18 拠点奪還⑦
エイセル島東海岸。日本国自衛隊仮設指令所。
「撤退すべきだ」
モニター越しに帝国軍の動向を伺っていたエルマは、周囲に毅然とした声を上げた。我慢ならなかったと表現した方がいいだろうか。
アリサはもちろん、神戸や数名の幕僚が彼女に視線を向ける。
「敵は大軍。しかも地の利がある。丘の上に陣取る帝国軍を少戦力で相手にするのは無謀だ。貴国の回転翼機は確かに脅威だが、数に限りがあるのも事実のはず。圧倒的な物量を誇る相手には、こちらも相応の物量を用意するしかない。それが戦の常道だ」
彼女は尤もな言い分を展開する。
幕僚の中には頷く者もいた。
「それに相手は三方に別れた。明らかに包囲戦を仕掛けるつもりだ。数で勝る相手に包囲されてはひとたまりもない。中央丘陵地での戦闘はニホン国にとっては明らかに不利。包囲網が完成する前に退き、機を待つのが最善ではないか?」
エルマは熱弁を振るう。
相手は大軍。正面から戦ったのでは勝機はない。
当然の判断と言える。
一方、アリサは神戸を一瞥する。
エルマの尤もな指摘に対して、日本国の司令官がどう反応するのか、それが気になった。
けれど、神戸は表情一つ崩さない。
「……嬢ちゃんの言うことは何一つ間違っておらん。だが、やりようはある。一つ問おう。包囲戦を採用する側が最も注意しなければならんことを言うてみ」
「それはもちろん敵の奇襲だ。包囲網が完成する前に戦闘にでもなれば作戦自体が瓦解する」
そう言い切ると、エルマは眉毛を吊り上げる。
「まっ、まさか包囲される前にこちらから仕掛けるつもりか!?」
「なかなかに察しがいいな」
「そんなっ!?」
瞬間、エルマは素っ頓狂な声を上げた。
今回の戦闘だが、あくまで帝国軍が攻め、日本軍が守勢に回るものと思っていた。
けれど、司令官の構想は真逆。
エルマは驚きのあまり言葉を失う。
代わりにアリサがバトンを引き継ぐ。
「では、戦力の少ない左右の別動隊を突破口にするおつもりでしょうか?」
「それも一つの手だ。だが、別動隊を相手にしていては大勢が決するまでに時間が掛かる。戦局も相応に複雑化しよう。数で劣る我が方は持久戦だけは避けねばならん。よって自衛隊の地上部隊はあくまでも中央の部隊を相手にする。別動隊は足止めできればそれでいい」
「正気なのか!? 数の上で最も手厚いのが中央の部隊だ。貴国の一部の軍事技術が優れている点は認めよう。だが、戦の勝敗とは数の優劣で決まるものだ。古今東西、その常識が覆ったことはない! このままでは前線の地上部隊は全滅、兵士たちは無駄死になるぞ――ッ」
「戦は数で決まるもの、か。まったく耳の痛くなる話だ……」
神戸はそう言うと、再びモニターを見つめた。
エルマの痛烈な言葉にも動じる様子はなく、年季の入った顔には一切の迷いも見られない。
「本気なのか? 本当に帝国軍に勝つつもりで――」
「エルマ、これ以上は――」
アリサはエルマを制止させる。
帝国軍は圧倒的な数を誇る。別動隊を足止めするとは言っても、包囲網の構築前に中央の敵を叩けなければ、味方は三方から挟撃されジリ貧に。敵の中央部隊を短時間で撃破しなければ本作戦の成功は有り得ない。
それを一言で表現すれば困難に他ならない。
けれど、不可能ではない。
誰に言われるでもなく、神戸の背中がそう語っていた。
帝国駐留軍前線部隊。
会敵予想地点である平原を目指し行軍するのは、前線の中核を担う機械化部隊“ドーレス戦車大隊”だった。実に200両もの帝国主力戦車“ルイガルフ”を率いる機械化部隊である。
ルイガルフは帝国で最も生産実績のある汎用戦車であり、45口径75mm砲の標準的な装いに加え、悪路走行を可能にする駆動部周辺の耐久性にも定評のある戦車だ。
