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17 拠点奪還⑥

 エイセル島東海岸。日本国自衛隊仮設指令所。

 灰色基調のテントの下、アリサは目の前に設置された機器に熱い視線を注いでいた。

 そこには帝国でもお馴染みの“テレビ”が置いてある。けれど、簡易ラックの一角に設置されたモニターは、帝国のものと比べて極端に薄く、画質に至っては目を見張るものがある。

 なにせ白黒ではなく色彩豊かに島の大自然が映っているのだ。まるで現地に赴いているかのような臨場感が四角い箱の中に収められている。


「なんて綺麗な映像なのでしょう」

「各地に放ったドローンからの配信映像です」

「ドローン?」

「小型の空中偵察機とでも言いましょうか、遠隔操作で島の上空に飛ばしています。電波障害などのトラブルがなければ、ほぼリアルアイムの映像を映し出すことが可能です」


 なぜそんなことが可能なのか?

 説明を受ける度に、アリサの頭にはいくつもの疑問が浮かぶ。

 でも、日本国はこれから帝国軍との本格的な戦闘に入るところだ。あまり騒がしくするわけにはいかない。

 そう気を利かせ、今は言葉を飲み込む。


 その間、多数のテレビモニターは島の輪郭を映し続けるが、しばらくしてそのうちの一つがエイセル島中央丘陵地に迫る帝国軍の姿を捉えた。

 戦車隊を前面に押し出し移動する機械化師団。

 見間違えるはずもない。エイセル島の最高戦力、帝国駐留軍である。

 行軍姿は世界最強の名に恥じない堂々としたもので、勇ましい軍団の姿を見るや、アリサの手に汗が滲む。


「――移動時の隊列が浮き彫りに……これでは戦術もへったくれもない……」


 けれど、エルマはどこか嘆くような口ぶりだった。


 言いたいことはわかる。

 彼女は別に帝国軍を応援しているわけではない。その表情から推察するに純粋に驚いているのだ。

 なぜなら、帝国軍は既に情報戦で敗北しているも同然なのだから――


 アリサは彼女の嘆きの一端に理解を示すと同時に、東海岸に設置された自衛隊指令所を見渡した。

 僅か2時間前は洋上にいたはずなのに……

 そんな想いが胸を突き、不意に口から漏れそうになる。


 自衛隊(彼ら)が作戦行動に移ったのは今から約2時間前。

 即座に艦隊より複数の回転翼機が飛び立つと東海岸に散在する帝国軍の防衛/駐屯陣地を強襲。速やかにこれを破壊し、東海岸の抵抗勢力を排除した。

 その後、艦隊後方に随行していた揚陸艦部隊が東海岸に次々に上陸すると瞬く間に橋頭堡を構築。陣地前衛に三重の警戒ラインを敷設する。

 神戸の指示から僅かな時間での電光石火の早業。たった2時間で日本国は東海岸全域を手中に収めてしまった。

 その制圧力の高さと早さに、アリサは唖然とするしかない。


「わざわざ島に上陸したはいいが、嬢ちゃんたちはワシと一緒に作戦指令所で留守番だ。悪く思わんでくれ」

「そ、そんなことはありません。我儘を言ったのは私なのです。この場に連れて来ていただいただけでも感謝しています」


 やがて神戸が指令所に姿を見せた。

 アリサは咄嗟に姿勢を正す。


「そう固くならんでくれ。後で茶でも用意させよう。さすがに酒を出すわけにはいかんでな」


 神戸は軽い冗談を言うと、視線を幕僚の一人に切り替える。

 幕僚は一度敬礼し、直後に「準備が整いました」と述べた。


「そうか」


 神戸はそう呟いて目を瞑る。

 現在、帝国駐留軍の主力部隊が東海岸に進攻中との情報は偵察班から逐一報告が上がっている。モニター映像を通してもそれは明らかだ。敵は戦う気満々。撤退するつもりは毛頭ないらしい。


「まさか本当に向かってくるとは……」

「航空戦力を無力化された時点で撤退するのがセオリーではありますが……」


 神戸の心を映してか、幕僚たちが口を挟む。

 ここは異世界。前世界の常識が通用するかは未知数。加えて、日本の相手は四大国の一角“ルイファラリス帝国”である。

 彼らに敗北の文字はなく、撤退など選択肢にすら入らない。まさに覇権主義国家そのものだ。


 だが、このまま事が進めば十中八九地上戦となるだろう。

 海や空と異なり、陸の戦いは何が起こるかわからず、自衛隊側にも被害が出る可能性は捨てきれない。

 F-35Bによる空爆も選択肢の一つだが、島中央に聳えるオレプス山の噴煙が中央から東に厚く流れる状況では、航空支援は限定的なものになる。

 加えて現在のエイセル島は敵勢力圏内。島奪還後の対応も見据える必要がある。周辺事情は予断を許さず、航空戦力は可能な限り温存したいところだ。


 しばしの沈黙。

 多くの視線が一人の老人に集中する。

 そんな中、やがて神戸は雑念を振り払うように声を張り上げた。


「地上部隊を前進させる。帝国駐留軍をオレプス山麓、中央丘陵地にて迎え撃つ――」


 神戸の決断に、アリサの瞳が揺れる。

 大使館で助けられたとき、身勝手な己の行動を悔いた。保護してくれると知ったときも、嬉しさより後悔が大きかった。帝都を出ても、大陸圏を出ても、後悔は消えず、自分自身が取った行動の正しさに思い悩んだ。


