戦車だ! あれは何なんだ!?」
「戦闘前に説明した通りです。あれが日本国の主力戦車、10式戦車であり――」
「そういうことではないっ、あの射撃精度は何だと聞いている!? あの威力は!? あの機動性は!? どんな仕掛けをすればあのような芸当が可能になる!? 操縦者や砲手の熟練度だけが理由ではないだろう!?」
エルマは肩で息をしながらも食い下がった。
それだけ映像を通して目にした光景が衝撃的だったのだろう。
陸上自衛隊が誇る“10式戦車”。
総重量50トンにも満たない軽重量車両ながら、前世界では世界最高峰の性能を有する戦車がこの地で実戦投入されていた。
特筆すべきは何と言っても射撃性能の高さだろうか。
敵目標の探知、識別、補足、相手の動きを考慮した弾道計算や照準制御などを射撃管制システムが自動計算。砲手は引き金を引くだけで1キロ離れた目標物を数センチの誤差内で撃ち抜くことが可能となる。例え行進間中だろうと射撃精度は折り紙付き。
加えて自動装填機能が素早い給弾を可能にし、絶え間ない砲弾の雨を目標に浴びせ続ける。データリンクを活用すれば友軍各車の射撃目標を重複なく割り当て効率的な射撃すらも可能にする。
“走るコンピュータ”の異名は伊達ではない。
「貴国の科学技術の高さはいったい何なのだ!? どこから盗んだ!?」
エルマは熱くなり、思わず口を滑らせる。
対して長谷川は極めて冷静に振る舞った。
「盗んだ、ですか……。確かに他国に影響を受け真似た技術も数多くありましょう。しかし、真似るにしても一朝一夕で利用できる技術などありません。そこには永きに渡る人の努力、そしてこれまで積み重ねてきた国家の歴史や価値観があり、それこそが我が国の強さの根源です。その点は誤解なきよう」
「外界国程度の歴史や価値観が、帝国に勝った要因だと……!?」
「少なくとも私はそう考えています。我が国の詳細はここではお話できませんが、我々は我々独自の歴史を持っていることをご理解ください」
「……貴国は、まさか本当に…………」
エルマはそっと地べたに座り込んだ。
疲労困憊。
そんな様子がまじまじと伝わる。
今は気持ちを整理する時間が必要だろう。
アリサはそう考え、今度は神戸たちに視線を移す。
「大勢は決した。中央丘陵地における戦闘はこれにて終了とする」
「中央部隊に呼応して左右の別部隊も後退を始めています。追撃されますか?」
「不要だ。広い島内、バラバラに逃げられては厄介だ。ある程度の時間を与え、帝国兵たちに合流を促す。投降する兵は武器を取り上げた上で東海岸まで移送せい。我々の目的はあくまでも島の奪還だ。敵戦力は無力化できればそれでよい。それ以上の結果は求めておらん」
幕僚たちは頷き散会する。
アリサは隙を縫い、神戸の元に近寄った。
「あっ、あの!」
「ん? なんだ嬢ちゃんか、どうした?」
「ち、地上戦における勝利、おめでとうございます。日本国に対し改めて祝勝の意を贈らせていただきます」
「……ああ」
アリサは緊張気味に頭を下げる。
が、神戸はそんな彼女を一瞥すると
「それで? ただ“おめでとう”を伝えに来たわけではなかろう?」
と、見透かすように話の先を続けるよう促した。
アリサはコクリと頷き、一つの疑問を口にする。
「……日本国は今後どうするおつもりですか?」
「どうとは?」
「エイセル島を奪還したとは言っても帝国の東大陸侵攻は続きます。差し支えなければ、この後のことを教えていただきたいのです」
「なるほど。だが、それを決めるのはひとまずは我々ではない。今はそうとしか言えんよ」
そう言って、神戸は帝国に繋がる空を見上げた。
ルイファラリス帝国、帝都近郊の港湾都市“マルクセル”。
街を一望できる高台の屋敷にて、広い敷地に高級車が入ると皇帝陛下の石像が置かれた中庭で停車する。
やがて中からは着飾った女性が一人姿を現した。
「お待ちしておりました。アルミナの使者は既に屋敷内“帝陽の間”へ通しております」
女性の登場に、東大陸圏局長“ヘルマン“を含む外務局の高官たちは緊張した面持ちを隠さない。
女性は不機嫌な態度を隠すこともなく、己がこの場に呼ばれたことに不快感を示した。
「……ヘルマンよ、いったい何時から私は外務局の使い走りとなったのだ? よもや貴様、公国との交渉事は外務局の仕事であることを忘れてはおるまいな?」
「も、申し訳ございません。外交ルートを通じてアルミナから接触の打診を受けたのですが、どういうわけかサーベラ様の出席を強く要求してきておりまして……。恐れながら、出席に際しては上に話を通しておりますが……」
敵の要求を易々と呑む馬鹿があるか。
そんな意味を言外に含ませつつ、帝国上級貴族“サーベラ・イル・アストラーネ”は不満げな表情を見せつける。
ただし、水面下の交渉の場合、局長級のヘルマンも出席する必要はないはず。他の適切な地位の者に任せればいい。それにも関わらず、局長級がこの場に足を運ぶということは……
「公国め、いよいよ降伏を鑑み、講和の条件でも探りにきたか? もはや全てが手遅れだというに、帝国領にまで乗り込んでくるとは殊勝なことだ」
永年に渡って帝国と公国の二国間の会合は近隣の中立国、或いはアルゲンハイムの中央都市で行うのが慣例だった。が、今回公国使節団はわざわざ帝国領にまで足を運んでいる。
帝国と公国、現状の力関係は明らかと言えるだろう。
ただ、なぜ自分を協議相手に指名したのか、それだけが不思議でならない。
――やれやれ。アリサ姫の件でディアナ殿下から叱責を受けたというに、今度は公国との交渉役とはな。
数日前、帝都では外界国大使館に帝国皇女“アリシア・ルイ・アリサ”が逃げ込むという事件が発生していた。
その身柄の引き渡し交渉に臨んだのがサーベラだったが、正直、サーベラとしてはアリサ姫がどうなろうと何の興味もなかった。
けれど、ディアナ直々の命令ともなれば引き受けざるを得ない。
結果、アリサ姫は大使館焼失の混乱に乗じて姿をくらまし、今もその足取りは掴めていない。
あの後、サーベラはディアナに呼び出され事の詳細を詰問された。
その時のディアナは終始落ち着いた様子だったが、アリサ姫逃亡の報を受けた直後は半狂乱と化し、従者を殴り付けたという。
「……あの方も底の見えないお人だ」
サーベラは公国の要人たちが控える帝陽の間、その部屋に続く大扉の前で立ち止まる。
両側に控える外務局員に合図すると、大扉は音を立てて開け放たれた。
このときより、サーベラはとある国との交渉役として茨の道を突き進むことになる。
が、彼女がそれを自覚するのはもう少し後の話だった。
次回「第二会合①」
明日の投稿はお休みです。再開は明後日の予定です!