昨今、最新鋭のボスヘニツ戦車が登場したことで時代遅れの産物になりつつあるが、多くの軍人に愛された戦車なのは間違いない。
そんなルイガルフが犇めく部隊にて、大隊長“ドーレス”は意気揚々と部下と話し込んでいた。
「まさかこの島で戦闘になるとはな。東大陸に渡った後にアルミナを叩けるものだと思っていたが、どうやら連中もただの腰抜けではないらしい」
「隊長は例の戦闘機を見ましたか? 正直、スゲーもんを出してきたなと思いましたよ。たぶんあれ、アルミナの秘密兵器っすよ。追い込まれて敵も奥の手を出しきたってわけです。まっ、最期の悪あがきですかね」
「そうであってもらいたいものだ。だが、今回の敵の地上部隊が少戦力であることは間違いない。作戦に割り当てられる部隊もあまり残っていないのかもしれん」
「敵の数が少ないんじゃ、手柄は取り合いです」
ドーレスは同指揮車に乗る砲手“ミゲル”の大言に声を出して笑った。
車内の雰囲気は至極穏やか。今から戦場に向かう空気感は感じられない。
その理由は敵部隊との戦力差にあると言えるだろう。
味方は200両もの戦車を有するが、敵は大隊の10分の1程度しか保有しておらず、これではまともな戦闘にもならない。
軍人としての長年の経験が戦闘の結末を既に算出していた。
『――3キロ先に敵戦車群を視認。二列縦隊、低速度で我が軍に接近しています』
直後、無線を通して敵部隊確認の報告が上がる。
その報告を以て、ドーレスは手元の無線機に手を伸ばし、早口に指示を飛ばした。
「敵部隊は目と鼻の先だ。各隊戦闘態勢を取れ。繰り返す。敵との接触は近い。戦闘態勢に移行せよ」
「あんな少戦力でよくもまぁ立ち向かってくるものですね」
「死して我らに一矢報いるつもりだろう。……連絡班応答せよ、我が軍の別動隊の状況は?」
『――森林地帯を移動し敵側面に回り込んでいます。作戦遂行に遅れはないものと思われます』
「なら頃合いだ。我々主力部隊がまずは敵に打撃を与える。情けは無用だ。各隊大いに暴れてみせろ!」
ドーレスは無線越しに喝を入れた。
その強気な言葉に、嫌が応にも大隊の士気が高まる。
覇王の行進は堂々と――
帝国戦車が丘斜面を下り降り、各車砲塔が敵を補足しようと角度を変える。
「撃ち方よーい!……――――てぇえええ!!!」
一瞬の静寂の後、ドーレスは射撃を命じる。
帝国戦車は隊列を維持しつつ、砲口より赤黒い火炎を撒き散らし、苛烈に砲弾を撃ち放った。
鼓膜を揺らす大轟音と鼻孔を突き抜ける火薬臭。まるで丘そのものが噴火したような地響きに、森に潜む鳥が一斉に飛び立った。
帝国戦車の放った75ミリライフル砲は大きな弧を描き、空気を切り裂く独特な音を奏で敵車列に降り注ぐ。直後、数キロ先の大地に砂煙を巻き上げ、帝国主力戦車が誇る砲弾の威力を示した。
「どうだ!? 命中したか!?」
『視界確保まで数秒を要します。しばらくお待ちを――』
「敵残存戦力を確認後、次の射撃に移る。各車次弾装填を急げッ」
行進間射撃は大幅に命中精度が落ちる。今の一撃で敵車を全て排除したとは考えにくい。
撃っては照準を合わせ、撃っては照準を合わせの繰り返し。それが戦車の戦い方だ。よってドーレスは次の射撃準備を命じる。
ただし、戦闘では先手を取った。
相手に恐怖心を植え付けるには十分。ドーレスは逃げ惑う敵車を想像し、監視の報告を待った。
『――敵車を確認。撃破数は……ゼっ、ゼロです! どうやら敵車群は無傷の模様!』
「何? 一発も当たらなかったのか?」
『わかりません。ですが敵車両は健在です。しかも戦力を半数に分け両翼に展開しています――』