 迷いの原因は、この世界で磨かれた“常識”にある。

 耳にしたこともない名前の外界国。

 たったそれだけの情報で帝国よりも遥かに劣る弱者と決め付け、四大国に張り合えるわけがないと当然のように判断した。

 でも、結果、その判断は大きく間違っていた。


「……この国は……日本国とは……いったい何なのでしょう???」


 自然と口を突いて出る言葉。

 それがアリサの心の全てだった。






 エイセル島、オレプス山麓中央丘陵地。駐留軍後方作戦指揮所。

 地上部隊の一団が東に向けて進軍する中、ベンゲルたち司令部は東海岸の状況を精査していた。

 司令部の下には最前線、或いは周囲に放った斥候から様々な情報が舞い込むが、とりわけ彼らを驚かせたのは東海岸に駐屯する友軍壊滅の知らせだった。


「――ッ……東海岸一帯が既に敵の制圧下にあるだと!? 早い。あまりにも早過ぎる。アルミナめ、これ程の力をどこに温存していた!? 島への上陸を未然に防ぎたかったが……。クソッ、腐っても四大国の一角というわけか……」


 ベンゲルはエイセル島の地図を俯瞰する。

 東海岸が落ちたとする報告に加え、敵部隊の一部が西に向けて行軍を始めたとする情報も掴んでいるが、戦力的には戦車と思われる戦闘車両が僅か24両程度。駐留軍の10分の1にも満たない数であり、後方に数台の装甲車や輸送車も確認しているが、それ以外の目立った戦力はないとのことだった。


 参謀の一人が口を挟む。


「敵の行動は我々の動きを察知し、明らかに応戦の意志を示すものであります。しかし、どうにも解せないのか戦力の少なさです。橋頭堡を盾にさらなる増援が来島するまで耐え凌ぐ、ものと思っていましたが、よもや少ない戦力を前進させるとは思いませんでした」

「フンッ、敵の実力も相応であることは認めてやろう。だが我々の兵力を見誤ったようだ。増援を待つでもなく現有戦力で突っ込んでくるとは蛮勇にも程がある」


 ベンゲルは敵の行動を切り捨てる。


「司令、斥候より報告が入りました。正面に敵部隊を確認したとのことです。距離8000。行軍速度は極めて遅いものの、真っ直ぐ我が軍に向かって来ております。おそらくは前方の平原地帯にて会敵の公算大かと」

「敵戦力の変化はどうだ? 別動隊の可能性は?」

「戦力に変化はなく、戦闘車両群24両が主力戦力の模様です。また、各所の斥候からも敵の別動隊を確認したとする報告は入っておりません」

「そうかっ!」


 ベンゲルは己の膝を叩き、反動のままに立ち上がる。

 敵が小戦力であることは最早疑いないだろう。

 何が目的なのかは判然としないが、立ち向かってくる以上、我々は相手をするだけだ。

 ベンゲルは迷いなく平原地帯での戦闘を決断する。


「包囲戦を仕掛ける! 左右から別動隊を迂回させ相手の側面を突くのだ。敵戦力は虫けらに等しい。徹底的に踏み潰し壊滅に追い込め。敵兵は一人残らず皆殺しだ」


 まさに鶴の一言。

 帝国駐留軍は中央主力部隊と左右の別動隊の三方に分かれ敵部隊を包囲する準備を始める。

 敵を圧倒的な力でねじ伏せる。

 それが帝国の戦い方だと言わんばかりに、ベンゲルの怒りの炎は一気に火力を上げた。


次回「拠点奪還⑦」


拠点奪還話も残り2話となりました。もう少しお付き合いください。

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― 新着の感想 ―
>この国は……日本国とは……いったい何なのでしょう???  純粋な疑問ですねぇ。エルマも同様でしょう。 その答えを知る時は近いかな? ヘンゲルさん、この戦い生き延びる事ができるかな? 彼は自分の常識…
はてさて、どれだけ持ち堪えられるのやら、いろいろな意味で目が離せませんね。
自分たちの常識を疑わないということは、裏を返せば『固定観念の虜になっている』ということなのです。
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