「少ない戦力をさらに分散だと? 挟撃でもするつもりか? ハッ、正気の判断とは思えん」
ドーレスは敵の稚拙な対応に呆れる。
けれど、直後に異変が起こった。
遠方より乾音が聞こえたかと思えば、突然指揮車の進行方向前を味方車が横切った。
あまりに不自然で、一歩間違えれば追突の可能性を秘めた危険な操縦。
ドーレスは思わず叫ぶ。
「どうした!? 直ぐに報告せよッ」
ドーレス自身も展望窓から味方車両の行く先を目で追い掛ける。
すると、車両は斜面を下り落ち、やがて平原の窪みで急停車した。
すぐさま歩兵が近寄り状況を確認。直後、無線越しに届いた内容にドーレスは唖然とした。
『ほっ、砲弾が装甲を貫通しています。敵車の射撃によるものと思われます――!』
「何だと!?」
『大隊長ッ、今の攻撃で多数の味方車両が被弾! 最前線の車両を中心に被害甚大です――!』
「馬鹿な!?」
ドーレスは遠く敵車列を視認する。
敵車は東と西にそれぞれ移動しながら砲塔を丘陵地に向けていた。彼はその姿を凝視するが、そのとき敵車の砲塔が淡く光った。
刹那、前方の複数の味方車両に短い火花が走る。すると、車両は急停車し以降沈黙。その横を指揮車が通り過ぎる際に状況を窺うも、車両の正面装甲は引き千切られ、内部空間が露わになっていた。
ドーレスは言葉を失う。
「隊長っ、連中の動きは何なんですか!? あれじゃ狙いが付きません!!」
直後、砲手のミゲルが不本意にも悲鳴を上げる。
ミゲルは若いながらも優秀な砲手の一人だ。弾を標的に当てる技術ならベテランにも引けを取らない。
けれど、敵車両は常に蛇行や後退を繰り返し、その場に留まることを知らない。
あれでは足回りが持たないのではないか?
そう思えるほどに不規則な動きを繰り返し、こちらの狙いを絞らせない。
「クソ! クソ! クソッ! ちょこまか動きやがって――」
ミゲルは叫ぶ。
こちらの砲弾は当たらないのに、敵車が放つ砲弾は味方の車両を容易にぶち抜く。こんな理不尽、あっていいはずがない。
「いい加減くたばりやがれ――ッ」
そのとき、平静を失いつつもミゲルが放った砲弾一発が奇跡的に敵車に命中する。
偶然かもしれない。が、彼は歓喜の雄叫びを上げた。
「ざまーみやがれッ、東大陸の蛮族共! 地獄に堕ちろッ」
興奮冷めず、汚い言葉で相手を罵る。
けれど、その数秒後、砲弾が命中した敵車がまるで何事もなかったように動き出す光景を見て、彼の顔は酷く歪んだ。
「当たってなかった!? そんなわけっ――」
間違いなく右車体を捉えたはず。
けれど、装甲の成せる業か、奇跡的に当たりどころが良かったか、着弾の効果はなし。
その事実がミゲルを絶望の淵に追い込む。
一方、ドーレスは荒い息を吐きながら展望窓より大隊の状況を確認していた。
敵車の砲塔から白煙が上がる度に大隊の車両が鉄屑と化していく。周囲の歩兵は逃げ惑い、友軍車両に轢かれる者も続出中だ。手元の無線からは被害報告が相次いでおり、もはや全体状況を把握することすらままならない。
「――ッ……各隊よく聞け! 散開だ! 小隊単位で応戦せよ! 繰り返す、各個に敵車を撃破せよ!」
そう指示を送るものの、既に大隊は混乱状態。両翼に別れた敵車群から狙い撃ちされ、ルイガルフはその数をみるみる減らしていく。
――あり得ない。何なんだ!? あいつらはいったい何なんだ!?
200両もの車両を要したルイガルフは既に半数以上が鉄の産廃に――
戦闘開始から僅か1時間足らずにも関わらず、駐留軍主力部隊は既に崩壊。前線崩壊は後続部隊にも影響を与え、中央丘陵地の戦闘は早くも決着が付く情勢だった。
次回「拠点奪還⑧」




